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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
119/172

119 さつきと椿 2

 労いの言葉と共に、椿は髪を揺らして彼女の隣にひょいっと座った。


「あ、青山さん!?」

「こんにちわやな、さつきちゃん」

「ど、どうしてこんなところに?」


 言いながら、さつきはさりげなく花を背後に隠し、散らした花びらをすばやく払った。それを椿に見つかっては説明が面倒だし、なんといっても恥ずかしい。今時、時代遅れな花占いをしているなど、笑われてしまうに決まっている。

 すると、椿はぽかんとして答えた。


「どうしてって、そりゃあさつきちゃんに会いに来たからやろ。なんでそんなにおろおろしてんの?」

「い、いえ、あんまりにも突然だったので、驚いて」


 と、さつきは取り繕って……。

 まさか、今の花占いが青山さんを呼んだなんてことは、ないわよね。そう思いながら、気もそぞろに愛想笑いをする。


「き、今日はいい天気ですよねえ。絶好の散歩日和っていうか」

「ああ、せやな。散歩するのもええけど、こうして森林浴するのにももってこいや」


 そう言って彼女は、両腕を伸ばし、ぐうっと深呼吸をして、ぷわっと息を吐いた。

 そこを風が吹きぬけ、木々の緑をざわめかせる。


「ここは、静かでええとこやなあ。毎日来るのもええ感じや」


 椿はうっとりするように言った。


「そうですか? でもさすがに毎日来ると、静か過ぎて飽きちゃいますよ」

「うん?」

「私以外は、時々茶菓子を持って参拝してくれる近所のご老人しか来ませんし……」


 さつきはほとんど参拝客の来ない、ひっそりと静まり返った神社を思っていた。


「ええ、ほんまに!?」


 椿は意外そうに目をぱちぱちと動かす。

 しかしながら、ここに初めて来た彼女は知らないで当然のことだ。

 この森の奥にある神社に流れる、永遠の檻に閉ざされているような、長い沈黙の時間のことを。

 夏であれば、まだ生命力豊かな生物たちの騒々しさがあるものの、冬の間の、あの、誰も来ない寂しさと言ったら、さつきには、空気すら凍ってしまったように思えるほどなのである。

 自分という存在が世界から切り離されて取り残されて、どんどん小さくなっていき、終いには消えてしまいそうにも感じるほどに――。

 そう思っていると、さつきは今度は数日前のバスでの出来事を思い出した。

 あの、杉下隆二の、心の奥を無遠慮に踏み荒らすような、嫌みったらしい言葉だ。


『神様に祈るなんて、くだらないし。ダサイし』


 まるで、自らがすべての頂点に立っているかのような、高圧的な声だった。出来れば、さつきは二度と、聞きたくない。思い出すだけで目が熱くなりそうなのである。

 すると、椿が急に、そや、と明るくさつきの膝に手を置いてきた。


「なあなあ、さつきちゃん、巫女さんの服って、一着しかないん?」


 と訊ねてくる。


「はい? それは、何着もありますけど……どうするんですか?」

「うちもさつきちゃんのお手伝いするんや」


 と、椿が顔を輝かせながら、名案やろ、と提案してきた。


「ええ!?」


 この申し出にはかなりびっくりした。


「あれ、あかん?」

「いえ、それは構わないですけど。どうしていきなり?」

「だって、一人で仕事するよりも二人の方が楽しいやろ? そっちのが捗るし。それに、うちはこの千両神社が気に入ったんや」


 椿はぴっと指を立てて言う。


「そ、それは、あの、ありがとうございます」

「ううん、なんも感謝されることやあらへん。うちは心からそう思うだけのことや」


 そうして、


「うちらで少しでも頑張って、この素敵な神社にたくさん人が来てくれるようになるとええな」


 彼女はまるで、祈りを込めるように呟いた。

 その瞬間、さつきははっとする。それまで胸の奥でもやもやと煙っていた隆二の言葉が消え去り、代わりに、穏やかな春のような日差しが降り注いでくるような気がしたのだ。思わず、目を閉じる。

 そして、改めて横を見ると、椿がこちらを向いて、にっこりと微笑んでいた。その優しい笑みには、彼女の穏やかな人間性からにじみ出てくるぬくもりがあった。


「そう……ですね」


 さつきはそう言って、満面の笑みを返した。

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