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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第三部 暮野木犀編
28/172

28 ニートな神様

作者のヒロユキです。


とんでもないことを発見してしまったので、ご報告いたします。


一ヶ月の投稿間隔が開いていたためか、作者の方がいろいろと忘れていることがあり、「媛子」という名前がいつの間にか変換ミスされ、今まで「姫子」となっていました。


なんとなく違和感は感じていたのですが、改めて以前の内容を読み、愕然。作者がキャラクターの名前を間違えるなど、言語道断ですよね。すいません。これからはないように心がけます。

「そう言えば……」


 昼食が済み、くつろいでいると椿が小首を傾げながら言う。


「媛子ちゃんって、神様やんなあ」

「それがどうしたのじゃ、椿」


 媛子は榊の葉を丸め、クッションの要領で腰掛けている。椿に首を向けた。


「ほんなら質問があるんやけど」

「質問?」

「神様って、仕事あるん?」

「……ああ、あるが?」

「媛子ちゃんの仕事は何なん?」


 途端に咳き込む媛子。


「なんや、媛子ちゃん風邪かあ?」

「いや、何かをごまかしてるんじゃ」


 春臣が訝しげに言う。


 以前から思っていたが、彼女は何かと謎がある。

 それなりに事情があるのだろうが、時折、未だ自分に隠し事をしているような様子を垣間見せるのが、春臣にはどうにも気になる。

 隙あらば、うまく聞き出せないものだろうか、と考えているのである。

 すると春臣の疑わしげな声に、媛子は目を側めて睨んだ。


「余計な勘繰りをするでない、春臣」

「ほう、それなら聞かせてもらおうか。媛子はどれほど崇高で、高尚な仕事を受け持っているんだ。そんなこと、今まで知らなかったしな」

「そ、それは、じゃの。仕事の内容は神によって違うが、この世に作物を実らせたり、命を生み出したり、土地を守ったりと様々なことを……」

「そうじゃなくて、媛子は?」

「わ、わしか、それは、その……」

「どうした、仕事があるんじゃないか。歯切れが悪いな」


 いつもの強気な彼女らしくない弱気な表情は、先ほどの漫画に見たような縦線が入っている。

 やはり、聞かれては困ることのようだ。


「……お主らには言っておらんかったが、わしは、その、まだ新しい神なのじゃ」

「新しい神?」

「そうじゃ、生まれてからそれほど長い時間が経っておらん。といっても神の世と人の世では時の流れが違うから、おぬしらからすれば短くはないじゃろうがの」

「新しい神だと、どうなんだ?」

「じゃから、まあ、その、大した仕事は任せてもらえぬのじゃ」


 ため息交じりに指先をいじりながらそう言う様子は、かなり気を落としているようだった。どうやら、何かの虚言ではなく、真実であるらしい。彼女の表情がそれを物語っている。


 普段からあれほど神であることを誇っている彼女なのだから、神の世で大した活躍が出来ていないことを人間に知られることは、情けないのだろう。

 彼女が言葉を詰まらせたのは、単純にその事実を知られることが嫌だったようだ。


「……」


 春臣と椿は余計なことを追求してしまったものだと、互いに不安げな顔を見合わせ、再び視線を落とす。

 かけるべき言葉を探していると、椿が口を開いた。


「そうか、じゃあ、媛子ちゃんは今時の言葉で、いわゆる、定職に就いていないグータラ生活中の神様ニートやね」


 配慮の欠片もない無邪気な指摘に、春臣はおいおいとつっこみを入れる。


「それ、何のフォローにもなってねえよ。むしろ、マイナス効果じゃないか!」

「わ、わしがニート、神様ニート……」


 すると、目が点になった媛子がうわ言のようにそう繰り返し始める。その視線は明らかに焦点を失っており、ショックで朦朧としているようだ。さすがにこれはまずい。


「ち、違うだろ。別に媛子は神として仕事をしたくないわけじゃないし、やる気はあるだろ?」

「それはそうじゃが」

「神様としての力だってあるじゃないか。この前は花を咲かせてくれただろ。あれ、すごく綺麗だったし、媛子は神様として立派だよ」


 春臣はつい先日の夜のことを振り返りながら、陶然とした心地を思い出す。春の桜がくれた奇跡のような美しさはまだ彼の胸に深く刻まれている。

 すると、それを聞いた椿が両手を合わせて目を輝かせた。


「え、ほんまなん、それ。お花を咲かせるなんて魔法みたいやん」

「そ、そうか。春臣、それほど良かったか?」


 見上げた彼女の虚ろな瞳に再び光が灯った。


「ああ、媛子ってすごいんだなって。本気で思ったよ」

「わしが、すごい。神として、すごい……」


 すると、椿がそこでぱちんと指を鳴らした。


「ほんならや、うちにええ考えがある」

「いい考え?」


 春臣は咄嗟に身構える。頼むから、余計なことだけは言わないでくれ、と胸中で懇願した。


「なんじゃ?」

「お花屋さんや。姫子ちゃんが花咲かせられるんやったら、ここを媛子ちゃんのお花屋さんにしたらええんちゃう? それならニートやないし、神様が働いてる花屋なんて、そうざらにないでえ」


 とん、と机を叩き自ら名案やと言ってのけた彼女だったが、二人の反応は冷めたものだった。


「それは、どうかな」


 と春臣は首を捻り、


「……ううん、あまり、現実的ではないのじゃ」


 と媛子は言葉を濁らせる。


「ええ! 絶対ええ考えやと思うのに」

「そもそも、わしは本来の力を失っておる状態、花を咲かせるのにもかなりの力を要するのじゃ。榊の葉に蓄えられている力も大量に消費してしまう」


 彼女は椅子にしている榊の葉をぽむんと叩く。すると、続けて春臣が根本的な問題点を指摘した。


「それ以前に、媛子のことは周囲に知られるのはまずい。こんな小さな神様が店をやってるなんてことが広まれば、大騒ぎになるぞ」

「ああ、確かにそうかあ」


 椿はそう言って、ずず、とコーヒーを啜る。


「絶対名案やと思うたのに」

「……椿、他に名案は浮かばぬのか?」


 不貞腐れ、机に伏せようとしている彼女の動きが、その一言で止まった。


「へ?」


 これには、春臣も何を言いだすのかと卓上の小人を見たのである。


「なんだ、神様の就職活動か?」

「茶化すな、春臣。わしは純粋に神らしく人のためになれることを模索しておるのじゃ」

「人のためにねえ……」

「椿の言うとおり、このまま怠惰な生活を続けておっては、ニートと呼ばれても仕方あるまい。神と言えど、その定義は当てはまるのではないかと思うのじゃ。じゃから、神として人に出来ることを考えようではないか」


 普段、人である春臣の都合を無視してわがままだらけの彼女が言うには、少々説得力に欠けるが、本当にそう思ってくれたならうれしくないわけではない。


「やる気はあるんだな」

「もちろんじゃ。ということで、椿、何か名案はないかや?」


 再度、媛子は問いかける。

 椿は顔を上げ、何も言わずにしばらく窓の外、降りしきる雨を眺めていたが、途端にこう口走った。


「……ゴキブリ!」

「は、どこに?」


 慌てて周囲を春臣の目が捜索する。


「ちゃうちゃう、ゴキブリはおらんって。今のはアイデアが浮かんだ効果音や」

「効果音って、史上最悪にも程があるよ」


 これには、もはや、呆れる感情も通りこしてしまう。


「青山のセンスには言葉もないな」

「そんな、褒めても何もでてこんで」


 へへえ、と頬の辺りを指で掻きながら青山が照れる。それを見て、もはや文字通り、言葉も無い春臣はしばし沈黙した。


「……なんだ、この空気」


 すると、今までの二人の会話が分からなかったのか、媛子が訊いた。


「なんじゃ、その、ごきぶりとは?」

「ああ、そうか。ゴキブリなんて、媛子は知らないよな」

「おう、ほんなら教えたる」

「正直、知らないほうが幸せだと思うけど」


 春臣の心配をよそに、椿は勢い込んで説明を始める。


「ゴキブリってのはな、別名、黒き翼を持つ、俊敏なる六本足の悪魔、とも呼ばれてんねや」

「それはあまりにも情報の誇張じゃないか?」


 そのぼやきは無視される。すでに椿と媛子は机の上で向かい合い、真面目に話し込み始めているのだ。春臣は会話に置いてけぼりにされていた。


「あ、悪魔じゃと。それは、けがれが意思を持ったようなものか?」

「うーん、よく知らんけど、そんなもんなんかな。とにかくこんな雨がたくさんふるような梅雨の季節になると、家のどこからか、そいつがしのびよってくるんや」

「忍び寄るじゃと、そやつは気配を消せるのか?」

「そうや、いろんな小さい隙間に入り込めるからなあ」

「隙間にしのびこむとは、中々やりおる。それで、そいつはどんなことをしてくるのじゃ?」


 そこで、椿は一瞬黙る。別にゴキブリはただ家の中に出てくるだけで、特に何をするわけでもないからだ。

 しかし、そんな奴らにも目的があるとすれば。

 椿は考えた。


「そうや、分かったで。そいつらはほんまに最低なんや。うちらがその悪魔に気づいて、驚き、慌ててんのをにやにや笑ってんねん。それが奴らの目的や、人間を怖がらすのが楽しいて、しょうがないんやろな」

「おい、青山」


 さすがに事が過ぎるので、春臣は口を挟む。


「さすがにいき過ぎだ。それじゃ、正しいゴキブリの説明になってねえよ」

「何を言うてんねん。これは間違いなく真実やで。やつらは人を笑うのが趣味の悪魔やねん」


 口を尖らす彼女の目は反論の炎に燃えている。しかし、春臣はそれを軽くあしらった。彼女の言うこと全てに取り合っていては、時間がいくらあっても足りなくなる。


「はいはい、分かった分かった」

「春臣、それではゴキブリとはどんなものなのじゃ?」


 媛子がくるりと視線を向ける。


「あん? ただの虫だよ。これくらいの黒っぽいな。雨が降って湿っぽくなるとどこから出て来るんだよな」


 指で大体の大きさを示すと、彼女はその程度か、と腕を組む。しかし、彼女のサイズで本物と相対せば、笑っていられないだろうことは明白だった。


「で、なんでゴキブリの話になったんだっけ?」

「そうや、そのゴキブリ退治を媛子ちゃんがやったらどうやろかって思うたんや」

「ゴキブリ退治を?」


 また突拍子もないことを、とため息を吐く。


「だって、その媛子ちゃんの小ささを生かすんなら、いろんな物の隙間に入って、ゴキブリを倒すのにそのサイズの体はもってこいやろ?」

「そうだけどよ、でも……」

「確かに、それは言えておるの」


 意外にも、媛子は椿の案に肯定的なようで、春臣は驚く。


「おいおい」

「普通の人間なら入れぬところへもわしは入れる。この体が役に立つのじゃの?」

「そうや」

「人を脅かす悪い虫がおるのならば、確かに神であるわしがやらねばな」

「そうそう、その意気やで」

「よし、ゴキブリを成敗じゃ」

「がんばりや、媛子ちゃん」


 両手の拳を握り、力強くそう頷いた椿の後ろで春臣がすかさずつっこむ。


「媛子にトラウマ作るだけだから止めとけ」


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