40 番外編 椿と双子 3
どうも、作者のヒロユキです。
今回で番外編の完結です。椿と双子の兄弟のちょっと変わったお話も終わりです(今回もちょっと長かったな)。
正直、今かなりのスピードで書いたので、もしかすると文章におかしな点が多くあるかもしれません。一応確認しましたが。
もし変だと思えば、遠慮なく作者の方へご指摘お願いします。それでは、ごゆっくりどうぞ。
その後、うちは二人の後に行儀良くついて行くことにしました。
ここより他に秘密の場所があるというのなら、うちの知的こーきしんが黙ってはいません。むくむくと大きくなる筍のように、この世界の未知を求めて伸び上がります。
林に分け入り前方を歩く二人は、後ろを振り返ることなく黙々と進んでいきました。
うちのように落ちていた枝を拾って転がすこともなく、ほとんど道とは言えない、獣道を歩いています。
そして、そこを抜けたかと思うと、大きな岩がごろごろとした斜面が見えました。
どうやらどんどん山の頂上の方へに向かっているようです。眼下に広がる町並みがじんわりと霞み、人々が奏でる騒音も消えていきました。
「着いた!」
金犀君がそう言ったのは、そこからさらに林の中を進み、地面にちょっとしたくぼみ(谷というには少し小さいんや)がある空間までたどり着いたときでした。
うちらはそのくぼみの円周の外に立っていて、そこからくぼみの中を覗きこんでいる恰好です。
「ほらお姉ちゃん、あれ」
銀犀君が指差した先は、くぼみの一箇所でした。ちょっとした大きな岩が折り重なるように転がっていまして、その隙間、洞窟のようなものが見えます。なんでしょう? 狐さんの棲家でしょうか。
「あれがなんやの?」
「まあ、見てなよ」
「ふふ、びっくりするぜ」
二人は怪しげな笑みを浮かべ、何かを待つようにその場に座り込んでしまいます。
うちはここのどこが秘密にするほどのことやねんと思ってしまいますが、判断を下すにはまだ時期尚早ということらしいです。黙って体育座りをしました。
しばらくそのままでして、五分くらいたったときでしょうか。耳元に風の流れを感じました。
くぼみの方へ向かって、まるで吸い込まれていくような感じです。
「ほらほら、来たみたいだよ」
「来た? 何が?」
「お姉ちゃん、さっきのあの場所を見て」
うちはその言葉に応じて目を向けます。すると、その洞窟らしきものの周囲で風に戯れる木の葉があります。ちりちりはらはらくるくると、舞い踊っています。
「な、何が始まるんや?」
そう口走ったときでした。どこからか狼のような咆哮が聞こえたと思うと、その洞窟からどっと突風が吹き出してきました。まるで誰かがケーキのロウソクを吹き消したかのようです。
無防備なうちは、それを顔にまともに受けてしまいます。
「う、うぶっ」
風で髪がなびき、うちは飛ばされないように地面の草を掴みます。しかし、その風はものの見事、数秒で収まってしました。
「と、止まった?」
まるで、泥棒のような逃げ足の速さです。顔を上げると、二人の少年の同じ顔がありました。二人とも、見分けのつかない同じ笑みを浮かべています。
「どうだ、びっくりしたでしょう? ここ、こうやって時々突風が吹き抜けるんだぜ」
左の子が言います。
「不思議でしょ? どういう原理でこうなるのか知らないけれど、おじいさんは洞窟の奥にでも熱い温泉があるんじゃないかって言ってた」
これは右の子です。
「は、はあ、驚いたわあ」
「秘密って言ってたわけが分かったでしょ? ねえ、楽しかった?」
右の子が白い歯を見せ、顔をほころばせて聞いてきます。
「うん、びっくりしたけどな。楽しかったよ」
それはうちの本心でした。
偶然迷子になって途方に暮れた後で、こんな体験が出来るなんて、すばらしいことで文句ありません。うちはそれをきちんと表現しようと彼に笑って見せます。
「どうやらこれで、姉ちゃんの元気も最初の頃まで戻ったみたいだな」
隣でその会話を聞いていた子が、満足げに言いました。
「え?」
まさか、そのために、うちをここへ?
うちがさっき、おじいさんが死んだ話を聞いて、暗くなったから……。
「ほら、そろそろ立ってよ。もう帰らないと」
目の前にいた子がそっと右手を差し出してくれます。うちは喜んでその手を取りました。
「ありがとうな。金犀君」
すると、男の子ががっくりと肩を落とします。
「あの、僕は銀犀です」
「ふわ、元来た道や!」
迷子になって早数時間、うちはようやく見覚えのある道に再び戻ってきていました。感動の再会ということです。ふと見ると、「登山口ここから」の看板があります。
ああ、さっきは無視したってごめんなあ。
「ほら、お姉ちゃん、そんな看板なんて眺めてないで、もう帰るよ。日が暮れちゃう」
金犀君はすでに道をずんずんと進んでいますが、弟の銀犀君がうちの手を引っ張ってくれました。
うちらは十分ほどで山道をおりて、道路を歩き始めます。
空はいい感じに夕焼け小焼けでした。
山に沈む太陽に向けて、三羽の鳥たちが飛んでいきます。どの鳥も光を受けてきらきらと輝いていました。
それはまるで、UFOのようで、
「UFOや!」
とうちがふざけて言うと、二人は白けた目で見つめてきました。
「非科学的だよ」
金犀君がむっと口を突き出します。
「じゃあ、神様!」
「もっと非科学的だよ。神様なんて、この世にはいないって」
「そんなことないもん。うちは……」
神様の友達がおる。
そう言いかけて口を抑えます。榊君から口止めされていたのを思い出しました。
媛子ちゃんのことは簡単に人に話したらあかんのです。
「どうしたの?」
「なんでもない」
「はあ?」
「男子禁制。乙女の秘密やで」
そう言って、うちは二人にウインクしてみせました。
「おーい、金犀、銀犀!」
すると、道の向こうから、自転車を引きながら歩いてくる人がいました。二人のことを呼んでいます。太陽を背に長い影が伸びていて、うちからよく見えませんが、背の高い男の人のように見えます。
「あ、お兄ちゃん!」
気付いた銀犀君が手を振りました。
「お兄ちゃん?」
「うん、僕らのお兄ちゃん。木犀っていうんだ」
「もくせい?」
きんせい、ぎんせい、もくせい。
三人の名前が目の前に並び、ミキサーの中で踊っています。
似たような名前ばかりで、うちの頭はすっかり混乱してしまいました。すると、なぜか昔、理科の教科書で読んだ呪文が呼んでもないのよみがえりました。
「す、すいきんちかもくどってんかいめい?」
歩いてきた少年が自転車のスタンドを下ろし、帽子を取りました。弟たちを見た後で、その中央に立っているうちに目が行きます。
「あれ? えっと、ど、どちらさま?」
「うちは、青山椿っていいます」
ぺこりと頭を下げると、額に皺を寄せながら、怪訝な目で彼はうちを見ました。そして、救いを求めるように傍らの兄弟に目を向けます。そして、手招きすると屈みこみ、男三人でなにやら秘密会議を始めました。でも、残念ながら声が大きく、内容がだだ漏れでした。
「おい、お前ら、誰だこの美人さんはよ」
「たまたま遊んでたら見つけたんだよ」
「見つけた?」
「なんだか暇そうだったからいままで一緒に遊んでたんだ」
「俺は見かけたことがないようだが、どこに住んでる人だ?」
「さあ、どこなんだろうね」
「たぶん、迷子なんだよ。極度の天然さんみたいだし」
「ま、迷子?」
「うん、たぶんそれが一番しっくりくる、かな」
「あの、うち、迷子なんかじゃありません!」
聞こえてきた会話の一部にうちが反論すると、彼ら三人がびくりと振り返ります。二人の兄だという背の高い少年が立ち上がりました。
「言ってないですよ。そんなこと」
「女性に恥をかかせるようなことを言うなんて、最低や」
うちはぷっくりと膨れてやります。図星を衝かれて本心ではあたふたとしていましたが、その動揺をすこしでも 見せたら負けです。
「ほら、怒っちまったぞ。お前らのせいだ。謝れ」
うちの言葉に焦ったのか、双子のお兄さんが無理やり二人の頭に手を置き、押さえ込みます。ぐいい。すると、金犀君と銀犀君は不自然な恰好で、前のめりに謝罪の体勢になりました。
「ええ! ほとんど事実を述べたまでだ」
と金犀君が不平を漏らし、
「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん」
と銀犀君は素直に謝ります。
その謝罪の態度がこれまたはっきりと違っていて、うちはおかしくなってしまいます。こんなにそっくりな顔をしていて、行動も発言もてんでばらばらです。
本当に不思議な双子です。
「ふふふふ。もう、許したげるよ」
うちは言いました。あんまり怒って人をいじめるのは好きではありません。迷子になっていたのは事実なのですから。それに、考えてみれば、二人はうちの命の恩人でもあるのです。
彼らに見つけてもらえていなければ、今頃、お腹をぐうぐう鳴らして、あの野原をさ迷っていたことでしょう。それはとても恐ろしいことです。
それを思えば、うちとしてはむしろ彼らに何かしてあげなければいけないように思いました。そうです。これではあれです。恩を仇で返すというやつです。
しかし、なんということでしょう。自分の両手を見つめて、呆然としました。
な、何も持ってへんやん。
「弟たちが迷惑をかけてすいません。それじゃあ、俺たちはもう帰りますんで。ほら、お前ら青山さんにちゃんと挨拶しとけ」
「ちょ、ちょっと待って」
お別れの挨拶をしようとした双子のお兄さんを制して、うちは頭を捻ります。何か、何も持っていないうちにも金犀君たちに何かできることがないでしょうか。
「うーん、ううーん」
「お姉ちゃん?」
次の瞬間でした。うちの脳内にいなずまがピカリと閃光を放ちます。名案の予感。先ほど思い出した、理科の呪文です。
「すいきんちかもくどってんかいめい!」
手を振り上げて、うちは高らかにそう三人に叫びました。すると、面白いように、三人ともぽかんと口を開けます。まるで、何のことやらさっぱり、と言いたげです。当然です、この呪文にどんな効力があるのか、うちも、分かりません。でも、何か言わないと。
口が勝手に開いていました。
「これは、神様の呪文です」
「神様の?」
「そうです。幸運を呼ぶ、神様の呪文です。金犀君たちは、これできっとすばらしい神様からのパワーを得ました。きっと、きっと良いことがあります」
「うっわ、胡散くさ」
金犀君はしらけムードです。
「お、お兄ちゃん」
「ええよ。別に信じてくれんでも。でも、きっと二人にいいことがある。ちゃんと天国から、おじいさんも見守っとるよ」
「おじいさんが?」
うちは頷きました。どうしてなのか分かりませんが、何だか、それが当たっている気がしたのです。もしかすると、神様が今この場に、おじいさんを呼んできてくれたのかもしれません。不思議とうちの心は安らいでいるようでした。
「ほんならな。金犀君、銀犀君。また遊ぼうな」
そしてうちは振り返りつつ、手を振ります。赤い夕陽が目に染みるようで、つい目を閉じかけてしまいますが、その向こうで、お兄さんに連れられて歩く二人の顔が見えた気がしました。
「じゃあね、不思議なお姉ちゃん」
「ばいばい、変なお姉ちゃん」
瓜二つの少年の笑顔はどちらもそっくりでした。
次回からは、通常通り、媛子と春臣の話に戻ります。
物語が次のパートに入り、新キャラクターも何人か登場し、いろいろと新展開になる、「予定」です。
どうなるのか、作者も分かりませんが、お読みいただければ幸いです。