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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第五部 時雨川ゆずり編
93/172

90 想いとお守り

「さてとぉ」


 彼女は、椅子に座って大きく伸びをした。


「すまないね。妙な話をしてしまって」

「……これで、終わりですか?」

「そうだよ。私が話したいことはこれだけ。とりあえず安心した」


 そう言って屈託無く微笑する。しかし、春臣は自分だけが取り残されているような釈然としない気持ちがした。


「俺はいったい、何を試されたんです?」

「試すだなんて人聞きが悪い。ちょっとした好奇心だよ」


 ゆずりは不機嫌に口を尖らした。


「好奇心?」

「そ。でも、急に驚かせるようなことをしてしまったことは事実だね。だから、そんな少年へのお詫びというか、何というか。とにかく見てもらいことがあるんだけれど」

「はい?」


 今度は何をされるんだ?

 すると、彼女はドアの方を見た。


「少年、夜叉媛ちゃんを呼んでみなよ」

「へ?」


 そう言われ、今まで春臣は彼女のことをすっかり失念していたことに気がついた。

 そうだ、呪符が剥がれたことをまずは媛子に報告しなければならなかったのだ。彼女の心配そうにしている顔が思い浮かぶ。一週間とはいえ、媛子にはいろいろと迷惑をかけてしまったのだし、その点についても、お礼を言わなければならなかった。


「わ、分かりました」


 素直に従い、ドアに向かう。

 しかし、ノブを握って、あることに気づいた。


「そうだ、結界は?」


 確か、彼女の話では、現在この部屋は完璧な閉鎖空間であり、ありんこ一匹抜け出せない状態にあるのだ。だとすれば、自分がドアノブをまわしても外には出られないはずで、まずは、彼女にその結界を解いてもらうのが先だった。

 見ると、ゆずりは身体をのけぞらせ、豪快に欠伸をしているところだった。ふにゃ、と間抜けな声を出す。


「うん? 何の話だい?」

「いえ、結界ですよ。さっき言ってたじゃないですか」


 しかし、彼女は春臣の言葉には答えず、無言のまま立ち上がり、窓にかかっていたカーテンを開けると、さらに、いとも簡単な様子で窓まで開けてしまった。

 そこには、見えない力の壁があるわけでもなく、のどかな鳥のさえずりが聞こえ、初夏の朝の光がきらきらと差し込んできていた。


「へへん」


 と彼女は得意げに鼻をこする。その表情はしてやったりと嬉しそうに口元が緩んでいるものだった。

 こうなると、春臣としてはお手上げだ。

 なるほど。そういうことか。


「……俺を騙しましたね」


 と、肩をすくめる。


「いやあ、どうしても君から真剣に話を聞きたかったからね。逃げ出してもらっちゃ困ったし。それよりさ、早く夜叉媛ちゃんを呼びな。心配してたみたいだからさ」

「……わかりました」


 結局、最後の最後まで彼女に翻弄されっぱなしだな、と春臣は半ば降参したような気持ちになった。

 まあ、いいか。

 すぐに気持ちを切り替え、部屋から出ると、この家のどこかにいるはずの媛子を呼んだ。


「……おーい、媛子? どこにいるんだ?」


 部屋の前にいないということは、階下だろうが、そうなると、居間でくつろいでいる可能性が高い。春臣は階段を下りて、居間に向かおうとした。

 しかし、そこで、こちらに向かって駆け寄ってくる何者かの足音が聞こえた。どたばたと騒がしく、春臣はその足音の正体を訝った。

 椿が家に来ているのだろうか、いや、それにしては、足音がうるさい。彼女ならば、トストスともっと静かに走ってくるはずである。

 となると、


「誰だ?」


 春臣は首を傾げる。

 すると、その足音の正体が廊下の先からささっと、姿を現した。そして、春臣へと一目散に階段を駆け上り、体をかばう時間もないままに、突進してきた。


「はーるーおーみー!」


 抱きつかれた。


「うわあああ!」


 驚いて悲鳴を上げる。春臣はそのまま後ろに倒れて、階段の段差で背中を打った。


「痛ててて」


 痛みに顔をしかめる。

 体が元通りになった直後に、これはさすがに堪えるものがあった。すぐにでも起き上がりたかったが、体に抱きついてきた何者かを振り払わなければ、起き上がろうにも起き上がれない。


「くそっ、一体なんだよ」

「春臣、春臣!」


 あれ、どうして、俺の名前を呼んでるんだ?

 パニックになった頭で考えながら、春臣ははっと思った。


「あれ……ひめ、こ?」

「そうじゃ。春臣。わしじゃ」


 目の前の人物がそう返事をした。慌てて目を擦る。そして、その人物を間近に見て、呆気に取られた。

 それは確かに媛子だったが、いつもの彼女ではなかったのだ。

 なぜなら、彼女の体が……。


「ふふふ、びっくりしたか?」


 彼女は小悪魔的な笑いを見せる。


「そりゃ、そうだろ……」


 知らず、声が震えていた。


「少し見ないうちに、こんなに『大きく』なってるんだから……」


 そうなのだ。

 彼女の体は、以前とは比べ物にならないくらいに成長していた。春臣と同じくらいとは言わないが、見た目の年齢では、大体七八歳の子供くらいの体格にまで大きくなっていたのである。


「ふふふ。無事に呪符は剥がれたようじゃの」


 唖然としたままの春臣を無視して、嬉しそうに小さな手でぺたぺたと春臣の後頭部を触る。くすぐったいので、是非ともやめてもらいたい。


「これは、いったい何がどうなってるんだ!?」

「……君のお守りさ」


 すると、返事が背後から聞こえた。階段の上に倒れたまま、頭だけを上に向けると、ゆずりが覗き込んでいるところだった。


「はい?」

「だから、種明かし。夜叉媛ちゃんが本来の姿を取り戻しかけているのは、少年のお守りの力ってわけ」

「そうじゃ、これのおかげなのじゃ!」


 媛子が目の前で首にかけているあの緋桐の花が刺繍されたお守りを見せてきた。


「これが?」


 春臣は首を捻る。どう見ても普通のお守りにしか見えない、というより、少なくとも春臣が何か細工していたわけではない。

 すると、再びゆずりが話し出した。


「少年、君には、君自身に宿る不思議な性質があることを説明したね」

「え、ああ、はい」


 春臣は思い出す。彼女が話してくれたのは、春臣の体は、神力を引き寄せる力と、穢れを引き寄せる力、両方を併せ持っているという話だったはずだ。


「それが何か?」

「今回のパターンは、君のその力がプラスの方向に働いた結果なのさ」


 そして、彼女は階段を一段、二段と下り、春臣と媛子の隣に腰をかけた。


「プラスの方向に働いた?」

「そうだよ。私は少年がそのお守りを作るに至り、何を考え、どれをどのように作ったのかは知らない。だけれどね、少なくとも、少年の夜叉媛ちゃんに対する、温かい真心を感じることが出来た」

「は、はあ」

「人の想いとは、『目に見えないもの』だけれど……」


 彼女はそこで意味ありげに春臣に目配せする。


「え……?」

「けれどね、それは時に目に見えるもの以上の力を発揮するものなのさ。君の純粋なる夜叉媛ちゃんへの愛情は、君の中にある神力を引き付ける能力と呼応し、お守りに不思議な力を宿らせた」


 春臣は頷きつつ、彼女の話を聞いている。


「つまり、具体的な話に移るけれど、以上のことから、君がそのお守りに入れていた榊の葉、それへの神力貯蔵のキャパシティーが大幅に増大した。そのため、夜叉媛ちゃんへと供給できる神力の量も格段に増やすことが出来る状態になっていたんだ」


 ゆずりは、そこまで来て小さくため息をついた。


「しかし、残念なことにそれだけの好条件にまでお守りの力を高めておきながら、あと一歩のところでそのシステムの稼動に至っていなかったわけだよ」

「はあ」

「だからさ、時雨川がちょちょいと細工をしてあげたわけさ。そのシステムが上手く作動するようにね」


 すると、彼女は本当に骨が折れたと言いたげに、肩を押さえつつぐるぐると回した。


「その結果が、彼女の急激な体格の変化だよ。供給できる神力が増えれば、必然的に彼女も大きくなる」

「な、なるほど」


 春臣は頷いた。そこでようやく合点がいったのだ。


「そういうわけだったのか」


 すると、そこでゆずりはさらに思ってもみないことまで口にした。


「おそらくだけれど、彼女の体はあと数日で完全に元に戻るはずだよ」

「え、完全に、元に……」


 春臣は目を見張る。

 それは思っても見ないことだった。


「元の身長まで?」

「そうだよ。嘘なんて言わないさ」


 だとすれば、これからの生活がずいぶんと楽になることは間違いなかった。今までは彼女の体の小ささ故に、日常生活の様々な弊害を乗り越えなければならなかったが、体格が戻れば、これからの生活レベルが春臣に追いつくのである。いちいち階段の昇降で転がり落ちることを心配しなくてもいいし、食器を彼女サイズに合わせることもない、それに、春臣がふとした瞬間に小さな彼女を踏みつけてしまうというリスクもなくなるのだ。

 いや、そんなことより……。

 春臣は媛子に微笑みかける。

 何より、彼女にとって、「本来の姿」を取り戻すことは一番嬉しいに違いなかった。


「よかったな、媛子」


 春臣は何のわだかまりもない声で喜びを表現した。

 しかし、彼女はそんなことはどうでもよかったのか、


「ふふ、はーるおみ」


 とびきりの笑顔で春臣の首に手を回し、頬ずりしてきた。胸の中に温かな幸福感がこみ上げてくるのが分かる。


「媛子……」

 

 が、そこで、


「あのさ、邪魔して悪いけど」


 顔を向ける。

 すると、所在無げなゆずりが春臣たちから視線を逸らしているところだった。


「いつまで君たちはいちゃいちゃと抱き合っているんだい? さすがの時雨川と言えど、嫉妬しちゃうよ」


 苦々しげに言われ、春臣と媛子はお互いの顔を見合わせる。一瞬、沈黙して、ようやく自分たちの行動がいかに恥ずかしいものかを認識し、大いに赤面した。

どうも、ヒロユキです。

今週はテストと重なり、ちゃんと投稿できるか不安でしたが、何とか予定通りできました。とりあえず、一安心しております。

それにしても、春臣と媛子は人前で何をしているのやら。


そういえば、最近、新しく小説を投稿しました。この作品とは雰囲気が異なる物語ですが、もしお暇があれば読んでいただけると嬉しいです。

報告はいじょ! それでは。ノシ

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