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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第四部 瀬戸さつき編
43/172

43 春臣と開かずのとびら

「なんだこりゃ?」


 春臣は居間の前でそう放心気味に呟いた。


 それは、久しぶりの買い物で、近くのホームセンターに向かい、切らしていた日用雑貨をいろいろと物色した後、行動範囲を広げてくれる相棒を見つけるため自転車屋を覗き、媛子の好物を購入するために和菓子屋の暖簾をくぐって、かさばる荷物を両手に抱え、そう言えばトイレットペーパーを買い忘れていたと、肉体、精神共に疲労を倍化させるような余計な忘れ物を思い出した上で、ようやく自宅に戻ってきた休日のことだった。


 玄関で靴を脱ぎ、廊下を進み、疲れた体にささやかな休息を与えるため、台所でお茶でも淹れ一服しようと考えていると、ふいに居間の襖にあるものに目が行き、その見覚えのない貼り紙に呆気にとられると共に困惑の声を出したのである。


『準備中、榊君立ち入り禁止。やで』


 そう女性らしい丸っこい文字で書かれたその禁止事項は、まさに警告の意味を示すように、濃い赤のマジックで書かれている。文字の周りにはとげとげしい外枠が囲ってあり、疲れた春臣の目に不快な刺激を与えた。

 どうやら、居間に置かれていたスーパーのチラシの裏を使用して書かれたようで、うっすら反対側の文字が透けて見えた。貧相な即席感がたっぷりである。

 これはいったいどうしたことかと、じっと立ち止まりまじまじと文面を何度も読み直した春臣だったが、すぐにあることに気がついた。


「禁止。やで。やで?」


 自分には馴染みの薄い言語表現。

 方言という地域色満載な表現が文に含まれていたために、犯人の推定にはおよそ、三秒もかからなかった。

 青山椿である。

 彼女は春臣の大学の友人で、近所に住んでいる関西弁の少女だ。つい数週間前までは、大学で一緒に講義を受ける程度の仲だったが、最近では違う。ひょんなことから春臣の家に居候している神、緋桐乃夜叉媛の存在を知ってから言うもの、頻繁に自宅に遊びに来るようになったのだ。

 しかし、家の主である春臣の留守中に、勝手に侵入し、こんな妙な貼り紙をするとはどういった了見か。


「青山のやつ……」


 春臣はそうぼやくと、今しがた買ってきたばかりの商品が入った袋を台所に無造作に放り投げ、すぐさま振り返り、抗議のノックをした。

 自分の家で自分以外の人間から自分の行動範囲を限定されるなど、あってはならないことのような気がした。法律にだって、きっと違反している。


「おい、青山。いるんだろ?」


 人の家に勝手に上がりこみやがって。

 そう罵ってやろうと、春臣は襖をノックで揺さぶる。

 すると、薄っぺらな隔たりを通り越して、すぐさま居間の中から二人分のひそひそ声が漏れてきた。


「おい、椿、春臣が帰ってきたぞ」

「榊君? 計算外やったな。もっとゆっくりしてくると思っとったのに」


 どうやら媛子も一緒のようである。ただならぬそわそわとした空気に黒い疑念がわらわらと塊を作った。自分に内緒で、女二人がよからぬことでもたくらんでいたのかもしれない。

 そうなると、なおさら黙っておけない。


「媛子、青山、今すぐここを開けろ」

「榊君、ダメや!」


 一思いに中へ踏み入ろうと、襖の取っ手に手をかけるが、それが力をかけたまま途中でがくんと引っかかる。物で固定されているわけではない。内側から誰かが押さえているのだ。犯人は明白である。


「青山、何をしてるのか知らないけれど、事情を話してもらおうか?」


 襖越しに春臣は訊いた。


「ふ、ふぐう……あ、あかんって。すぐに終わるから榊君はそこで待ってなさい」


 力が相殺されている襖はぎしぎしと不穏な音を立てている。正反対方向の力がかかり、悲鳴を上げるようだ。やめろ、やめてくれえ。

 しかし、春臣は構わず、引っ張り続けた。


「家主である俺に命令か。青山は偉いんだな。何を企んでる?」

「何も企んでへんよ。榊君、手を離しなさい」

「何でお前が俺に命令するんだよ」

「命令やない。お願いや。ともかく榊君は入ったらあかん!」


 いつになく彼女の真剣な怒気の籠もった声に、春臣は一瞬気圧されるが、そこで折れるわけにもいかない。彼女にこれほど簡単に言い負かされるなど、プライドが許さない。到底甘んじることなど出来ないのだ。

 頭を使え。

 作戦変更である。


「媛子! そこにいるんだろ?」

「は、春臣」


 突然呼びかけられ、驚いたのか、彼女の声が上ずってる。


「ここで何をしてる? 悪さが過ぎると、今後の食後のデザートにいろいろと悪影響が及ぶぞ」

「き、汚い。媛子ちゃんにスイーツの話を振るなんて」


 卑怯やで、榊君。青山が咆える。


「汚いも卑怯もあるか。何の説明もなしに、家に帰ったら居間を勝手に占拠してる青山に言われたくない」

「か、勝手やないもん。家に住んでる媛子ちゃんに了承はとってます」

「俺に話が通ってなければ、無意味だ、そんなもん」

「せやかて、榊君はそのとき家におらへんかったもん。そうなれば自動的にこの家で地位が高いのは媛子ちゃんや。最高責任者には了解を得ました」

「屁理屈こねるんじゃねえよ。ああ、もう、時間の無駄だ。とりあえず、ここを開けろ!」

「嫌や。断固として断わる!」

「ふうん、こうなりゃ力比べだな、青山。男と女ではすでに勝負はあったと思うが」

「な、それは男女差別やで。女やからってなめたらあかん!」


 宣戦布告。

 そう受け取った春臣は、もはや一部の遠慮なくふすまの取っ手に体重をかけ、無理やりこじ開けようと試みた。


「あ、あ、あかん」


 青山の声だ。どうやら、踏ん張っている手に力が入らなくなっているのだろう。無理もない、あんな華奢な腕にこちらの体重を支えるだけの力はないはずだ。

 彼女の抵抗空しく襖の戸に少しづつ隙間が開き始める。


「よし、後もうひとふん張り……」


 そう勝利を確信した瞬間だった。


「春臣!!」


 媛子の声が甲高く響いた。すると、神から発せられた不思議な力が春臣に作用したのか、思わず、取っ手から手が離れる。それはまるで、催眠が解けたように、体から要らぬ力が抜けたようだった。


「媛子?」

「春臣、その、いま、わしは……」

「な、何だよ、急に」


 たじろいだのには理由がある。切迫した困惑の感情を彼女の言葉のニュアンスから感じ取ったのだ。一時的に部屋への侵入を優先目的から除外する。


「どうした?」


 ややあって、恥じらうように彼女が答えた。


「その、わしは……着替えをしておるのじゃ」


 途端に、春臣は言葉にならないもやもやが口元に殺到するのを感じる。頬が熱くなり、確認する必要すらなく、自分がみるみる赤面していくのが分かった。


「なんだよ、それ」

 

 湧き上がる羞恥の念と、自身の行動の変態性に気付いた後、落胆し力なく俯いた。


 頼むから。頼むから、そういうことは先に言え。

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