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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第一部 邂逅編
18/172

18 神様電話 1

 気がつけば、カレンダーの新たな日付は、春臣がこの町に越してきて一週間経ったことを示していた。


 光陰矢のごとしという言葉があるように、時の流れというものは、流れ落ちる滝のごとく、無常にして容赦ない速度で全てを過去に変えていく。

 野辺に咲く可憐な一輪の花でさえ、その時の流れには成すすべもなく、その美を留め置くことは出来ない。


 人を超越し、あらゆる力を掌握して、世界を創り出した神が存在するのであれば、この時間の存在もまた、神が創り出したのであろう。

 我々、人間はその時の奔流に有無を言わさず押し流され、瞬く間に過ぎていく日々を僅かな生の息継ぎをしながら暮らしている。


 大昔の著名な歌人たちは、そんなゆめまぼろしのような一生の儚さを詩に乗せて詠んだのだ。

 嗚呼、さみしいなあ、と。

 涙が出るなあ、と。

 そう言った類のものを調べようと思えば、きっと枚挙に暇が無いに違いない。


 しかし、一方で面白いことに、人間という生き物はあっという間に過ぎていくはずの時間がとても長く感じるということが多々ある。


 特に春臣のように、それまで育ててもらっていた親元を初めて離れ、不慣れな見知らぬ土地で暮らし始めたばかりの学生は、である。

 そんな彼らにはたった一週間という時間の流れも、全く一ヶ月、二ヶ月にも長く思えるものなのだ。


 なにしろ、やる事成す事、初めての体験ということが多いし、それまでは親に任せていたこと全て、自分が突然に引き受けるわけであるから、当然、要領もつかめない。

 掃除、洗濯、炊事、買い物、ゴミ出し。

 これも数え上げればきりが無い。

 しかも、自らの生活を成り立たせるだけで精一杯なのに、追い討ちをかけるように、彼らには新たな場所での人々の出会いが待っている。

 それは楽しい反面で、逆に知らない人間に囲まれた自分が、窮屈な思いをすることもあるだろう。

 新しい物事の波が大挙して押し寄せ、人は目まぐるしい生活の連続に、途方もなく長い時間を感じてしまうというわけだ。


 加えて、そんな学生の場合、ふとしたことで実家のぬくもり、親の優しさを思い出してしまうものだから困りものである。

 あくせくと日々を過ごしながら、急に訪れる長く孤独な夜に涙し、望郷の念がふつふつと胸に湧き上がってくることは必然と言っていい。

 しかし、多くの人間が避けて通れぬその慣れない生活と望郷の病に、この春臣少年もやはりかかっているか、と思いきや、意外とそういうわけでもないらしい。


「ええ? だから、大丈夫だよ。いいって。別に来なくたって」


 久しぶりに掛かってきた実家の母からの電話に、素っ気無い返事をしながら、何食わぬ顔で春臣は朝食のジャムを乗せたトーストに齧りついている。

 その表情に引越し当初にあった押し込めたような寂しさの影はない。


「はいはい。問題ないよ、ちゃんと飯も食ってるって。それじゃあ、もう行かないといけないからさ。切るよ。分かったから、じゃあね!」


 露骨にうっとおしさを声に滲ませながら、春臣は電話の子機を置く。


「ったく、心配しすぎだっつーの」


 すると、そうぼやいてコーヒーを飲んだ春臣の背中越しに、誰かが声をかけてきた。


「おい、春臣。今の電話は誰からじゃったのじゃ?」


 振り返ると、そこにはテレビの前に体とは不釣合いに大きな座布団に腰を下ろしている媛子の姿があった。

 突然、この人間の世界に迷い込み、当初は何をするにも悪戦苦闘していた彼女だったが、一週間を過ぎると、さすがに生活にも慣れてきたようで、今では毎日欠かさず見るというお決まりのテレビ番組もあるというほど、この世界に馴染んでいる。


 あれから身長も日に日に伸び、今では十五センチほどの大きさになっていた。筍、とまでは言えないが、通常では考えられないとんでもない伸びだ。やはり、神であるだけはある。


「おぬしの親からではないのか?」


 そんな彼女の声が少し不穏な空気を漂わせている。


「そうだけど? それがどうした?」

「おぬしは、親に対して普段からあんな口の聞き方をするのか?」

「何だよ、別にいいだろ?」

「今まで大切に育ててもらっとる親に対して、先ほどの口の聞き方はいかがなものか、とわしは忠告したい」


 その声の尖り具合に、春臣はいやな予感がして眉をひそめる。


「朝から俺に説教でもしようってか?」

「無論、わしは神じゃからの。育ててもらった親の恩を忘れ、堕落の人生に足を踏み入れようとしておる大ばか者の人間がおれば、それなりに、教え諭し、更生させる義務もあるじゃろう」

「ほう、俺を大ばか者と?」

「まさか、気づいておらんかったのか? それにも気づかぬほど、おぬしの脳はすかすかなのか? 嘆かわしいの」


 彼女は大げさに手でぴしゃりと額を打ち、明らかに見下げた態度をとった。


「……比較的寛大な朝の俺で命拾いしたな、機嫌が悪かったら、今頃媛子をそこの窓から放り出しているところだ」


 春臣は左手に開け放った窓を顎でしゃくって示す。そこからは清清しい朝の青空が見えた。


「ふむう、考え方が安直で野蛮じゃの。ますます悲惨じゃ。正々堂々とわしと話しあいで解決しようとは思わぬのかえ?」

「話しあいで解決? 先に喧嘩を売ってきたのはそっちだろ? その上で平和的解決を望むのは虫がいいんじゃないか?」

「しかし、その前に、母親に対して素っ気無い態度をとっておったおぬしが原因じゃろう? わしはそれに腹が立った」


 むすりとした態度で媛子は鼻をつんと突き上げる。


「自分の親に息子がどう接しようと、媛子には関係ないだろう?」

「関係あるないの問題ではないぞ。子供が親を大切にせぬという事実をわしは見過ごせぬ」


 春臣としては何をそこまでしつこく迫ってくる必要があるのか、甚だ疑問だった。

 手鏡を見ながら身だしなみを整える春臣に彼女は依然として厳しい視線を向けてくる。こころなしか、敵意をむき出し、唸っているような気もした。


「ええと、媛子さん?」


 すると、彼女は投げつけてくるつもりなのか、傍らに朝食としておいていた羊かんの一欠けらを握った。

 さすがに出かける前の服を汚されてはたまらないとその落下範囲に入らぬように後ずさりながら、思い出したことが一つ。


 初めてこの家に来た媛子に、名前を訊ねたときだ。

 確か彼女は自分の名前を言い渋ったあのとき、春臣が名前を名乗って、彼女は、


『その授かりし、名。大事にせよ』


 とそう言った。そう、親からもらった名を大切にしろと、そう言ったのである。

 そこから、媛子が親と子に対する関係に敏感であることが窺えなくもない。


 待てよ。そもそも、彼女にもそういった関係が存在するのだろうか?


 つまり春臣は、神と神の間に家族としての繋がりがあるのか、疑問に思ったのである。


「あのさ、媛子にも……」

「なんじゃ?」


 じりと、媛子が近寄る。


「親がいるのか?」

「親?」

「神様にも親っているのかなって思ってさ」

「……」

「緋桐乃夜叉媛様でしたっけ? その名前、つけてくれた親がいるんだろ?」


 すると、それがまるで禁句であったかのように、媛子は視線を落とすと、手に持っていた羊かんを口に入れた。

 そして突然、態度を翻した。


「もう、その話はよい」


 もごもごと口を動かしながら、それだけ言ってくるりと向き直り、再びテレビを見始める。

 これには春臣もどうしたことか、と訝った。


「おいおい、そっちが話しを始めたんだろ? なんだよ、その態度は」

「もうよいと言ったらよい。それよりほれ、もうすぐバスが出る時間なのではないか?」


 彼女に言われて時計を見ると、確かにバスの出発までもうあまり時間がない。


「やべっ!」


 すると、同時にポケットの中の携帯電話が震えてメールの着信を知らせる。

 椿からだった。

 おそらく先にバス停で待っているのだろう。慌てて荷物を持ち上げた。


「そ、それじゃあ、俺は行くけど。媛子、留守番頼むな」

「任せておれ。どうせ誰が来てもわしは何ももてなし出来ん、無視をしておけばよいのじゃろ?」

「そんなに偉そうに胸を張られても困るが、まあ、そんな感じだ。それと、今日からは、何かあったときのことを考えて、俺に連絡出来る手段を教えておく」

「お、ということはもしかすると、電話とやらを使わせてくれるのか?」


 彼女の好奇心に満ちた瞳が電話の子機に向けられる。先ほどまでの不機嫌はどこ吹く風、相変わらず、媛子の気分は極端だ。


「これは遠く離れた人間とも会話できるという機械なのじゃろ?」

「そうだよ。今簡単に使い方を説明するから、ちゃんと一度で理解してくれよ」


 春臣はそう言って、先ほどの充電器に差し込んである子機を取り出した。このときのために前もって自分の携帯電話を自宅の固定電話に登録しておいたのである。

 そうしておけば、押すべきボタンも少ないため、まだこの世界の機械に慣れていない媛子にもそれほど苦労せず、電話を使える。

 考えていた通り、簡単に一度説明しただけで、彼女は使用方法を覚えたようだ。すぐさまでも試してみたいらしく、早速受話器に飛び乗り、少々強引に聞いてくる。


「春臣、試しに掛けてみてもよいか? よいか? いや、よいな。かけるぞ」

「ちょっと待て、もう時間がない。いいか? もしも、何かあったときだけに掛けるだけなんだからな?」

「何かあったとき、何かあったときじゃな。分かったぞ。それでは早く行ってくるがよい」


 彼女の瞳は、明らかに何かよからぬことを考えているように爛々と光っていたが、それを注意する時間はない。


「それじゃ、行ってくるな」


 立ち上がり、振り向き様にそれだけ言って、階段を駆け下りる。


「おお、留守番はまかせておけ」


 媛子の陽気な声を聞きながら、春臣は足をももつれさせながら家を飛び出した。

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