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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
137/172

137 脱出 1

 形勢は逆転した。


 春臣は目の前の状況を見て、そう思った。

 数秒前まで、場に圧迫するような空気を与えていた二人の大男が、今や畳の上に倒れ伏し、烈火の如く怒りを燃やした木犀が、その傍に立って老人たちを睥睨している。


 この誰もが予想しなかった事態に、老人はただただ唖然とし、春臣の背後の若い男も、言葉を失っているようだった。

 そこには、場を乱した木犀に対して、何らかの対抗手段に出る様子は感じられない。


 当然だ。彼らは、この瞬間、春臣たちを抑えつける役割を担った、重要な武器を失っていたのである。

 そして、それは同時に、この場における主導権も無くしてしまったことを意味する。春臣は、この状況を驚きつつも、即座にこう分析していた。

 一度動きを止めたはずのサイコロは、突然の風によって再びその目を転じたのである。そして、それは、願ってもいない逆転の目。


 あまり時間をかけてはならない!

 次の瞬間、春臣が咄嗟に思ったのは、それだった。老人たちは、今、動揺している。この硬直の時間を利用して、今自分にできることは何だ。

 答えは明白だった。春臣は体勢を僅かに落とすと、くるりと回転しながら、背後の男の腕から逃れた。


「あ、お前!」


 男は春臣の動きに気が付き、すぐに手を伸ばそうとするが、しかし、時既に遅しだ。その時には、春臣は男の腕の届く範囲から、とうに脱出していた。

 そして、棒立ちになっている椿とさつきを庇うように立つと、隣の木犀を見た。


 彼は肩を上下させて荒い呼吸をしていた。一見、鮮やかで非の打ち所のない素早い動きをしていたように見えて、かなり体力を使ったようだった。考えてみれば、普段から彼がこんな大男を相手に戦っているはずもないわけで、それは当然の結果なのかもしれない。


「暮野、大丈夫か?」


 春臣が気遣うと、彼は、苦しそうな呼吸を整えつつ、頷く。


「ああ、何とかな。だが、あんまり慣れないことはするもんじゃない。すっかり、心臓がびびっちまってるんだ」


 春臣はちらりと木犀の足に目をやった。小刻みに震えているのが分かる。どうやら、精神的にも、かなり消耗しているらしい。


 と、春臣の目が、すぐ傍で倒れている男を捉えた。先ほど、あんなに思い切り木犀に殴られたというのに、もう男は意識を取り戻したようで、目を開け、ゆっくりと起き上がろうとしていた。

 その、体つきの良さから察するに、普段から体を鍛えているのだろう。木犀の力などでは完全に気を失わせることはできなかったのだ。


 春臣は、逡巡する。

 これから、どうすればいい。

 このまま男達が、再び、戦意を復活させれば、もはや、春臣たちが立ち向かったところで、まともに敵う相手ではない。

 そうなると、必然的に、選ぶべき選択肢は一つだ。


 逃げろ、

 この場から、

 今すぐに。


「貴様ら!!」


 怒りが頂点に達した、老人のドスの利いた声である。


「わしらから逃げられると思うか?」


 しかし、そんなものを聞いている暇はない。


「今のうちだ。みんな走るぞ!」


 そう叫びながら、立ち尽くしてた椿の背中を押した。ぼうっとしていたさつきも、春臣に従って、居間の入り口から廊下に出る。


 しかし、

 しかし、この期に及んで、木犀だけが動かない。

 春臣の背後でまだ立ったままだ。

 いったいどうしたのか。恐怖で身動きが取れないのかとも思うが、彼の横顔は闘志を失っていない。依然として、凛とした覇気と共に、周囲に睨みを効かせている。

 では、これはどうしたことか。


「暮野!」


 早く逃げるぞ。そう春臣は必死にそう伝えようとした。しかし、彼はその言葉を聞く前に、真剣な面持ちで首を振る。


「俺はここにいる!」


 耳を疑った。


「な、何言ってるんだよ!」


 一緒に逃げなければ、何をされるのか分かったものではない。

 だが、


「お前たちはさっさと行け。俺はここで時間を稼ぐ」

「ふざけるな、正気か!? ヒーローみたいに格好つけてる場合じゃないんだよ!」


 四対一だ。到底敵うわけがない。先ほどの玄関先の春臣と同じ状況である。

 あの時、春臣はこの老人たちに対して、手も足も出なかったのだ。いくら、喧嘩に自信がある彼と言えども、勝利は絶望的である。


「いいから、行け。緋桐様を見つけるのが、最優先事項だろう。こいつらのことは後から何とでもなる。決着のつけようがある。だが、ここでまたこいつらに捕まってみろ。緋桐様を探すチャンスはなくなる。そうなれば、もう二度と緋桐様は戻ってこないかもしれないぞ。手遅れになる前に、見つけ出せ。そのために俺はここで囮になる」

「暮野さん!」


 それは悲痛なさつきの叫びだった。廊下から聞こえた。

 木犀はそれに気がつくが、振り向かずに答える。


「大丈夫だ、さつきちゃん」


 その声は不思議な自信に満ち溢れていた。


「俺はこいつら全員を一発ぶん殴らなきゃ、腹の虫が収まらないんだよ。こいつらは、さつきちゃんを殴ろうとしたんだ。そのイカれた考え、間違ってるって思い知らせなくちゃな」


 そう言い切った時、春臣は木犀の決意を読み取った。これは、何も言っても曲がらない、そんな強靭な決意だ。


「でも――」


 食い下がろうとする、さつきの肩を無理やり、引っ張った。


「もう、行くぞ!」


 迷っている、時間はないのだ!

 背中で、あの男達がのっそりと立ち上がる気配を感じる。木犀は、いったい彼らに対して、今どんな表情で立ち向かっているのだろう。そんなこと、分かるはずもない。

 春臣は息を止めて、走りだした。


「さ、榊くん!」

「青山、瀬戸さん、走れ、走るんだ!」


 自分たちのやるべきことは、もう決まっているのだ。

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