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ジャズバー

この話が、抜けていました!! 申し訳ありません。

 バーは割と混んでいた。どうやら皆、LIVEが目当てらしい。

「人気がある方なんですね」

「うん。生ではなかなか聞けないかな」

「随分前から、知ってるの?」

「初めて聞いたのは、1年くらい前かな。Youtubeでね。既にかなりのフォロワーがいた」

「へぇ」

 前の店を出てからずっと、結衣は表面的な笑顔を浮かべていた。それでも、歌手への興味が湧いたところで、少しいつもの顔に戻ってくる。でも、明らかに口数は減っていた。


 そんな君に、早く聞かせてあげたい。そして僕は、見てみたい。あの声を聞いた時の君を。


 ステージに出てきたのは、まだ未成年ではないかと思われる女性だった。歓声が上がる。

「えっ、彼女なの!?」

 驚いてこちらに確認をしてきた結衣に、梶原は(うなず)いて見せる。

 そう、まだ彼女は19歳だ。長くストレートな黒髪は染められることなく、生まれたままの色で輝いている。そしてその瞳は、強く虚空を見つめた。

 ピアノが鳴り始める。

「Nn-nn-n」

 低いハミングが空気を揺らす。結衣の全身に鳥肌がたった。


 梶原は、ずっと結衣を見ていた。ゆったり木の椅子に座っていたのが、声が出た途端、スッと背筋が伸び、そのまま少し前傾する。そしてその顔には、驚きと期待が混ぜ込まれていた。

「Mama always told me that I wont to naive」

 響きが、深い。まっすぐ張る声が、強いのに心地よい。綺麗に開かれた喉……。

 これが、日本人の声なのか。

 何の無理もなく整えられた響きで、囁く歌詞さえ、それは確かなメロディ……。


 かすれる様なヴィブラートで、曲が終わった。

 ウァーという歓声と共に、拍手が沸き起こる。結衣もボー然と拍手を送った。

「皆様、こんばんは」

 MCになった途端、普通の女の子に戻る。きっとまだ、高校を卒業したばかりではないだろうか。少し反抗期を引きずったような話し方に、澄ました目線。世間を斜めから上から眺めているかの様な態度。

 結衣は、ここで初めて息を吸った気がした。

「すごい……」

 やっと梶原の方を向いてそう告げた時、彼は特上の笑顔で結衣の言葉に(うなず)いた。


 それからは、彼女のピアノを弾きながらの弾き語りもあり、バラードもあった。その間、結衣はほとんど話さなかった。梶原も、無理には声を掛けなかった。ただ、皆で彼女の声を味わい尽くす。全ての曲が終わったところで、2人共席を立って拍手を送り続けた。


「ゴメン、ちょっとタバコ」

 そう言って空間の隅に梶原は移動していった。このバーは基本的には禁煙なのだが、電子タバコは喫煙可能となっている。それでも何となく、換気口の近くがタバコを吸う場所に決まっていて、皆そこで吸っている。日本人らしいと言えばそうなのだが、やはり残された結衣は少し手持ち無沙汰だ。

 頼んだチェリーフィズを口にしながら、自然にカードに手が伸びた。


 さっきの女性は、梶原の彼女なのだろうか……。カードに聞いてみよう。せめてヒントだけでも貰いたい。一体、梶原はどんな人?

「ペンタクルのナイト」

 忍耐力があり忠実で信頼できる。でも、少し頑固なところもあり……、か。

 自分に利害のあることを占うのは、本当に難しい。どうしても都合のいい方に解釈してしまうし、感情が乱れて、雑なシャッフルになってしまう。結衣は、ひとつ大きな溜息をついた。


「何て出たの?」

 梶原が戻ってきた。結衣の横に立ち、腰をかがめてカードを見る。ちょうど顔が真横に近づいて、否が応でも心臓が大きく波打った。

「いえ、なんでも……」

 慌ててカードを片付ける。その手を梶原がそっと抑えた。……意外と、指先が冷たかった。

「僕、占って欲しいんだけど」

「えっ」

「イヤ?」

「いっ、いいですけど……、当たらないですよ」

「君がそれ言っちゃう?」

「だって……」

 少し拗ねた頬が、アルコールで火照っている。黙って見つめたら、結衣は覚悟を決めたように口を開いた。

「何を知りたいんですか?」

「恋愛」

「……っ!」

 動揺がそのまま胃をキューと縮める。よくよく梶原の顔を見ると、何故だか挑戦的な顔をしているように見えた。

 ここで嫌がるのもおかしいし、本心を言えば、知りたい気持ちは抑えられない。

「分かりました」

「短めでね」

 梶原の言葉に無言で(うなず)きながら、シャッフルを始めた。最後に、梶原に直接カードをカットしてもらう。束から1/3を取り横に置き、更に1/3を反対側に置く。3つの束を、自由な順番で重ね合わせて、1つに戻す。

 展開方法は、3枚を引くスリーカードと決めた。


「過去、現在、未来です」

 引いたカードの順を梶原に説明してから、開け始めた。梶原は、ジンリッキーを口に運びながら、じっと結衣を見つめる。

 ただし、リーディングしている時の結衣は、そんな事は目に入らないらしい。しかも今は、前回「当たってない」と言ったからか、真剣さが尋常ではない。

 結衣はカードを開けるたび、小さく表情を変える。占い師が、こんなにいちいち一喜一憂してもいいのだろうか。まぁ、そんなに悪い景色でもないが……。

 梶原は、どんどん違う顔を見せる結衣をつまみに、バーの喧騒を楽しでいた。


「ふぅ……」

 結衣が小さく息を吐く。どうやらカードは読み終えたらしい。まっすぐに梶原の目を見た。

「よかったですね。とてもいい流れだと思います」

「どんな風に?」

「まず過去ですが、ソードの8。動きにくいというカードです。何か向き合っている課題がありませんか?」

「……どうだろう」

「でも、実はこれ、自分で自分を縛り付けているという意味があるカードなんです」

「へぇ」

「梶原さんが動けないと思っているだけで、実はそうでもなかったりします。周りのことは気にしなくてもいいと、カードは言っています」

「……そうなんだ」


 やっと少し耳を傾けてくれる気になったのか、真面目に聞いている梶原に、次の1枚を説明する。

「次に現在のカードですが、カップのエース。これは、新しく何かを始めたか、始めたいと思っているカード。新たな出会いがあったか、もしまだなら、出会いが欲しいと思っている時に出てきます」

「ほぅ」

「最後に未来ですが……」

 3枚目のカードを手に取り、梶原の前に掲げて見せた。

「カップの2。これは、相思相愛のカードで、思いが通じ合うという意味を持ちます」

「そりゃ、いいね」

 カードをテーブルに戻した結衣は、ニッコリ笑って「よかったですね」と口にした。梶原は黙って、ニッコリ笑顔を返してきた。


 結衣は顔では笑っているが、内心は鳩尾(みぞおち)のあたりが、ずぅんと重かった。梶原が知りたいのは、さっきの女性とのことではないのだろうか……。

 さっきまであんなに浮かれていた自分に、「ちょっと、落ち着こう」と言ってやればよかった。さすがに「カップの2」は、キツイ……。


「今回は、当たってますか?」

「知りたい?」

「できれば……。当たっていれば、自信になるので」

「ちなみに、将来ってどれくらい先のことを言うの?」

「1ヶ月くらいで見ました。元々、タロットカードでは、そんなに遠い未来のことは見れないんです」

「じゃ、1ヶ月後に教えてあげる。当たったかどうか」

「……」

 ははっ、と笑う梶原は、何故だか機嫌がいい。そりゃそうか。なんせ「カップの2」だ。逆に結衣は、複雑さが増していく。

「も~」

 口を尖らせれば、梶原の機嫌は、更に良くなった。


「そろそろ帰ろうか」

 次のステージが始まる気配がし始めたところで、梶原が席を立った。

「えっ、入れ替え制ですか?」

「いや。明日、姫野さん仕事だから」

「あっ、はい……」

 結衣の方が忘れていた。もう1回、あの歌を聞きたいが、残念だ。今日は、ホント、色々と……。

 2人並んで、駅に向かった。


 街はまだまだ、金曜の夜真っ盛りの時間である。騒がしい周りをよそに、結衣は自然と口数が少なくなった。

もう、こんな風に会う事もないかもしれない……。

「君ならさ」

 そんな結衣に、梶原の方から話し掛ける。

「ジューンのこと、気に入ると思ってたんだ」

 さっきのLIVEの彼女は、JUNE(ジューン)というらしい。

「私なら?」

「パールマン……」

「あぁ、そっか」

 お互いに、世界的ヴァイオリニストのパールマンの音を、「軽すぎる」と思っている。

「ホントにいい声だった。なんだろ……、テクニックというより、ずっと聞いていたい声」

「そうだね」

「『ン~』の時の声が、官能的っていうのかな」

「うん」

「あれ、やっぱりテクニックなのかな?」

「僕も考えたけど、テクニックではあると思う。でも、誰かに教えられたわけじゃないと思うんだよね。だから、やっぱり天性のものだと思うんだ。それを分かってて、コントロールしてる」

「すごいね。あんなに若いのにね」

「そう。まだ、反抗期引きずってるのにな」

「あはは。そうだね。あの、大人を見下してる感が、またいい」

「そうそう。僕たちは、M集団のダメな大人達だな」

「あははー」

 やっぱり梶原と話していると、楽しい。価値観が似ている。ついでに言うと、食事の好みも似ている。もっと、一緒にいたいと思ってしまう。

「じゃまた、ジューンが出る時、一緒に来ようよ」

 結衣は一瞬言葉に詰まった。「行きたい」と言えば簡単だが、どうしてもエクボの彼女が脳裏から離れない。


 いつの間にか足が止まり、梶原の顔を見つめていた。

「ん?」

 どうしたの? と振り向いた梶原は、優しく笑っている。

「えっと……」

 あの人は、梶原さんの彼女さんですか? なんて、聞ける女子が、この世の中にいるのだろうか……。

「なんでもありません」

 やっとまた歩き出した結衣を待って、梶原は隣に並んだ。


「さっきの占いさ……」

「はい」

「『月』は出なかったよね」

「はい。梶原さんが不安に思っていないからだと思いますけど」

「『月』って、別の意味もあるんでしょ」

「う~ん、インスピレーションとか直観とか……」

「そうじゃないやつ」

 ん? 以前、梶原に説明した時のことを思い出す。


 ――浮気してる可能性もあったり


「あっ……」

 今度は、梶原が立ち止まった。結衣もそんな梶原に釣られて、止まった。

「君はきっと、僕の言葉よりカードを信じるかと思ってね」

「えっ」

「ホントは、直接聞いて欲しいけど」

 梶原は、ポケットから1枚の紙片を取り出した。

「さっき外でタバコを吸ってた時さ、昔よく行ってたお店の女の子と会ってね」

「……」

「お店が変わったから、また来てって営業された」

 小さな紙片を結衣の顔の前に見せる。


「Clubシャイン キャシー」


 エクボの彼女の写真が印刷されている、高そうな名刺……。

 梶原はそれを、結衣の目の前でピリッと破いた。

「これ、捨てておいてくれるかな」

 そう言いながら、結衣の手に名刺の残骸を乗せた。

「梶原さん……」

 梶原は、1度だけ結衣の頭をポンとして、また歩き出した。


 もう少しで泣き出しそうだった結衣は、辛うじて笑顔に変換できた。

 隣に並んだ結衣に向かって、梶原はもう一度聞く。

「また、一緒に聴きに来ようよ」

 結衣は、やっと素直に返事ができた。

「はい!」


 駅が視界に入ってきた。これで今日も、笑顔でお別れができる。

 結衣が、ぼそっと呟いた。

「昔よく行ってたん、ですね……」

「うっ……。そこはスルーしてよ。何年も前のことだから」

「今は他のお店、ですかね~」

「もう行ってないって」

「別にいいですけどね。お仕事でのお付き合いもあるでしょうし」

「だから~」

 結衣は改めてカードの言葉を信頼し直した。「ペンタクルのナイト」は、嘘をつかない。

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