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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
53/172

53 嵐の予兆

 翌日の夕方。

 帰宅していた春臣は、二階の勉強部屋でペンを回しながら、小難しい専門書を読んでいた。


 それは大学で出されたレポートのためで、明後日までに提出をしなければならない。その思わぬ厄介さに頭を悩ませていたのだ。

 高校までは、ただひたすらにやれと言われた問題だけを解いていけばよかったが、こうして自分で文献を調べ、その上で自己流の解釈を加えた文章を書かねばならないとなれば、かの有名な「読書感想文」に匹敵する面倒臭さだ。いや、それを軽く凌駕すると言っていい。


 先ほどから、レポート用紙に数行の文章を書き進めてみたが、早々に手詰まりを感じている。


 さらに、期限が迫っているというただならぬ緊張感からか、春臣の憂鬱な気分にはさらに拍車がかかっていた。


「うーん……」


 うなりながら頭をむしり、カップのコーヒーに口をつける。すると、ほろ苦さと濃厚な香りが脳内を満たし、気持ちをリラックスさせた。

 少し、気分を変えるべきだろうか。ゆっくりと背伸びをする。


「春臣!」


 だが、残念なことに、気分転換はしばし持ち越されそうだ。


「春臣! 椅子に座って何をのんきにしておる!」


 あの厄介者が昼寝から目覚めたらしい。

 春臣は首を回し、足元から叫んでいる小人を見下ろす。


「のんきに見えたのなら心外だな。これでも俺はかなり切羽詰っている方だ。今ならいくつも連載を抱える漫画家の苦労が分かる気がする」


 すると彼女はぶすりとした表情になった。


「漫画家の苦労など知らぬ。それよりも神の苦労を知れ」

「一日中部屋でぐうたらしてる神様のどこに苦労があるんだ?」


 にやにやしながら言い返す。


「何を言う。神には常に多くの浅からぬ憂いがあるのじゃ。なにしろ、日々、この世で住まう人間たちを見下ろし、誰に天罰を下そうかと目移りしてしまうのじゃからのう」

「なんだよそれ、今の媛子には関係ない話じゃないか。それに、楽しそうな顔して言うな。全然憂いてないだろ!」

「まあ、確かに。わしは仕事を任されておる神ではないし。この世に対する知識も薄弱じゃ。じゃが、今は目の前に絶好の『人間』がおる。天罰を下せなくもない」


 彼女は怪しく笑ってぺろりと舌を出す。


「冗談はよせ」

「ふふふ。それより春臣、『あれ』がないぞ」


 と、いきなり媛子が代名詞を使うので、春臣には何のことだかさっぱり分からない。彼女にしてみれば、それだけで察しろといいたいのだろうが、超能力者じゃあるまいし、簡単には不可能だ。


「あれ、とはなんでございましょうか、神様」


 とりあえず丁寧に春臣は訊ねる。


「何、とな?」


 すると、彼女は目線で神棚の辺りを示す。


「榊の葉に決まっておるじゃろう?」

「へ?」


 春臣がつられて見上げると、確かに、今まで枝にたくさん茂っていた葉が一枚残らず、無くなっている。つい数日前まではいまだ青々と花瓶に入れてあったのに。


「ま、まさか……」


 春臣は唾を飲み込む。


「媛子が全部食べたのか!?」

「真顔でそんなことを聞くな! わしはそのへんの草食動物ではない」


 気を取り直して、春臣は訊いた。


「じゃあ、どうして?」

「ほれ、昨日居間で……」


 そう言われて思い出す。椿が媛子にいろいろな衣装を着せるために、居間の机の上に榊の葉を散らばらせていたのだ。

 今思えば、あれはおそらく安全策をとったのだろうと春臣は思った。


 何しろ、着替えている最中では媛子はいつものように葉を身に纏うことが出来ない。葉が体に触れていないと彼女は外の世界で身体を保つことが難しいことを考えると、代わりに、足元に葉を敷き詰めることにしたのだろう。

 春臣は合点がいった。


 確か、それなりの量だったはずだが、ここから千切っていたのか。


「掃除してないから、あの部屋にほったらかしのままだよな」

「じゃから、さっさと持ってこぬか。あのまま放置しておれば、葉が枯れ、使い物にならなくなってしまう」

「……はいはい」


 いつもながらの命令に、不服ながらも了解して、春臣は椅子を立つ。

 レポート作製の途中ではあるが、自分以外にそれを取りにいける人間もいないので、仕方がない。


 だが、春臣はため息をつく。

 彼女が生活出来るのはこの不思議な異空間が存在しているおかげだが、こうして葉の力を借りなければ外にも出ることさえままならないとは、大いに面倒なことだ。

 いったいいつまでこんな状態が続くのか分からないが、なんとしても早急に打破する必要があるだろうと思う。

 しかし、残念なことに、今のところこれといった実現性の高い案はない。


 その事実に少々暗澹とした心持ちになりながらも、春臣はドアのところで振り返り、


「それじゃ、取ってくるから、大人しくしてろよ」


 と娘に向かうように軽く手を振った。


「わしは子供ではない。それくらい待っておる」


 案の定彼女が口を尖らせ、それを見て苦笑する。それからドアを閉め、階段を下りながら再び真剣に考えた。

 彼女を元の世界に戻す、その方法についてである。


「千両神社、か……」


 昨日耳に挟んだ有力な情報を、彼は呟く。

 まったくの偶然ではあったが、その神社で巫女をしている瀬戸さつきという少女に出会えたことは幸運だった。

 なぜなら、彼女の助力を得られれば、媛子を救うための何らかの対策を取れるかもしれない、そう思いついたからである。

 千両神社に祀られている神。その神と接触できるのならば、媛子を元の世界に戻してやることも容易なのではないか、と。

 おそらくはそれが現時点における最善の方法であると春臣は捉えていた。

 なぜか、媛子が神社に向かうことを嫌がっていたことが気がかりではあるものの、今は四の五の言っているときではない。

 なんとしても近いうちに神社を訪問すべきだ。


 春臣はそう考えながら居間に入ると、まず光を遮断していたカーテンを開けた。すると、昨日のままの衣服と葉っぱが散らばった部屋の底面が露わになる。


「……にしても、こんなにあるとはな」


 両手で掴めるほどだと思っていたが、榊の葉は春臣の想像以上に多く、掻き集めても持ちきれない量だった。

 少々対処に迷った挙句、着ていたパーカーのポケットに少し突っ込むことにする。

 そして、ポケットがちょうど一杯になった時。

 ピーンポーン。

 玄関の呼び鈴が鳴った。


「客か?」


 珍しいな、と思った時、聞き覚えのある声がする。


「榊君、うちやうち。遊びに来たで」

「……青山か」


 春臣は袋に詰めようとしていた葉を机に戻し、少し俯いて、腰に手をつく。

 毎度毎度、よく遊びに来るやつだ。

 春臣の記憶が正しければ、彼女にも自分と同様にレポートが課されているはずで、それを明後日までに仕上げなければいけない状況のはずである。


 のんきに人の家に遊びに来る暇があるのかよ。

 そう思いながらも、


「今行くよ」


 と返事をしてから居間を出て、廊下を進んで下駄箱の辺りまで行く。すると、今度は催促するようにドアがノックされた。


「榊君、もう入ってもええ?」


 どこかそわそわとした椿の声は、何か待ちきれない気持ちを隠しているように聞こえる。

 一瞬、何事かと春臣は戸惑ったが、とりあえず了解した。


「うん……いいけど?」

「じゃあ、お邪魔しまーす」


 そして、ドアを開けて入ってきた青山の姿を見た次の瞬間、春臣は彼女の背後に立っていた意外な人物に呆気にとられた。


「あ、あれ?」

「どうも」


 彼女は一日前と同じ綺麗なお辞儀をし、玄関口に立っていた。白と赤の巫女の服装に長いポニーテールの彼女はきりりと引き締まった印象を与えた。


「えっと……瀬戸、さん?」


 春臣が名前を口にすると、彼女は再び頭を下げる。春臣はつい今しがたさつきのことを考えていただけに、突然の登場に驚いた。

 なぜ、彼女がここに?


「ほら、お先にどうぞ、さつきちゃん」

「はい」

「どうして、瀬戸さんが?」


 春臣が不思議そうに訊くと、青山が嬉しそうに答えた。


「実はな、偶然にも講義が終わった後、大学の門の近くでばったり会ったんや」

「大学、で?」


 さつきはそれに頷いている。


「それで、さつきちゃんが榊君と話しがしたいって言うもんやから、こうして連れてきたっていうことや。簡単に言うと、そんな感じ」


 椿は自信満々に説明するが、春臣はその偶然という言葉に違和感を覚えた。

 なぜなら、春臣が知っている限り、あの翌檜大学の近くに高校生(春臣は、彼女の昨日の話ぶりからして少なくとも大学生ではないと判断していた)がそうそう来るとは思えなかったのである。

 街中ならまだしも、広い敷地を持った大学が立地しているのは、中心地をかなり離れた山中であり、特別な用事でもなければ訪れることはまずない。

 仮に彼女が大学の見学に訪れていたとしても、昨日の今日で彼女に会うなどという奇遇なことがあるのだろうか。

 その上、さつきは春臣に話しがあると言っている。

 ここから導き出される結論としては、椿とさつきの出会いは偶然ではなく、最初から彼女が春臣に話があり、そのために、彼女に話していた大学の校門で春臣か椿を待っていたと考えるのが自然だ。


 通常であれば、こう考えるのだろうが、椿は偶然という奇跡を信じきっているようで、瞳を輝かせている。


 まあ、それはさておき。


 瀬戸さつきが自分にどんな用があるかは別として、向こうから来てくれるとは、春臣には願ってもないことだった。


「いいよ、入って」


 笑顔で対応する。彼女にはいろいろと質問したいことがあった。


「どうぞ、中に入って」

「すいません。お邪魔します」


 しかし、彼女がそう言って、春臣が招きいれようと背を向けかけたときだった。

 入り口の段差に足をかけたさつきの目つきが急に険しくなったと思うと、いきなりすばやく一歩後退する。

 そして、音もなく背後に立っていた椿の前に片腕を突き出すと、ぐっと彼女をドアに押さえつけ、動きを封じた。


「じっとして!」

「え、さつきちゃん?」


 突然のことで、椿は目を瞬かせている。


「お、おい!」


 思わぬ事態に、春臣も上手く声が出ず、対処法の判断もつかないままで、棒立ちになってしまう。

 いったい、何が起こっているんだ?

 疑問を脳で認知するのに精一杯で、指先まで麻痺してしまったように体が動かない。

 そしてふいに、動揺した春臣とさつきの目が宙で交わる。

 すると、先ほどまでの微笑はどこへやら、物言わぬ石像のような冷たい視線で、彼女は冷たくこう言う。


「榊さん……あなたの彼女さんに危害を加えられたくなかったら、大人しく私の言うことを聞いてください」


どうも、ヒロユキです。

読んでくれている方は分かると思いますが、最近、更新のペースがかなり乱れています。前に公言したとおり、最低一週間に一度は更新しようと思っていますが、忙しくなったので、当分の間以前よりも、ゆっくりしたペースで書いていこうと考えています。

具体的には、五日か六日くらいの間隔の更新になろうかと思います。

以上、作者からの報告でした。

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