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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第五部 時雨川ゆずり編
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77 不審の商人

どうも、ヒロユキです。


今回はちょっと内容が長くなったので分割します。

残りの部分は明日か明後日更新するかと。


「大丈夫だったかい? 少年」


 一瞬前の不気味な笑みなどまるでなかったかのように、ゆずりは母親のような優しい表情になり、肩で息をしている二人の少年に声をかけた。


「う、うん」


 尻餅をついた状態で、息も絶え絶えに銀犀が感謝を述べる。


「助かったよ、お兄ちゃん。それにお姉ちゃん」


 金犀の方はというと、呼吸を落ち着けることも面倒なのか、すぐさま立ち上がり訝しげにゆずりを見た。


「それより、い、今のは一体なんだよ? まさか、魔法でも使ったのか?」


 真相を知りたくて、いてもたってもいられない様子である。

 彼女は緩慢な動きで首を横に振った。


「私は何もしていないって。お守りの力が君たちを救ったんだ」

「お守りが?」


 金犀が目を丸くする。


「そうさ、お守りに宿ってる神様が災いから君たちを助けたんだ。私よりもお守りの神様に感謝した方がいい。それより、怪我はないかい?」

「う、うん。それは大丈夫だけど……お守りって、さっきの紙飛行機のこと?」

「ああそうさ」

「なあ、それ、見せてくれよ!」


 すると、少年たちは直前まで命の危機にあったことも忘れ、興奮気味に無邪気に飛びはね、ゆずりに群がろうとする。ちょっと待ちなよ、と彼女は苦笑いだ。傍から見れば、少し歳が離れた姉弟が戯れているような、そんな微笑ましい光景だろう。


 しかしその一方で、春臣はその様子を離れた場所から呆然と眺めていた。

 とてもではないが、少年たちのように、好奇心に目を輝かせながら彼女に近づくことは出来なかったのだ。

 体が、今しがた彼女に感じた尋常ではない力の存在に恐怖している。

 彼女は、紛れもなく一般人ではない。春臣は今はそう認識していた。


 神の力を使用できる、特殊な人間なのだろう。

 春臣は思う。

 瀬戸さつきと並ぶ……いや、それ以上の力を持っているのだろうか? 神には一つの山を消滅させるほどの力があるとさつきは言っていたが、もし彼女も相応の力があるとすれば、それは脅威だ。

 どうする? どうする?

 ぐるぐると考えが巡る。


 ふいに、シャツを掴まれているのに気がついた。


「春臣」


 僅かに聞き取れる声で、媛子が囁きかけているのである。


「今の内に帰るのじゃ」

「え?」


 いきなりのことで、戸惑う。


「よいから帰るぞ」

「どういうことだ? あの人のこと、何か知ってるのか?」


 媛子の様子が妙に必死なのを見て、春臣は先ほどの彼女の不審な挙動を思い出していた。倒れた時雨川ゆずりを見て、驚いたような素振りを見せたことだ。


「説明しておる暇はない」


 警戒するように媛子はゆずりを一瞥し、


「とにかく、あの娘から離れ――」

「え、お姉ちゃん、それ何?」


 と、そこで金犀の高い声が割って入ってきた。春臣が目を向けると、時雨川ゆずりは少年たちの前で、何かを取り出して見せているところだった。


「これもお守りさ。君たちが安全に家まで帰れるようにするための」


 自慢げにそう説明しているが、よく見れば、それはお守りとは思えないただの二枚の鳥の羽で、白と茶が混じったまだら模様をしている。春臣は妙に思い、眉を寄せた。

 彼女はそれをくるくると指で弄んで回し、二人に差し出すのかと思いきや、


「――」


 なにやら口元で一言か二言、囁いた後、ためらいもなく二人の頭のてっぺんにぷすりと差した。


「な!」


 春臣はあまりのことに喫驚きっきょうする。

 すると、それまで騒いでいたのが嘘のように、双子が静かになった。ぶらりと両手を下げ、視線が宙を漂い、瞳が色を失う。それはまるで病人のような、気力の欠片もない半分死んでいるような様だった。


「時雨川さん、今、何を?」


 思わず、春臣が震える声で訊いた。


「しっ!」


 しかし、彼女は答えを返すことなく、春臣を口元に指を置いて制し、無言のまま俯いた二人になにやら言葉をかけ始めた。


「いいかい? 君たちはここで何も危険な目に会っていない。道で行き倒れた私を助けた後、その無事を見届けてそのまま家に帰ったんだ」


 ゆずりが春臣の背後の道を指す。


「さあ、行きなさい」


 すると、彼らは返事もせず、くるりとその方向へ身体を向け、歩き出した。

 何と、ゆずりの命令を聞いている!


「おいおい、ちょっと!」

「榊少年だっけ、そこをどいてあげてよ。二人は帰るんだ」


 彼女は春臣の方を向きもしないで淡々と指示した。

 しかし、そんなことで引き下がる春臣ではない。ぐ、と口元に力を入れると、こう言い返した。


「彼らに何をした!」

「別に何も。特別、害になるようなことはしていないよ。ただし、ちょっと脳内の情報を改ざんさせてもらった。さっきの力を見てしまった記憶を消したのさ」

「記憶を、消しただと?」


 春臣に戦慄が走る。


「そんなことが簡単に?」

「そう、私には出来るんだよ。こういうことが」

「ふ、ふざけるなよ」

「大丈夫だよ、榊少年。家まで戻れば彼らは普通に戻る。記憶が少し修正されているが、別に後遺症も何も残らない。綺麗さっぱり、常人に戻る。命の恩人に、恩を仇で返すようなことはしないさ」

「……怪しい話だな」


 春臣は半信半疑だ。

 真実かどうかはさておき、彼女は何のためらいもなく少年たちに怪しげな術をかけたのだ。他人を騙すことに、何の抵抗感も有していない、ということも十分に考えられる。

 そこで春臣は、近づいてきた銀犀を止めようと、手を伸ばした。本当に記憶を無くしているのか、確かめようとしたのである。

 ゆずりの声が飛んでくる。


「おっと、今の彼らには何をしたって無駄だよ」

「は?」


 すると、銀犀の肩に触れるか、触れないか、のところで春臣の手が止まった。体が硬直したのが分かった。まるで金縛りにあったようである。


「――!」


 その隙に、暮野少年たちは春臣の脇を通り、遠ざかっていく。


「おい、おい!!」

「だから心配しなくても大丈夫だよ。保証するからさあ」


 彼女はため息をつき、やはり平然とした様子だ。


「私はあの子たちの記憶の一部を無くすことが出来れば十分。それ以上のことをしても、何のメリットもないし」


 春臣は、動かない体のまま、顔だけを動かし彼女を睨みつける。


「あんた、何者だよ」

「おおこわ、そんな目で見ないでよ」


 言葉とは裏腹に、彼女は驚いてはいるようには見えない。さらさらと髪を揺らしつつ、余裕の表情を浮かべていた。


「質問に答えてくれ」

「何さ、さっき答えたでしょう? ただのしがないお守り商人だって」

「……じゃあ質問を変える。今のが人に見られちゃまずい力だったなら、俺の記憶も消すのか?」

「うんにゃ、少なくとも今はそんな余計なことをするつもりはないよ」


 これは意外だった。


「それは、どうして?」

「だって少年、君には聞きたいことがあるんだもの」

「は?」


 すると、す、と彼女は春臣のシャツのポケットを指差す。


「そこにはさあ、一体、がいるんだい?」


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