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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
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98 安らげる場所

 太陽の光を浴びた、干したばかりのふかふかの布団の上で転がるうちに、春臣はいつしかまどろんでしまっていたらしい。気がつけば、時計の針が三十分も動いていたことに、目を開けて気がついた。


 この休日に家の中の物品の整理などを済ませようと意気込んでいたのに、このザマとは。気が緩んでいたのだろうか、先が思いやられるな、と春臣は思った。


 昼下がりの家の中は、媛子はどこにいってしまったのか、やけに静かで、ひっそりとしている。外から聞こえてくるはずの木々の葉擦れの音も、十分に一度の車の走行音も届いてこない。

 しん――とした静寂の中、今に埃が舞い落ちる音さえ聞こえてきそうだった。


 春臣はそんな中、数ヶ月前叔父と共にこの家を訪れたときのことを思い出していた。

 トラックを降り、眺めた、この家。

 祖父という主を失い、寂れた青い空気をまとう、この家。


「じいちゃん……」


 天井を見ながら呟いた。

 つい先ほどの夢の中で、その祖父のことを思い出していたのである。祖母が死に、この世に残された、抜け殻のような祖父を。


「何で今になってそんなことを思い出すんだ……」


 春臣は急に蘇ってきた幼い頃の記憶に戸惑いを覚えながらも眠気覚ましに頭を揺すり、上半身を起こした。

 すると、同時に上階から誰かが駆け下りてくる慌ただしい音が響いた。どうやら、媛子らしい。がたがたと廊下を走り、居間の襖が開いた。


「お主……起きておったか」


 彼女は布団から起き上がっている春臣を見て、そう言った。どうやら、自分がここで眠ってしまっていたことを知っていたらしい。


 春臣は、襖を閉めながら入ってくる彼女を、眠りの余韻を引き摺ったままのまぶたで、ぼんやりと眺める。

 つい数日前まで、小人サイズの大きさであった彼女は、今では立派に、春臣の肩ほどの身長にまで伸びていた。

 どうやらあの時雨川ゆずりが細工していった春臣のお守りは、どうやら絶大な効果を発揮しているらしく、彼女の成長は今のところとどまる兆しを見せていなかった。一日の間だけで何センチも伸びるのだ。完全に元の身長に戻るのは、時間の問題だろう。

 と、その媛子が傍に寄ってきて口を開いた。


「たった今、お主の携帯に電話があった」

「電話……誰からだ?」


 春臣は訊ねる。


「椿じゃ、これから来ると言っておった」


 彼女はうきうきした様子で春臣に報告する。


「椿が?」


 また遊びに来るのだろうか。春臣はそう思った。暇になると椿がふらりと春臣の家にやってくるのはいつものことなのである。おそらくまた媛子と遊びたいのだろう。

 しかし、ここ数日は春臣が呪符の影響で寝込んでいたこともあり、そういう日常から遠ざかっていただけに、春臣はそれが何だか新鮮な気持ちがした。そして、同時に、安堵する。

 また、この取るに足らない、雲の上を浮遊するような平穏な日常が戻ってきたのだ。媛子がいて、椿がいて、大学の生活があって、電話の向こうの家族がいて……。そこに特別な何があるわけではないが、今の春臣にとっては、それだけで純粋にうれしい。そう思うと、自然と顔がほころぶ。


 そうだ。休んでいる間中、椿には大学の講義の内容をノートに書いておいてもらったのだ。そのことを感謝しておくべきだな。


 と、


「はーるーおーみ」


 いきなり甘えるような媛子の声がしたと思うと、布団の上で起き上がっていた春臣に彼女が寄りかかってきた。


「え、媛子!」


 驚いて、避けようとする。

 が、彼女に手をつかまれた。


「こ、これ、動くな。じっとしておれ。少しだけ……」

「おい……」


 春臣が制するも、すっと媛子は春臣の鎖骨の辺りに頭を乗せる。


「少しだけ、こうしておいてもよいか?」

「な、何だよ、いきなり」

「せっかく元の体に戻りつつあるのじゃ、今まで出来んかったことをしてみたい」


 春臣の狼狽をよそに、媛子はくつろごうとしているようだった。彼女が喋るたびに、微かに頭が動く振動が伝わってくる。

 滑らかな紅髪が僅かに肌に触れ、その思わぬ柔らかさに春臣は驚いた。

 いや、それより何より、彼女が近い。近すぎる。脳内の春臣が叫ぶ。何とか、この場を回避できないものか。

 しかし、


「ううむ。よい頭の乗せ心地じゃ。このままこれを枕にして眠ってもよいのう」


 媛子はのんきにそんなことを言う。


「こ、これから青山が来るんだろ、そんなことは無理だって。ほら、お茶の用意でもしよう、な」

「むう、よいではないか。あやつにこのままわしらの仲睦まじさを見せ付けてやるのも一興じゃ」

「お、おいおい」

「嫌か?」


 つい、春臣は口ごもる。不意打ちの彼女の上目遣いに、反撃の言葉を失ってしまったのだ。まったくこの神様ときたら、ここぞという時の自らの武器を心得ている。

 ため息をついた。


 さあ、如何にしてこの窮地を脱しよう。

 しかし、春臣がそう考えたとき、玄関のチャイムが鳴った。助かった、どうやら椿の訪問らしい。

 ずいぶん早いような気もするが、ここから彼女の家まで徒歩五分。走ってくれば三分もかからないはずで、この時間の短さも頷ける。


「榊くーん。来たでー!」


 相変わらずの元気そうな声に、春臣はこれ幸いとすぐに返事をした。


「ああ、今行く」


 そして、今だ自分に寄りかかっている少女を見た。春臣が立ち上がろうとすると、彼女は恨めしそうに自分を睨む。


「ちっともお主の枕を堪能できんかった」

「あのなあ」

「ふふふ、もうよい。ほれ、早く椿を迎えてやらんか」


 てっきりふくれっ面をされるかと思いきや、案外簡単に諦めてくれたので、春臣はほっと一安心する。

 いつもこれくらい素直でいてくれたらいいのに。


 そう思いながら、立ち上がろうとしたときだった。

 ほんの少し、媛子の肩に手を触れた瞬間、春臣の視界が暗み、まるで立ちくらみのような感覚に襲われた。


「……!」


 咄嗟に額を押さえる。

 これは、何だ?


「どうした、春臣」


 媛子が心配して覗き込んでくる。

 春臣は首を振った。


「い、いや……」


 その眩暈のような感覚は一瞬にして消えてなくなっている。今は特になんともない。

 指先に痛みが走ったわけではないのだから、静電気の類ではないのだろうが……。では、今のはいったい、何なんだ?


「き、気にするな、どうってことないよ」


 釈然としない気持ちを抱えながらも、春臣は立ち上がった。何か悪い事の予兆でないことを願いながら。

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