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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
50/172

50 神様の家?

作者のヒロユキです。


ついに大きな節目の五十話目です。

最近は読んでくれる人が増えているようで、筆者としてとてもうれしいです。今日は少しおいしいものでも食べようかと画策しております。

「本当に、本当に申し訳なかったです」


 さつきは木犀の赤くなった頬を見ながら、何度も頭を下げる。


「いや、もういいよ。考えてみればこっちも悪いから。ゴミを取るためとはいえ、いきなり女の人に触ろうとしたんだ。デリカシーがなかったよ」


 彼はさつきに気を遣わせまいと思っているのか、痛みが滲む張れた細長い扇子の跡を手で覆い隠し、無事なことを示すためか、優しく微笑んだ。


 二人がいるのは、春臣たちが散歩をしていた川の上流から、数キロ下った広い河川敷が広がる堤防の斜面だった。

 そこにはコンクリートで作られた階段があり、二人は段差に並んで腰掛けている。太陽の光が夜の藍色に負け始め、山並みが見渡す限り、紫色に霞み始めている頃だ。

 先ほどまで川辺で遊んでいた少年たちの姿も消え、きっと自宅で夕飯でも食べているのだろう。


 すると、木犀が背後の段差に寄りかかるように身体を逸らせ、空を仰ぎながら言う。


「だから、おあいこだよ。もう謝らなくっていいって。ただでさえ瀬戸さんからは榊の家の前からここに来るまでずっと謝られてばかりだから、俺にはむしろ恐縮だよ」

「そう、ですか?」


 しかし、そう言われても、さつきの申し訳ないと思う気持ちはまだわだかまっている。普段から礼儀を重んじている瀬戸家の人間としては、他人を、それも初対面の人間を殴ることなど言語道断だ。

 きっと千両神に知られれば、厳しく叱られることだろう。

 だが、木犀はくっくと何がおかしいのか笑っている。


「なんだかこっちも謝らなくちゃいけない気がしてさ。俺って謝られ慣れてないし、どっちかと言えば、謝る側の人間なんだ」

「謝る側の人間?」


 できるならば、将来、そんな専門職には就きたくない。


「俺って細かい失敗が多いんだよ。小さい頃から、そうだったな。大雑把だし、注意力がないし、妙な勘違いをしてることもあるし。バイト先でも、学校でも、家に帰っても。きっと受験の時もそうだったんだ」


 普通の人が言えば、なんともネガティブな発言だが、彼はそれを少しも鬱屈とした雰囲気を作らずに言ってのける。まるで、決まりきった方程式の解き方を解説するかのごとく簡単に、だ。さつきはその裏に隠された、彼の底抜けの明るさを感じ取る。


「その度に周りの人間に謝ってばかりだ。せっかくいろいろと世話してもらってるのに、ダメだよなあ」


 苦笑交じりに言って、「そうだ」と傍らに置いていた袋を引っ張ってくる。そして、中身を取り出した。先ほど、榊少年に渡すと言っていたお菓子だ。


「これ、変な話だけど、謝られ過ぎたお返しに」


 指先で摘んで、さつきに差し出してくる。


「え、良いんですか?」

「いいよ、別に。バイト先に行けば、余った菓子なんて毎回もらえるし、榊にはまた今度持って行くことにする」


 だから、ほら。

 彼にさらに勧められ、断わる理由もないさつきは礼を言って受け取る。「ロングチョコバー」ととろりと溶けたような文字が並んだパッケージで、いかにも駄菓子といった感じだ。


 こんなものを食べるなんて何年ぶりかしら。

 さつきは久方ぶりの子供っぽい食べ物に新鮮な感動を覚えた。

 これまではずっと、老人たちと付き合って和菓子ばかり食べていた気がする。


「むっ、こいつはかなり旨いぞ」


 袋を破いて一口食べて、さっくりとした食感を味わっていると、隣の木犀はスナック菓子を頬張っていた。なんとも香ばしい匂いがする。


「おいしそうですね」


 つい、口走ってしまう。


「食べる?」

「あ、ええと……」

「遠慮せずに食べてよ」


 彼にそう言われ、仕方なく手を伸ばす。すばやくスナックを口に入れ飲み込みながら、彼に食いしん坊と思われなかったか、それだけ不安だった。


「どう?」

「あ、おいしいです」


 しかし、本当のところ、味などろくに感じていなかった。気恥ずかしさを覆い隠すだけで精一杯だったのだ。


 これは、違うのよ。久しぶりにスナック菓子の匂いを嗅いでしまったから、つい、魅力を感じてしまったに過ぎないのよ。そうよ、絶対そう。

 ああ、もう、どうしておいしそうだなんて、言ってしまったんだろ、私、馬鹿?


 頭の中で小さなさつきがじたばたと身悶えていた。

 すると、早くもスナックを食べ終わった彼がさつきを眺めて言う。


「それで、聞きたいことがあるんじゃなかったっけ?」

「は、そうでした」


 自分のとんだ失態のせいで本来の目的をすっかり忘れていた。

 とりあえず手元のチョコバーをすぐさま平らげ、さつきは気を取り直して質問する。


「榊さんって、どんな人なんですか?」

「どんな人? うーん、普通じゃないか? 悪いやつには見えなかったし、冷静で真面目なイメージがだな」

「普通、ですか」


 さつきは脳内で先ほどの榊少年を思い浮かべる。

 確かに、外見も特に遊んでいるようでもなく、落ち着いた実直そうな顔をしていた。一緒にいた青山という少女との関係から見ても、仲は良好に見え、話をした印象も温厚そうである。

 それに、さつきに彼女との関係を指摘されると、慌てふためき案外可愛らしい一面もあるようだった。


「あ、そういえば」


 ふいに、木犀が何かを思い出したようだった。急にイタズラっ子のように鼻をこする。


「あいつ、結構ドジなんだよ」

「ドジ、ですか?」

「思い出してみれば、榊のやつ、俺と初めて会ったとき自転車に乗ってた俺とぶつかったんだ」

「事故ですか?」


 そうならば、洒落にならない。しかし、彼にはさつきの不安に思う気持ちは伝わらなかったようだ。冗談をしゃべるように、半笑いである。


「あのときばかりは俺の失敗じゃあないぞ。榊のやつ、意識がなかったのか、足元が覚束なくていきなり道の端を走ってた俺の前に飛び出してきたんだ」

「……!」


 瞬間、さつきの中に弾かれたような衝撃が走る。


「榊さん、その時、正気でした?」

「う、うーん。倒れた後は助けてくれたし、きちんと謝罪もしてくれたから、問題はなかったけど。ふらついてた時は、ちょっと異常だったかな。何かショックなことでもあったのかもしれない」


 しかし、さつきは木犀の推測を胸中において否定し、自分の推理を構築させる。

 その事故が榊自身に問題があり引き起こされたのではなく、そこに第三者の手が加わっていたのではないかという、仮定を立てたのだ。


 おそらくは、何者かによる憑依。


 つまり、生き物ではなく、実体を持たない霊魂のようなものが彼の中に侵入し、精神を同調させ、内側から操ろうとしていたのかもしれない。

 彼が住んでいる家によからぬものがいるとすれば、充分に考えられる仮説だった。

 もしそうだとすれば、事は一刻を争う事態だ。彼の中から早急にその霊魂を抜き取らなければならない。放置すれば、死にも至る可能性がある。


 しかし、さつきはその考えに行き着くと同時に、違和感を感じる。なぜなら、先ほど出会った春臣からはそんな異常な気配を感じなかったのだ。何か得体の知れないものが彼にとり憑いていたのだとすれば、もっと日常の動作にも悪影響を受けているはずである。

 じゃあ、勘違い?


 しかし、さつきの中で全ての疑問が消えているわけではない。あの家の中に危険を感じるものが存在しているのは疑いようのない真実である。

 さらなる不審点を聞き出してみなくては。


「他に、おかしなことはなかったですか?」

「他、かあ」

「木犀さんはあの家の中に入られたんですよね。そこでおかしなことには気がつきませんでした?」

「うーん」

「あることには、あったけど」


 これはまた、好都合な展開だ。さつきは目を輝かせて訊く。


「本当です? だったら話してくれませんか?」


 しかし、彼は突然眉根を寄せ、疑惑の念を表情に示す。


「でも、そんなに必死になるなんて、いったいどういう事情があるんだ? さつきさんは榊のことを調べようとしている理由は何なんだ?」

「あ、えっと。その……」


 思わず言葉に窮した。どうやら調子に乗りすぎたようだ。

 普通、大した面識のない人間のことを、あれこれを聞き出そうとすれば、周りから不審な目で見られたとても不思議ではない。その認識を忘れていた。

 彼が疑うのも無理はないことだ。


「答えられない、のか?」


 情報の核心に迫っていながら、つい、はやる気持ちでフライングをしてしまったもどかしさに、手の中で食べ終わったお菓子の袋を、くしゃりと握りしめる。


「大事な、ことなんです。もしかすると、榊さんの身に何か悪いことが……」

「悪いこと? それはどんな?」

「ええと……」


 まさか、千両神から聞いたことをそのまま話すわけにはいかない。神だの異空間だのという胡散臭い説明を聞いて、人が先ず疑うのは話している人間が正気かどうかだ。

 さつきは咄嗟に言い訳を考えた。


「実は私、風水をかじってまして。それで、榊さんの家、とても運気が悪そうなんです」

「な、何?」


 彼は驚いたようで、一瞬顔の動きが止まる。


「ほ、ほら、あの家って、周りを竹林に囲まれて、あまり陽が当たってなさそうでしょう? そういう場所って、陰の気のたまり場となっていることがよくあるんです」


 もっともらしいことを言って、さつきは彼の目を見る。もしも、彼に風水の知識があれば、いい加減なことを言うなと切り返してくる可能性があるが、様子を見る限り、そうには見えない。


「へえ……」


 と感心したように目を丸くしている。どうやら、上手くいったようだ。

 なかば、人を騙していることをへの良心の痛みを感じつつ、


「ですから、浅学ながら、そのことでアドバイスをしたいと思っていまして。そのために、家の中や榊さん本人に不運の兆候がないかと調べたかったんです」


 こう理由をまとめた。


 さつきは息を呑んで彼の次の一声に意識を向ける。ここで嘘をつけ、と不審の念を強くされると、もはや交渉決裂だろう。彼からの情報は得られないし、榊少年に怪しい人間がいると告げられ、警戒される危険もある。


 さあ、彼の返答は信用か疑惑か。


 しかし、意外なことに彼は笑った。


「ハハハ、だったら大丈夫だ」


 大きな口を開けて、何がおかしいのか、身体を揺さぶりながらの大笑だ。さつきは耳も目も疑った。


「何がですか?」


 しっかりと息を吸ってから、彼は言う。


「あの家には、あの場所を守ってる神様がいるんだ」

「神様!?」

「そう、緋桐様だよ」


 木犀はふふんと自慢げに鼻を鳴らした。

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