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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
144/172

144 激突

 どうも、ヒロユキでございます。11日の地震、大変驚きました。私が住んでいる地域は被災地からは遠い場所でしたので、目立った被害はありませんでしたが、テレビやネットを通して災害のすさまじさを知るに、こんなことが日本で起きていることが信じられない気持ちです。一刻でも早いうちに被災された方々が安心できる日常を取り戻し、復興が進むことを祈っております。



「さて、こいつはどういうことかな」


 それは穏やかな口調であったものの、同時に、隆二を牽制する威圧感を含んだ言葉だった。その女、時雨川ゆずりがじろりと周囲に目を走らせる。

 周りに自分たち以外いないのを確認して、再び視線が、隆二を見据えて止まる。強く、睨まれる。

 もしや、そのまま飛び掛ってくるかと、隆二は数歩後ずさって様子を見たが、意外にも、ゆずりからはそんな様子は感じ取れなかった。

 どうしたことか、と不思議に思っていると、なんと、彼女は隆二に背中を向ける。

 そして、


「少女、大丈夫かい」


 と、背後で腰を抜かしている、隆二の人質になるはずであった女に、手を差し伸べた。その眼差しはまるで、転んだ子供を気遣う母親のような優しさに満ちたものだった。

 隆二は目を疑う。

 この状況で、明らかに敵である俺に背を向けるだと? 無防備にも程があるというものだ。そう隆二は思った。

 こいつ、案外馬鹿なのか?

 しかし、これは態勢を整えるまたとない好機だ。

 隆二はそっと着ていたズボンのポケットに手を伸ばす。その中にあるひんやりとして、それでいて鋭利な、ある物体を隆二は掴んだ。ふっと微笑む。


「時雨川さん……どうして、ここへ?」


 椿が顔を上げていた。その瞳の動揺は、この状況が飲み込めていないことを物語っている。


「時雨川はね、本当は榊少年の家に行くつもりだったのさ」


 ゆずりが言う。


「でも、そこはどういう訳か、ぐちゃぐちゃのめちゃめちゃになっていてね。そこにいた少女と少年に聞いたんだけど……」

「さつきちゃんと暮野くん!?」

「あ、ああ、確かそう言ってたかな?」


 と、ゆずりはぼんやりと頭を掻く。


「あの少女、なぜか時雨川のことを知っていて、とにかく、榊少年と、青山少女を探してくれって頼まれたのさ。それから、夜叉媛ちゃんもいなくなったって。いったい、どういうことなわけさ」

「そ、それは……」

「おい!」


 隆二は痺れを切らして、怒鳴った。


「俺のことをほったらかして、ぺちゃくちゃと下らねえ世間話かよ。面白えことしてくれんじゃねえか」


 そして、隆二は二人に見せびらかすように、右手に持った物で宙を薙ぐ。ヒュッと風が切れる音がした。

 いい音じゃねえか。

 隆二はそれを見ながら、恍惚とした笑みを浮かべた。目に見える『力』を手にしていることが、隆二を安心させると共に、気持ちを高揚させた。


「そ、それ、ナイフ!?」


 悲鳴のような椿の声。


「そうだよ、よく知ってるな、青山のお嬢ちゃん」


 ナイフを手のひらの上で弄びながら、邪悪な低く冷たい声で隆二は言う。


「さあて、おかしなことを考えるなよ。二人とも、俺の言う事をようく聞け」

「……!」

「特に、蒼髪の……時雨川、だっけか。てめえ、どうせ、あの榊とか言うガキとグルなんだろ。一体お前らは何を企んでる。赤い髪の女然り、怪しげな奴らが雁首揃えて集まりやがって。洗いざらい吐いてもらおうか?」

「うーん、何のことかな?」


 すると、ゆずりはまるで隆二の話などあまり興味がないかのように、わずかに小首を傾げただけだった。


「とぼけるな!! 俺は冗談は言わねえぞ。てめえが黙るんなら、俺はどんな手を使っても吐かせるぜ」


 じり、と近寄った隆二に、椿が堪らず悲鳴を上げる。


「時雨川さん!」

「心配要らないよ、少女。時雨川が来たからには、もうこの『ごぼう男』の好きにはさせない」

「ご、ごぼう男だと?」


 なんだそれは。

 ゆずりの口から出た、珍奇な呼び名に、隆二は一瞬唖然とした。


「お前、女、それはまさか俺のことか?」

「そうだよ」


 ゆずりは相変わらず飄々としている。


「だって、細っこくて、まるで地面の中に埋まってるごぼうみたいだもの。お似合いの名前だと思うよ」


 その挑発的な態度に、隆二はナイフを持つ手が震えた。もちろん、恐怖によってではない。この女に対する燃えるような怒りによってだった。

 どうやら、俺はこの女に思い切り見下され、馬鹿にされているようだぞ。隆二は思った。

 武器を持った男と素手の女。

 どう見てもこの状況は、隆二の方が圧倒的有利だと言うのに、この女は余裕の表情を浮かべている!

 その事実が隆二は許せなかった。


「女、これがどういう状況か分かっているのか?」


 ナイフを振り回しながら、問いかける。


「俺が持っているものが見えるだろう。ナイフだよ、ナイフ。こいつで切りつけられたら、痛いだけじゃ済まないぞ」

「だろうね」

「ほう、それを認識した上で、まだ余裕を持っていられると?」

「余裕? ああ、正直言うと、時雨川は限界に近いね」


 すると、ゆずりは不快感を滲ませるように、額に急に皺を寄せた。


「ああ?」

「出来るだけ表情は変えないように務めていたけれど、ごぼう君、君が時雨川の大事な友人を痛めつけようとしたこと、時雨川は今、怒ってるんだよ。いや、怒ってるじゃないな。これは……そう、ぶっちぎれるって感じだ。メーターがバリバリ振りきれてるんだよ」

「それで?」

「それで、だって? 状況がわかってないのはごぼう君、君の方じゃないかな。ぶっちぎれた時雨川がすることは一つだよ。できるだけ速やかに、全力を持って君を倒す、そういうことさ」

「何だと、笑わせるな。何も持たずに女の力で俺に勝てると言うのか?」

「うん、勝てるよ」


 それは、清々しいほどのさっぱりとした即答だった。それによって、隆二の怒りが増幅される。


「ハッタリも大概にしろよ。この状況はどう考えても、武器を持ってる俺の存在は、お前らにとって、圧倒的な脅威なはずなんだよ。泣けよ、怖がれよ、怯えろよ。てめえ、何でそんな余裕ぶっこいてるんだ?」

「どうでもいいでしょ、そんなこと」


 ゆずりが言い放つ。


「ああ?」

「言っただろう。今時雨川は最高にぶっちぎれてるって。君からの、無意味なだけのうわ言じみた言葉なんて、正直、もう聞きたくないんだよ。さっさと決着をつけたいからさ」


 ゆずりはざっと両足をその場で開いて伸ばす。まるで何か準備体操をするようにも見えたが、その途端、急にごおっと熱風が吹いてきたように、隆二は感じた。

 一瞬、それが何であるのか、理解出来なかったが、すぐにそれが、ゆずりからの一分の隙のない殺気であることが分かる。


 何だ、こいつ。これがバリバリ振り切れてるってやつか?

 相変わらず、気味が悪い奴だ。隆二は思う。

 これほど真っ直ぐな敵意を向けられては、さすがに、もう議論をする暇はないな。

 そう認識すると共に、隆二の中で一気に何かが爆ぜた。この女、もう一切の容赦はいらない。手加減なしでぶちのめしてやる。


「その台詞、そっくりそのままお返しするぜ――」


 そして、片足で踏み切って、一気に隆二は間合いを詰める。刺突の構えでナイフを持つと、女の懐に向けて、突き出した。


「時雨川さん!!」


 少女の絶叫が飛ぶ。

 と、

 次の瞬間、

 目の前にいたはずのゆずりの姿が、消えた。隆二の視界から、跡形もなく、何の前触れもなく、突然、空気に溶け去ったようにも見えた。行き場を失ったナイフの切っ先が止まる。

 そんな、馬鹿な。どうして、いなくなるなんてことがある。

 意味のわからない恐怖が、隆二の脳内を巡った。ぶるっと背筋が震える。

 あいつ、いったい、どこへ?

 こんな至近距離で、見失うはずがないぞ!


 しかし、その刹那――。

 隆二の顔面に凄まじい衝撃が走った。何が起こったのか、分からない。

 顔の鼻が、頬が、唇がぐしゃりとひしゃげるのが分かる。体が地面から浮く。声を出す暇もなく、隆二は後ろに吹っ飛ばされた。

 意識が、どんどん白くなる。

 その消え行く意識の中、隆二はあることを認識する。


 あの女、あの距離から、助走もなしにドロップキックしてきやがった!

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