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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第五部 時雨川ゆずり編
74/172

74 雨後の公園 2

「突然呼び出したりして、ごめんね」


 春臣は軽く頭を下げた。


「そっちにもいろいろ予定があるだろうに」


 公園の隅にあったベンチにさつきと二人で並んで座っている。先ほどの子供たちが立ち去ってしまったので、辺りは静かで話し易い。心地よい風も吹いていて、木立の影がさわさわと揺れていた。


 春臣が顔を上げると、さつきは以前と変わらぬ礼儀正しさがにじみ出たような落ち着いた笑みで首を振っていた。


「いえ、私としても近いうちに連絡を取りたかったので、別に構いませんよ」


 迷惑でなかったようで、春臣はほっとした。


「でも、待ち合わせはこんな場所でよかったの?」

「え?」

「瀬戸さんは神社の近くに住んでるんだろう? ここは俺の家からは近いけど、神社とは逆方向だよ」


 この場所を指定してきたのは彼女だったが、普通であれば、どちらかの自宅に行けば済む話であるので、春臣は不思議に思っていた。

 すると彼女はなぜか少しはにかみながら俯くと、


「いえ、今日は町に用事があるので、ちょうどよかったんです」


 そう言った。


「町に用事?」

「ええ、少し……」


 春臣はなんだか妙な気持ちになる。巫女の彼女が町に遊びに行くなど、あまり上手く想像できなかったためか、そうか、巫女さんだって普通の人なんだよな、となんだかしみじみと思った。


「それより、お話しに結論は出ましたか?」

「ああ、うん」


 すぐに頷く。

 今日、彼女をこの公園に呼び出したのには、他でもない、その話をするだったのだ。


 数週間前、巫女である彼女と対決し、危うくも勝利を得た春臣たちだったが、その後、媛子を元の世界に戻す方法を示してくれた彼女に、その選択肢を選ぶかどうか、答えを告げなくてはならなかった。


「で、結論は……?」


 彼女の問いに、春臣と媛子は目を合わせて頷きあう。


「ああ、もちろん」

「それでは……」

「しばらく、現状維持だ」


 たっぷりと息を止めた後で、春臣はそう告げた。


「……現状、維持……」


 彼女は春臣の言葉をおうむ返しし、一瞬、驚いたように上半身をさっと後ろに引いたが、すぐに安心したような表情になる。


「そうですか」

「ああ、俺たちもあれからいろいろあってさ。どうすべきか真剣に悩んだんだが……結果はそういうことだ。いましばらく、媛子を俺の家で預かる」


 言葉で二人の意思を明確にしながら、春臣自身も自分に言い聞かせるように言った。


 はっきりと言えば、結論から逃げた、と後ろ指差されるような答えだろう。

 だが、それでも春臣が一番優先したのは、何より、お守りを作っていたころから考えていた、「媛子となるべく一緒にいること」だった。

 だからこそ、誰に何と言われようと、春臣はそれで、最良且つ、理想的な結論にたどり着けたと確信していた。


「巫女の娘よ、これを見よ」


 すると、ポケットの中の媛子がさつきを呼んだ。目を向ける。彼女は胸元のお守りを手に持って突き出していた。


「あ……」

「何です、それ?」


 さつきが覗き込む。


「お守りじゃ」

「お守り?」

「そうじゃ、春臣がわしのために作ってくれたのじゃ、これはすごいぞ。これがあれば、人間の世界におっても怖くないのじゃ!」


 正直、不器用な自分が作ったお守りを自慢されるのは中々に面映かったが、そう誇らしげに語る様子は、見ていてかなりうれしいものだ。


「はあ……」

「はあ、ではない。巫女の娘、これは大変なことなのじゃ」


 媛子はそこで語気を強めて語る。


「お守りだけではなく、この世に来てからというもの、わしは、春臣に世話になりっぱなしじゃ。そもそもの原因に春臣が責任を感じ、わしを神の世に戻してくれると約束してくれたとはいうものの、わしは、その春臣の優しさに甘えて過ぎておった」


 お守りを両手で抱きしめながら、彼女の声は弱弱しく細くなった。


「わしは春臣に借りを作りすぎたのじゃ」

「借りを?」

「そうじゃ、だからわしは、何としても春臣に少しでも恩返しをせねばならんと思ったわけじゃ。分かるの?」

「はい」


 媛子はぽんと胸を叩く。


「だから、神の世に戻るのはまた今度ということにする。恩を返し終わってからでも、帰るのには遅くないと思っての。これが、二人で話し合って決めたことなのじゃ」


 そう言い切る様子はなかなか勇ましく、春臣には彼のの神様らしい力強さがあるように思えた。


「……巫女の娘、どうじゃ?」


 媛子がす、とさつきを見つめる。


「そうですか。分かりました」


 すると、あっさりと了承し、さつきは微笑んだ。


「それだけ、か?」

「はい。私は別に、榊さんたちが出した結論にとやかく言うつもりはありませんよ」


 彼女はベンチに座ったまま背伸びするようにぐっと両足を前に伸ばす。


「榊さんたちが何か町にとって悪いことをしようとしているなら話は別ですが、あなたたちはそんな人たちじゃないですし、私としてもあんな無礼なことをしてしまった以上、夜叉媛様がこの世界に残ることに文句を言える立場にはありません。私も榊さんたちには借りがあるんです」

「……あのときのことはもう気にしなくていいのに。瀬戸さんだって、この町を守りたくて行動してたわけだから」


 しかし、彼女は頑なに首を振る。


「ですが、失敗は失敗です。それを全くの無にしてまっては前進はありませんよ」

「……前進か。瀬戸さんがそういうなら、まあいいけど。それで、肝心の神社の神様はどう言ってた?」


 春臣が訊く。実はそれが一番気になっていたことだった。

 いったいどんな神様なのか検討もつかないが、この土地を守っているくらいだ、相当な権力と力を持っているだろう。さつきが良くても、神が首を縦に振らなければ、意味がない。


「ああ、それなら問題ありません。千両様も私と同意見です。事情を話したら、問題がないならば放っておくって」

「え?」


 そんなもの、なのか?

 春臣は呆気にとられる。


「ずいぶんアバウトな神様だな」


 さつきは口元に手を置いて苦笑した。


「ふふ、神様って案外そういうものだって言ってましたよ」

「へえ」

「あ、でも。力をむやみに使ったことはしっかり怒られましたが……」


 そう言って項垂れる様子は、かなりこっぴどく叱られたようだった。


「でも、アバウトって言えば、媛子も似たようなものだよな」

「何じゃ? 春臣、わしが適当じゃと?」

「違うのかよ。いっつもメリハリのない生活してるくせに」


 すると、痛いところを衝かれたのが気に食わないのか、彼女は服の袖から神楽鈴を取り出して、しゃりんと春臣の鼻に向ける。


「失礼はそれくらいにしておけ。その気になれば今のわしなら、お主の髪の毛に火をつけることも可能じゃぞ。その歳で禿頭になりたいか?」

「是非遠慮させてください」


 即答した。


「ふむ、賢明な判断じゃ」


 媛子が満足した顔になると、隣のさつきが笑う。


「ふふふ、やっぱり仲がよろしいですね」

「なんじゃ? そう見えるか?」

「はい、とっても」


 さつきにちらりと目配せをされたような気がして、春臣は途端に咳き込んだ。


「う……ごほんごほん」

「どうした、春臣?」

「いや、なんでもない」


 ちょっと、動揺しただけだ。


「でも、思ったよりお話しが早く済んでよかったです。私これから用事がありますので」

「ああ、町に行くんだっけ」


 すると、彼女は携帯を取り出し、メールを打ち始める。


「そうです、暮野さんに誘われて一緒に買い物を……」

「暮野? ああ、知り合いなんだっけ?」


 以前そんな話を聞いたきがするが、しかし、一緒に出掛けるほど仲がよかったとは知らなかった。


「はい、この間は神社に遊びに来てもくれました」

「へえ」


 暮野の話をする彼女はなんとも嬉しそうだ。


「だから、今日は私が暮野さんに付き合うことなってて――」

「なるほど、デートか」


 と、


「え?」


 その一言に、彼女の時間が止まった気がした。


「つまりデートであろう?」


 いつの間にか春臣の肩によじ登っていた神が、三白眼でさつきを眺めていた。


「え、そうなの?」

「え、え、ち、違います」


 彼女はわたわたと両手を振る。


「何を言う。男女が一緒に町を出歩くということはそういうものなのじゃろう? わしも春臣と一緒にデートをしたことがある。さっきもお主が来る前まではデートじゃった」


 おいおい、初耳だ。


「そうだったのか、俺は聞いてなかったがな」


 とぼやく春臣の前でさつきはぶるぶると首を振っていた。


「違う、違うわ、さつき。これは全然普通のことよ。普通のこと。ただ二人で一緒に買い物に行くだけじゃない。そうよ、大丈夫」


 しかし、それに追い討ちをかけるように媛子が言う。


「だから、それがデートじゃ。お主も分かっておるから、そのための服を選ぶのに時間がかかったのではないのか?」

「そ、そんなこと……」


 さつきの顔が一気に赤くなる。言葉が覚束なくなり、額に汗が滲んでいる。

 これではパニックになるのは時間の問題だろう。

 仕方ない。ここは手助けしてやるか。

 春臣はわざとらしく手を叩く。


「ねえ、瀬戸さん。暮野にもう行くってメールしたんだよね。じゃあ、そろそろ行ったほうがいいんじゃない?」

「あ、はい。そうでした」


 これは渡りに船とぴょんとベンチから立ち上がるさつき。


「あの、それでは榊さん」

「うん、じゃあまたね」


 簡単に別れの挨拶を済ませ、そのまま小走りで公園の出口に向かっていく。


「お、おい、巫女の娘! 待たぬか」


 しかし、媛子の引きとめの言葉もむなしく、彼女は遠ざかっていき、道路を渡っていった先で視界から消えた。


「……おい、春臣」


 ゆっくりと息を吐いて、媛子が不機嫌そうに言った。


「文句は受け入れ拒否」


 春臣はそっぽを向く。


「もう少しあの小娘をいじめてみたかったのにのう」

「……悪趣味な神様だな」

「何を言うか、過ちではあるが、一度はお主に怪我をさせようとした娘じゃぞ」

「え!?」


 一瞬、心臓が強く脈打った。


「おい、ま、まさか媛子、あのときのこと、まだ根に持ってるのか?」


 てっきり春臣は、媛子がさつきの過ちをとっくに許しているものだと勝手に思っていたが、違ったのか?

 盲点を衝かれた気持ちだった。


 確かにあの時は、彼女にとって本気で命を取られるかどうかという修羅場だったわけで、それと同じく春臣や、椿も同じような危機に直面した。

 よく考えてみれば、そんな行為をいとも簡単に春臣は許しているわけで、普通なら警察を呼ぶほどの大騒ぎになっていても不思議ではない。だが――


「ふふふ」


 彼女がいつの間にか真剣な春臣の表情を見て笑っていた。


「な、何だよ」

「冗談じゃ。そんなわけなかろう」

「え?」


 唖然とした。

 と同時に、自分の考えが単なる杞憂だったことへの急激な脱力感に襲われる。


「冗談かよ。驚かせるなよ」

「なに、わしはこれでも、あやつのことを気に入っておるのじゃ」

「へえ、そうなのか?」


 そりゃまた初耳だ。


「わしは巫女にかしずかれたことはないが、この世ではあのようによく働く巫女も少なくなっておるようじゃ。神よりも自分たちの生活で手一杯な人間がこの世には多く増えておるのじゃろうな。悲しい話じゃ」

「……」


 なんとなく、春臣は言葉に窮する。神が人から忘れられようとしている、そんな事実の気配を感じてしまったからだった。


「じゃから、あの娘のような貴重な存在を絶やしてはならんとわしは常々思うのじゃ」

「……そうだな」


 言って、ベンチから立ち上がる。


「じゃ、俺たちも帰るか」


 ともかくこれで、片付けるべき問題は終わったのだ。しんみりとした空気は今は遠慮願いたい。


「そうじゃのう……あ、春臣」


 媛子がシャツを引っ張る。


「何だ?」

「その、少しだけ遠回りをして帰らぬか?」


 彼女は恥らうように、上目遣いで訊く。


「え?」

「ならぬか?」

「……」


 もしかすると、さつきが暮野とデートをしていることに何らかの対抗心を燃やしたのかもしれない。

 全く、面白い神様だ。

 春臣はその申し出を断われるはずもなく、軽く頷き、


「……いや、じゃあ、遠回りしようか」


 と、来たときとは反対の出口から公園を出ることにした。

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