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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
47/172

47 邂逅 3

これはきつく灸を据えておかねば。


「青山」

「うん。なんや?」

「なぜあんなことをした」

「何の話?」


 何かをイタズラな心に従い、意図してとぼけているのか、それとも、にくたらしき天然のおとぼけをかましているのか、彼女は不思議そうにこちらを見つめる。

 これを春臣は彼女からの宣戦布告ととった。

 いいだろう、しかと謝罪の言葉を聞くまで自らが犯した罪を思い知らせてやる。

 腕組みをして、彼女を睨む。


「青山のせいで、瀬戸さんに妙な勘違いされたろ」

「勘違い? 勘違いって?」


 ははあ、まだとぼけるか。


「俺と、青山が付き合ってるって思われたことだ!」

「ああ、そっちかあ」

「そっちもこっちもねえ。青山がきちんと否定してくれないからこうなったんだぞ!」

「……しかし」


 誰かの声が割って入る。


「え?」

「勘違いされて、まんざらでもない顔をしておったように、わしからは見えたがな」


 いつの間にか媛子がポケットから顔を出している。片眉をぴくりと痙攣させ、どうやらご立腹のようだ。


「そんなわけないだろう」

「お主、わしという神がいながら、あのにやついた顔はなんじゃ!」

「何の話だ。地味に痛いから、殴るなって」


 そんな様子を見て、椿は他人事のようにくすくすと笑う。


「ふふふ、榊君はもてもてやな」

「……どこがだよ。この殴打という名の非友好的な触れ合いから、どうしてそんな事が言える!」

「先ほどの、千両神社と言ったか? お主、その神社の巫女の娘にも鼻の下を伸ばしておったのではないじゃろうの!」

「ば、馬鹿言うなよ。変に邪推するなって……」


 否定しかけて、言葉が止まる。

 待てよ。神社……。

 途端、稲妻に打たれたと言ったら大げさだが、それに匹敵するひらめきが脳内で起こった。


「なんじゃ? 急に黙るとは。それは黙認と取ってよいのかの?」

「ちょっと待て。いい事を思いついた」

「ほほお、さては、わしを言いくるめるだけの理想的な言い逃れを思いついたのか?」


 嫌味のこもった彼女の言葉に、春臣は静かに首を振る。


「違う、神社だよ」

「神社?」


 媛子が中途半端に口を開けた。


「そう、神社」

「だからなんだというのじゃ?」

「そこには神様がいるじゃないか」

「……!」


 彼女が身体を硬直させたのが分かった。自分が言っている意味が分かったのだろう。

 それとは対照的に、椿は「1+1」が分かった小学生のようなことを言った。


「そうやなあ。なにしろ神社やからなあ」

「そう、神社だよ」


 自分の中でこれまでにない強い確信が生まれていることに春臣は気付いていた。これが、媛子を元の世界に戻すための大きな足がかりとなるに違いない。

 餅は餅屋だ。

 神のことは神に聞けばいい。


「媛子、神社にも神様はいるんだろ? そこの神様に頼めば、媛子を元の世界に戻すための手助けをしてくれるんじゃないのか?」

「……」

「どうして今まで思いつかなかったんだろう。媛子が外に出られるんなら、そういう方法もあったのに。神様に助けを求める。絶対そうだ。それがいい!」

「……」

「なあ、媛子!」


 しかし、喜んで跳ね回るべき彼女から春臣に届いたのは、ただならぬ殺気がこもった声だった。


「ならぬ」


 その一言である。


「なんだよ。うれしくないのか? 元の世界に戻るための方法が見つかるかもしれないんだぞ?」

「ダメじゃ」


 再びの否。

 間髪いれずそう答える彼女の表情には、取り付く島のない拒絶の意思が宿っていた。

 春臣の宙を掴んだ拳が力を失ってだらりと垂れる。意味が分からない。


 なぜ。

 なぜ彼女は頑固にも、首を縦に振ろうとしないのだ。


「どうしたんだよ。不貞腐れんなって」

「不貞腐れてなどおらぬ!」

「じゃあ、どうして? 行くだけでも行ってみようぜ」

「うるさい!」

「なっ……」

「うるさいうるさい! 絶対に……絶対に、ならぬと言ったらならぬのじゃ!」


 ついに堪忍袋の緒が切れたのか、今度はすさまじい剣幕で、そう言い放った。

 びりびりと、鼓膜が揺れるのが分かるほどの声量だ。

 春臣には即座に理解する。

 これ以上、彼女に何を言っても無駄だ。

 その瞬間、春臣は彼女と自分の間に越えられず、且つ、衝き崩せない一枚の鉄壁がそそりたったのを感じた。それは、分厚く、ひんやりとしていて、呼びかけても向こうから応答があることはない。

 ただ、空しく春臣の声がじんわりとこだまするだけで、壁は空しく音を跳ね返すのみだ。

 ゆっくりと息を吸い込んでみる。

 彼女が自分の案を良しとしないのであれば、当然、神社に赴くわけにはいかなかった。


「……媛子」


 青山も目を伏せ、俯いている。


「……媛子ちゃん」


 すると、二人の驚きの表情に、媛子も言い過ぎを自覚したのか、急に勢いを失って、ポケットの中にうずくまってしまう。


「……突然、怒鳴ってしまってすまぬ。じゃが、今はどうしても、そこへ行きたくないのじゃ」


 声は弱弱しいが、そこからでも彼女の断固とした意思が読み取れた。


「そんなに、か?」

「うむ」

「どうしても、か?」

「……うむ」


 決まりだな。


「そうか、媛子がそう言うんなら、無理にとは言わないよ」

「春臣、済まぬ」

「もういいって、でも、その代わり、今回は約束してくれ」

「約束?」

「ああ」


 春臣は頷く。


「媛子が、一人で抱え込んでて、どうにも出来ない悩みがあるのなら。今でなくていい。いつか必ず、話してくれ」

「春臣……」

「いいか、約束だからな」

「う、分かった。努力はする」


 渋々ながらも了承してくれた彼女に春臣は笑いかける。たとえ、今でなくても、きちんと説明してくれる約束を取り付けたのだ。

 僅かでも前進である。

 帰るか、と話しかけながら、ゆっくりときびすを返した。上流に向かって歩いていた足を反転する。

 川の流れに従って、春臣たちは歩き出した。

 新品の自転車が再び規則的な音を奏で始める。

 しかし、神社には向かわなかったものの、そこにいるかもしれない神のことを、春臣は諦めたわけではなかった。

 キーになるのは、あの巫女さんだな。

 春臣は考える。

 きっと彼女なら神社の神に対する詳しい話を誰よりも知っているに違いない。そして、媛子という神が存在している以上、その神社にもおそらく、きっと神がいる。

 うまくいけば、媛子への協力を頼められる。


 今度、近いうちに神社に祀られている神様について聞いてみよう。ついでに、椿と自分が付き合っているなどという誤解も解かないといけないし。

 そう、来週の休日にでも。


 心中でそう一人ごちた春臣だったが、その後、彼女とは三日と経たぬうちに再び会うことになる。

 それも、思いもよらぬ形で。


 しかし、このときの春臣の心中で、そんなことは、微塵にも思っているはずがない。

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