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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
117/172

117 発覚

 夕闇に迫ってきた雨雲は、夜のとばりが下りると共に、しとしとと忍び寄るように降り出した。夏の夜だというのに、妙にひんやりとした風が吹いていて、襖を揺らし、小刻みに音を立てている。


 カタカタ、カタカタ――。


 まるで、何かが起こる前触れのような夜だな。

 杉下隆二は、暗闇に沈む柊町の片隅、杉下家の屋敷の縁側に腰掛けながら、そう思った。彼の傍らには盆が置いてあり、そこには大きな酒瓶が乗っていた。

 彼はそこからグラスに酒を注ぎつつ、少しずつ飲み干している。

 そして、グラスを傾けて、何度目かの時、ふわりと一瞬風が吹きぬけ、それに乗って雨粒が彼の頬に飛んだ。ぴしゃり、と頬に散る。

 しかし、彼は気にしない。拭う素振りさえ見せない。むしろ、微笑んでいた。

 自らの仕事の思わぬ成果に満足して……。彼の心は今、その高揚感に満たされて、酒を舐めつつ喜びをかみ締めている。


 そこへ、みしり、と板の軋む音が響いた。

 おもむろに振り返れば、羽織を着た杉下老人の姿がある。長く伸ばした自慢の銀髪を後頭部でまとめ、堂々たる面持ちをした老人は、縁側に座る隆二を見下ろしている。以前は黒かったのであろう瞳は、今は少し白くくすんで見えたが、そこには、老成した者だけがみせる貫禄の凄みが宿っていた。

 老人は、隆二をじっと見つめると、開口一番に、


「一週間だ」


 と深い声で言った。


「一週間経ったぞ。隆二」

「そうだな、じいさん」


 隆二は余裕の表情を見せている。なぜなら、彼は今まさに、この老人が喜ぶであろうとっておきの情報を握っていた。

 そして、その情報は同時に、当初は何の興味もなかった隆二でさえ、調べる価値があると唸らせるものだったのだ。


「その顔は当然分かったのだろう? あの女の行方が」


 老人は迫るともなく、どちらかと言えば冷ややかに訊ねる。しかしながら、隆二には老人がはやる気持ちを無理やり抑え付けているのが分かった。

 老人の頬が微かに紅潮しているのが見える。期待している証拠だろう。

 しかし、


「……いや」


 隆二はそう否定した。それがまるで、大したことではないかのように。


「な!」


 すると、老人の目元に深い影が差す。それは明らかに不快感を露わにしていた。

 自分の計算が狂うのが気に入らないのだろう。老人は昔からそういう人間だった。何だって全てを自らの手のひらで操りたがるのだ。

 案の定、


「何だと、突き止めておらんのか!」


 と怒声を上げた。


「ハハ、せっかちだなあ、じいさん。まあ待ちなよ」


 しかし、そう言って隆二は、余裕の表情でまた一度グラスを傾ける。


「確かに、まだあの蒼髪の女の居場所は分かっていない。ところどころで目撃情報はあるんだが、どうにもばらついていて、決定打に欠けるものばかりだ。妙な話さ。もしかすると、あいつは大方背中に羽でも生えていて、空を飛べるのかもしれない」

「それだけしか、分からんのか?」

「まさか」


 隆二は首を振る。


「僕の情報網を舐めてもらっちゃ困るね。目撃情報はあるって言ったろ? だから、その女の大まかな足取りは掴めてるよ」

「足取りが?」

「そうだよ」

「ううむ、構わん。それでも話してみろ」


 しかし、隆二はふうとため息をつくと、グラスを盆の上に置いた。もったいぶった様子で、


「だけど、その前に」


 と指を鳴らす。


「うむ?」

「まずは、それよりももっと面白い話をしよう」

「それよりも面白い話、だと?」

「ああ。じいさんも興味・・があると思うぜ」

「……」


 意味ありげな言葉に老人は逡巡したようだったが、すぐに先を促した。


「分かった、ともかく話してみろ」

「了解」


 そして、隆二は立ち上がると、ポケットからタバコを取り出し、口に咥えた。何をするのかと見つめる老人の前で、重量感のある金属のライターを取り出す。


「何を?」


 そして、


 カチリ――。


 ぼうっと、火をつけた。

 その火が、隆二の顔を、老人の顔を、仄かに、ゆらゆらと、儚げに照らし出す。


「じいさん、この炎の色をどう思う?」


 タバコを咥えながら、隆二が訊いた。


「何だ?」

「綺麗だろ?」


 にやりと笑う。


「……」

「例えばだ。例えば、こんな髪色をした女が、この世にいたら、どうだい。面白くないか?」


 これには、さすがの老人も絶句した。


「……蒼い髪だけでなく、炎の色をした髪の女がいると?」

「そうさ」


 タバコに火をつけ終わると、煙を吐いて、ライターを消す。すると、隆二の目はタバコについた火を反射しているのだろうか、急にぎらぎらと妖しく光り出した。


「ありゃ、しびれるねえ。ため息が出るほどに、燃えるような、咲き誇る花びらのような髪だ。俺は……そんな女を見た」

「な、なんだと!」

「嘘じゃないぜ。あいにく写真は撮ってないが、俺はこの目で確かに見たんだ」


 すると、隆二は不満げにタバコの煙を口から吐き出し、空を見上げる。


「だが、その女については、奇妙なことだらけだ。まず、俺はこの一週間の間に、その女を二度見たが、同一人物に間違いないはずなのに、背の高さが違った」

「背の高さが?」

「ああ、俺はオカルト染みたことは嫌いだが、その女は小学生ほどの身長から、高校生くらいに伸びていた。竹の子じゃあるまいし、この世に、数日でそこまで成長する人間などいない」

「お、お前の見間違いではないのか?」


 老人は、生唾を飲み込みながらも、冷静に言った。


「姉妹という可能性もあるだろう」

「いや、俺はこの目で間違いなく見たんだ。あの女は紛れもなく同一人物。それに、まだおかしいことはある。そんな奇抜な髪をした奴がひょいひょいそこらへんに現れるはずがない。俺たちが知らない間にだ」

「……お前、それも調べてみたのか?」


 これには、老人の目が混乱したように忙しなく揺れた。


「ああ。だがさっぱり分からない。蒼髪の女にも言えることだが、これほど情報がないなんてこと、ありえないんだよ」


 隆二はそう苦々しげに言う。

 なにしろ、この町に張られた杉下家の情報網は伊達ではない。町に出入りする人間は、乳飲み子から杖をついた老人までほぼ全ての割合で網羅しているため、調べればそれなりの情報は出てくるのである。

 それは、杉下家が大昔から連綿と受け継ぎ、構築してきた独自のネットワークであり、現在は隆二に受け継がれ、管理を任されていた。

 隆二としては、もちろんその管理を怠っていたわけではないし、これまでも特に問題がなかったため、今回、赤い髪などという特別奇抜な特徴をした少女を見逃していたなどという事態は、寝耳に水だった。奇怪としか、言いようがないのである。


「まるで、異空間からひょっこり出現したみたいだ」


 隆二は不快感に、頬を引きつらせながら言う。

 異空間などと、不可思議なことを信じない隆二からすれば、使うのに躊躇する言葉だが、この時ばかりはそういった表現も禁じえなかった。


「こんなこと考えたくねえが、もしかすると、じいさんが言うような不思議な力を、マジでその女は持っているのかもしれねえな」

「む、むう。大いに考えられる」

「まあ、それはともかく、俺は調べた。俺たちの情報網にも、万一の漏れがあったということも考えうる。だから、改めてその女についてな」

「分かったのか?」

「もちろんさ」

「ならば、早くその情報を――」

「そこで、さっきの話に戻る」


 隆二が手をかざし、老人の言葉を遮って言った。


「蒼髪の女だ」

「む、それがどうした?」


 老人は明らかに苛立っている。無理もない。話が二転三転して、自身の満足いく答えに中々たどり着かないからだろう。

 しかし、隆二はまあまあと老人を抑えた。


「ここからが面白いんだから」

「何だ、早く言ってみろ」

「実はな、この両者、柊町の『同じ場所』を出入りしていることが分かったんだよ」

「な、ど、どういう……」


 老人の顔に明らかに動揺が浮かんだ。


「驚いたか、じいさん。同じ場所なんだよ。同じ場所!」


 そこで隆二は畳み掛けるように、老人を指差す。


「そ、そ、そこは、どこだ!」


 その問いに、すっと呼吸を止めて、じっくり間を置くと、


「そこに住んでいる者は、じいさんもよく知っている人物の関係者だ」


 隆二は白い歯を見せつつそう言った。


「楠哲夫っていうじいさんの孫、榊春臣ってガキの家だよ」

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