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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
150/172

150 存在の価値

「崩壊した世界から……彼らが生まれていた?」


 春臣は額に皺を寄せる。事実だとするならば、それは何を意味するのだろう。


「これはな、非常に興味深い現象であると同時に、神々の間に新たな疑問を生んだわけだが……それを解決する前に、わらわたちは次第に、そんなことを考えている暇もなくなっていた」

「どういうことですか?」

「うむ。つまりだ、まずは流れ着いてくるホカノたちにどう対処すべきかということが、神々の中では急務となったのだ。数が数だけに、ただ無視しているわけにはいかないのでのう」


 千両神によると、それに対し、再び神々の間で議論が持たれたということだ。

 そして、そこで様々な意見が交わされたのだが……。


「結果、ホカノの多くは、対処に困った挙句、わらわたちの付き人のような役職につかせ、働かせた。こやつらはきちんとしつければとても従順であり、働き者であるからな」


 千両神はそう説明する。


「媛子、も?」


 春臣は彼女に問いかけた。彼女は相変わらず、生気のない目のまま、こくんと首肯する。


「うむ、わしもここへ来る前は、とある神の付き人であった」

「そ、そうだったのか」

「……春臣」


 急に彼女から名を呼ばれて、ドキリとする。彼女が能動的に、自分を呼んでくれたことを驚くのと同時に嬉しくも思ったのだ。

 彼女がまだここに『生きている』ことを実感出来た気がした。


「何だ?」


 返事をする。


「全て今の話は真実だ。わしたちホカノは、未だ多くの謎に包まれた存在だ。そして、同時に、世界にとって、限りなく、『無意味な存在』なのだ」

「急に、な、何を――」


 言い出すのか。

 春臣は強く首を振った。


「そんな、そんなこと、言うなよ」

「そんなことなどではない。それこそが真実なのじゃ。わしたちは存在する意味が分からないのだぞ? それは、存在する意味がないこととほぼ同義ではないか」


 それは、氷のように凍てついた言葉だった。おおよそ、生き物から感じ取れる全ての感情を喪失したような、無味無臭な空虚さだけが春臣に伝わってくる。


「馬鹿なこと、言ってるなよ」


 春臣は大声を出したいところを、自分を抑えながら言い返す。


「ほぼ同義だろうと、完全な同義じゃねえなら、イコールじゃねえ『余地』があるなら、自信持って、真っ直ぐ前見ろよ。自分たちのことが分からないなら、まだこれから考えればいいじゃないか。そんな風に、諦めたような顔するな」


 しかし、彼女は至って冷静にゆっくりと首を振る。


「春臣、それは違う。そもそもわしたちは諦めることを必要としていないのだ」

「それは、どういう意味だ?」

「わしたちはな、初めからわしたちがそうあるものだと、神々によって認識されているのだ」

「認識されているって……それが、何だよ!」

「いいか、春臣、神々はあの世界の長なのだ。長である彼らからそう考えられているのだから、それが絶対だ。わしたちのような下等な者は、そこから何も考えを発展させる必要はない。反論も意見も感想も必要ない。ただそうであることを受け入れるだけだ」


 そう言う彼女の瞳はもはや、濁っていた。周囲にあふれる光を映さず、今や視力さえ完全に失っているようにも見えた。

 おいおい。

 これじゃ、まるっきり、ただの人形じゃねえか。そんな現状を、本気で甘んじてるのかよ。


「お前、本当に……」


 言いかけて、春臣は、あることに気がついた。


「そう言えば、媛子、お前には元々名前がないんだったよな」

「ああ、そうだが……」

「神の世界では、名前なんて呼ばれなかったって」

「うむ」

「お前……そういうことかよ」


 ぐっと握った拳に爪が食い込むのが分かる。


「ああ、神々はわしたちに名前など必要ないと思っているから、そうなのだ。そんなもの、つけてもらえるはずがないだろう?」


 だって、だって……。

 彼女は言う。


「わしらは、なぜ生まれてきたのかを知らぬ。存在する意味が分からぬ。父もおらぬし、母もおらぬ。兄弟のような存在はおっても、お互いに通じ合える繋がりなど皆無だ。神々に仕え、とりあえず働かせてもらっておるだけで、使えなくなれば、いくらでも代わりはおる、塵芥ちりあくたのごとき存在じゃ。そんな者たちに『いちいち個体を区別する名』が必要かのう」


 彼女はそれを、神々を批判しているわけでもなく、自分たちを卑下しているわけでもなく、ただ、あくまで事実としてそう語るような、無機質な口調でそう言った。

 頭が急に重たくなるような、そんな感覚に春臣は陥る。


「お、おい、そんなこと……」


 それは、とても信じられない事実だった。

 そして、同時に、春臣は胸の奥にズキンと何かが大きな痛みを感じる気がした。ぐぐぐ、と抑えつけられ、傷口が疼くような感じだ。

 そうだ。

 この痛みに、この感覚に、春臣は覚えがあった。

 目を閉じると浮かんでくる。あの、心にたまったどす黒い濁り水の匂いを。かき混ぜて、波打ち、さらに淀み、色を濃くする、この水たまりの冷たさを。


「人の子よ」


 そこで、千両神の声が響いた。


「お前には酷な事実かも知れぬが、これも真実じゃ。多くの神は、ホカノのことなど、その程度の存在とみておる。いてもいなくても誰もそれほど困らぬ。害がないから使役するというだけで、わらわたちは、この者どもに、それ以上の意味を認めているわけではない」

「い、意味って……」

「いらなくなれば、いつでも排除出来る。こやつの言った通り、塵芥のごとき――」

「そんなの、おかしい!!」


 春臣は怒りで喉の奥が震え出すのが分かった。歯の裏側で、今にも弾き飛びそうな強い衝動がこみ上げてきている。


「そんなの、無茶苦茶だ。絶対におかしい。いくら神様だからって、媛子たちの存在の意味を認めるとか、認めないとか……そんな権利なんてない! そんな、道理なんてない! 俺達は……俺達は、誰かから認められて、許可されて、ここに存在してるわけじゃないんだ!!」


 春臣は喚くように感情のまま、そう叫んだ。


「それに、俺は、俺は……媛子の存在に意味が無いなんて、ちっとも、これっぽっちも思わないんだ」


 彼女との、これまで暮らしてきた日々を思い出す。

 出会いの時から無茶苦茶で、振り返れば振り返るほどに、語りきれない苦労があった毎日だった。

 でも、彼女ともし、会えなかったらと思うと、春臣は無性に寂しくなる。もはや、恥も外聞もなく、子供のように泣いてしまうかもしれない。

 それほどに、彼女という存在が春臣の人生を埋める上で、重要なものになっているのが今はよく分かる。

 辛いこともあった以上に、彼女は喜びやぬくもりを与えてくれた。

 そう、彼女がいなければ、榊春臣という人間の人生は、ずっと不完全で未完成のままなのだ。パズルの最後のピースは永遠に、埋まらない。

 春臣は確信を持ってそう思える。

 こんな不完全で、ちっとも強くもない自分のような存在が完全を望むなんて、実に滑稽で、馬鹿馬鹿しい話だが、しかし、不完全ゆえに……不完全ゆえに、自分の隣で支えてくれる彼女という存在を、春臣はどこまでも欲していた。

 そして、その事実は決して、彼女が無意味な存在ではないという答えを、導きだしてくれる。彼女との出会いがその始まりだったことも。


「ふふ……」


 すると、千両神は、その光の束は、わずかに微笑んだようだった。


「確かに……」

「え?」

「確かに、そうだのう。お前の憤りはもっともだ」


 彼女は何度も頷く。


「わらわも、そう思う」

「で、でも、さっき神様は彼女たちについて意味なんて認めてないって……」

「多くは、の」


 その部分を神は強く繰り返した。


「中にはそう思っていない神もおる。わらわもその一人というわけだな。ホカノのことについてはまだまだ謎が多い。全ての結論を出すには、まだまだ時期尚早というところだ。そのため、わらわはホカノに対する偏見や誤解を少しずつ改めていくべきであると思っている。それに……わらわには――」


 さつきがおるしな。

 その神の一言は、まるで血のつながりのない人間の子でありながら、わが子を呼ぶような愛しさに満ちているのを、春臣は感じた。


「瀬戸さんですね」

「そうだ。神であるわしの元でいつも甲斐甲斐しくわしのために働いてくれておるあの子を思うと、相手が人間であろうとホカノであろうと、そういう存在をその辺の取り換えのきく物品と一緒くたには扱いたくないのだ」

「そう、ですね」


 春臣は心から、良かったと思う。こんな神様もいてくれて。


「人の子よ。それはわらわも同じ気持ちじゃ。このような考えを持つものが人間にもいてくれることが嬉しい」


 しかし。

 と、千両神は言葉を挟む。


「この事に関しては、今はしばらく、保留にしておこう。わらわたちがここで話し合ったところで、どうなることでもないからな」


 それは、春臣も当然と思うところだった。

 ここでいくら喚いても、その現状はどうなるものでもない。


「それで、次は別の問題だ。この夜叉媛についての、のう」


 そう言って、千両神は再び、口調を厳しくした。

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