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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
142/172

142 思わぬ来訪者

「いやあ、しっかし、派手にやったなあ」


 木犀は、苦笑するというよりも堪らえられずに吹き出すように笑いながらそう言った。


「うん、これはさ、冗談みたいにすごいって」


 彼は四方八方にめくれ上がった廊下の板を踏みつけながら、倒れていた物を脇へ素手でどけていく。その度に、辺りは咳き込んでしまいそうな多量の埃が舞い、部屋の中は全体的に白っぽく霞んでいた。ふいに目を向けた壁は物がぶつかった衝撃で多くの傷が入っていたり、大きくへこんでいたりと、見るに耐えない状況である。


 と、続いて奥の方から、

 バリバリバリ、ズズーン――。

 何か大きな物が破片を散らばらせながら、倒れる音がした。

 間違いない。あれは、タンスか食器棚が倒れた音だ。さつきは青ざめた顔で、へたり込んだまま、そう確信した。


「あ、ああ……」


 また、やってしまった。

 心胆寒からしめる思いとは、まさにこのことであろう。

 今回はさすがに、神の力を使う相手を間違える、という根本的で重大なミスこそなかったものの、結果がこの有様では、とても千両神に合わせる顔がない。

 なんといっても、この、荒れっぷり。

 どうしよう、榊さんの家、壊しちゃった。

 さつきは生気のない目で改めて、目の前の惨状を確認する。

 それは、どれだけ弁明しようと試みても、弁明の余地が一片もない、呆れたほどの崩壊度だった。百歩譲っても、これは、花瓶が割れたとか、掛けてあった絵画が破れたとかいうレベルの話ではないだろう。

 紛う事なき、大破壊の痕跡である。

 まさか、あの扇の一振りでこうなってしまうとは……。

 ああ、どうしよう。千両様に怒られる。


『千両神社の巫女たる者、他人に迷惑をかけるな』


 神の言葉がさつきを責めるように、頭の中に響いた。

 すいません、すいません。さつきは、震えながら目をつぶって謝罪をする。

 また、私は掟を守れませんでした。

 もう、どうして、こんな狭い場所で力を使おうとしてしまったのだろう。冷静になれば、少なくとも、何かが壊れてしまうことくらい、目に見えていたはずなのに。

 さつきが、この場所で力を使ってしまったことは、家の中に台風を出現させてしまったようなものなのである。運良く、さつきと木犀は入り口付近にいたため、吹き飛ばされることはなかったものの、もしも、状況が違えば、自爆攻撃も甚だしいものだった。


「べ、弁償とか、どう、なるんでしょうか」


 見たこともない数字の羅列を脳内に並べ、さつきは震えながら木犀に訊いた。


「弁償?」


 すると、彼は一瞬、意味するところが分からなかったのか、思案顔になった後で、


「ハハハ、いいんだよ。あの状況じゃ、こっちがやらなきゃ、向こうにやられてたんだからさ」


 そう言って、快活に笑った。おろおろするばかりのさつきと違い、彼はこの非日常的な状況を楽しんでいるように見える。


「それよりも、さつきちゃん。助かったぜ」

「へ?」


 彼は、さつきの前に、腰を落として顔を覗き込んできた。腫れた頬が痛々しいものの、彼はそんなものは一切気にしていないようだった。それくらいに、興奮している。


「こんなすごいことが出来たんだな。さすがは巫女さんって感じだぜ。俺なんかより、断然強いよ」


 まさかこの惨状を目の当たりにして、褒められると思っていなかったさつきは、引きちぎれんばかりに首を左右に振る。


「そ、そんなことないですよ。私は、ただ、必死になってめちゃくちゃにやってしまって」

「そうか?」

「そう、ですよ。私は、ただ、暮野さんが殴られてるのを見て、とても、慌てちゃって。少しも、すごくなんてなくて。こんな、榊さんの家もぼろぼろにしたりなんか、して……」

「でもさ、俺は、それを差し引いても、やっぱりさつきちゃんは、すごいって思うけどな」

「え?」

「だって、さつきちゃん、戻ってきてくれたじゃないか」


 彼はそう言って、さつきの肩をぽんと叩く。


「一度安全な場所に逃げたのに、また危険な場所に戻ってくるなんて、それってすごく勇気がいることだぜ。ここにいる俺のために、わざわざ――」

「わ、わざわざなんかじゃないですよ!」


 咄嗟に、さつきはつい大声で否定した。これには、木犀もぎょっとしたようで、目を白黒させた。


「ど、どうした?」

「い、いえ」


 はっと我に返って、自分の行動が恥ずかしくなり、さつきは萎むように首を引っ込めた。すると、同時に、妙に体の血の巡りがよくなり、頬がどうしようもなくぽかぽかとしてくる。


「わ、私は、私は、暮野さんのことが、心配だったから。その、一人にして、おけなかったから」

「……そっか」


 すると、頷いて聞いていた木犀がさつきの肩を優しくそっと掴んだ。


「え、え?」

「ありがとな。俺、さつきちゃんの顔を見た時さ、とっても嬉しかったんだ」

「あ、あ、あ……」


 その温かな感謝の言葉に、声にならない何かが、喉元をせりあがってきた。


「ひゃああああ!」


 思わず絶叫してしまったさつきは、暮野の手を払いのけ、その場から飛び退いた。うれしさと恥ずかしさがごちゃまぜになった感情が押し寄せて、目頭が熱くなっていた。


「ひゃ、ひゃああって、そんなに俺、驚くようなこと言った?」

「い、いえ、これは、暮野さんが悪いんじゃなくてですね、私が――」


 さつきは木犀にバレないように、こっそり目元を拭う。

 と、


「あれ?」


 木犀が足元に目を向けていた。どうやら、埋れていた何かを発見したようだった。


「ど、どうしたんですか?」

「いや、あんまりのことにすっかり忘れてたけど、気を失ってるな、こいつら」


 彼がどけた襖の下には、なんと、先程の二人の男が折り重なるように倒れていた。彼らは大きな怪我はなさそうだが、すっかり気絶してしまっている。起き上がる気配がまるでないので、放っておいても問題はなさそうだった。

 とりあえず、これで眼前の危機は去ったとみていいだろう。

 しかし、そこで、さつきは気になることを思い出した。


「そう言えば、あの、杉下さんはどこに?」

「うん?」


 木犀は不審げに辺りを見回す。


「ついさっきはこの場にいたと思うんだが、いないな。それに、あの若い男もいないみたいだ」

「隆二さん、ですね」


 さつきがそう付け足すと、木犀は先程の記憶を思い出したのか、不愉快そうに口元を歪めた。


「ああ。そいつそいつ。あのじいさんと並んでいけすかねえ顔した奴さ。どこかに逃げちまったのかな」


 うーん。

 さつきは頭を捻って考え込んだ。確か、さつきが扇を振る一瞬前、彼らは物陰に身を潜めるような素振りを見せていたはずだ。

 もしかして、あの風をどうにか凌いで、家から出ていってしまったのだろうか。

 可能性は、あった。自分は予想外の事態にあたふたとしてしまったし、その隙に逃げようと思えば、いくらでもチャンスはあるだろう。

 もしそうならば、榊さんたちを、追っていったのかもしれない。嫌な予感が、さつきの脳裏をかすめる。


 すると、突然、

 ピーンポーン。

 場違いに間延びした音が家の中に響いた。


「え? お客さん?」


 さつきと木犀が振り向くと、開け放たれた玄関には一人の人物の影があった。あいにく逆光で、その人物はシルエットでしか捉えられなかったものの、どうやら、かなり長身の人物のようである。


「あれー?」


 と、その人物は頭を掻きながら、暢気な声を上げた。


「おっかしいな。ここって、確か榊少年の家だろう?」


 榊さんの、知り合い?

 さつきは咄嗟に思うが、声だけではそれが誰なのか、判断が出来ない。

 そう考えている間にも、その人物は遠慮無く、ずんずんと荒れ果てた家の中へ踏み込んでくる。


「うひゃあ、これはぶったまげたね」


 などと、驚きながら、物が散乱している廊下を飛び越えてくる。

 と、その時、

 しゃりん、しゃりん――。

 その人物の足元からだろうか、跳ねる度に、軽やかな鈴の音が響くのに、さつきは気がついた。その人物の下駄の鼻緒に、鈴がついているようだ。

 しゃりん、しゃりん――。


「すこーし旅してる間に、こうも家の中が様変わりするもんかな? なあ、そこの少女に少年」

「え、ええと……」


 急に呼びかけられて、さつきは思わず固まる。


「あれ、もしかして、部屋の模様替え中だった? お邪魔だったかなあ?」

「あ、あの……」

「でも、それにしたら、板を引っペがしたり、壁をぼろぼろにしてみたり、ずいぶん乱暴で、派手で、斬新な模様替えだね。ねえ、少女」


 そうして、さつきを見ながらにっこり笑うと、彼女は、その長い蒼髪・・を揺らしてみせた。


「ところで、君は誰かな?」

最近は章で話が小分けに出来るようになったのですね。

少しは目次が見やすくなったかもー。


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