表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/33

タロットカード

 結衣と真由子は、カウンターの後ろにあるテーブルの1つに移動した。バッグの中からビロード素材の巾着袋を3つ取り出し、更にそれぞれの中からカードの束を取り出す。

 最初のカードは、手の平よりも少し大きく、スマホより少し小さいくらいの大きさだ。

「さて、真由子ちゃん。何を聞きたいのかな?」

「恋愛―!」

 真由子の目の前で、1束78枚のカードを(さば)き始めた。


 まずは束の1番上を指でノックする。これで、カードに溜まった邪気を払う。それから、トランプを切るのと同じ要領で、カードを丁寧にシャッフルしていく。切り終わったところで、上から6枚を外し、次のカードをサッとめくった。


「わ~ぉ」

 結衣はそのカードを手に、声を上げる。それを待ちわびていた真由子が、すがる目付きで声を掛ける。

「何、何? 良いの、悪いの、どっち?」

 それには答えず、更に2枚めくって、机に並べていく。

「真由子ちゃん、出会っちゃった~?」

「やだ~、何で分かるの―!?」

「『ワンドのキング』が出てる。それに、『道』のカードと、『雲』のカード。情熱的な人と出会ったみたいね。でも、迷ってる」

「わぁー、そうなのよー。私、どうしよ~」


 2つ目のカードの束を手に取り、結衣はまた切り出した。こちらは先程の物より、ひと回り小さい。どんどんめくって、テーブルに並べていく。9枚を並べる。3つ目のカードの束は、後で捕捉で使うことにしよう。


 結衣が机に並べたのは、「オラクルカード」と「タロットカード」である。


 「オラクル」とは「神託」を指し、神や宇宙など、スピリチュアルな存在からのメッセージを受けるために使われるカード。

 何のメッセージを受けるのかにより、様々な種類のものがあり、枚数もそれぞれで決まっているわけではない。構成されているカードの意味合いも、きっちりとした決まりがあるわけではない。


 それに比べ、「タロットカード」はトランプと同じで、規則がはっきりしている。トランプの「ハート」や「ダイヤ」の様に種類も決まっており、「エース」や「キング」の様に、さらに細分化された種類も決まっている。当然その意味も、世界共通だ。

 

 結衣が始めたのは、カード占いだ。カード占いと言えば、ひと昔前までは「タロットカード」1色だったのだが、今はこの「オラクルカード」の方が、手に取る人が増えている。規則がしっかりしていない分、読み手によって随分と幅広く読むことができるので、初めての人でも手に取りやすい。

 カードの意味する内容が、文字で直接書いてあったりするので、初心者には馴染みやすい要因の1つだろう。


 今回結衣が使用したのは、最初の束が「(そら)からの愛」というオラクルカードで、後の束がタロットカードである。補足として使おうとしているのは、最初のとは違うオラクルカードである。

 1つの種類だけで充分だという人ももちろんいるが、結衣はリーディングの際、3種類のカードを使うことが多かった。


「仕事で知り合った? 過去の所で『ペンタクルの3』が出てる」

「そう。新しいプロジェクトで、初めて一緒になった人」

「仕事ができる人でしょ。立場があって、とても優秀」

「そうなんだぁ。カッコいい!」

「あれ、お相手の方、動けないみたいね。『吊るされた男』が出てるよ。忙しいのかな」

「あぁ……、うん、そう……」

「真由子ちゃん、今、その人とコミュニケーション取れてない?」

 カードを見つめながら、真由子が苦しそうな顔をした。

「……うん」

「でも、ここね……」

 結衣は並べられたカードの1ヶ所を指差す。

「相手の未来の所に『審判』が出てるから、その人は何某かの決断をすることになるな」

 途端に、真由子の顔が明るくなった。決断と言っても、真由子にとって、いい決断なのか悪い決断なのかは分からない。その証拠に、現状を表すカードは、そう楽観もできない状況だ。


「それに、今は真由子ちゃんも動けないでしょ。『隠者』か……。もしかして真由子ちゃん、他に付き合ってる人がいるの?」

「……」

 すぐに答えが返ってこないところが、答えらしい。

「これね、真由子ちゃん次第かもしれないわね。動くのは、真由子ちゃんの方よ。このカードはね、『もう一度自分の気持ちを確認しなさい』っていうカードなの。ちゃんと自分に向き合って、決断しなさいって言われてるわよ」

「わ~ん! 決断できないから、結衣ちゃんに相談してるんじゃない~」

 情けない声を出した真由子に、結衣は「それもそうか」と言いながら笑う。

「ちょっと、アドバイス貰おうか」

 結衣は3つ目のカードの束を手に取り、シャッフルし始めた。


「らっしゃい」

 居酒屋「いこい」は、けっこう繁盛している。大抵、席の8割が埋まっていて、今も新しい客が入ってきた。30代後半くらいの男性が1人だ。

「こんばんは」

「空いてる席に、どうぞ」

 カウンターにいた大輔は「おやっ」と思う。常連客ではない。店主がおしぼりを渡しながら、飲み物を確認した。

「飲み物は、何にしますか?」

「瓶ビールで」

「アサヒでいいですか?」

「ええ」

 大輔は更に「おやっ」と思う。父親である店主は、いつも新しい客には、「アサヒ」か「キリン」かと問う。最初から「アサヒ」と決めつけているという事は、一見(いちげん)さんではないらしい。

「今日も、何か旨い焼き魚はありますか?」

「サヨリかイサキですね」

「刺身は?」

「白魚の踊り食いか、桜鯛がお勧めですよ」

「じゃ、鯛を刺身で。あと、サヨリを焼いて下さい」

 手酌でビールを静かに飲み始めたその客のことを、大輔は厨房の奥から、遠目に確認した。


 新しい客は、店側も少し気構える。その顔や佇まい、仕草などから、堅気のサラリーマンと当たりを付ける。この辺りでは見かけない顔だが、「仕事の関係で」ということもあるかもしれない。オヤジが分かってる様だから、後で確認するか……。

 大輔は別の客の注文、アサリの酒蒸しに取り掛かった。


「う~ん……。これ、今のまま進めても、難しいかもね。とにかく、相手が動けないみたいだよ。「ソード」祭りだわ。「4」「6」「9」、どれも休息や停滞を意味してるの。お相手も真由子ちゃんを気にしてるみたいだけど、仕事なのか何なのか、とにかく忙しそう。かなり苦労もしてるみたいだし……」

「やっぱりか~」

 真由子が、天井を仰いだ。

「彼、今すごく大きなプロジェクトチームのトップで動いてるんだけど、計画がどんどん変更になってて、チョ―大変そうなんだ」

「そうねぇ。『スター』も出てるから、真由子ちゃんもまだ、憧れに近いでしょ」

「はぁ~、憧れかぁ。確かになぁ……」

 既に出ているカードだけでは、これ以上の判断は難しい。


「待っていたらどうなるか、聞いてみようか……」

 結衣は残りのカードをシャッフルして、新しく1枚めくる。

「あら……」

「何?」

「『カップの2』だ」

「何~?」

「両想いだって……」

「うっそー!」

 真由子が、両手を上げて大声を出す。

「うるさい、真由子! 静かにしろ! 他のお客さんに迷惑だ」

 大輔が真由子を叱った。さすがに舌を小さく出して、腕を引っ込めた真由子だったが、その顔は悦びに満ち溢れている。


 結衣も、お客さんに詫びようと周りを見渡したが、ほとんど結衣たちと似たり寄ったりの騒ぎ様で、さして気にしている風には見えない。

 ただ、カウンターの結衣の席の横に1人、男性客がいた。結衣は気が付かなかったが、どうやらリーディングの最中に入店したらしい。

「すみません、騒がしくて……」

 背中に向かって声を掛ける。するとその男性は、小さくこちらを振り返った。

「いえ……」

「あ……」


 結衣はその顔に、手が止まった。「留守を預かっている人」だった。

「こんばんは」

「どうも」

 特に怒っている風でもなく、刺身に箸を伸ばしているその人を見て、結衣は少し安堵した。

 出されたお皿の横に、アイコスとスマホが置かれている。タバコ、吸うんだ……。

 

「ねぇねぇ、私どうしたらいい?」

 真由子の声で、リーディングに引き戻される。結衣は手に持っていたカードの束を、テーブルに置いた。

「真由子ちゃんは、どうしたいの? この彼が振り向いてくれたら、今の彼とお別れするの? それとも、振り向いてくれなかったら、今の彼と続けるの?」

「……う~ん」

「どっちがいいか、カードに聞くこともできるけど、聞きたい?」

 少し批判じみた問い掛けだったかもしれない。でも、そこは肝心なところだと思う。敢えてフォローすることなく黙っていたら、真由子が少し拗ねた。

「だってぇ……」


 真由子は結衣の目から見ても可愛いのだから、男性から見たらとてつもなく可愛いだろう。実際、とてもモテる。小学生の時からそうなのだから、今なら更に実績を積んでいるに違いない。

 昔、大輔が「あいつは、節操がない」とこぼしていたのを、思い出す。


「まぁ、どちらにしても、今この彼は動けない。向こうからは、声は掛からないし、真由子ちゃんから動いても、今は上手くいかないかな」

「うーん、分かった……」

 並べられたカードをじっと眺めていた真由子が、吹っ切ったように結衣に顔を向けた。

「ありがと、結衣ちゃん。ちょっと、待ってみるわ」

「はい。頑張ってね」

 そのまま真由子は自宅に帰るらしく、店の入り口に向かって行く。結衣はカードを片付けながら、真由子の背中を見送った。


「すみませんでした」

 やっと席に戻った結衣は、梶原にもう1度声を掛けた。

「いいえ……」

 少し笑ったような気がした。それっきり、お互いに会話らしき言葉は出てこない。


「はい、ライム」

「あっ、ありがと」

 大輔が、約束通り切りたてを持ってきてくれた。

「あいつ、また新しい男?」

「さぁ、どうでしょう。相談者のことは、守秘義務だから」

「なーにが、守秘義務だよ。結衣が隠しても、あいつが自分からペラペラしゃべるんだから、すぐにバレるんだって」

「真由子ちゃん、モテるからねぇ。兄貴としては、心配?」

「心配なんかするもんか。それより、ここでグチグチ飲まれることの方が、迷惑なだけ」

「あはは、いいじゃない。家族の前で飲んでるなら、変なことにもならないし」

「変なこと?」

「そうよ。女が1人で安心して飲めるところなんて、そんなにないからね」

「あいつもなぁ、誰かにとっとと、決めればいいんだよ」

「そうねぇ、決め手に欠けるのかなぁ……。ま、もう少し女性の旬を楽しんでも、バチは当たらないけどね」

「旬?」

「そう」

 途端に大輔の顔が、にやりと笑う。わっ、ヤな予感。

「お前はもう、賞味期限ギリギリだな」

「大ちゃんに言われたくないわ」

「俺はまだまだ、旬、真っ盛り~」

 胸を張る大輔に向かって、結衣は鼻の上にしわを寄せて、ム~と口を尖らせた。その顔を見て、大輔は笑いながら焼き場に引っ込んだ。

 彼も小さい頃から、モテててた口だ。

「まったく……」

 結衣は小さく、独りぼやいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ