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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
112/172

112 目覚めの……

 目が覚めて、一瞬前までの光景が全て夢であったことに、春臣は気がついた。

 どうやら、またしても死んだ祖父と祖母の夢を見ていたらしい。

 また、なのか。

 そう思うと、なんとも言えない、胃の底に灰が溜まっているような憂鬱な気持ちがこみ上げてくる。


 もう会えない人間と夢の中で再会するというのは、それはそれで嬉しいことなのかもしれないが、一方で、この目覚めたときの行き場のない空しさというのも、否定することは出来ない。彼らのいない現実を再び突きつけられている気がするからだ。


 しかし、先ほどの夢は奇妙だった。死んだ祖父たちが出てきたという点でもすでに奇妙だが……いったい、あれは、なんだったのだろう。

 暗闇の淵に立っている祖父、そして、そこへ向かおうとする春臣を止める祖母。

 世の中には正夢というものがあると聞くが、もしかすると、何かよくないことの前触れなのだろうか。


 春臣は自身に超能力的な素質があるとは思っていない。が、それを前提としても、なんとも不吉な予感がする。閉じたはずのドアが、振り返ると開いていたような、窓のない部屋から、ふと生ぬるい風が吹いてくるような、そんな言葉にし難い、不吉さだ。

 そこで春臣は、夢の光景をじっくりもう一度思い出そうと試みた。しかし、そうすると、じわじわと染み出すように頭痛がしてくる。なんだか嫌になり、考えるのを止める。

 片手を布団から出し、両目を覆ってみた。

 その真っ暗な闇には、

 今は誰もいない。


「じいちゃん……」


 そうして、春臣が過去の記憶を思い出していると、いきなり腹部に何かがめりこんだ。


「ぐあっ!」


 情けなくも、思わず悲鳴を上げる。

 どうやら、急に誰かが春臣の布団に乗りかかってきたらしい。驚きに、肺が一気に縮んだのが分かった。

 まさか、こんな無防備な状態で何者かに襲われるとは。

 一体誰だ、と思うが、まあ、言うまでもなく、緋桐乃夜叉媛である。顔を上げれば、彼女が見下ろしていた。


「うふふふふ」


 と朝っぱらから上機嫌な笑みを浮べていらっしゃった。

 しかし、そこには神様らしい高貴な上品さは欠片もなく、獲物を見つけた肉食動物のような凶暴さが漂っていた。きっと朝一番の充電された活力を春臣をいじめる方向に使っているのか、朝食が待ち遠しくて気が狂いそうなのか、どちらかだろうと春臣は思った。まあ、いずれにせよ、たちが悪いことには変わりない。


 とりあえず、春臣は無言のまま布団の中でもがき、彼女の拘束から、逃亡を試みることにした。足でつっぱり、布団の外へと脱出しようとしたのである。

 しかし、悲しいかな、媛子が布団の上から両足で春臣の体を固定しているために、ほとんど身動きが出来ず、ふがふがと摩擦熱を起こした程度に過ぎなかった。


「おはよう、春臣」


 そんな春臣の抵抗をあざ笑うかのように、媛子が言う。


「わしよりお寝坊さんじゃの」


 そうして、長い紅髪を布団に垂らしている様子は、どこか色っぽい雰囲気もあった。


「お寝坊さんじゃの、じゃないって」


 春臣はむすっとして言い返す。


「何じゃ?」

「あのな、そういうあいさつは起きたばかりの人に跨りながら言うべきじゃないってことさ」

「おお、これはすまなかったの。ではこう言えばよいか? ごほん、さあ、彼奴の居場所を吐いてもらおうか」


 どこのスパイ映画だよ。確かに、この状況にはいかにもな台詞なのかもしれないが。


「媛子なんかじゃ、迫力に欠けるっつーの」

「ふふん。まあ、それはそれとして、わしの愛嬌として受け取ってくれ」


 そう言って、ちろりと舌を出す。


「分かった分かった、かわいいって。だから、そろそろどいてくれないかな。お願いだからさ」

「嫌じゃ!」


 しかし、断固として、彼女は言い放った。


「ど、どうしてだよ?」


 いい加減にしないと、朝飯抜きにするぞ。

 すると、彼女は真剣な眼差しで、そっと手を伸ばすと、乱暴に春臣の胸元を掴んだ。


「春臣、わしをよく見よ」

「な、何だよ」


 ただでさえ、上から押さえつけられて苦しいのに、この体勢で上半身が引っ張られれば、さらに負荷がかかった。首が段々絞まってくる。


「おい、息が出来ないって」

「じゃから、わしをよく見よと言うておる」

「あ、ああ?」

「何か気がつかぬのか?」

「ええと?」


 気がつくか、と言われても、何か普段と変わったことがあるだろうか。春臣は近づいた媛子の顔にドギマギしつつ考える。しかし、少なくとも、春臣には彼女がいつも通りに見えた。


「か、髪型を変えたとか?」

「違う、よく見るのじゃ!」

「や、痩せたのか?」

「わしは最初から太りもせぬし、痩せもせぬ」

「ようやく九九を言えるようになった、とか」

「あのな、お主……」


 彼女の目の端が怒りにくっとつり上がる。どうやら冗談を言うべきときではなかったようだ。


「こ、降参だよ。降参。俺の負けだ。だからな、ほら」


 参ったからどいてくれ、と目で合図する。

 しかし、媛子はというと、ふん、と冷たくそっぽを向いた。


「分かるまでわしはここをどかぬぞ」


 と、こうきたわけである。


「おい、ちょっと待てよ」

「これくらいのことが分からんで、よくわしと一緒に暮らしておるの」

「何を怒ってるんだ。さっきまで上機嫌だったくせに」

「あーあ、やはり所詮お主は、空気の読めぬ察しの悪いどうしようもない唐変木じゃのう。見ていて腹立たしいことこの上ない。この、この、このお」


 そうして、媛子は布団の上からポカポカと春臣の胸を叩いた。手加減というものを知らないのか、本当に怒っているのか、かなり痛い。たまらず、悲鳴を上げる。


「痛いってば、やめろよ」

「この馬鹿春臣。あれほどいつも一緒におりながら、なぜ気がつかぬのじゃ!」

「だから、なんなんだ」

「……」


 すると、彼女は無言になり、動きを止め、春臣を見下ろした。その呆れた目には、事を理解できていない春臣に対する軽い失望が感じられたが、すぐに、目じりが喜びに緩んだ。


「戻ったのじゃ」


 と、言う。


「何が?」

「じゃから、ようやく、体が完全に戻ったのじゃ」

「へ?」

「わしの体が、元の姿まで」

「そ、そうなのか?」


 あまりに突然の報告に、春臣は一瞬、混乱した。


 モトノスガタニモドッタ?

 媛子が?


 そして、数秒後に、あの時雨川ゆずりが媛子の体が数日で元に戻ると言っていたことを思い出した。その事実を、春臣はすっかり失念していたのだった。

 確かに、ここ何日かで、すでに彼女の身長が自分と大差ない程度にまで伸びていたのは知っている。見た目では、ほぼ十七、八と言って問題ない。

 が、まさか、気がつかないうちに完全復活をしていたとは。


「よかったじゃないか!」


 春臣は、身体を押さえつけられた状態ではあるが、素直に祝福する。


「そうじゃ、これでもうあの小さな体とも不便な生活とも完全におさらばじゃ」


 うんうんと媛子は目を閉じて頷いている。


「ここまでが長かった。もしや、永遠に元には戻らんかと思うこともあったが……この通りじゃ」

「これはますますパーティーで豪華に祝わなくちゃな」

「そうじゃ、祭りじゃ祭りじゃ。遠慮はいらん、盛大に祝うぞ!」

「分かったから、あ、あんまりはねるな」


 春臣はたまらず、注意する。彼女が乗りかかったまま暴れるので、春臣は、体のあちこちが痛かったのだ。


「ああ、済まぬ」

「ふう……」


 しかし、媛子の喜ぶ様子を見ながら、春臣もこれまでの長い、彼女にまつわる日々のことを振り返った。いちいち出来事を取り上げて考えることなど面倒だが、総じて、一言ではとても言い表せないものだろう。

 春臣自身、身の危険を感じたことも一度や二度ではない。

 それでも、彼女も元の姿をここに取り戻すことが出来たのだ。そこには、達成感とはまた違う感慨深さがある。


「どうした、春臣」


 すると、ため息をついた春臣を媛子が覗き込んできた。


「いや、初めて媛子を見たときを思い出してさ」


 春臣は記憶の糸をさらに深く手繰っていた。

 すべての始まり。

 あの夜、あの神棚の前で祈ったとき、混濁した意識の中で、媛子の、いや、緋桐乃夜叉媛本来の姿を、少女の姿を、春臣は見ていたのだった。

 何よりもあの鮮烈な星屑の輝きにも似た髪の印象が今でも脳裏に焼きついている。

 そのことを彼女に話すと、彼女は興味津々で頷いた。


「どうじゃ。その時のわしと寸分狂いないか?」

「ああ、全く変わりないよ」

「綺麗か?」

「うん、き、綺麗だよ」

「さようかさようか」


 納得できる答えを聞いたからか、満足そうな媛子だ。


「なら、そろそろ降りてくれないか?」


 今ならば、と春臣は媛子にお願いをする。

 しかし、やはり彼女は首を振り、一向に降りようとしない。全くどこまでわがままなのだろう。


「何だよ。まさか、元に戻ったからまたわしを敬えとか言い出すのか? この状況で拝め、とか」

「ば、馬鹿。そんなことを言うはずないじゃろう」


 そうなのか?


「いや、媛子のことだからてっきり――」


 すると、媛子はぶるぶると頭を振る。それは普通ではない、過剰なほどの拒絶に見えた。

 そして、なぜか感情が高まっているようで、見る見るうちに、媛子の目を潤んでいく。


「そうではない。お主は、もうわしが神などとわざわざ意識せんでもよいのじゃ。そのために、最近は神の力をなるべく使わぬようにしておるし」

「何だって?」


 それは、衝撃的な言葉だった。

 神の力を、意図して抑えている?


 しかし、これには、確かに思い当たる節があった。春臣は思い出す。

 あの蛍見の夜のことだ。


『すまぬ、調子に乗りすぎた』


 神の力を使った後、急に後悔したような彼女の台詞が、今でも耳に残っている。あれには、こういう意味があったのか。


「同年代の少女とまではいかんでも、せめてそれに近い存在くらいには思ってくれてもよいのじゃ」


 と、さらに彼女は意味深なことを言う。


「おい、急に何を」


 そして、


「春臣」


 名前を呼んでくる。


「お主も、わしと同じ気持ちなのじゃろう?」


 と、心なしか、

 いや、完全に、

 体を前傾させてきた。

 春臣が静止する暇もなく、

 彼女の顔が、

 どんどん近づいてきて、


「え、お、おい!」


 何をするつもりだとか、

 春臣は聞こうとして、

 それでも、

 もう間に合わないと気づいて、

 彼女が春臣の肩を押さえつけいて、

 媛子の顔がそこに、

 唇が、

 吐息が、

 鼓動が、

 もう、


「春臣、わしは、わしは、お主のことが」

「媛子、止め……」


 そして、ついに、触れ――。







 ピリリリリ――。




 そこで、無遠慮で無機質な電子音が、部屋に響いた。二人とも弾かれたように、音のした方を振り向く。


「け、携帯だ」


 春臣は彼女のその一瞬の隙をついて、起き上がった。


「ああ! 春臣、動くな」


 媛子が、恨めしそうに言ったが、それを無視して、電話に出る。


「も、もしもし?」


 すると、聞こえてきたのは、能天気な椿の声だった。


「あ、榊君か? こんな朝早くにごめんな。もしかしてお休み中やった?」

「いや、そんなことはない。ナイスタイミングだ」


 正直、間一髪だった。

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