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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
120/172

120 さつきと椿 3

 それからしばらくして、


「そうや、ちょっとさつきちゃんに協力してもらいたいことがあんねんけど」


 急に椿が思い出したように言った。


「協力してもらいたいこと?」


 いったいなんだろうか。さつきは小首を傾げた。


「うんとな、榊君と媛子ちゃんのことなんやけど」

「え?」


 これには思わず目を見開いた。

 榊春臣と、緋桐乃夜叉媛。

 彼らのことは、当然のことながらさつきも気になっていることだった。最近は、彼女らのことで、神たちが不穏な会話をしているところを聞いているし、数日前のバス内でも夜叉媛の様子がおかしかったことをさつきたちは知っている。


「また、何かあったんですか?」


 戸惑いを隠せないさつきに、椿も困惑している様子で続きを話す。


「うんとな、媛子ちゃんだけやのうて、榊君も様子がおかしいねん」

「……榊さんも、ですか?」

「そうやねん」


 と椿はどこか気落ちした元気のない声で言った。


「大学来てもいつもよりぼうっとしてるし、うちが話しかけても、上の空っちゅう感じで、元気がないんや。何かあったんかって聞いてみても、もごもご誤魔化されるばっかりで」

「なる、ほど……」

「あれは間違いない。媛子ちゃんのことで悩んでんねん。うちにも話さへんってことは、よっぽど重要なこと……」

「そ、そういえば、夜叉媛さんは、きき、キスがどうとかって言ってましたけど」


 ふいに思い出したことを話すと、椿がずばりとさつきの顔を指差した。その表情には確信めいた自信を感じる。


「それや。うちもそれを思うた。せやから、そこから連想するに、おそらく二人が抱えてんのは、恋の悩みやな」

「恋、ですか」


 そう自分で言った瞬間、さつきの胸の中に木犀の顔が浮かんで消えた。なんだか、恥ずかしくなって目を閉じる。

 一方で、椿は探偵のような険しい目つきで、顎に手を当てていた。


「榊君も人に対してあんな風に上の空になんのは恋の悩みって相場は決まっとる」

「そうなると……いったい、二人に何があったんでしょうか?」

「うーん、さすがにそこまでは分からんけど、ともかく、二人の間が緊迫してるっていうのは分かるで」


 と、彼女は難しそうに腕を組む。


「緊迫、ですか?」

「せや、二人ともお互いにいろいろ考えてんねんけど、なんていうか、それを素直に言えずに、身動きが取れてないって感じやねん」


 そして、なにやら手のひらを地面に対して水平に伸ばして、


「シーソーがな、こう、吊り合ってる状態で、真っ直ぐなってるやろ」


 と説明する。


「こんな時は、どっちかに少しでも重みが増せばすぐに傾いてまう。めっちゃ不安定な状況や。媛子ちゃんたちはな、今そんなギリギリな状態になってんねん」

「……そ、そんなことに」

「そこで、さつきちゃんに頼みや」


 と、椿が急に明るく手を叩いて言う。


「はい、何です?」

「あんなあ、この状況の打開のために、うちら二人で協力して、媛子ちゃんと榊君が素直になれるよう背中押したろうと思うてんねん」

「え、そ、それって……」


 さつきは一度言葉を飲み込んで、


「それって、いわゆる恋のキューピッドって奴ですか!?」


 と素っ頓狂な声を上げた。


「ああ、それええな。キューピッドってなんかかっこええし。うちらの名前に決定や」


 椿がのんきそうに笑う。


「い、いえ、青山さん。そんなことはどうでもよくてですね……」


 そこでさつきはごほんと咳払いをし、一度気持ちを落ち着かせる。そして、椿をじっと見つめて考え込んだ。


 さて、これはどうするべきか。

 なにしろ、さつきには、彼女が行おうとしていることが、とても余計で、危険なことに思えていたのである。

 もちろん、さつきも彼らのことに気に掛かっていないと言えば嘘になる。

 しかしながら、これはそれだけの理由で唯々諾々と承諾できる問題ではないのだ。

 なぜなら、彼らの関係の不安定性というものは、今に始まっていることではない。表面上ではそうと見えなくても、心の奥底では、お互いですら気がついていない葛藤が、常にあるのである。


 その奇妙な齟齬そごが生み出す違和感を、さつきはずっと、彼らに会う度に感じていた。

 そして、さつきはその原因が、『神と人』という、圧倒的な存在の違いにあることも知っていた。本来ここに存在すべきではない者と人が共存しているというちぐはぐな事実は、それだけで、夜叉媛と春臣の心に不和としてわだかまっているのである。

 だからこそ、さつきはそんな不安定な要素を抱えた彼らのすることに、あまり手を出さずにしてきたのだ。

 そして、そのただでさえいつ崩れ落ちてもおかしくない彼らの関係に、さらに問題が発生している現状で、不用意に手を出そうものなら……いったいどうなることか。

 さつきは唇をかむ。

 これは事の重大さを椿に話さなくてはならない。

 そう思って、口を開くと、迫るような強い口調で訊ねる。


「青山さん、本気でそんなことをするつもりなんですか?」

「え?」


 てっきり了解してくれるものと思っていたのか、椿が呆気に取られた様子で、さつきを見た。

 しかし、さつきは語気を緩めない。


「いいですか、私たちが榊さんたちのその緊迫した状況に介入するということは、つまり下手をすれば、榊さんたちの関係を逆に悪化させてしまうかもしれないんですよ」

「さ、さつきちゃん……」

「分かりますか? さっき青山さんが言っていた、シーソーを傾けてしまうようなことを、私たち自身が起こしてしまうかもしれないんです」

「……」

「青山さんは、その危険を冒してまで、本当にそんなことをするんですか? その危険を、理解しているんですか? 人の気持ちはいつだって、弱くて、頼りなくて、壊され易いものなんです。遊び半分ですることじゃ、ないんです」


 椿は、必死に話すさつきを何も言わずに見つめていた。その瞳の色はよどみ、何も映していないかのように光を閉ざしている。


 が、しばらくすると、しずしずとまたその瞳に光が戻り始めた。

 今度は椿が凛然とした様子で口を開く。


「確かに、さつきちゃんが言うようなことが起こるかもしれへん」

「だったら――」

「でも!」


 そこで椿の言葉が遮る。


「でも、それ以前に、うちは榊君たちが悩んでるのを、放っておけへんねん」

「え?」

「だってさつきちゃん、二人はうちの友達なんや。分かるやろ? 街ですれ違うだけの他人とはちゃうねん。たった数ヶ月やけど、うちは榊君たちとたくさん一緒におった。楽しいこともしたし、怖いこともあった。うれしいこともあったし、悲しいこともあった。そんなたくさんの時間を過ごして、榊君たちはうちの特別な存在になったんや。せやから、榊君たちに起こることは、他人事やない。うちは、自分に起こっていることと同等と思うからこそ、二人をなんとかしたいと思うんや」

「……」

「さつきちゃん、それだけで、うちが行動する十分な理由にならへん?」

「そ、それは……」


 さつきは言葉に詰まる。確かに彼女言うことには説得力があった。


「二人がギスギスしてるより、やっぱり仲良うしてくれてるのが、うちはうれしい。そう思うから、うちは助けたいって思う。うちにとっては、このまま見過ごして、放っておくことの方がよっぽど嫌や。それを何より、うちが許さへん。さつきちゃんは……さつきちゃんやったら、友達が苦しんでんのを、見過ごせんの?」

「え、あ……いえ」


 思わず、閉口する。さつきには、この熱意に、反論出来る気がしなかった。


 友人だからこそ、手助けしたい。

 なるほど。

 あまりにも単純明快で、これ以上ない答えである。少なくとも、その純粋な思いを、さつきが止める権利はない。


 さつきはしばらくして、ゆっくりと頷いた。


「……分かりました。青山さん」

「うん?」

「お引き受けしましょう」

「ほんまに?」

「ええ。私だって、榊さんたちを助けたいですから」


 自然に口から出た言葉。

 これも、さつきの本心には違いなかった。

 すると、


「おおきに。さつきちゃんなら協力してくれると思っとった」


 そう言って、椿がまたいつものように白い歯を見せてにこっと笑った。さつきの手をぎゅっと握ってきて、倒れこむように抱きついてくる。そして、そのまま頬ずりをしようとするものだから、さつきは驚いた。


「ひゃあ! 青山さん。やめてくださいよ!」


 と、その少々乱暴な抱擁から逃げつつ、石段を登って、そして、あることに気がついた。


「あの、青山さん」


 追いすがろうとする彼女を見下ろしながら聞く。


「肝心なことに気づいたんですが、私たちが榊さんたちを後押しするにしても、それは具体的にどういうことをするんです?」


 すると、彼女はさつきの腰に腕を回そうとした状態で、ぽかんと口を開けた。


「うーん、ああ、それやなあ」


 と困ったように唇に指を当てる。


「か、考えてないんですか?」

「それは、せやから、さつきちゃんと考えよう思てたからな」


 まあ、そんなことだろうとは思ったが。


「うーん」


 さつきは石段の上に再び腰を下ろして、そして、重たいため息をついた。

 そう言われてもなあ。

 そもそも、正直な話、さつきは自分に恋のキューピッドなど務まるとは思っていない。


 だって、私だって、暮野さんのこと、どうすればいいのか分からないのに。


 そう思うと、さつきは急に冷たい風に吹かれたような、切ない気持ちになる。


 ああ、暮野さん、暮野さん。

 今日はまだ来ないのかなあ。


 そのときだった。


「おーい!」


 蝉の鳴き声が止まない神社の石段を貫くようにして真っ直ぐに少年の声が響いた。

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