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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第三部 暮野木犀編
37/172

37 お菓子な信者

作者のヒロユキです。


今回でようやく暮野木犀編が終わりました。な、長かった。椿編よりも、疲れました。どうして、こう、計算しているものよりも長くなってしまうのでしょうか。書いても書いても終わりが見えませんでした。


まあ、それはさておき、暮野木犀完結編です。ごゆっくりどうぞ。

 居間に戻ってくると、暮野木犀は座布団を枕代わりに頭を乗せ、ふてぶてしく横たわっていた。

 これには春臣としても、かちんと来た。人の家に、それもこんな夜中に上がりこんでいながら、この傍若無人の態度はどうしたものかと拳が硬くなる思いだった。

 彼は春臣が入ってきても構わず、まるで我が家であるかのように、寝転んだまま手を振る。お願いだ、正座くらいしろ。


「おう、戻ってきたか。体調が悪そうだったが、大丈夫か?」

「ああ、問題ないよ。どうやらいつものことらしいからな」

「いつものこと?」


 木犀が机の向こうで首だけを回転させ、こちらを見る。


「ああ、実はこの家さ。出るんだよ」

「でる? まさか幽霊とかベタなこと言うんじゃないだろうな。俺はそれくらいじゃびびらねえよ」

「……違うよ」


 襖を閉めながらおもむろに言った。あぐらをかいて春臣は座る。


「じゃあ、何が出るっていうんだ?」

「そりゃあ……」


 少し間を置き、


「神様さ」

「かみさま?」


 意味が分かっていないのか、木犀はおうむ返しをした。


「神様だよ」

「髪様か? 榊、おまえは髪に敬称つけるのか? おおげさだな。大丈夫だって、まだまだ禿げないから」


 余計な心配をするな。それから、素直に文字を解釈してくれ、どうしたらそんなひねくれた言葉になる! 脳内文字変換ソフトが壊れてるのだろうか。

 よっぽどそう叫んでやろうかと思ったが思いとどまった。

 すでに作戦は遂行中だ。黙っていなくては。

 すると、ポケットの中の媛子が息を吸うのが分かる。


「暮野木犀」

「あん?」

「暮野木犀」

「……なんだよ」


 どこかから響いてくる声に、木犀は春臣を指さして「お前か」と聞くが、首を振って否定した。彼は眉間に影をつくり、怪訝そうだった。


「これがかの有名な、髪様か?」

「神様だ。イントネーションが違う」

「暮野木犀!」


 リアクションの薄い木犀にしびれを切らしたのか、媛子がぴしゃりと言う。


「は、はい!」

「わしが見えるか?」


 迫らず、焦らず、超然と媛子が語りかける。やはりこういうときの彼女はなんと言っても神様だ。言葉だけで自然と人間を従えさせるような、そんな高貴な威厳を感じさせた。


「い、いえ。あのう、どちらに?」

「わしはこの家に住まう神なのじゃ。頭が高い! とりあえず土下座しろ」

「は?」


 彼は困惑し、きょろきょろと神の姿を探していたが、やがて素直に、綺麗な土下座した。春臣は目が点になる。


 世の中には物事を信じ易い人間はごまんといると思うが、彼はその中でも筋金入りなのだろうか。普通、正体不明の声から命じられたことを、迷いなくこんなにもすぐに実行しようとは思わない。

 それを見て、媛子も滑稽だと思ったらしく、くっくと小さく笑っている。


「暮野木犀」

「な、何ゆえ、私の名をご存知なのでしょうか?」


 彼は律儀に額を畳みの上につけるほどまで、土下座をしながら聞いた。


「わしは神じゃ。人の名など、一目見ただけでお見通しじゃ」

「は、ははあ。ほ、本物かよ」


 どうやら、木犀は哀れにも、本気で信じたようだ。媛子が声を低くし、再び威厳たっぷりに言う。


「わしはこの家に鎮座しておる、緋桐乃夜叉媛と言う名の神じゃ。わしはこの家に住まう者の守護という役目を負うておる。それはそれは尊き、また賢き偉い神なのじゃ」

「は、ははあ」

「お主のような人の子など、小指の先で地平線の向こうじゃぞ。分かったらわしに逆らわず、言うことを聞くのじゃ」

「わ、分かりました」

「ふむ、中々に聞き分けはよいのう」


 媛子は笑いを堪えているようだ。小刻みな震えが胸元の辺りから伝わってくる。


「有難き幸せでございます」


 あぐらをかいたまま二人の会話を聞き、春臣はいったい今自分の目の前で起こっている状況は、いったい何なのだろうと、馬鹿らしくなった。

 そもそも何で木犀は、こんなにもしもべ台詞が上手いんだろうか。その点も気になるところである。


「木犀よ。お主は罪を犯した。こんな真夜中に不届きにもわしらの家に侵入し、この俗世をさ迷う哀れな子羊、榊春臣を無意味に恐怖に慄かせた」

「そんなに慄いてねえよ」


 春臣がつぶやく。


「しっ、静かにするのじゃ。お、オホン。木犀よ、どう思う? それは人として、あってはならぬ行為ではないか?」

「仰られるとおりでございます。髪様」

「これ、神様じゃ。か、み、さ、ま。言いにくいのか?」

「はい、普段『かみさま』などという言葉を使用しないため、少々不慣れなのでございます」


 そんなことを大真面目に言う木犀に春臣はつんのめる思いだった。いやいや、むしろ、髪様のほうが不慣れだろうが。


「では、お主には特別に緋桐様、と呼ぶことを許そう、以後、わしのことはそう呼ぶがよい」

「よ、よろしいのですか? ひ、緋桐様」

「お主は緋桐教、最初の信者じゃ。わしがじきじきに任命しようぞ。言うておくが、これはとても名誉なことじゃ。一生の誇りとするがよい」

「ははあ、有難き幸せでございます。緋桐様」

「……」


 そのやり取りに、春臣は呆れて口が開いたままになってしまった。またしても媛子の悪い癖である。新しく知り合った人間を自分の信者にしようとするのだ。

 椿のときも確かそうだった。

 無理やりやめさせてもいいが、このまま事の成り行きを観察するのも面白いため、そのまま傍観することにした。


「して、木犀よ。お主は菓子は好きか?」


 媛子が話を変える。突然、神の口から菓子などいう単語が飛び出したために、木犀は驚いたようだ。


「お菓子、ですか?」

「左様、おぬしからはなんともかぐわしき甘い砂糖菓子の匂いが漂ってくる。相当な甘党と見た。わしの鼻はごまかせぬぞ」

「は、さすが緋桐様。なんでもお見通しなのですね」

「そうであろう、そうであろう。もっと褒めよ、あがめよ」

「しかしお言葉ながら、わたしは特に甘党というわけではございません」


 彼は額を畳みに擦りつけながら首を振る。ざりざり。


「なに、では何ゆえ菓子の匂いがするのじゃ?」

「はい、実は私、町の小さな製菓工場でアルバイトをしておりまして、きっとそこでの作業中、匂いがうつってしまったのでしょう」

「な、なんと。そういうわけであったか。とんだ早とちりであったの」


 媛子が驚嘆の声を出す。おそらく彼女のことだから、彼に頼んで菓子でも貢がせようとしたのだろう。しかし、その目論見は失敗したようで、春臣はうすら笑う。

 が、木犀は媛子が何を求めているのか察知したようで、こう言ってきた。


「緋桐様、緋桐様。もしかして、お菓子がお好きなのですか?」

「お、おお、その通りじゃ。人間界の食べ物ではあれが一番上手いのう。特にチョコレートなるものは天下一品に値するぞ」

「それでしたら、私、お力になれると思われます」


 それを聞いて彼女がポケットの中で飛び跳ねる。


「なに、それはどういうことじゃ?」

「はい。その製菓工場に勤めておりますと、時々、製品とならなかった不良品のお菓子が出てきます。じつは私はそれを時々、弟たちに分け与えるためにもらってくるのですが、もしよろしければ、緋桐様にお持ちいたしましょうか」

「そ、そんなことがあるのか!?」


 春臣には聞き覚えがあった。

 いわゆる、ワケあり商品というやつだろうか。最近はそういったものがブームになっているという話を聞いたことがあったのだ。不良品などは、多くは捨てられてしまう商品であるため、販売者も捨てるよりは欲しい人間に売ったりあげたりする方が、お得なのだろう。


「そんなことがあるのです。緋桐様に献上するものでございますので、綺麗な製品が最上とは思われますが、そちらのお菓子でも、味は製品のものと遜色がないということでございます。その証拠に、我が弟たちはいつもそれを喜んで食べております」

「な、なんということか。お主は神か!」

「失礼ですが、神は緋桐様のほうであるかと存じますが」


 木犀が春臣の代わりに冷静なツッコミをみせた。


「は、しまった。つい取り乱してしまった」


 どうやら、媛子はお菓子の妄想に放心していたようだ。ほっぺたをつねっている。

 それにしても、この神様、取り乱すのは趣味なのだろうか。春臣は思う。


「緋桐様さえよろしければ、次に製菓工場でそれをもらった際には、こちらのお宅へ一部をお持ちいたしましょう」


 木犀が恭しく提案すると、媛子は喜びの声を上げた。


「それはまことか。木犀、おぬしは中々によい男じゃのう。さすがわしが信者一号に任命しただけはある。ならば、その菓子をわしに持ってくるがよい、いつでもよいが、なるべく早くせよ」

「ははあ」


 すりすり、すりすり、木犀がまたしても畳に額をこすりつける。尻を高く上げ、地面を這うカタツムリのようだった。傍から見れば無様なこと、この上ない。


「では、おもてを上げよ、木犀」

「はい!」

「今日はもう帰ってよい。天罰を下すか迷っておったが、菓子の件でそれは帳消しじゃ。よいか、以後、同じ過ちを犯すでないぞ」

「恩情あるお言葉、心より感謝いたします。この木犀、緋桐様のお言葉を胸に刻みつけておくことにしました」


 そして、大仰にも彼は深々とお辞儀をすると、ゆっくりと後ずさり、縁側のガラス戸を開け、再び丁寧に一礼し、去っていった。足音が小さくなり、消える。


 と、突然に媛子が噴出ふきだして笑った。


「く、くく、くっ、ワッハッハッハ」

「ふふ、ふ、ハハハハハ」


 堪える理由がなくなった春臣も同じように、風船が破裂するかのごとく突発的に笑い始める。抱腹絶倒。身体を捻らせながら、春臣は寝転んだ。笑いの連鎖が後から後から押し寄せて、おかしくておかしくて、なかなか終わってくれなかった。


 時計の針はもう二時半。

 こんな時間に、これほどの大笑いをしたのはきっと生まれて初めてだった。

 世界中の人、ごめんなさい。こんな時間に、こんなにおかしくてごめんなさい。

 春臣は心のなかで連呼する。


 でも、それくらい馬鹿馬鹿しいことだった。

 面白すぎて、アホらしくて、春臣は目頭にうっすら涙が出ているのを感じて拭った。


「ハハハハハ……」

「フフフフフ……」


 そうしてどれくらい経ったか、ひとしきり二人で笑った後で、春臣は座りなおした。


「まさか、こんなに上手くいくとはのう」

「ああ、暮野の奴、あそこまで本気で信じるとは思わなかった」


 そして、そう言ったきり、なぜか言葉が続かなくなった。あれだけ笑った後の反動なのか、息をするだけで精一杯な気がした。充分時間が経過して、春臣はようやく言葉を紡ぎだす。


「はあ、はあ、ああ疲れた」

「……」

「ああ、もうこんな時間だ。明日は寝坊必至だな」

「……」

「そうだ、聞いてなかったけど。明日の朝飯、晩飯の残りでいいか?」

「……」

「……おい、さっきから少しは返事しろよ」


 そしてふと媛子を見て、春臣は息を止めた。彼女は自分のポケットの中で、すやすやと小さく寝息を立てていたのだ。


「う、ううん……」


 服を布団だと思っているのか、ぐいぐいと引っ張っている。

 そんな彼女を見て、春臣は小さくため息を吐いた。


「ったく。世話のかかる神様だぜ。いったいいつの間に寝たのやら」


 まあ、いいか。春臣はゆっくりと彼女を起こさないよう、階段を上がる。


「今日はいろんなことがあったしな。疲れるのも無理ないだろう」


 部屋に入り、いつもの場所に彼女を寝かせる。そして自身も敷いていた布団の中に入り込んだ。電灯の明かりを消し、ゆっくりと溶けるように睡魔に誘われていった。こうして、二人の一日が終わる。


 しばらくして、カーテンの隙間から月の光がのぞき、柔らかく、横たわった二人を照らし出す。


 すると、眠ったままの媛子の顔が、ひっそりと微笑んだ。

忘れておりましたが、作品の評価をしてくださった方、ありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。

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