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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
116/172

116 遭遇

 すると、隣にいたさつきが息を呑んだのに、夜叉媛は気づいた。まさか、彼女もその男と面識があるのだろうか。反応の仕方からして、嫌な感じがした。


 視線を男に戻す。男は進行方向の通路を一瞥してから、こちらに振り向き、歩いてきた。どこか頼りないひょろっとした細長い男だ。しかし、その外見とは裏腹に、夜叉媛には、彼が性質の悪い、捻じ曲がった根性をその腹に隠しているのが分かった。真っ黒でいながら威嚇するようにぎらつく目は、どこか洞窟の暗がりの奥に潜む、巨大な蛇がこちらを窺っているようだった。


 気味の悪い奴だ。

 夜叉媛はそう感じた。

 あんな目で見られたら、たちまち鳥肌が立ってしまう。夜叉媛は咄嗟に、見つからないよう、出来るだけ窓側に寄った。


 と、その男が、ふいにさつきを見た。


「おや」


 と、可愛らしい小鳥を見つけたように、嬉しそうな声を出す。


「誰かと思えば、さつきちゃんじゃあないか」

「え?」


 やはり、知り合いなのか。

 夜叉媛が、横目でさつきの様子を確認すると、彼女は表情を強張らせ、顎を少しだけ上下させて礼をした。


「こ、こんにちわ、杉下さん」


 それは単なる挨拶だったが、その声には警戒のオーラが色濃く滲んでいるようだった。

 しかし、杉下と呼ばれた若い男は、それを知ってか知らずか、やはり馴れ馴れしい様子で訊く。


「今日はお出かけかい?」

「は、はい。少し街まで」

「街か。そりゃあ、いいことだ。若者は街に行くべきだと僕は思うよ。家にひきこもっているよりは、大いに有り余るエネルギーを発散させてくるといい」


 そうして、その若い男はどかっとさつきの前の席に座った。まるで王様であるかのように、広々と二人分の席の占領し、中央に腰をかけて、伸びをしている。

 いったい何者じゃ、この男。

 夜叉媛は思う。

 心なしか、さつきは怯えておるようじゃしの。


「神社……」


 と、服に付いたゴミを払いながら、男がどこか意味ありげに、そう口走った。


「――!」


 すると、その言葉にさつきがぴくんと反応する。


「今日は、神社の方は良いのかい?」

「ああ、はい。今日はお休みさせてもらっているので」


 それを聞いた男は、急に、耳障りな声で高らかにけらけらと笑った。


「お休み、ああそう。まあ、あんな人の来ない神社なんて、年中お休みしているようなものだけれど」

「え?」


 あまりにことに思わず夜叉媛は声を出してしまった。


「来るのは相変わらず、その辺のじいさんばあさんだけだろ? 最近の若い子なんて、そんな神社の存在すら知らないに違いないしね。神様に祈るなんて、下らないし。ダサイし」


 何を、この男は……。


「でも、まあ頑張ってよ。僕たちはそんな神社ですら、守ってあげようって寄付しているわけだから。少しくらいは参拝客が増えるようにさ、工夫したり努力したりさあ。いろいろあるだろう?」


 ま、無理かもしれないけれど。そう吐き捨てるように、言う。

 見ると、さつきの握り締めた拳は震え始めていた。

 夜叉媛はよっぽど男の話を止めさせようかと思ったが、その時……。

 男のいやらしく狐のように細くなった目がさつきを見下ろしているのに気がついた。


 まるで、傷ついた動物をさらに痛めつけるような、残酷な目をして、

 にたにたと、面白がって、

 笑って、いる!


 刹那――夜叉媛の中で、何かが弾けた。

 話をただ止めさせるなどと、生ぬるい。座席から立ち上がり、その男に掴みかかろうとした。

 しかし、すんでの所で腕を押さえられた。何だ、と振り向けば、椿だった。

 彼女はゆっくりと首を振る。

 そのいつも笑顔を絶やさない彼女の顔は、今や一切の緩みもなく引き締められていて、僅かに口元だけを動かして、「あかん」と告げてきた。


「と、さつきちゃんとの世間話はこれくらいにしておいて」


 そこで、男が夜叉媛を押さえている椿の方を見たのが分かった。


「君は、さつきちゃんの友達かい?」

「はい、そうです」


 椿が胸を張って、挑戦的に言い放つ。それに対し、男はあくまでにこやかに笑うと、


「へえ、彼女と仲良くしてあげてね。巫女さんの友達なんて、そうそういないでしょう」

「はい。さつきちゃんは、うちの大切な友達です」

「青山、さん」


 と、それを聞いて男の目の色が変わった。


「ふうん、青山ねえ」


 何かを了解したように、顎を指先で撫でる。


「はい?」

「確か、何年か前にこっちに越してきた子だろう?」

「う、うちのことを知ってるんですか?」


 そう椿が不思議そうに訊ねると、男は得意げに眉を動かした。


「そりゃあね。僕たち杉下家はね、何でも知ってるんだよ。この柊町のことをさ。昔からねえ」

「む、昔から」

「そうさ、そして現在のことも知ってる」


 言いながら、窓の向こうの町並みを指差して、


「この町で毎日どんなことが起こり、どんな人が生活して、どんな奴がやってくるのかをね」

「……は、はあ」

「そしてだ、僕らは未来をも知っていると言っていい。未来の柊町だよ。それがどういう意味か分かるかい? ハハ、分からないだろう?」


 そうして、男は椿たちの目の前で右手の指を二本を立てた。


「いいかい、前途有望な君たちに教えておいてあげよう。この世には二つの存在がある。それは、支配するべき強い者と支配されるべき弱きも――」


 とそこで言葉が止まった。

 何を隠そう、夜叉媛とその男の目が合ったのである。それまでは、椿の背後からちらちらとしか男の姿を確認できなかったのが、その瞬間は、ばっちりとタイミングを合わせたように、男の視線と夜叉媛の視線が重なり合った。

 途端に男が目を瞠って夜叉媛を凝視した。特に、髪の色を見ている。

 夜叉媛には分かった。この男は、間違いなくあの夜のことを思い出したのだ。自分とすれ違ったあの夜のことを。

 夜叉媛はそこで咄嗟に頭を隠すことを思いついたが、その時には既に手遅れである。


「あれ、そっちは――」


 これは、何だかまずそうだ。


「おい、君は」


 しかし、その瞬間、


 ブーーー。


 バスのブザーが鳴った。


「はい、降りまーす!」


 さつきだった。彼女が車内の停車ボタンを押していたのである。


「ほら、青山さんたちも降りますよ」


 と、そそくさと立ち上がった。


「お、おい、ちょっと君たち!」


 慌てる男を尻目に、彼女の意図していることを悟った夜叉媛と椿はすぐさま立ち上がり、通路を横切った。

 その途中で、男の伸ばした手が夜叉媛に伸びてきた。それが腕に触れそうになったが、間一髪、すり抜ける。


「おい、待て!」


 男は声で制止しようとするが、構わず料金を支払い、慌ててバスのステップを降りた。

 それと同時に、ぶしゅう、と重たい音を吐いてドアが閉まり、再びバスが出発する。それを見送って、夜叉媛たちはようやく大きく息を吐いた。


「い、いったい、何だったのじゃ?」

「な、何とか逃げ切れて幸いでした」


 椿は地団太を踏んで怒っている。


「ほんまに感じ悪い人やったな。さつきちゃんを馬鹿にするやなんて」

「さつきよ。いったいあの男は?」


 夜叉媛は停留所のベンチに座りながら、気になって訊ねた。すると、さつきは眉間に皺を寄せながら、話しにくそうに口を開いた。


「す、杉下隆二さんです。うちの神社に寄付をもらっている杉下家の方ですよ」

「杉下、隆二……」


 忘れないようにと、念じるようにそう繰り返す。


「全く、気味の悪い男じゃった」

「あの、夜叉媛さん」


 呼ばれて頭を上げると、そこには心配そうなさつきの顔があった。


「あの人たちとはなるべく関わらない方が身の為です。決して、近づこうなんてしないでください」

「さつき……」

「絶対に、あの人たちは、ダメです!」


 そこには、単なる注意というよりは、有無を言わせず禁止するような迫力があった。歯を食いしばり、彼女は何らかの感情を抑えている。それほどまでに、さつきは本気なのだろう。


「分かった。近づかぬよ」


 夜叉媛は、バスの消えた方向を見ながら、そう答えた。

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