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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
138/172

138 脱出 2

 家の外に飛び出すと、春臣は肌を突き刺すような暑く眩い太陽の光に照らされた。

 暗い室内から出てきたため、本能的に、目を瞑ってしまう。視界が真っ白に染まった。

 すると、それと同時に、長い年月を経て、ようやく外の光を感じることが出来たような、なんとも不思議な錯覚を、春臣は覚えた。

 それがどれほど長い年月なのかは定かではないが、少なくとも、自分がこれまで、深い洞窟の奥にいて、外界との行き来を断絶し、ひたすら土の中で亡霊のように徘徊しながら生活していたような、漠然とした感覚があった。

 その間、春臣は上に行ったり、下に行ったり、迷路のような洞窟内で様々な試行錯誤をしていたのだが、今、ようやく外の光を感じ、そちらに向かっているようなのである。


 春臣は空を見上げていた。

 どこまでも高い高い空には、地上を見下ろす、燦然たる太陽があった。世界は闇の一色ではなく、様々な色が散りばめられ、目の前に広がっている。

 その下では誰もが自分を隠せない。世界は遍く光に満たされており、春臣の体の内側にも、それは届いてくるようだった。

 春臣は何か言葉には言い表せないしがらみから解き放たれた気持ちにもなる。それは、とても不安定でありながら、飛び回る鳥のように軽やかであり、春臣に確かな自信を与えるものだった。


 そうして――。

 何かにほっとしたのも、つかの間。

 すぐに春臣は、目の前の目的を思い出す。

 まずは、この場から離れなくてはならない。春臣は背後を振り返ると、椿を見た。どうしたらいいのか、不安げな表情を浮かべる彼女の手をとると、今度はさつきに目を向けた。


「とりあえず、ここから逃げよう!」


 それだけ告げて、走りだす。

 真夏の風が吹き抜ける田舎の道は、人っ子ひとりいない。まるで、春臣たちのいる場所だけが世界から隔離されたような印象を受ける。おそらく、先ほどからの緊迫した状況がそんな異質な感覚を与えるのだろう。

 自分たちの味方はどこだ、春臣はそう思いながら走る。砂利が飛び、汗がシャツに滲んだ。

 背後を振り返る。十分距離はとったものの、自宅はまだ見えていた。

 しかし、依然として、追っ手が近づいてくる気配はない。


 とりあえずは安心だった。

 春臣は身を隠すために二人を近くの繁みに連れて行き、腰を落とすと、呼吸を整える。

 さて、これからどうするか。

 すると、隣で同じく荒い呼吸をしていた椿が話しかけてきた。


「榊君、何が起こったんか知らんけど、ここは、早う警察を呼ばなあかんのちゃうん?」


 彼女の考えは最もだった。

 もちろん、それは春臣も第一に考えていたことではある。しかし、それをためらう理由が、春臣にはあった。


「それは……おそらく無意味だと思う」


 と椿に告げる。


「え? どないして?」

「それは、だな――」


 説明しようとしたとき、


「青山さん、警察は、おそらく杉下さんの味方をする確率が高いからです」


 そう言ったのは、さつきだった。春臣は驚いて振り返る。


「瀬戸さんも、知ってるの?」


 それはもちろん、この町の裏の勢力事情である。彼女はこくんとあごを下げ、頷いた。


「ええ、昔から町に住んでいますから。杉下さんの力がどこまで及んでいるかはよく承知してます」


 なるほど、と春臣は納得する。

 彼女は春臣よりずっと以前から、この町に住まう者なのだ。その事実を知っていたとしても不思議ではない。


「なあ、どういうことなん?」


 いまいち事情を飲み込めていない椿が首をかしげている。


「つまりだ、今の状況じゃ、警察はあてにならないってこと。相手が杉下さんだと知れば、呼んだところで話を聞いてもらえないかもしれないし、最悪、そちらの味方になる可能性すらあるんだ」


 春臣は起こりうる状況だけを、簡潔に説明した。


「よう分からんけど、助けは呼べへんってこと?」

「ああ」


 すると、椿は、彼女らしくもなく、絶望しているような表情になり、深い溜息をついた。

 急に表情が見えなくなったので、春臣は不安になった。もしかすると、彼女が泣いているのではないかと思ったのだ。先ほどはあの屈強な男たちから乱暴されたようだったし、彼女もショックだったことには違いない。

 そう思うと、春臣の中であの者たちへの怒りが再燃するとともに、彼女への申し訳ない気持ちが起こった。

 自分の力が足りなかったばっかりに、彼女には怖い思いをさせてしまったのだ。


「青山、腕は、大丈夫か?」


 そっと、彼女に手を伸ばす。しかし、彼女はその言葉に答えることはなく、呆然とした様子のまま春臣を見上げた。


「なあ、榊君」

「何だ?」

「そもそもあの人達、いったい何なん? あの人達、媛子ちゃんのことを探してるんやろ。どうして、どうしてこんな乱暴なことをしてまで」

「……あいつらは、媛子の神様の力を利用して、自分たちの利益のために使うつもりなんだよ」


 その返答に、椿は全く意味が分からないという風に、きょとんと目を見開いた。


「な、なんやて?」

「やはり、そうですか」


 隣で、さつきが得心がいったように頷いた。その様子は、先ほどの状況から、それなりの予想をつけていたようだった。


「そ、そんなこと……ダメや。そうなったら、媛子ちゃんは、どうなんの?」

「わからない……けど。一つだけ分かる。あいつらに媛子が捕まったら、何をされるにせよ。もう一生、あいつは戻ってこないってことだ」

「い、イヤや、うち。そんなん、あかん」


 すると、椿の瞳に、見る見る涙が溜まった。媛子が居なくなってしまうことを想像したのだろう。いつものほほんとしている彼女だけに、きっとそんな未来は受け入れる以前に信じられないのだ。

 くたん、と力が抜けてしまった彼女の体を春臣は肩を持って支えた。


「大丈夫だ。そんなこと俺がさせねえ。媛子は必ず見つけるし、あのじいさんの好きにはさせない」

「ほんま? ほんまに? なあ、榊くん」


 恐れている彼女を勇気づけるように、春臣は何度も頷く。


「ああ、約束する。だから、とにかく、今は一刻も早く、媛子を見つけ出さなくちゃいけない。あいつらに捕まる前に」


 そう言い切った時だった。ふいに、背後でさつきがごそりと動く気配があった。


「そうですね。榊さんの言うとおりです。ともかく、私たちにできることは、杉下さんたちの行動をなるべく抑えることと、夜叉媛さんを早急に探し、安全を確保すること」


 言いながら、彼女は土を払ってなぜか立ち上がる。その表情は凛然とした決意に満ちていて、それが何を意味するのか、一瞬、春臣には分からなかった。

 すると、彼女は、


「ですから、二手に、分かれましょう」


 そう唐突に申し出た。


「え?」


 春臣が止める間もなく、さつきは繁みから飛び出す。


「私は、やっぱり、木犀さんの所に戻ります」

「瀬戸、さん?」


 春臣は急に頭を揺すぶられたかのような衝撃を感じた。

 いったい、何を言っているんだ?

 ようやくチャンスを見つけて逃げてきたというのに。


「私、暮野さんを放っておけません」

「助けに、行くってこと?」

「はい。どこまでできるか分かりませんが、私たちであの人たちを牽制してみます。ですから、夜叉媛さんのことは、榊さんたちにお任せします。早く、見つけてあげてください」

「な、何言ってるんだよ、戻ると危険だぞ!」


 春臣は立ち上がり、叫ぶ。先ほどだって、自分たちは手も足も出なかったのだ。結果は目に見えている。しかし、彼女の態度は相変わらず、毅然としていた。


「そんなこと、分かってます。でも、だからこそ、暮野さんを一人には出来ません」

「さつき、ちゃん?」

「青山さん、止めないでください。私は、『強くなるために』行くんです。今度こそ、相手を間違わないように」


 そう言い放った彼女の姿が、数ヶ月前の彼女を春臣の中に思い出させた。モノクロの彼女の影が、ぴったりと現在の彼女に重なった。それは、迷いのない意思に光る瞳をして、媛子を滅しようと、春臣に扇を突きつけてきた彼女である。

 そうか、今の彼女は春臣が何を言ったところで、もはや止められないのだろう。

 しかし、そこで春臣はあることに、気がついた。

 今の彼女は、あの時と、何かが決定的に違っているように感じたのである。

 それは、いったい――。


「幸運を祈ってます。どうか、夜叉媛さんを見つけ出してください。お願いします!」


 しかし、それを確かめる間もなく、さつきは走り出して行った。


 

どうも、ヒロユキです。

今回もちょっと短めですいません。実は最近、新しい作品を同時進行で執筆しておりまして、そのために、こちらの作品を集中して書けない状態が続いています。この作品は現在、5日間隔ほどで投稿しておりますが、今後、上記の理由から、そのペースが大きく乱れることも起こりえますので、その点は、ご了承ください。さらに、先ほど述べました新しい作品に関しては、2月の下旬頃から連載する予定です。もしよろしければ、読んでやってください。以上、作者の言葉でした。

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