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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
57/172

57 決着、そして

 しばらくして、春臣の前で光を保ったままだった眩い壁が音もなく消え去り、それを構成していた常緑の葉が結び目を解くように、上から順にばらばらと落ちた。足元で小さな山になる。

 そのどれもが、一日ほったらかしにされているとは思えないほど、瑞々しく新しく見えた。


 さつきが、呆気に取られたまま、腰を落とし、その一枚を手に取る。

 それが何であるかを見て、手が震えている。


「これは、まさか、榊の葉?」


 言ったきり絶句し、その場にへたり込んだ。

 と、同時に、春臣が全てを解き明かすために口を開く。


「そう、これが俺の秘策だったわけさ。昨日、媛子たちが使ったもんだが、まさかこれが役に立つとはな」

「役に立つって、榊さん……?」


 彼女はまだ事態が飲み込めていないのか、青い顔で口をぱくぱくとさせながら訊ねる。


「何だ、知らないのか? 榊の葉には、『神の力を吸収する』作用があるんだぜ」

「え、な、今、何と?」


 さつきの虚ろな双眸そうぼうがこれ以上ないほどに見開かれる。


「だから、神の力を吸収できるんだ。少し聞きかじった程度だが、正確には、存在の力。神の力の動力源、一つのエネルギーだな。ともかく、それを一定量蓄えられる。おれはそれを以前から知っていた。あんたが悪しき者って呼んでた媛子が発見したんだよ」

「うそ、うそよ、こんなことあるわけ……」

「だが、今ここで無傷で立っている俺が何よりの証拠だろう?」


 自分が作り物ではないことを見せるように、春臣はその場で飛び跳ねて見せた。すると、彼女はさらに顔色を失い、力なく俯く。


「榊の葉は、神の風を『飲み込んだ』んだ」

「……うそ……」


 人はショッキングな出来事に耐えられないと、感情がショートし、意識が薄らぐそうだが、今の彼女はまさにそうだった。まるで明日、日本が海に沈むと告げられたかのような深刻な顔つきで、同じ言葉を繰り返し、肩を震わせている。

 今の彼女にどんな言葉をかけても耳に入らないだろうと思いながらも、春臣は話す。


「確かに、あんたの言う通り、人と神では力の差がありすぎる。普通に考えれば、圧倒的非力で俺の負けだ。まぐれで凌げることなどありえないだろう。だが、俺はポケットの中の榊の葉に気がついた」

「……」

「神の力に対し、自分が立ち向かうのではなく、の葉で対抗することにしたんだ。目には目を歯には歯を、だな」


 彼女は相変わらず意気消沈し、項を垂れている。春臣の話を聞いているのか、こちらを見ようともしない。だが構わず、春臣は続けた。


「さっきも言ったが、この榊の葉って神の力を吸収する、言わばスポンジみたいなもんだ。二階の部屋、つまり異空間の中では神の世の存在の力を吸い、瑞々しい生命力を保っているが、今日は一日中部屋の外で、いい感じに力が抜けていた。そこへ向かってきたあんたの力はちょうどいい栄養分になったってわけさ。空っぽのスポンジは水をよく吸う、だろ?」

「……」

「正直なところ、上手くいくかどうか絶対の自信はなかったが、読みは外れてなかったようだな」

「……」

「どうだ、反論はあるか?」


 たっぷりとした沈黙の後、さつきがようやく口を開いた。


「……ありませんよ」


 立ち消えそうな、か細い声。

 思わず手を差し出してやりたくなるが、その前に、大事な確認がある。これを終えずじて、勝負は無事に済んだとは言いがたい。


「なら、俺の勝ちだよな。というわけで、約束どおり媛子には手を出さず、帰ってもらえるか?」


 またしても、彼女は無言だ。崩れた正座の姿勢で、地面を見つめている。


「申し訳ないが、返事くらいしてくれよ?」


 それを聞かない限り、安心が出来ない。

 すると、彼女は何かを拒絶するように震えながらつぶやく。


「予想、してませんでした」

「……負けることを、か?」

「はい……私、私、このまま帰って、千両様に顔向けできません」


 突然の、嗚咽するような切れ切れの言葉に、今度は春臣の方が沈黙する番だった。


「この程度の使命も失敗するようでは、巫女、失格です」

「……」

「私は、何も出来ない、馬鹿な――」

「んなわけねえよ!」


 春臣の声が割って入る。

 

「え、でも、でも……」


 ようやく顔を上げた彼女の瞳は大粒の涙が揺れている。ちょっと一押しすれば、ぼろぼろとこぼれてしまいそうだ。

 しかし、春臣は彼女に、その先を言わせたくなかった。なぜなら、勝負を仕掛けた者として、彼女を自己卑下のトンネルから救い出すのは、当然の役目だと思っていたのである。

 彼女の肩を掴んで首を振る。彼女に自信を失わせることが、この勝負の目的ではないのだ。


「あんたは充分に勇敢だった。神様の言葉に従って、襲ってくるかもしれない悪者を追い出そうとしたんだろ?」

「あ……はい」


 彼女の声が少しだけ冷静を取り戻す。どうやらいい傾向だ。穏やかな喋り口を意識しながら続けた。


「媛子から少し話を聞いたが、巫女って思ったより大変なんだな。神様のためにこんな危険を冒さなけりゃいけないなんて」

「危険……ですか」

「そうだぜ。だが、ちょっと気負いすぎな感じもあるな。やることに視野が狭くなってるって言うか。まあ、俺も偉そうに言える人間じゃないけどな」

「……はあ」

「加えて言うなら、今回は特に、瀬戸さんの前提が間違ってる。ここにはそもそも悪しきものなんていないんだよ」


 すると、決壊寸前だった彼女の表情がくっと引き締まる。涙を拭い、春臣に迫って激しく否定した。


「います! あなたたちは騙されてるんです!」

「まだそんなことを言うのか。だから、それは瀬戸さんの勘違いだ。俺の目を見ろ、洗脳されてるように見えるか?」

「わ、私は勘違いなんて――」

「俺と椿が付き合ってるって勘違いしてたのはどこの誰だったっけ?」


 間髪入れない指摘に、さつきは思わず閉口した。


「う、むうう」


 事実だから、反論しようがないのだろう。しかし、泣きかけている巫女の少女に対し、意地悪な言葉だったかもしれない。すぐに、空気を変えるために軽く笑ってみせる。


「今からきちんと説明するからさ、ちゃんと最初から話を聞いてくれるか?」


 そう訊ねると、彼女の目が迷っているように右往左往した。


「……断わりたいのは山々です」

「なるほど」

「……でも」

「でも?」

「……負けた立場上、反論は出来ませんね。分かりました、事情を窺いましょう」


 渋々ながらも了承してくれた彼女に、ほっと胸を撫で下ろす。どうやらこれで、全て丸く収まりそうだ。一時はどうなることかと本当に胃が縮み上がる思いだったが、もう、嵐は去ったようだ。風が止み、雨が上がり、水たまりが空をうつし、陽の光が差し込む。

 なんとかこのまま、雨降って地固まる、といきたい。


「はーるーおーみー!!」


 しかし。


「なっ!」


 そうは問屋が卸さない。


「媛子!?」

「え?」


 二人で振り返ると、そこには青山とその腕の中で暴れまわる媛子の姿があった。

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