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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
154/172

154 蒼日鷲命の作品

 春臣の姿が神社の境内から消えた後――。

 その神社の上空では、一羽の鷲がゆっくりと町を見下ろすように旋回していた。

 巨大な両翼を雄々しく広げ、まるで風を従えるかのように無理なく飛行するその様は、ただの鳥とは思えないほどの超越感に満ちていた。

 さらに、太陽の光を受け、燦然と輝く羽と鋭い瞳には、並々ならぬエネルギーに溢れている。

 鷲の姿をした神、蒼日鷲命である。

 彼は今、こうして町の上空を飛び、大地を睥睨へいげいし、静かにその様子を探っているのだ。


 と――。

 よく見れば、その鷲の神は何かを口に咥えていた。その何かは、太陽の光に触れ、瑞々しい緑色を反射させる、木の枝だった。

 それは千両神の魂が宿る枝だが……。


「ふむ、あいつも、行ってしまったか」


 ふいに、千両神の声がその枝から発せられた。


「では、しばらくはこちらに意識を戻して、高みの見物とするのも良い。今日は他にもいろいろと町で騒動が起きておるようじゃし」


 と、一仕事終えて、暢気そうに言う。枝から伸びている葉が、風に乗って涼しげに揺れている。


「おいおい、その高見の見物が出来てるのは誰のお陰だよ」


 そこで、忘れてくれるな、と鷲命が羽をはためかす。枝を落とさないように、器用にくちばしを動かす。


「俺が、こうしてわざわざ空を飛んでやってるからだろうが」


 鷲命はそう言って感謝の言葉を求めたつもりだったのだが、千両神は特に礼を言うでもないようだった。


「そうだな、わらわの体は空を飛べぬし、こうするのが一番であろう。我ながら名案だった」

「おい……」

「うむ、しかし、空を飛ぶというのは久々だが、やはり、とても気分が良いものだな」


 鷲命の言葉を無視して、まるで王座に腰掛ける女王のように、優雅な態度で振舞う。

 それに対し、鷲命は嫌味たっぷりにこう返した。


「ハッハア、そりゃそうだ。何と言っても他の神をこき使っての見物だからなあ」

「ふむ、だが、それが何だというのだ?」

「うん?」

「お前がこの町にいる時は、主であるわらわの命に従うと、この間、そう申したではないか」

「う……」


 それまで攻撃的な態度を見せていた鷲命は形勢が悪化したと思った瞬間、急に言葉を詰まらせる。


「まさかと思うが、今さらその約束に文句を言うつもりではないだろうな。境内でお主がわらわに頭を垂れたことは、しかと両目に刻んでおるぞ」


 これには、ぐうの音も出ない。

 全く、その千両神の言う通りなのである。

 しかし、そうだとしても、何だってこんな下僕がするような仕事を俺が……。


(……やれやれ、目も無いクセして、偉そうに……)


 聞こえないよう、そう小さく嫌味を言ったつもりだったが、千両神はそれに対し、すぐに反応を返した。


「おい、聞こえているぞ」


 と、高圧的な声である。


「げっ」

「お前、場合によっては、わらわがお主を無許可の領地侵犯の罪で、上の神々に訴えることが出来ることを忘れておるわけはないだろうの?」

「う、うへえ……」

「領地の問題はかなり面倒だぞ。場合によっては、神としての位を落とされかねない」


 その脅すような口調に、鷲命は首筋の筋肉が引きつるのが分かる。

 全く、冗談じゃない。

 しかし、この神は本気なのである。

 こりゃ、マジで下手な発言は命取りになりかねないな。


「しかしまあ、わらわは非常に寛容であるから、お主に対してこうして『平和的な譲歩』を試みておるわけだな」


 千両神の言葉が耳元で囁くそうに聞こえる。


「そこのところをきちんと理解してもらいたいものだな。そして、ゆめゆめ忘れるな。場合によっては、わらわがお主の将来を左右する立場にいることを、な」

「……り、了解」


 くちばしの先に妙な感じのむずかゆさを感じながら、わずかに頷く。


「ほれ、どうした? 高度が落ちてきたぞ、もっと高く飛ばぬか」


 そう千両神に叱咤され、渋々ながら鷲命は両翼をはためかせた。ぐうん、と鷲の姿が太陽に近くなる。

 真夏の太陽が近づく。

 見下ろす町はうっすらと青く、じりじりと大地の焦げる匂いがしているように、鷲命は思った。自分の行く末が焼けて無くなっているわけじゃないよな、とそんなことをふと思って、爪の先がひんやりとした。





 しばらくして、


「しかし、あの人間の坊主……」


 ふと思いついたことを、鷲命が呟いた。


「……何だ?」


 半分眠っていたのか、千両神が面倒くさそうに応じた。


「いや、だからさ、あんたはよ。何だってあんな風にあいつを、『試す』ような真似をしたんだ? あの手この手で気持ちを揺さぶるようなことしやがって。何が天罰を下す権利を与えるだ」


 すると、千両神は相変わらず暢気そうな口調で、


「何だ、お前でもそんなことが気になるのだな」


 などと言う。


「人間よりも自分の興味が最優先のお前が……」

「あのなあ、それじゃ俺がまるで人々のことを何も考えていない不良の神みてえじゃねえか」

「何を言う、事実であろう。あんな大層な『作品』を、暇を見つけては作っておったのだから……」


 千両神のその言葉に、鷲命は、すぐに合点がいった。

 間違いない、自分の例の手下の話だ。


「……『ゆずり』のことか?」

「うむ。まあ、どれほど時間をかけたのかは知らぬがな、あんなことに夢中になっておれば、本来の仕事がおろそかになるというのは、言わずとも知れる。説明するまでもない、自明の理というものだ」

「……」


 反論の言葉はなかった。

 それは事実なのである。あの時雨川ゆずりを創り上げるのには、骨が折れたものだ。


 しかし。

 と、千両神はそこで逆説の言葉を挟む。


「しかし、中々に見目麗しい娘ではないか。それに、どうやってこしらえたかはしらぬが、あの娘は『別のホカノとはひと味違う、魂の輝き』を持っておるな」


 その指摘に、鷲命はうっすらと笑う。


「そりゃそうだ、あいつは、ただのホカノじゃねえからな」


 すると、途端に、千両神の意識に乱れが生じたのが分かった。鷲命の言葉に驚いたらしい。

 あの人の形をしていながら、人に非ざる者――。

 時雨川ゆずりの正体が、ホカノであることにはこの神は気がついていたようだが、それよりさらに深い所にある真実を見出すことはさすがに不可能だったと見える。


「どういうことだ?」

「実はな、あいつは『生身のホカノと死んだ人間の魂を繋ぎあわせた代物』なのさ」

「な、なんと……!」


 千両神は息を呑んだ。


「それは、初耳だな。あの娘が夜叉媛と同じくホカノであることはこの土地にやってきた時点で知っていたが、まさか、人の魂と繋ぎあわせたものだとは……知らなんだ」


 し、しかし、何故そのような無茶なことをしてまであの者を作ろうとしたのだ?

 と、千両神の口から疑問が提示される。鷲の神はそれに対し、自信満々に、にやりと笑った。


「簡単に言えば、この世界を監視する手下が欲しかったのさ」

「手下……」

「そうだ。それも、神の目線ではなく、人々の目線から世界を見つめることの出来る手下がな」

「ふむ」

「まあ、こっちの世界でいろいろと小回りが効く存在ってのは使い勝手がいいぜ。ちょいと大食漢だってことをのぞけば可愛いもんだ」


 ガッハッハ、と鷲命は笑う。すると、つい、千両神の枝を取り落としそうになって慌てた。慌ててくちばしで挟み直す。


「き、気をつけろ」

「お、おう、すまねえ。ともかく、あの時雨川ゆずりはだな、お守りを配って神の信仰も広めつつ、俺に人の世の情報を持ってきてくれるわけよ」


 あんたのとこの、巫女のお嬢ちゃんと同じだな。

 鷲命は言う。


「さつきのことか、ふむ。しかし、一つ気になったのは、人の魂を混ぜた、のか……?」

「ああ、そりゃ当たり前さ。ホカノは神の世の存在。人の世で活動をさせるには、まず、存在が消滅しないように、その対策しておかないといけないのは、あんただってよく分かってるだろう?」


 住んでいる世界が違う者はその世界では存在出来ない。姿形を保てない。

 それが世の中のルールだ。

 だからこそ、千両神はこちらの世界の木の枝を依代よりしろとして魂を宿らせているのだし、鷲命も、こうして、鷲に魂を宿らせているのだ。


「それで、こちらの世界の物である『人の魂』を媒体にしたということか。それをホカノにつなぎとめることで、存在を保っているというわけだな」

「ああ、大体そういうことだぜ。ちなみに、あの夜叉媛とかいうホカノは、お守りの中に入れた榊の葉に蓄積された存在の力で、姿形を維持出来ているようだが、あれでは機械に入れる乾電池のようなもの。永続的な効果は期待できない。もって一日か、二日というところだろう。それに比べて、人の魂は元々こちらの世界の物であり、簡単には消えねえからな、それを選んだというわけだ」


 そう説明すると、千両神はいろいろと考え込んでいるようだった。鷲命が苦労して作ったゆずりの構造をじっくり理解しようとしているのかもしれない。


「しかしねえ、あのホカノという生き物……」


 ふいに、鷲命は思い出したことを呟いた。


「何だ?」

「いや、いろいろ試していて、気がついたんだが……奴らはな、非常に柔軟性に富んでいるんだ。まるでくにゃくにゃと形を変える粘土だな。あいつらは……様々な環境に適応する力が飛び抜けている」

「それは、まことか?」


 鷲命は静かに頷く。


「ああ、あいつの髪を見ただろう。まるで青空をそっくり写しとったかのような目の覚める蒼色だ」


 千両神も頭の中に思い浮かべたらしい。


「あ、ああ」


 と返事をする。

 まあ、誰もが一度見れば目に焼きつくほどのはっきりとした色だ。忘れるなどということはありえないだろう。


「しかしね、これがね……ああ、さすがにちょっとバカげてるよな……」


 言いかけて、鷲命は言葉を濁らせる。

 さすがに、この事実は信じてもらえるか分からない。


「何だ、もったいぶらずに言え」

「いや、実はこれがねえ、『ただの比喩』ではないんだぜ」

「どういう、ことだ?」

「だから、言葉の通りだ。あのゆずりはな、『そっくりそのまま青空の色を髪に取り込んだ』んだよ」

「なに!?」


 驚くのも無理はない、と鷲命は思う。

 何しろ、話している鷲命自身、まだ信じられないのだ。

 しかし、紛れもない事実ではある。


「これは驚くべきことだぜ。まるでこの世界に住む、カメレオンって動物のみたいだ」


 興奮を隠し切れず、鷲命の声はわずかに上ずり、言葉が乱れてしまう。


「きっと、いつもあいつが山の中、空に近い場所に居座っているせいなのだろうが……こいつはマジで驚くべきことだぜ。あいつらはな、住んでいる『世界』の状態に適応出来るよう、体を進化させることが可能なんだよ!」

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