38 番外編 椿と双子 1
作者のヒロユキです。今回は番外編です。
一応申し上げておきますが、今回は媛子や春臣は出てきません。
椿が主人公ですので、その点をよろしくお願いします。
うーん。
ううーん。
思わず、背伸びしちゃいます。
お日様の光とは、どうしてこんなにも気持ちいいのでしょうか。どうしてこんなにも幸せな気分になるのでしょうか。
いつまでも、いつまでも、こうしてごろごろしていたい気分です。
ふわりと香るのは爽やかな野辺の緑。
頬の辺りをくすぐっているのは、多分、柔らかいホトノケノザなのでしょう。
耳を澄ませば、のどかな鳥の声。
遠くから、からころころから、小気味いい川の音も聞こえてきます。
ああもう、寝返りうってみよ。
ごろり。
ああ、もっかいいい気持ちや。
でも。ええ加減、起きひんとあかんかなあ。
そろそろ目を開けてみましょ。
いえ、それはダメや。
そこにはきっと辛い現実が待ち受けているのです。
だって、うち、目を開けても開けへんでも、緊急事態だからなのです。
こんなのんきなことをしていて緊急事態?
読者の方はそう思うかもしれません。
でも、緊急事態だからこそ、うちはこうしているしかないのです。
れっといっとびー。
ビートルズは歌います。
なすがままに。あるがままに。
そうなのです。こういうときは空から見守ってくれてる神に祈るしかありません。
だって、うち。
迷子なんやもん。
そもそもの発端については、ここで言及したところで、あまり意味がないというか、むしろとても情けないように思われます。
なぜなら、うち自身がちょっとした思いつきで、家を出る際、
「今日は、未知なる領域に足を踏み入れても、なんだか迷わへん気がする!」
と、そこはかとなく信憑性の欠片もない直感に、我が身をゆだねてしまっただけだからなのです。
例えば、誰かに誘拐されて、見知らぬ土地に下ろされたり、UFOに連れ去られて、脳内の記憶データをごっそり抜き去られたとかいうのであれば、まだ申し開きのしようがありますが、残念なことに今回の例はそれらに該当しません。
ただ、事実だけを申せば、自分から進んで知らない道を歩き、頼まれてもいないのに、方向を見失い、途方に暮れた上で、のんべんだらりとその場に寝転がっているのです。
ごめんなさい。
うちはあかん子です。
お母さん、もう一度おはぎ食べたかった。
お父さん、いびきうるさいとか言ってごめんな。
うちに内蔵されている残念な方位磁石は、ぐるぐると回転するばかりで、同じ道を何度も何度も通っています。ああ、もう帰れません。
そこで、うちはふと重要なことを思い出します。
せや。榊君、貸してた授業のノートを返してもろうてないわ。
明日そのノート要るのに。
どうないしよう……あ。
帰られへんねやったら、そもそも返してもらえんか。
ああ、よかった。安心や。
こつん。
「ふわっ!」
うちは額に何かが当たった痛みを感じました。これにはさすがに驚いて目を開けます。寝転がっていた草の上に何やらT字型の棒が落ちていました。
「なんや、これ?」
一応、噛み付かれないかを確認してから(必要なんやで)、うちはそれを手に取りました。とても軽くて、プロペラのような作りをしています。
「ああ! これ知ってる」
思い当たる映像が浮かび、うちは指を鳴らします。
「竹とんびや!」
「……竹とんぼだよ」
背後から幽霊のような声が聞こえて、うちは「ひゃあ!」と驚きました。振り返ると、誰かの影がそこに、うちを見下ろして立っています。
小学生くらいの男の子で、くりくりとした目をしています。呆れた目をしたまま、しゃがみこんできました。
「お姉ちゃん、まさかのボケっぷりだね。いわゆる、全米が震撼ってやつだねえ」
「あ、あう……」
「どうしたの? 恥ずかしすぎて声も出ない?」
「に、に、に……」
「んじん?」
「人間やあ!!」
うちはそう叫ぶと興奮のあまり、その子に抱きついてしまいました。うれしさのあまりさらにすりすりと頬ずりしてしまいます。
ああ、これが人のぬくもり。これが、うちがこの数時間求めていた、生あるものの肌触りです。
「な、なああ! ちょっとちょっとお!」
男の子はうちの腕から抜け出そうとじたばたしています。
「に、兄ちゃん、大丈夫!?」
叫び声が聞こえました。
顔を上げると、どこにいたのか、もう一人目の前に少年がいたようです。小さな影が覗き込んでいます。
「も、もう一人おったんかあ」
「いいから、放せえ!」
「もがいても逃がさへんでえ。もうこんなところで一人ぼっちはごめんや」
「あ、あんた変態かよ。お、弟、た、助けてくれ」
「助けるって、ど、どうやって」
「あ、こっちの子も逃がさんでえ。とりゃ!」
「う、うわあ、足つかまれたあ!」
「何! 弟、ここは俺が抑える。お前だけでも逃げろ!」
「え、ええ?」
「な、そうはさせへんでえ! うちのパワーなめんといてや!!」
「ああ、もうどうなってるのーー!?」