119 さつきと椿 2
労いの言葉と共に、椿は髪を揺らして彼女の隣にひょいっと座った。
「あ、青山さん!?」
「こんにちわやな、さつきちゃん」
「ど、どうしてこんなところに?」
言いながら、さつきはさりげなく花を背後に隠し、散らした花びらをすばやく払った。それを椿に見つかっては説明が面倒だし、なんといっても恥ずかしい。今時、時代遅れな花占いをしているなど、笑われてしまうに決まっている。
すると、椿はぽかんとして答えた。
「どうしてって、そりゃあさつきちゃんに会いに来たからやろ。なんでそんなにおろおろしてんの?」
「い、いえ、あんまりにも突然だったので、驚いて」
と、さつきは取り繕って……。
まさか、今の花占いが青山さんを呼んだなんてことは、ないわよね。そう思いながら、気もそぞろに愛想笑いをする。
「き、今日はいい天気ですよねえ。絶好の散歩日和っていうか」
「ああ、せやな。散歩するのもええけど、こうして森林浴するのにももってこいや」
そう言って彼女は、両腕を伸ばし、ぐうっと深呼吸をして、ぷわっと息を吐いた。
そこを風が吹きぬけ、木々の緑をざわめかせる。
「ここは、静かでええとこやなあ。毎日来るのもええ感じや」
椿はうっとりするように言った。
「そうですか? でもさすがに毎日来ると、静か過ぎて飽きちゃいますよ」
「うん?」
「私以外は、時々茶菓子を持って参拝してくれる近所のご老人しか来ませんし……」
さつきはほとんど参拝客の来ない、ひっそりと静まり返った神社を思っていた。
「ええ、ほんまに!?」
椿は意外そうに目をぱちぱちと動かす。
しかしながら、ここに初めて来た彼女は知らないで当然のことだ。
この森の奥にある神社に流れる、永遠の檻に閉ざされているような、長い沈黙の時間のことを。
夏であれば、まだ生命力豊かな生物たちの騒々しさがあるものの、冬の間の、あの、誰も来ない寂しさと言ったら、さつきには、空気すら凍ってしまったように思えるほどなのである。
自分という存在が世界から切り離されて取り残されて、どんどん小さくなっていき、終いには消えてしまいそうにも感じるほどに――。
そう思っていると、さつきは今度は数日前のバスでの出来事を思い出した。
あの、杉下隆二の、心の奥を無遠慮に踏み荒らすような、嫌みったらしい言葉だ。
『神様に祈るなんて、くだらないし。ダサイし』
まるで、自らがすべての頂点に立っているかのような、高圧的な声だった。出来れば、さつきは二度と、聞きたくない。思い出すだけで目が熱くなりそうなのである。
すると、椿が急に、そや、と明るくさつきの膝に手を置いてきた。
「なあなあ、さつきちゃん、巫女さんの服って、一着しかないん?」
と訊ねてくる。
「はい? それは、何着もありますけど……どうするんですか?」
「うちもさつきちゃんのお手伝いするんや」
と、椿が顔を輝かせながら、名案やろ、と提案してきた。
「ええ!?」
この申し出にはかなりびっくりした。
「あれ、あかん?」
「いえ、それは構わないですけど。どうしていきなり?」
「だって、一人で仕事するよりも二人の方が楽しいやろ? そっちのが捗るし。それに、うちはこの千両神社が気に入ったんや」
椿はぴっと指を立てて言う。
「そ、それは、あの、ありがとうございます」
「ううん、なんも感謝されることやあらへん。うちは心からそう思うだけのことや」
そうして、
「うちらで少しでも頑張って、この素敵な神社にたくさん人が来てくれるようになるとええな」
彼女はまるで、祈りを込めるように呟いた。
その瞬間、さつきははっとする。それまで胸の奥でもやもやと煙っていた隆二の言葉が消え去り、代わりに、穏やかな春のような日差しが降り注いでくるような気がしたのだ。思わず、目を閉じる。
そして、改めて横を見ると、椿がこちらを向いて、にっこりと微笑んでいた。その優しい笑みには、彼女の穏やかな人間性からにじみ出てくるぬくもりがあった。
「そう……ですね」
さつきはそう言って、満面の笑みを返した。