67 緋桐守り 1
どうも、ヒロユキです。
ちょっと今回は急いで推敲したので、少々おかしなところがあるかもしれません。
それから、中途半端に終わってます。すいません。ちょうどいい切りどころがなかったので、こんな感じになったんです。
出来るだけ早く続きを載せようと思ってます。
夕飯を食べ終わると、時計の針は七時半を指すところだった。
春臣はさっさと食器を流しに運び終えると、外へ出かける支度をする。これから椿の自宅へと向かうのだが、持っていくものは多くない。
必要なものは数日前に買い終えていて、その全てを春臣は椿に預けていたのだ。
唯一、今日使う予定の植物図鑑をカバンに入れ、準備万端。
「ようし、これでいいな」
しかし、意気揚々と玄関まで行くと、そこで待ったがかけられた。媛子に呼び止められたのだ。
「春臣、今日も行くのか?」
振り返ると、いつの間に来たのか、彼女は隣に立っていた。
いつもならば、夕食後はテレビのゴールデンタイムとなるため、彼女は部屋に籠もってそれを見ているのだが、最近は違った。さつきとの一件があってからというもの、彼女は常に何かを憂いたような表情で、始終影が深くなっているような印象がある。
「あ、ああ。言ったろ? 今回は青山と一緒にレポートを書き上げなくちゃならないんだ」
春臣が言った。
こうして夜に外出するのは今日で四日目だったが、媛子には本当の理由を隠し、こう説明している。
「少し長引きそうだから、後、五日ぐらいだな」
「それまで、こうして夜に出かけるのか?」
俯き加減の彼女は先ほどから何かを不安に思っているようだった。
「大丈夫だって、戸締りはきちんとしているから、前みたいに変な奴は入ってこないよ」
てっきり春臣は彼女が木犀が侵入してきた夜ことを思い出し、また同じことがあるのではないかと、危惧しているのではないかと思っていたが、
「いや、そういうことではなく」
と、彼女は言う。
「そうじゃない? じゃあ、どういうことだ?」
「……なに、大したことではないんじゃが」
媛子はもごもごと口を動かした。
「は?」
「椿の家でやらずとも、ここでやればいいのではないかと思うのじゃ」
「そ、それは」
確かに、彼女の言うことには一理ある。わざわざ媛子を一人家に残して椿の家だけでレポートをする理由はないのである。
それが、単なるレポートならば。
「それはだな」
春臣は咄嗟に理由を考える。
「ほ、ほら、女性に毎回ご足労願うというのは、紳士的じゃないだろ」
苦し紛れに答えた。媛子の目が一瞬、思考のためか、泳いだ。
家と家がごくごく近所なので、もしかすると説得力に欠けるのか、と思われたが、
「……そうか」
と、彼女は特に食い下がることはなかった。
いつもならばもう少し反論してきそうものだが、やはり、元気がないように見える。
「今日は気分が悪いのか?」
「そうではない。気に、するな」
「……」
何かの感情を押し殺したような媛子に、春臣はなんとなくいたたまれず、彼女の頭を指で撫でる。
「二時間ぐらいですぐ戻ってくるからさ。不安なら電話をしてくれ」
「分かった、すまぬ。もうよいのじゃ。ほれ、早く行かんか。椿を待たせておるんじゃろう?」
すると、彼女はゆっくりと向きを変え、居間のほうへ歩いていった。春臣にはその姿がいつもの数倍小さく、なんとも寂しげに見える。胸の中で、尖った何かがささっているような、得も言われぬ不快感があった。
何も言わずに立ち上がる。
そして、玄関をあけると、
「あ……」
外では六月の雨が、静かに、しとしとと降り始めていた。
今年も、この季節がやってきたか。
暗い雨を不吉に感じながら、春臣は傘を差し、歩き出した。
椿の家に着き、呼び鈴を鳴らすと、パタパタと足音が聞こえ、椿が顔を出した。
「時間通りやん」
と嬉しそうに手を引き、自室に連れて行く。廊下ですれ違った彼女の家族に春臣は挨拶をするが、皆一様にニコニコしていて、彼女の一家特有の明るさがにじみ出ているようだった。
階段を上がる。
彼女の部屋に春臣が入るのはもう四回目だった。最初こそ女性の部屋に入ることに男として抵抗もあったのだが、今では慣れてしまっていた。
毎度最初は緊張するのだが、しばらくいると平気になってしまう。というより、もしかすると、仕事に集中してしまうために女性の部屋にいることを意識しなくなるのかもしれなかった。
いつも通りに彼女が用意してくれた座布団にあぐらをかいて座ると、彼女は準備がよく、仕上がり途中の作品を出してきた。
「ええと、どこまでやってたっけ?」
「まだまだ最初のとこやん。とりあえず袋の形にまではしたけど」
春臣が彼女から受け取ったのは、数日前から制作に取り掛かっているお手製のお守りである。親指の先ほどのごくごく小さなもので、どちらかと言えば、お守りというよりも携帯のストラップのようだった。
春臣はそれを掌に乗せ、完成度合いをじっくりと観察する。
とはいえ、まだまだ形を整えた程度だ。飾りも何もついていない。
なんとも寂しく、ため息をつく。
椿に言わせれば、それはほとんど数時間あればできてしまうものらしく、それに何日もかかりそうな春臣はさすがに遅すぎると自覚していたのだ。
しかし、春臣の言い分としては、
「青山が最初からお守りに取り掛からせてくれれば、今頃は出来てたはずなんだよ」
と、いうわけなのである。
数日前に彼女に裁縫を習いたいと話し、協力してくれるところまで漕ぎ付けたのはいいものの、さっそくお守りに取り掛かろうとする春臣を、彼女は良しとしなかった。
裁縫の基本的な縫い方を練習しなさいと、雑巾縫いをさせられたのである。雑巾たくさん、ちくちく縫わされたのである。
半ば、彼女に利用されている感が否めなかったのは言うまでもない。
だから、そう春臣が不平を言うと、彼女は三白眼になった。
「そうは言うても、基本が出来てへんかったら、めちゃくちゃになるんや。焦って出来栄えの悪いもんプレゼントされたら、媛子ちゃんなら天罰や言うて怒るで」
そんなやたらに天罰を落とされても困るし、春臣は渋々彼女に従うことにする。
「わかったよ。仕方ないな」
「それで、一応確認なんやけど」
「何だ?」
「このお守りは後は刺繍が入って、中に榊の葉を入れるんやったな?」
「ああ、そうだ」
春臣は頷く。
数日前から彼女に裁縫を教えてもらってわざわざお守りを作っているのには、もちろん大事な理由があった。
彼女が言ったように、このお守りの中に榊の葉を入れて媛子に持たせるのである。そうすることで、これまで部屋の外に出るときにわざわざ体に葉を括り付けなければいけなかった手間が多いに省けることになる。紐を通して首から提げる形にすれば、着脱に三秒もかからない、便利品になるのだ。
春臣はそれを以前から作ろうと考えていたのである。
「そうだ、刺繍で思い出した。見せるものがあったんだよ」
春臣は指を鳴らし、持ってきたカバンから分厚い植物図鑑を取り出した。付箋がしてある一ページを開き、椿に見せる。
「これだよ、これ」
一枚の写真を指を差すと、彼女は珍しそうにため息をつく。
「へえ、これが緋桐なんかあ」
カラーの写真で、鮮やかな色の花が写っている。円錐状の花がいくつも咲いており、なんと言ってもその生き生きとした赤色は見る者の心を動かす力があった。
実は今日、春臣は大学の図書館に行き、この植物のことを調べていたのだ。これは緋桐乃夜叉媛という名前の一部ともなっている花なのだが、春臣はそのことを媛子から聞いたことがあっただけで、実際に調べて実在することを確かめたのは初めてだった。
「確かに媛子ちゃんの髪の色とそっくりやなあ」
彼女はへえ、と口を開く。
「ああ、本当に綺麗な花だ」
「それで、榊君はこの花をお守りに刺繍したいんやな」
「初めてだし、少し難しいかもしれないけどな」
「大丈夫、うちがついとる」
「おう、頼りにしてるよ」
そう言って、春臣は早速作業に取り掛かる。無駄話をしている時間はあまりない。出来るだけ早く完成させて、媛子を驚かせてやりたいという気持ちがあったのだ。