149 ホカノ
それは神の世界が崩壊が始まったころからだったらしい。
神々の住まう場所に、この名もなき者たち、「ホカノ」がどこからか流れつき始めたのだと、千両神は言う。
「初めてその話を聞いた時は、とても驚いたものだ。何しろ、そんな得体の知れない話は見たことも聞いたこともなかったからのう。誰もが経験をしたことのない未曾有の事件だったわけだ」
しかし、そうは言っても、最初、流れつくホカノの数は少なかった。そのため、神々たちは案外暢気なもので、特に対処することもなく、泰然とした態度で、看過していた者たちが大多数だったそうだ。
神とは人間に比べてとても長い時間を存在し続けるために、驚くことはあっても、多少のことでは大いに取り乱すことはないらしい。
だが――。
「次第に、ホカノの漂着の数が増えていくに連れ、さすがに神々もその対処に、重い腰を上げざるを得なくなった」
千両神は言う。
その頃には次第に、神々の間で、この事件が神の世を揺るがす大きな異変として認識されるようになったのだと言う。
このため、神々の代表により、話し合いの場が持たれ、その結果、最初に神々の間で議題に上がった問題は、彼らが一体全体何者なのであるのかということだった。
そこで、神々の中でも特に知識が豊富で、博識な者が彼らを調べることになった。調査はそれなりの期間を設けて、じっくりと行われ、その結果、次のようなことが明らかになった。
彼ら、ホカノたちは、流れ着いた時には、「自我」らしきものは認められず、ただの空っぽの入れ物のごとく、何にも反応を示すことなく、ぼうっとしている。しかし、しばらくすると、周囲の物事を認識するようになり、人間の子供のように、物事を覚えたり、動き、考えを持つようになる。
この辺りは、普通の生き物の赤ん坊のようである。そのため、姿形が似ているから、人間の子か、とも思われたが、どうにもそうではない。そもそもの問題として、人が神の世に存在出来るわけがないのである。
では、彼らは神なのか。
しかし、だからと言って、神々はそちらの結論に考えを結びつけることはしなかった。
知識のある神々たちは、彼らを神と人のちょうど中間のような存在なのだと言った。
「なんと言うのだったか……。そうそう、お前たち人間がよく言う、『ハーフ』とか言う奴だ。こやつらは、神と人を足して二で割ったような感じなのだ。そのため、神のように巨大な力を操ることは不可能だが、人間のように、全く力を使えないわけでもない」
そう言われて、春臣は思い出す。
確かに、媛子は不思議な力を使えていた。空中を浮遊したり、物を飛ばしたり、花を咲かせたり……そういう所を春臣は目にしている。
すると、春臣の意識を媒介にしてこちらに存在しているという千両神は、春臣の心をなんとなく読んだようで、
「そうじゃのう、そんな低級な魔法のような力がこやつらには精一杯であろう」
と言った。
「しかし、こやつらに関してはそこまで分析出来たものの、結局、神々の知識でもってしても、この不可思議な者たちに該当する既存の存在を見極めることは出来なかった。話し合いは決着の兆しを見せぬまま、袋小路に入った。そして、大いなる謎が残った。一体、こやつはなぜ存在しているのか――」
そして、
なぜ、こやつらは、ここに存在しているのか。
重々しく、千両神はそう言った。
それは、まるで、「人はなぜ生きるのか」という究極的な問題を目の前に突きつけてくるようで、思わず、ごくり、と春臣は唾を飲んだ。
千両神は続きを話す。
「そして、次にわれわたちが行った調査は、彼らが一体どこから発生していくるのか、ということだった」
ホカノが何らかの生命体である以上、何もない場所から急に湧き出ることはないということである。川を逆に登って行けば、必ず湧き水を見つけることが出来るように、何事にも、根源はある。神々はそう思ったのだそうだ。
そして、今度は、勇気のある神々たちが彼らの流れてくる方向へどんどんと遡ってみた。すると、そのホカノたちの発生源は意外なことに、世界の崩壊が始まっている場所、その淵、闇ヶ淵と呼ばれる場所らしいということが判明した。
そこは神々にとって、とても危険な場所であり、付近にはあまり近づくことは出来なかったが、帰ってきた者たちが言うには、彼らは『崩壊した世界の一部が変化し、誕生していた』ように見えたのだと言う。
「崩壊した世界から……彼らが生まれていた?」
春臣は額に皺を寄せる。不思議な話である。もしそれが事実だとするならば、それは何を意味するのだろう。
どうも、ヒロユキです。
相変わらず話が半端な状態で終わってしまい申し訳ありません。しばらくの間、長々と説明だけの文章が続くので、どの辺りで区切るべきか迷い、迷いに迷った挙句、このような状態に……はい、すいませんです。次回はきっちり終われるようにしたいと思います。