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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第五部 時雨川ゆずり編
84/172

84 家主のいぬ間に 2

「その、では」


 それっきり、通話は途切れてしまった。


「何だ?」


 と木犀は首を傾げる。

 しかし、驚くようなこととは何なのか。その時には大して気にしたつもりもなかった。

 きっと内緒の誕生日会を開くために仲間が自宅で待ち伏せているような、その程度のチープなドッキリを想像したと思う。スリッパを床に貼り付けていたり、人の家に勝手に出前を頼んだり、そんな感じだ。

 だから、それを前もって知らせてくれた彼女には感謝したいが、いたずらする側のルールとしては違反だろうな、とか、のんきに思った気もする。

 しかし、そんな考えが実に楽天的過ぎたことが次の日に分かった。

 まさか、

 まさか、神様がそこにいるなんて、思いもしなかったのだ。



「おい、話を聞いておるのか?」


 目の前で綺麗な紅の髪を揺らしながら喋っているその少女は、不機嫌そうにあごを突き出した。


「え、ああ」


 その姿に見とれていた木犀は、すぐに返事が出来ず、中途半端な声が出てしまう。


「お前、わしが珍しいのは分かるが、話に集中してくれぬと、何度も繰り返すのはこちらも疲れるのじゃぞ」

「は、はい。すいません」


 彼女の苛立った様子に、慌てて頭を下げた。


 先ほどの玄関から場所を移して、木犀たちは居間にいた。小さな食事用のちゃぶ台の上に彼女が立ち、畳に正座をして木犀が座っている。

 そして、木犀がここに呼ばれた理由について、彼女からの説明が始まり、すでに数十分が経っていた。

 しかし、机の上でちょこちょこと動き回り、大げさに身振り手振りで分かり易い説明をしようと心がけてくれている彼女とは裏腹に、未だに木犀はその話に集中することが出来ていなかった。

 いったい、どうして彼女のような神様がこんな場所にいるのか。そもそも、この少女は果たして本物の神様なのだろうか。

 と、こんな様子で、木犀は未だに混乱していたのである。

 確かに、現在彼女から発せられている声は、あの晩に木犀が聞いた声と同一人物のようだったが、木犀としては、まさかその正体が、こんな小さな姿の人物だったとは、想像もしていなかったのだ。

 木犀の中で神様とは、強大な力を持った存在であり、滅多に人の前に姿を表さず、それでいて、空の上から人々を見守っているような、そんな存在だった。

 だからこそ、そのイメージと彼女とのギャップに木犀の中で大きな違和感が生まれていたのである。


 いろいろと考えを整理をしなければならないようだ。

 そう思いながら、ううむと木犀は頭を捻る。

 と、そんなことを考えている間も話は続いていたようで……。


「――で、あるからして、わしはお主をここへ呼んだわけじゃが……おい、分かったのか!」


 呆然と彼女を見ているだけの木犀に対し、彼女は訝しげな目つきで鋭く睨んできた。


「は、はい」


 びくり、と身震いし、木犀は返事をする。まるで、自分では勝負にならないほど強い人間に見つめられたような、そんな怖気がしたのだ。

 すると、彼女は満足げに頷き、


「よし、それではこれから家事を始めるぞ」


 そう言った。

 それに対し、全く話の見えない木犀は素っ頓狂な声を出す。


「ど、どういうことですか?」


 すると、彼女は再び眼光を鋭くし、眉間に深い皺を寄せた。


「お主、話を聞いておったのじゃろう? お前は春臣の代わりに、この家の家事を行うのじゃ」

「はあ?」


 どうしてそんなことに?

 木犀は目を点にする。


「春臣が病に伏しておる故、わしだけでこの家の家事をせねばならぬ。じゃが、それにはこのわしの体ではさすがに限界がある。そのため、わしの命令を聞いてくれ、且つ、暇なお主を呼んだのじゃろうが」


 彼女は木犀の胸の辺りを指差しながら、言った。しかし、木犀には、そんなことなどどうでもよかった。春臣が病気。その言葉に驚いていたのである。


「榊、大丈夫なのか?」


 身を乗り出して聞くと、先ほどにもまして彼女の表情が不機嫌なものに変わる。


「お前、さてはちっとも聞いておらんかったの?」

「病院に連れて行ったのかよ?」

「うう、それについては問題ない。病は心配せずともじきに治る。お前が心配するに及ばぬことじゃ」

「そ、そうなのか」


 木犀はそれで納得した。

 少なくとも、重大な病気でないのならば、大丈夫だろう、と思ったのである。すると、神は何か深く聞かれると面倒だと思っていたのか、それ以上聞かれなかったことにほっとしているようだった。

 木犀は妙に思って、少し首を傾げる。

 と、そのことについて言葉を発しようとする前に、


「暮野木犀よ」


 彼女から名前を呼ばれた。


「はい」

「聞いた話によれば、お主は学校などという場所に行かんでもよいのじゃろ?」

「一応、浪人している身ですから」

「ならば、わしの手伝いをせよ。お主には一応罪を見逃した借りがあるのじゃし、異論はないの。それにわしの力になれるのじゃ、信者一号からすれば誇りに思うべきことではないか?」

「はあ、少しくらい問題ないですけど」


 少々疑問は残っているが、神様の役に立てるのならば、それくらいの手間はやぶさかではない。それに榊の体調も気になった。木犀は天井を見上げる。一階にいないということは、彼は二階の自室にいるのだろう。様子を見にいけないものだろうか。

 すると、その考えを看破されたのか、


「春臣は二階で眠っておる。起こすわけにはいかん。わしらだけでやるべきことを済ますぞ」


 と神様から釘を刺された。さらに神様は、木犀を追い立てるように手を叩き、


「よし、ではまずは掃除を始める」


 と宣言した。




 一通りの作業が済むまでには小一時間ほどかかった。先ずは一階の全ての部屋に掃除機で塵や埃を隅々まで吸い取り、それが終わると、次に洗濯物を干す。これは一人分の衣類であるので、簡単に終わったが、異常だったのは台所。なぜか大人数で宴会でも開いたかのような汚れた食器の数に木犀は驚いた。

 服のポケットに入りながら指示を出していた神様に尋ねると、「忌々しき大食漢がおっての」と表情をゆがめていた。

 それが誰のことを指すのか、なんとなく木犀は訊ねなかったが、榊の他に誰か住んでいる人間がいるのだろうか。

 疑問に思いながらも、皿を布巾で拭き、食器棚に並べ終わると、あらかたの作業は片付いた。


 その後、神様の指示に従い、台所上部の戸棚を開けると、緑茶のパックが入っていた。それで一服しようということらしい。木犀はごきりごきりと凝った肩を鳴らし、準備を始めた。

 そして、やかんでお湯が沸騰するのを眺めながら、ふと、いったい自分は他人の家で何をやっているのだろう、と言う気持ちに駆られた。

 特別親しくもない人間の家に入り、その家主が眠っている間に家事を済ませ、今は緑茶を飲もうとしている。その一連の行動が不思議に思えてならなかった。そもそも、神様に呼び出されるなど、想像もしていなかったのだ。

 お茶を淹れ終わり、木犀は、居間の机の前に座り、目の前で切り分けられた羊かんにぱくついている神様を眺めながら、今さらながら、ふうむ、と唸った。

 先ほどはこの神様の言葉に圧倒され、自分の疑問などすっかりどこかに置き忘れていたのだが、今ならいろいろなことを聞いてみたいと思った。

すいません、今回もまた中途半端ですね。

思いのほか話が長くなったので、半分で切りました。

なるべく早く続きを載せようと思います。

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