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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
51/172

51 カミノカミ

どうも、すいません。昨日活動報告で更新すると言っておきながら、出来ませんでした。申し訳ないです。


さて、ご報告があります。先日、この作品の総PV数が5万を突破していることが判明しました。まさかこれほど読まれるとは、想像していなかったので、少々驚いています。読者の皆様、ありがとうございます。


まだまだ頑張って書き続けていこうと思うので、これからもお付き合いお願いします。

 それにしてもなあ。


 春臣は夕食の蕎麦を咀嚼し、つるりと飲み込みながら思う。


 それにしても、どうしたものかなあ。


 この胸の内で灰色に煙り、曖昧模糊として、それでいて空虚で、砂漠のように漠然とし、どちらに傾くか定かではない、天秤のような気持ちが、ある。

 その不安定すぎる感情の根底でぼやけた影が一つ。


 今、春臣の目の前におわせられる、緋桐乃夜叉媛である。


 彼女は机の上に座り、専用の小さな器に、同じく小さな爪楊枝のような箸を入れ(最近自身にちょうどいい大きさの食器を作ったようだ)、興味深そうな顔で口を結び、テレビを見ている。

 長寿のバラエティ番組だ。芸能人が壇上に並んで座り、お題にあわせて赤裸々なトークを繰り広げている。男性の司会者がゲストの苦労話に耳を傾け、ぼろぼろと涙を流していた。

 媛子はそんな彼らを見ながら、思い出したように蕎麦を啜り、飲み物に口をつける。そんな彼女に特筆すべき普段との相違点はない。


 しかし。蕎麦を箸で摘む。

 最近、彼女の様子が、大きく変化してきていることに、春臣は気付いている。中でも自分に対する態度だ。


 いきなり、


『お主と夜のデートじゃ』


 とか、言い出したり、


『本当に、お主は優しい男じゃの』


 とか、遠い目をして頬ずりしてみたり。


 今日だって、瀬戸さつきと言う少女に、春臣と椿が付き合っていると勘違いされたことに関しても、妙な反応を示していた。

 あれではまるで、彼女が嫉妬していたようで……。

 まさか、な。

 春臣はお茶を啜る。


 だが、彼女が時折見せる言葉や表情の奥に、これまでとは別種の、一種独特な人間らしさを感じるのは否定できない。そして、その正体が何であるのか、春臣は未だ把握しきれていなかった。


 ずるるり。

 少々多めに蕎麦を飲み込みながら、考える。

 だから、なんとかして、彼女が自分をどう思っているのかを、調べたい。調べなければ。

 彼女の中での自分の認識が、ただの都合のいい世話人ではなく、いかなる存在へとシフトしているのか。

 神が、人を好きになることがあるのか?

 春臣への、恋愛感情があるのか?

 あのデート(もどき)の際に抱いたあの疑問、その真実を確かめたい。


 だが、それを問い詰めるために、直接的な質問を投げかけることは控えたかった。なぜならば、ただでさえ春臣には、他人に比べて恋愛経験値が少ない。

 悲しいかな。これまでの人生で、彼は恋仲になるほどの女性とめぐり合ったことがなかったのである。もちろん、近づくうちに恋に落ち、想いを寄せた女性は幾人もいるが、余裕ぶってクールを気取りたいがために、想いを告げるという、恋への肝心の第一歩を踏み出したこともない。

 なんともみっともない話ではあるが、それが真実であり、紛れもなく春臣が色恋事に対し、常人以上に控えめな人間であることを示している。


 そして、その自身の性質によく気がついているがゆえ、春臣はいつだって恋とか愛とかへの直進ルートを選ぶことはない。湯のみの中のお茶が熱いのか、冷たいのか、もしくは程よい加減なのか、それを舌先で確かめるように、石橋を叩いて渡る用心を忘れない。

 そう、何事もいきなり足を踏み出すことは危険だ。遠回りでも、地道な確認作業が必要なのである。

 うむ。

 春臣は誰に向かうでもなく、自分に対して頷いた。

 その判断に異論はない。


 しかし、だとすればこの場合、遠回りな確認作業とは、どんなものがあるのだろう。

 どうすれば、一番分かり易く、明確に彼女の気持ちを判断できる?


「うーむ」


 それに、もし、もしも仮に、彼女が自分のことを好きだったら、どうすればいいのだ?

 春臣の思考が思わぬところに飛んだ。

 今まで想定していなかった、自分の仮定が的中した後のことである。


 いったい、どう反応すればいいのだろう。自分も好きだと答えるか?

 おいおいちょっと待て。落ち着け。自分は彼女を好きなのか?


 ずる、り。

 吸い上げた蕎麦が途中で不自然に止まる。むせ返らなかったのは、幸運なことだろう。


 ええい、細かい事を悩んでいても答えなど出ない。男は実行あるのみ。

 春臣は強引に舵を切る。


 とにかく、話題をそれとなく恋愛方面にもって行こう。

 いいか、落ち着け。あくまでさりげなく、だ。

 箸を置いて、春臣は口を開く。


「あ、あのさ。媛子」

「……うん、なんじゃ?」


 テレビのトーク番組から我に帰ったのか、彼女は一瞬遅れて反応する。


「ええと、か、か、神」


 神でもやはり恋愛をするのか、そう訊ねたかった。しかし、不慣れな緊張でどもった春臣に、彼女は予想外な反応を見せる。


「髪? わしの髪か?」


 そう言って、紅の前髪をひと撫でする。ちゅるりと彼女の口に吸い込まれた蕎麦の、幾万分の一の細い線のまとまりが、艶めいて揺れる。 


「……え、ええと。そ、そうだよ。媛子の髪って、その、綺麗だよな」


 無惨にも、心がへし折られる音を聞きながら、春臣は返した。

 全くもって、不覚である。


 神と、髪。


 その同音語を彼女に勘違いされた上、春臣も空気に流された返事をしてしまった。これでは、せっかくの確認作業が台無しではないか。心中で軽く舌打ちをする。


 しかし、結果としては悪くないかもしれない。春臣の中で、別の情報が読み込まれた。

 いつだったか、何を読んだのか、好きな異性から容姿を褒められるということは、女性にとって嬉しいことだと聞いたことがある。


 そう、この質問で上手く彼女の反応を引き出せれば、求めるべき疑問の答えにたどり着けるかもしれない。特に直接的ではないし、春臣にとって理想的な問いかけだと言える。

 それに考えてみれば、彼女の髪については以前から気になっていたことではあるし、この際質問しておいても、なんら問題は生じないだろう。


「髪、か?」

「そう、なんて言うの? 緋色とか、茜っていうのかな。そんな色の髪なんて生まれてから見たことないし。もしかして神様って全員そんな髪をしているのか?」


 以前から、彼女には話を聞いているが、どうにも神と人間は、姿形に大差はないが、体質的に異なる点が多くあるらしい。髪の色もその一つであるのかもしれないと思ったわけである。

 しかし、彼女は首を振る。


「いや、そうではないぞ。神の世界広しと言えど、このような髪の色はわしだけじゃ。まあ、わしが知る限りの範囲ではあるが」


 媛子は片手でさらりと髪を散らばらせる。


「そうなのか。へえ……」

「しかし、お主も中々目の付け所がよいの。わしのこの艶やかな髪に魅了されたか?」


 人差し指の先を春臣に向かってくるくると回しながら、彼女は言う。


「べ、別に魅了されたわけじゃない。ただ気になったから訊いただけだ」


 本当は違うことを訊こうとしていたのだが。唐突な言語事故による、不測の事態だったのだが。

 すると、媛子は長髪の先の辺りを掴むと春臣に見せるように持ち上げる。


「仕方ない、では、特別に分けてやるか、お主も困った奴じゃの」


 意味が分からず、首を捻った。


「ちょっと待て、分けるってなんだ?」

「うん? お主にわしの髪を一房、切り取って与えてやろうかという提案じゃ」


 これはいったいどういう趣向なのだろうか。春臣には少なくとも、頭を千切って与えるアンパンマンとは違うように感じた。しばしの沈黙の後、少ない知識に基づき、ようやく搾り出した見解を述べた。


「俺が、そんなものをコレクションにするとでも思っているのか?」


 春臣が言うと、彼女は口元を引きつらせて後ずさる。


「コレクション、集めるのか? わしがいないところでこっそり取り出して眺めるのか? めつすがめつ、ため息つきつつ眺めるのか! きしょい。きしょいぞ、春臣! 不潔じゃ!」


 そして、

 近寄るなあ!

 彼女はいつもの鈴を取り出して、「たあ、たあ」と振り回す。

 が、しかし、それはとんでもない誤解である。断言しておくが、別に春臣は変態なのではない。


「あのな、違うって。俺はそうすること以外に、髪の毛を持っておくことへの意味を訊ねたいんだ」


 すると、きょとんとして彼女は首を曲げる。


「意味、あるであろう? お守り代わりじゃ」

「お守り?」

「そうじゃ、古より、髪には人を邪悪から守る神聖な力があるのじゃ。特に女性の髪というものには不思議な力があり、数本持ち歩くだけでも充分にそのご利益に与れるぞ。さらに、神の髪ならそのご利益は計り知れぬな。それを特別にわけてやろうかと言っておるのじゃ」


 しかし、それに対し、素っ気無く春臣は返す。


「別に、いらない」


 さすがにそんなものを後生大事に持っているのは、なんとも女々しい気がしたのである。すると、彼女は態度を一変させ、ぎりぎりと歯噛みして罵った。


「ば、馬鹿にしておるのかあ!」

「してないよ。怒るなって」


 どうどう。両手で彼女を制すと、少しだけ怒りが収まったのか、不機嫌そうに一度蕎麦を啜る。そして、これまでの会話を噛み砕くように飲み込んだ後で、しらけた目で春臣を見た。


「だいたいどうして今、髪の話など始めた?」


 始めたのはそっちだろうという言葉は飲み込み、


「それは、ただ……純粋に髪の色が気になっただけだよ」

「本当にそれだけか?」

「え?」

「ほんとうに、それだけなのか?」

「それだけ、だけど……」


 意外にもしつこい追及に、思わず蕎麦に伸ばす手が止まった。視線が一点に定まらず、春臣の動揺が浮き彫りになる。 

 彼女はもしかすると、自分の心を読めるのではないのか、というぞっとする予感に気がついたのだ。

 そして、次なる発言により、その考えは一気に信憑性を増す。


「本当は違うことを聞こうとしたのではないか?」


 へし折られた心が、ブルドーザーに轢かれ、木っ端微塵になったようだった。全ては砂塵と化し、茫漠たる虚無の宇宙へと吸い込まれていく。

 こうなればもはや、修復は不能だ。廃品回収に出すしかない。いったいこの先、何を問い詰められるのかは分からないが、そのどれに対しても、まともに返答できる自信がなかった。


「……ええと」

「……」

「その……」


 これでは、ダメだ。彼女の反応を確かめる以前に、自分が彼女から反応を試されている。

 すると、媛子が鈴を鳴らして、何かを思いついたように怪しく微笑んだ。


「頭の髪ではなく、木から作られた紙じゃろう?」

「はい?」

「じゃから、髪ではなく、紙じゃ」


 口元を隠すために飲みかけたお茶を吹き出すかと思った。

 髪と紙。

 またしても、同音語だ。


「紙のコップでジュースを飲みたいと申そうとしたのじゃろう?」

「はあ?」

「もしくは、紙の入れ物に入った食後のケーキを食べたいと申すつもりではないか?」

「……」


 全く、この神ときたら。

 そう思って、春臣は言葉が失った。まさか、自分の発言をいいように弄ばれた結果、彼女の目的のために利用されてしまうとは。

 媛子は物知り顔で、目配せをしてくる。


「いつもはわしからねだるから、自分から話をするのが恥ずかしかったのであろう? まったく仕方ない奴じゃの」


 恥をかかされたままではたまらないと、即座に春臣も反撃する。


「それは媛子が食べたいだけだろう? だいたい、どこに『紙』から始める周りくどい説明をする必要があるんだよ」

「それは、お主が素直でないからじゃ」

「それは素直じゃないんじゃない。ただのひねくれ者だ」


 だいたい、素直じゃないのは、そっちもだろう。


「まったく、春臣は食いしん坊じゃの」


 湯のみに手を伸ばしながら、彼女は子供に向かう母親のような台詞を言う。


「ほれ、ケーキを持ってこんか」


 しかし、春臣はそれを見ながら、あることに気がつく。


「……今の媛子は、色気より食い気って感じだよな」

「うん? 何か申したか?」

「いや、なんでもない」


 作戦は見事に失敗だが、まあ、いいか。

 春臣は思う。

 今は、まだ、このままでも。何気ない、彼女との生活を送るだけでも。


今回は、久々に媛子たちの話です。


元々はこんなどうでもいい話は入れるつもりはなかったんですけど、さすがに主人公たちが長い間ほったらかしというのは申し訳なくて、書きました。


本当に急ごしらえで作ったので、オチが思い浮かばず、悶々としていました。でも、何とか書ききったぜ。がんばりました。

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