追加話(95) 椿と幽霊さん 2
どうも、ヒロユキです。
前回割り込み投稿をしたときに気づいたのですが、もしかして、これをすると、次話投稿として認識されないんでしょうか。最終更新が前回のままなので、この投稿方法は失敗だったかもしれない(これだと、更新された小説の一覧に並ばないみたい)。素直に次話投稿にすればよかった……。
ホットプレートの上で、お好み焼きがジュウジュウとおいしそうに音を立てていました。具材が焼ける香ばしい匂いがぽあぽあと部屋に充満しています。机には他にも用意したサラダや煮物が所狭しと置いてあり、中々に豪華な出来栄えでした。
さて、うちは今、榊君の家の居間にいます。
榊君たちはというと、箸を取り、机の周りに座って、それぞれお皿に盛られた料理に手を伸ばしています。皆よっぽどお腹が空いているのか、箸が止まることはありません。
そんな中、うちは夕飯を抜きにされた子供のように、一人で俯き、先ほどのスーパーでの出来事を最初から榊君たちに説明していました。お腹は空いていましたが、食欲は湧いていません。
「なるほどね」
しばらくしてうちが話し終わると、榊君は眠たそうな目をこじ開けつつ、それでも箸を動かしながら、言いました。
「それで、ふぁ……いろいろ大騒ぎになったと」
うちは頷きます。プレートの上のお好み焼きがジュジュウ、とうちを責めるように音を立てていました。
「その、うちは……てっきり悪い人なんかと思てしもて」
「はっはっは、いやあ、面白かったよ」
すると、向かい側に座っていた時雨川さんが大声で笑いました。この人はかなりお腹が空いていたのか、すでに二枚もお好み焼きを平らげています。
「騒ぎに驚いた店長さんが警察まで呼んじゃってさ。事情聴取なんてされちゃったんだよ。それは何とかうまいことごまかしたけど。でも中々に向こうも時雨川に興味津々だったよ。不法入国者か、って」
コーラを飲みながら陽気に話すその様子は楽しげで、とても勘違いされて迷惑だったという感じではありませんでした。
しかし、うちとしては、申し訳ない気持ちでいっぱいです。単なる人違いならまだしも、死んでいる人間違いとは、激怒されてぺちんぺちんと頬をぶたれても文句は言えません。
「笑って話すようなことか? お主の格好はただでさえ人目を引く。もし不審人物として警察に捕まってみよ。こっちまで迷惑なのじゃぞ、時雨川」
と、机の上に座った媛子ちゃんは口を尖らせました。
「まあまあ……ふぁ、媛子もそう目くじら立てるなよ」
そこに割り込むのは榊君です。フォークの先を振り回しかけている媛子ちゃんを制しました。
「結果オーライならいいじゃねえか」
「春臣、わしはそやつの軽はずみな言動が気に食わんのじゃ。こういうやつは過ちをしても反省をせぬ。じゃからそのうち同じ失敗をしでかす危険性があるといっておるのじゃ」
「何言ってるんだよ。失敗って、別にこれは時雨川さんが悪いわけじゃないだろう? 元はと言えば……」
榊君の目がこちらに向きました。
「あ……うち……」
うちははっとして、思わず目を伏せてしまいました。罪悪感が胸を締め付けます。
「ええ、と、その……」
途端に榊君の声が弱まりました。
「……誰にでも失敗はあるし、な。気にするな、青山」
「じゃが、こういうことは気をつけてもらわぬと困るぞ、椿。何でもかんでも早とちりするのは危険じゃ。お主は時々ぼうっとしておることがあるようじゃし」
「は、はい。反省してます」
媛子ちゃんにびしりと言われ、うちはしょぼしょぼと肩をすぼめて、小さくなりました。返す言葉がないとはこのことです。せっかく榊君たちの役に立ちたいと思ってきたのに、反対に迷惑をかけるとは、これではあべこべでした。
いったいうちは何をしているのでしょうか。夕方に媛子ちゃんから電話を受けた直後のような自信はもうありません。
何が、うちがいて良かったと思い知らせよう、でしょう。全く、ダメダメです。
ああもう、うちの馬鹿馬鹿。
「何言ってるんだ」
しかし、急な明るい声にうちは顔を上げます。まるでそれは天から降ってきた声のようでした。
見ると、時雨川さんがこっちに向かって微笑みかけています。
「こんな格好をして、あんな場所をうろついてた時雨川が悪いんだ。ちっとも少女の責任じゃないよ」
その優しい言葉にうちのしぼみかけていた心は、ぽわんと膨らみます。
「それに、この夕飯の準備をしてくれたのも彼女だろう。そうじゃなきゃ、また今夜だってコンビニ食だったんだ。むしろ感謝すべきだよ」
そうして、時雨川さんは、ありがとうなとうちに目配せをしてくれました。うちは顔が熱くなります。
「え、えと、うち……その……」
しかし、隣の媛子ちゃんはその言葉が気に食わないのか、時雨川さんをじいっと睨みつけます。
「お主、新参の居候の分際で偉そうなことを……」
と、ぎりぎりと歯噛みし、再びフォークを振り上げかねない様子です。
が、ここは再び榊君に止められました。
「はいはい、細かいことは言いっこなしだ。折角の大人数での食事なんだろう。楽しくなけりゃ宴会じゃないって」
彼にそう言われ、媛子ちゃんはふんと不機嫌そうにそっぽを向き、しばらくぶつぶつと唸っていましたが、彼から煮込んだじゃがいもをフォークで口に入れられると、うれしそうに目を閉じました。
「うむ、うまい」
柔らかい至福の表情です。
そして、そのおいしさに触発されたのか、次々に食べ物を平らげ始めました。どうやら落ち着いてくれたようで、一安心です。
うちはそこで彼女を眺めるのを止め、もう一度向かい側で再びお好み焼きを食べている時雨川さんを見ました。
たった今、うちを庇ってくれたその人です。うちの心はその瞬間、ときめいていました。
なんと優しい人なのでしょう。こんな阿呆なうちを庇ってくれるなんて。まるで、天使のような人です。
けれど、うちはそこでふっと考えます。
時雨川さん――。
そう、時雨川さんです。
不思議な青い髪をして、白装束を着て、榊君の家に居候している、その人のことです。
よく考えてみれば、時雨川さんのことをうちは知りません。スーパーでの騒動の後、とりあえず、榊君の知り合いということが分かって一緒に買い物を済ませ、こうして榊君の家まで帰ってきたのですが、依然として、彼女の正体は何者なのか、全く知れないのです。なぜ、榊君の家に居て、なぜ、こんなにも自然に榊君たちと会話し、受け入れられているのでしょうか。
榊君の知り合い?
媛子ちゃんと同じ神様?
うちは混乱します。
でも――。
でも、少なくとも、悪い人やないよな。
だって、うちのこと、庇ってくれたし。
と、そんなことを考えていると、ふいに時雨川さんと目が合いました。
「少女、楽しんでるかい?」
いきなりそう聞かれ、うちはどぎまぎとしました。どう答えるべきか迷っていると、いつの間にか向かいに座っていたはずの時雨川さんは、うちの真横に腰を下ろしてきました。いったいいつ移動したというのでしょう。うちは呆然とします。
そんな時雨川さんの方からは、ふわり、と草原のような優しい香りが漂ってきました。
「おいしいよ。少女が作ってくれた料理」
「え、ほんまですか?」
うちは褒められて驚きました。
「そうそう、お好み焼きだっけ。こんなにおいしいものはそこらへんにはないね」
時雨川さんはそう言って、嬉しそうに箸を伸ばします。プレートの上のお好み焼きを小さく分け、食べ易い大きさにしているようです。
「そらあ、おおきに」
とお礼を言いながら、うちは時雨川さんの手元に目が行きました。その時、あれ、と思います。
「それ、持ち方がちゃいます」
「え?」
時雨川さんは、びっくりしたのか、持ち上げたお好み焼きをぽろりとプレートの上に落としました。うちは、それを見て軽く笑って、自分の箸を持ち上げてみせました。
「正しいのこう。上の箸は三本の指で鉛筆を持つように支えながら持って、下の箸は動かさずに固定するんです。ほら、こういう感じで動かします」
うちは説明しながら、今度は時雨川さんの手に触れ、指を正しい位置に動かします。時雨川さんの手はうちより大きく、しかも、白く長く綺麗で、なんだか大人の女性という感じがしました。
持ち方を修正し終えると、うちは手を離しました。
「ほんなら、これで動かしてみてください」
「え、っと、こう……かな?」
すると、今度は上手くいきました。上の箸だけがぱちぱちと動いています。
「そうですそうです」
うちは両手を叩きます。時雨川さんは恥ずかしそうにはにかんでから、不思議そうに箸を持つ自分の手を見ました。
「ふうん、少女はよく知ってるんだな。時雨川は昔っからの持ち方だから、直そうと思ったこともないよ」
「ふふふ……でも、うちかて、昔は下手やったんです」
うちは言いながら、苦笑いをしました。
「へえ……」
「お母さんから、何度も教えてもろうて、ようやく出来たんです。その、うちは、覚えるの下手やから」
「猛練習したんだ」
感心したように時雨川さんが目を丸くしました。
「ええ、そらあもう。二ヶ月練習して、ようやく出来て……けど、あの、うちは思うんです」
「うん?」
「どうして、昔の人は二本の棒で食べ物を掴む、なんてことを考えたんでしょうか。絶対に他にええ方法があったんちゃうんかって、うちは思うんです。ほら、フォークとかスプーンの方が絶対持ちやすいでしょう?」
すると、時雨川さんは少しぼうっとした顔をした後で、急に笑い出します。
「ハハハ、確かに考えてみれば小さな子供には持ちづらい食器だよな」
「ですよねえ」
うちは鼻息荒く頷きます。ここに反箸同盟を結成できるかもしれません。しかし、うちがそれを提案しようとしたとき、そこで時雨川さんは突然吹き出しました。
「ぷっ、くふふふ。しっかし、少女は本当に面白いな」
「へ?」
突然のことに、うちはぽかんとします。
「日本の食文化のひとつである食器の箸を否定するとは、よくそんなことを考えるもんだ。ハハハ」
時雨川さんがあんまり笑うので、うちはだんだん恥ずかしくなってきました。前から思っていたことなので、つい言ってしまいましたが、言わないほうが良かったかもしれへんと後悔しました。
うちは机よりも身長が低くなるかと思うくらいに縮んだ気がします。
「……久しぶりなんだよな」
ふいに、時雨川さんが言いました。横を見ると、彼女は氷でよく冷えたコーラのグラスを持って、ちびちびと飲んでいます。
「え、何がですか?」
「こうやって大勢でわいわいすることって」
その横顔はどこかはしゃいだ子供のようで、純粋にこの食事の場を楽しんでいるようでした。
しかし、うちは思います。
ということは、時雨川さんは、いつもは一人ということなのでしょうか。
「あの、時雨川さんは、いったい何してる人なんですか?」
うちは気になっていたことを訊きます。
「時雨川かい? 時雨川は、ただのしがないお守り商人だよ」
あまり聞きなれない言葉にうちは目をぱちくりさせました。
「お守り、商人?」
「そうそう。全国を渡り歩いてお守りを売り歩くのさ。とっても骨が折れる仕事だよ」
「一人で?」
「そうさ」
「日本中を?」
「ああ」
うちはそこで一度、言葉を飲み込むように呼吸をした後で、こう訊きました。
「……寂しく、ないんですか?」
その瞬間、カラリ、とグラスの中で、氷が落ちる音がしました。時雨川さんの表情が一瞬固まります。
「う……ううん、あんまり考えたことがないなあ」
うちはそんな時雨川さんを見てから、榊君と媛子ちゃんの方を見ます。
「うちやったら……」
「うん?」
「いえ、うちやったら、皆がおらんと寂しいと思うから……」
「……」
それきり、時雨川さんは何も言わないままでした。どこか遠くを眺めているような目をして、部屋の明かりをじぃっと見つめているのです。その横顔は先ほど違い、どこか冷たい印象を与える、青白い壁のようでした。
うちは、その時、時雨川さんが何を考えているのか分からなくて、少し怖く思いました。
ええと、最後に一言。
サイドストーリーのくせに、話が長くなってしまってます。次回ももう少し続く予定です。更新は早くて二日後、かな?