タロットカード
結衣と真由子は、カウンターの後ろにあるテーブルの1つに移動した。バッグの中からビロード素材の巾着袋を3つ取り出し、更にそれぞれの中からカードの束を取り出す。
最初のカードは、手の平よりも少し大きく、スマホより少し小さいくらいの大きさだ。
「さて、真由子ちゃん。何を聞きたいのかな?」
「恋愛―!」
真由子の目の前で、1束78枚のカードを捌き始めた。
まずは束の1番上を指でノックする。これで、カードに溜まった邪気を払う。それから、トランプを切るのと同じ要領で、カードを丁寧にシャッフルしていく。切り終わったところで、上から6枚を外し、次のカードをサッとめくった。
「わ~ぉ」
結衣はそのカードを手に、声を上げる。それを待ちわびていた真由子が、すがる目付きで声を掛ける。
「何、何? 良いの、悪いの、どっち?」
それには答えず、更に2枚めくって、机に並べていく。
「真由子ちゃん、出会っちゃった~?」
「やだ~、何で分かるの―!?」
「『ワンドのキング』が出てる。それに、『道』のカードと、『雲』のカード。情熱的な人と出会ったみたいね。でも、迷ってる」
「わぁー、そうなのよー。私、どうしよ~」
2つ目のカードの束を手に取り、結衣はまた切り出した。こちらは先程の物より、ひと回り小さい。どんどんめくって、テーブルに並べていく。9枚を並べる。3つ目のカードの束は、後で捕捉で使うことにしよう。
結衣が机に並べたのは、「オラクルカード」と「タロットカード」である。
「オラクル」とは「神託」を指し、神や宇宙など、スピリチュアルな存在からのメッセージを受けるために使われるカード。
何のメッセージを受けるのかにより、様々な種類のものがあり、枚数もそれぞれで決まっているわけではない。構成されているカードの意味合いも、きっちりとした決まりがあるわけではない。
それに比べ、「タロットカード」はトランプと同じで、規則がはっきりしている。トランプの「ハート」や「ダイヤ」の様に種類も決まっており、「エース」や「キング」の様に、さらに細分化された種類も決まっている。当然その意味も、世界共通だ。
結衣が始めたのは、カード占いだ。カード占いと言えば、ひと昔前までは「タロットカード」1色だったのだが、今はこの「オラクルカード」の方が、手に取る人が増えている。規則がしっかりしていない分、読み手によって随分と幅広く読むことができるので、初めての人でも手に取りやすい。
カードの意味する内容が、文字で直接書いてあったりするので、初心者には馴染みやすい要因の1つだろう。
今回結衣が使用したのは、最初の束が「宙からの愛」というオラクルカードで、後の束がタロットカードである。補足として使おうとしているのは、最初のとは違うオラクルカードである。
1つの種類だけで充分だという人ももちろんいるが、結衣はリーディングの際、3種類のカードを使うことが多かった。
「仕事で知り合った? 過去の所で『ペンタクルの3』が出てる」
「そう。新しいプロジェクトで、初めて一緒になった人」
「仕事ができる人でしょ。立場があって、とても優秀」
「そうなんだぁ。カッコいい!」
「あれ、お相手の方、動けないみたいね。『吊るされた男』が出てるよ。忙しいのかな」
「あぁ……、うん、そう……」
「真由子ちゃん、今、その人とコミュニケーション取れてない?」
カードを見つめながら、真由子が苦しそうな顔をした。
「……うん」
「でも、ここね……」
結衣は並べられたカードの1ヶ所を指差す。
「相手の未来の所に『審判』が出てるから、その人は何某かの決断をすることになるな」
途端に、真由子の顔が明るくなった。決断と言っても、真由子にとって、いい決断なのか悪い決断なのかは分からない。その証拠に、現状を表すカードは、そう楽観もできない状況だ。
「それに、今は真由子ちゃんも動けないでしょ。『隠者』か……。もしかして真由子ちゃん、他に付き合ってる人がいるの?」
「……」
すぐに答えが返ってこないところが、答えらしい。
「これね、真由子ちゃん次第かもしれないわね。動くのは、真由子ちゃんの方よ。このカードはね、『もう一度自分の気持ちを確認しなさい』っていうカードなの。ちゃんと自分に向き合って、決断しなさいって言われてるわよ」
「わ~ん! 決断できないから、結衣ちゃんに相談してるんじゃない~」
情けない声を出した真由子に、結衣は「それもそうか」と言いながら笑う。
「ちょっと、アドバイス貰おうか」
結衣は3つ目のカードの束を手に取り、シャッフルし始めた。
「らっしゃい」
居酒屋「いこい」は、けっこう繁盛している。大抵、席の8割が埋まっていて、今も新しい客が入ってきた。30代後半くらいの男性が1人だ。
「こんばんは」
「空いてる席に、どうぞ」
カウンターにいた大輔は「おやっ」と思う。常連客ではない。店主がおしぼりを渡しながら、飲み物を確認した。
「飲み物は、何にしますか?」
「瓶ビールで」
「アサヒでいいですか?」
「ええ」
大輔は更に「おやっ」と思う。父親である店主は、いつも新しい客には、「アサヒ」か「キリン」かと問う。最初から「アサヒ」と決めつけているという事は、一見さんではないらしい。
「今日も、何か旨い焼き魚はありますか?」
「サヨリかイサキですね」
「刺身は?」
「白魚の踊り食いか、桜鯛がお勧めですよ」
「じゃ、鯛を刺身で。あと、サヨリを焼いて下さい」
手酌でビールを静かに飲み始めたその客のことを、大輔は厨房の奥から、遠目に確認した。
新しい客は、店側も少し気構える。その顔や佇まい、仕草などから、堅気のサラリーマンと当たりを付ける。この辺りでは見かけない顔だが、「仕事の関係で」ということもあるかもしれない。オヤジが分かってる様だから、後で確認するか……。
大輔は別の客の注文、アサリの酒蒸しに取り掛かった。
「う~ん……。これ、今のまま進めても、難しいかもね。とにかく、相手が動けないみたいだよ。「ソード」祭りだわ。「4」「6」「9」、どれも休息や停滞を意味してるの。お相手も真由子ちゃんを気にしてるみたいだけど、仕事なのか何なのか、とにかく忙しそう。かなり苦労もしてるみたいだし……」
「やっぱりか~」
真由子が、天井を仰いだ。
「彼、今すごく大きなプロジェクトチームのトップで動いてるんだけど、計画がどんどん変更になってて、チョ―大変そうなんだ」
「そうねぇ。『スター』も出てるから、真由子ちゃんもまだ、憧れに近いでしょ」
「はぁ~、憧れかぁ。確かになぁ……」
既に出ているカードだけでは、これ以上の判断は難しい。
「待っていたらどうなるか、聞いてみようか……」
結衣は残りのカードをシャッフルして、新しく1枚めくる。
「あら……」
「何?」
「『カップの2』だ」
「何~?」
「両想いだって……」
「うっそー!」
真由子が、両手を上げて大声を出す。
「うるさい、真由子! 静かにしろ! 他のお客さんに迷惑だ」
大輔が真由子を叱った。さすがに舌を小さく出して、腕を引っ込めた真由子だったが、その顔は悦びに満ち溢れている。
結衣も、お客さんに詫びようと周りを見渡したが、ほとんど結衣たちと似たり寄ったりの騒ぎ様で、さして気にしている風には見えない。
ただ、カウンターの結衣の席の横に1人、男性客がいた。結衣は気が付かなかったが、どうやらリーディングの最中に入店したらしい。
「すみません、騒がしくて……」
背中に向かって声を掛ける。するとその男性は、小さくこちらを振り返った。
「いえ……」
「あ……」
結衣はその顔に、手が止まった。「留守を預かっている人」だった。
「こんばんは」
「どうも」
特に怒っている風でもなく、刺身に箸を伸ばしているその人を見て、結衣は少し安堵した。
出されたお皿の横に、アイコスとスマホが置かれている。タバコ、吸うんだ……。
「ねぇねぇ、私どうしたらいい?」
真由子の声で、リーディングに引き戻される。結衣は手に持っていたカードの束を、テーブルに置いた。
「真由子ちゃんは、どうしたいの? この彼が振り向いてくれたら、今の彼とお別れするの? それとも、振り向いてくれなかったら、今の彼と続けるの?」
「……う~ん」
「どっちがいいか、カードに聞くこともできるけど、聞きたい?」
少し批判じみた問い掛けだったかもしれない。でも、そこは肝心なところだと思う。敢えてフォローすることなく黙っていたら、真由子が少し拗ねた。
「だってぇ……」
真由子は結衣の目から見ても可愛いのだから、男性から見たらとてつもなく可愛いだろう。実際、とてもモテる。小学生の時からそうなのだから、今なら更に実績を積んでいるに違いない。
昔、大輔が「あいつは、節操がない」とこぼしていたのを、思い出す。
「まぁ、どちらにしても、今この彼は動けない。向こうからは、声は掛からないし、真由子ちゃんから動いても、今は上手くいかないかな」
「うーん、分かった……」
並べられたカードをじっと眺めていた真由子が、吹っ切ったように結衣に顔を向けた。
「ありがと、結衣ちゃん。ちょっと、待ってみるわ」
「はい。頑張ってね」
そのまま真由子は自宅に帰るらしく、店の入り口に向かって行く。結衣はカードを片付けながら、真由子の背中を見送った。
「すみませんでした」
やっと席に戻った結衣は、梶原にもう1度声を掛けた。
「いいえ……」
少し笑ったような気がした。それっきり、お互いに会話らしき言葉は出てこない。
「はい、ライム」
「あっ、ありがと」
大輔が、約束通り切りたてを持ってきてくれた。
「あいつ、また新しい男?」
「さぁ、どうでしょう。相談者のことは、守秘義務だから」
「なーにが、守秘義務だよ。結衣が隠しても、あいつが自分からペラペラしゃべるんだから、すぐにバレるんだって」
「真由子ちゃん、モテるからねぇ。兄貴としては、心配?」
「心配なんかするもんか。それより、ここでグチグチ飲まれることの方が、迷惑なだけ」
「あはは、いいじゃない。家族の前で飲んでるなら、変なことにもならないし」
「変なこと?」
「そうよ。女が1人で安心して飲めるところなんて、そんなにないからね」
「あいつもなぁ、誰かにとっとと、決めればいいんだよ」
「そうねぇ、決め手に欠けるのかなぁ……。ま、もう少し女性の旬を楽しんでも、バチは当たらないけどね」
「旬?」
「そう」
途端に大輔の顔が、にやりと笑う。わっ、ヤな予感。
「お前はもう、賞味期限ギリギリだな」
「大ちゃんに言われたくないわ」
「俺はまだまだ、旬、真っ盛り~」
胸を張る大輔に向かって、結衣は鼻の上にしわを寄せて、ム~と口を尖らせた。その顔を見て、大輔は笑いながら焼き場に引っ込んだ。
彼も小さい頃から、モテててた口だ。
「まったく……」
結衣は小さく、独りぼやいた。




