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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
131/172

131 弱き者 3

 吐き捨てるように春臣が言い放つと、また辺りがしんとなった。


 春臣には、トクントクンと脈打つ心臓の音だけが耳にうるさい。落ち着けるために、少しだけ深呼吸をする。

 その時、春臣は、なんとなく、子供のころおもちゃ箱をひっくり返して癇癪かんしゃくを起こしたときの事をうっすら思い出した。

 あれは、確か祖母が死んでからすぐのことだった気がする。

 何かあったのかよく覚えてはいないが、とにかく、自分は苛立っていた。何かをむちゃくちゃにしてやりたかった。その意味の分からない衝動は、今の状況に似ていた。


 もしかして、

 春臣は直感する。

 もしかして、自分はまだあの頃のままなのだろうか? 自分の中の成長の時計は、あの時から、止まってしまっているのだろうか? ただただ周りが気に入らなくて泣き喚いているだけなのか?

 途端に、焦燥に駆られた。

 そして、何だか納得したような気持ちになって――。

 だとすれば、サイテー、だな。

 そう春臣はさらに自分を嫌悪した。ずうん、と耳の奥で何かが沈んでいく音がする。早く、部屋から誰もいなくなって、自分一人になればいい、と思った。


 しかし、そこで沈黙を突き破って、誰かの声がした。


「ふざけんなよ!」


 それは、体の奥に響く、厚みを持った声だった。


「え?」


 意表を突かれた春臣は、その人物を見上げた。声を発したのは木犀だった。彼はどっしと足を開き、仁王立ちになって春臣に向かい合っている。


「そんなもん聞きたかねえ! てめえのそんな腐った願望だとか、わけのわからねえ力とか、そんなもん、俺は知らねえつってんだ!」

「な!」

「いつまでうじうじうじうじそこでなめくじみたいに悩んでんだよ。いい加減に目を覚ませ、馬鹿! 一発殴ったら目が覚めるか、この野郎!」


 これには春臣もたじろいだ。

 まさか、こんな風に激怒されるとは……。全くの予想外だった。

 春臣としては、てっきり、このまま全員が春臣に失望し、愛想を尽かせて部屋を出て行ってしまうと思っていた。あれで全て終わったと思っていたのだ。

 いったい、何だこの状況は。呆然として、頭を振った。そして、事態を把握できていない、焦点の合わない目で木犀を捉える。


「暮野、お、お前」

「榊、俺はそんなに頭がいい方じゃねえ。けれど、これだけは分かる。今のお前は考えすぎだ。緋桐様を追い出しちまったショックで落ち込んでるだけだ!」

「考えすぎ? いい加減なこと言うな。俺は真剣なんだ。だいたい、暮野、お前に何が分かる!」


 堪らず、春臣は噛みついた。圧倒されてしまいそうな自分を必死で奮い立たせる。いったい何が木犀の逆鱗に触れてしまったのか分からないが、今さら逃げ腰になるわけにはいかない。

 しかし、依然、彼の勢いは止まらなかった。


「だから分からねえよ。てめえの、他人を否定するだけの、わけのわからねえ心の奥なんて知りたくもねえんだよ! 何が独りが好きだ。独りになるために強くなりたかっただ。そんで引きこもりか? 仮病も大概にしろよ! 聞いてるだけで虫唾が走るぜ!!」

「何だと、お前なんかに関係ないだろ!」


 はねつけるように振り払おうとするが、木犀は一歩も退く素振りを見せない。むしろ、火に油を注いだようで、俄然、声を張り上げた。


「違う! お前は大馬鹿野郎だ。関係大ありなんだよ! いいか、よく聞け。てめえ、さっき自分を弱い人間だっつったな」

「え?」

「お前が、弱い人間か否か。俺はその問いにこう答える。ああそうだって、肯定する。榊、お前は、確かに弱い人間さ。他人に優しくて、いつも冷静で、強い人間のようで、その実、そんな自分を疑いまくって身動きが出来なくなって、こんな自分なはずがねえって地べた這いずり回って、自分は最低だと思っている、ちっぽけで弱い人間さ!」


 彼はそこまでを一気に言い切ると、息も荒いまま、今度は親指を自身の胸に突き立てるように押し付けた。


「そして、それは俺も同じだ。俺だって自分の弱さを知ってる。自分のどうしようもないどん臭さにいつだって嫌気が差してる。どうしてうまくいかないないんだって、何で失敗ばっかりすんだって、悩んでる。自分を最低だって思うこともある」

「暮野……」

「俺が言ってる意味、分かるよな。弱さなんて、そんなもんあって当たり前なんだよ。弱さを持ってない人間なんて、一人もこの世にはいねえんだ! それでもな、皆生きてるんだ! 自分は他人と違うとか、特別だとか思ってるんじゃねえ!」


 その瞬間、春臣の中で蘇る記憶があった。


『完璧な人間など、この世にはいない』


 あの時、そう、時雨川さんにも言われたっけ。


『君は君のままでいいのだよ』


 木犀の声はさらに熱を帯びていく。


「そして今、てめえはその弱さの内にこもって、自分を守れる大層な武器を手に入れた気分なのかもしれない。けどな、いいか、そんなもんこっちは痛くも痒くもねえんだよ。そんなもんで、俺たちを追い出せると思ったら大間違いだぞ。他人を消し去れると思ったら大間違いだぞ、榊。俺は、俺たちは、お前がどんだけもがこうと抵抗しようと外に連れ出す。否応なしに引きずり出す!」


 春臣の耳のすぐ傍で鐘が突かれているように、彼の声が大きく反響して聞こえた。心の中で、縮こまった自分が、隅っこで震えている。ビリビリと鼓膜が揺れている。


「なんでか分かるか? それが仲間だからだ!! 俺たちは皆友達なはずだ!! 誰かがいなくなって、『はいそうですか』って放っておけるわけねえんだよ!!」


 思わず振り向けば、心底心配そうな顔で、さつきと椿がこちらを向いて頷いている。その表情には一片の偽りも、見当たらない。それがなぜか怖くなり、春臣は目を逸らした。

 木犀の話はその間も続いている。


「分かるよな、榊。お前だって本当はそのはずだ。彼女が、緋桐様がどうなっていいなんて、思ってるわけないだろ。今まで、ずっと一緒だったんだろうが! 大事な仲間だろうが! だからこそ、自分のせいで、彼女がいなくなって悲しんで、ショックで動けないんじゃないか?」

「ちが、う……」


 否定する声が、もはや、上ずっていた。しっかり解けないように、力を込めていたはずの、手の平の指が緩んでいく。抵抗する力も体から抜けていく。

 どうして、どうして、どうして――。

 気がつかないうちに、春臣は、自分がどんどん押しつぶされていくような気がしていた。


「違う。これは、まだ彼女のことが好きだと勘違いしている自分なんだ。本当の俺は、彼女なんてどうでもよくて……」

「嘘吐け。それなら、今すぐに笑い飛ばしてみろよ。緋桐様なんてどうでもいいって、大声で叫んでみろよ。そんでもって独りで、いつも通りに生活してみろよ」


 思わず絶句する。


「お、俺は……」


 出来ない。そんなこと。


 馬鹿か、俺は。最初からそれが出来たなら、今だって膝を抱えて悩んでいないはずじゃないか。

 その不意を突いて、乾いた喉の奥から、何か熱いものがこみ上げてきた。

 もう、よせよ。強がるな。

 見えない誰かに、そう、言われている気もした。


 その様子を見て、安心したように木犀が軽く笑う。


「それ見ろ。無理じゃないか。だったら、そんなもんはやっぱり本音のふりした偽者だ。偽者の感情に騙されるな」

「本音の、偽者?」

「確かに、以前のお前は確かに独りで生きることを望んでいたのかもしれない。でも、新しい現在のお前は違うってことだ。今彼女を拒絶した自分を憎んで、俺たちと繋がっている、今のお前の方がもっと強いはずだ。何といっても、俺たちもついてるんだからな。だから、安心しろ。顔を上げて、自信を持て。榊の価値は、榊の良さは、榊が知る以前に、俺たちがちゃんと知ってるんだ」


 そう言われてしまうと、春臣は一気に心が軽くなるような気がした。川の流れに素直に身をゆだねたような、そんな心地よさが体に溢れてきた。途端に、呼吸が楽になる。


「そう、だな」


 そう言って、深く頷きながら、朝の空気を吸い込んだ。生命力が体の末端まで、行き届くのを感じる。自分は、これほど大事なことを、こんなにも簡単に忘れていたのかと、気が抜けてしまいそうだった。


「また俺は、性懲りもなく馬鹿やらかすところだった。俺はもう、彼女と生きる、そう選択したはずなのに。みんなと頑張るって、そう決心したはずなのに」


 そして、さらに、力強く息を吸って、


「こんなどうでもいいことで、躓いてる場合じゃねえんだ!」


 そう奮い立たせるように叫ぶと、どこかふざけたような半笑いで木犀が肩を小突いてきた。


「その意気や良し、だ。ようやく表情に力が戻ってきたみたいだな」


 春臣は目を合わせて頷く。


「ああ、もう大丈夫だ。皆、本当にごめん。さっきまでのは単なる寝ぼすけ野郎の妄言だと思ってくれ」

「言われなくても、な。榊君は元々お寝坊さんやし」


 と、椿がにやにやしながら言った。

 おいおい、その設定って、まだ生きてたのかよ。

 内心で突っ込みを入れながら、誰にも見られないように、そっと、春臣は目じりを拭って、歯を食いしばる。我慢していなければ、このまま何かがあふれ出してしまいそうな気がして、我ながら女々しいなと、春臣は小さく笑った。


 そして、弾みをつけるように、少し大げさに春臣は手を叩いてみせた。


「ようし。じゃあ、この大馬鹿野郎から、皆に頼みがある」


 今ならちゃんと分かる。目を開けなくても分かる。仲間たちのぬくもり。

 それは、かけがいのない、自分の――。


「おっけーや!」

「いいぜ!」

「力になりますよ!」


 声を聞いただけなのに、ただそれだけなのに、春臣には、意味の分からない自信が、はちきれそうな勇気が、湧いてきたようだった。


「媛子を探すために、俺に、力を貸してほしい!」


 そういって、宙に手を差し出した。

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