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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
102/172

102 椿マジック

「へええ、そりゃ楽しみだな。じゃあ、少しだけでも見せてくれないか?」

「じゃあわかった。とっておきのやったる。絶対にびっくりさせたるからな」


 そう言って、彼女は自信満々にトランプをケースから取り出すと、すぐに切り始めた。

 春臣は思わず彼女の手元を見た。小気味良いリズムでトランプがシャッフルされていく様は、彼女がそれの扱いになれていることを感じさせた。

 へえ、と心の中で感心する。

 いつものおっとりしたイメージの彼女からはあまり想像できなかったからだ。けれど、裁縫や料理などが得意な辺り、手先を動かすことは得意なのだろう。春臣は彼女が自分にお守りの作り方を教えてくれたときのことを思い出した。彼女は春臣に指示を出しながらも、自身は春臣の倍以上のスピードで、縫い物をしていたのだ。あの一見、細くか弱そうに見える指先は想像以上の働きをするらしい。


 しばらくすると、彼女はカードを切り終えたようで、にやりと笑い、それを春臣に差し出した。


「ほうら榊君、この中から一枚好きなん引きぃ」


 春臣は悩まず、適当に目に付いた右から二番目のカードを引く。


「そのカードをようく覚えてください」


 彼女は本物のマジシャンさながらのどこか余裕のある落ち着いた口調で話した。どこからか、それっぽいBGMも流れてきそうである。


 春臣は指示に従い、カードを裏返してその数とマークを確認した。スペードのクイーンだった。記憶できたという意味で、椿に向かって頷く。


「ほんなら、それを好きな場所に戻してください」


 次に彼女はそう言って、再び扇状に開いたカードを再び春臣に向けた。春臣は、また適当に中央辺りのカードの隙間へ、覚えたカードを差し込んだ。

 すると椿は、そのカードの位置が完全に分からなくなるように、トランプの束を再びシャッフルし始める。


 シャ、シャ、シャ――。

 春臣が見ている限り、その間、彼女が何らかの細工をカードに施しているようには見受けられなかった。彼女が本当に不思議な力を持っているのならば話は別だが(まず、ありえない)、少なくとも、その可能性を除外して、妙な動きはひとつも見当たらなかった、と思う。いったいどうやって彼女は春臣が覚えたカードを当てるというのだろう。頭を捻った。


 十数回だろうか、一通りトランプを切り終わると、彼女はカードの裏面、つまり数字ではなく、同一の絵柄が書かれた面を上にして机に並べ始めた。

 そして、真剣な面持ちで、一番端のカードを手に取って、


「これから、カードに込もった榊君の思念の欠片を探していきます」


 などと怪しげなことを言う。


「思念って何だよ」


 と聞くと、


「もう、榊君は野暮なこと言うなあ。ええか、そういうのは聞かへんルールや」


 と怒られた。

 さいですか、と謝る。どうやら、そういうものらしい。


 仕切りなおして、彼女がカードに念を送るように見つめ始める。ややあって、最初のカードは違ったようで、椿は軽く首を振り、次に移った。

 またカードを手に取って見つめるが、どうやらそれも違う。次のカード、また次のカード、そのまた次のカード……。彼女は何かを感じようと目で一枚一枚確認していく。


 そして、しばらくして、彼女が一枚のカードで止まった。


「これや、このカードや!」


 自信ありげに彼女が指差したカードを裏返してみると、


「スペードのクイーン!」


 なんと、ピタリ命中である。


「どや?」

「せ、正解だよ」


 まさか、本当にこれだけで当てるとは予想外だったので、目を見張った。


「いったいどうやったんだ?」


 と、驚いている春臣に対し、椿は得意満面になる。


「そりゃ、うちの超能力やて、榊君。うちかて、やれば出来るんや」


 などと言って、憎き敵を今こそ打ち負かしたと言わんばかりの表情をしていた。


 彼女からまさかそんな顔をされる日が来るとは思ってもみなかった春臣としては、悔しくないわけなかったが、いかんせん、トリックが分からないことには言い返すことも出来ない。

 むうう、としばらく考え込んだが、お手上げだ、と肩をすくめ、トランプに目を落とす。

 と、そのとき、春臣は、トランプのある点に気がついた。


「あれ、これは……」


 一枚のカードを手に取ってじっと見つめる。

 そうか、なるほど。春臣は無言で頷いた。

 こんなもの、小学生にも解けてしまう、単純な仕掛けじゃないか。


「ふふふ」


 つい、笑ってしまった。


「な、なんや、その笑いは」


 そんな春臣の態度の急変ぶりに、椿は動揺したのか、座ったままの姿勢で後ずさる。


「榊君、思い出し笑いは気持ち悪いで」

「そうじゃねえよ、今の手品のタネが分かったんだよ」

「へ?」


 唖然とした彼女の前で、春臣はカードの裏面を指差す。


「ほら、これ。このカード、実は裏面の絵柄が点対称じゃなくて、上下逆さまにすると柄が微妙に違うんだよ」


 ほら、これとこれ。そう指摘してみせると、彼女は言葉を詰まらせて、「ええと、それは」と目を白黒させながら狼狽した。どうやら、図星のようだ。正解を確信した春臣は、さらに説明を続ける。


「多分、青山はこのカードの向きで、俺が選んだカードがどれであるか判断したんだ」

「い、意味が分からんけどな」

「つまりだな、おそらく青山はあらかじめカードの向きを一定にして束にしておいたんだ。一枚も反対の向きにならないよう、注意してな。そして、そのカードの束から俺にカードを選ばせ、覚えさせているうちに、こっそり手元のカードの束の向きを変えた。ちょうど、こんな風に」


 春臣はカードの束をくるりと半回転させる。


「そして、そこに俺が選んだカードを差し込めば、必然的に俺のカードの絵柄が一枚だけ逆方向・・・になるってことだよ。後は椿がそれとない動作で、逆の絵柄のカードを見つければいい」

「……」

「分かってしまえばとても簡単なトリックさ」

「……ぐ、ぬぬぬ」


 すると、椿はものの数分でタネがばれてしまったことが悔しかったのか、歯を食いしばり、春臣を睨みつけた。

 最初は自慢げに彼女を見ていた春臣もその剣幕を見て、さすがに冷や汗を掻いた。

 これは、やり過ぎてしまったのだろうか。なにしろ彼女は、手品の前にとっておきの手品だと豪語していたし、それをあっという間に見破られてしまえば、その悔しさも分からないでもない。


 ここはすぐに謝ったほうが賢明。そう思って春臣が口を開きかけたときだった。


 パアン――。

 突然、何かが炸裂した音と共に、春臣の視界に何か色とりどりの帯が降って来た。


「う、うわあああ!」


 思わず絶叫を上げる。そのまま、後ろにひっくり返った。

 何が起こった?

 状況が分からず、春臣は腕を振り回す。火薬の匂いと共に、得たいの知れないものが、腕や頭に絡みついていた。


「アハハハハハ」


 すると、椿の笑い声が聞こえた。それが、春臣のパニックになった思考の熱を冷ました。


「な、何だ?」


 冷静になってみてみると、それはただの、


「く、クラッカー?」


 だった。


「ハハハハハハ」


 春臣が飛び出した飾りをどけていると、椿が腹を抱えて笑っているのが見えた。


「榊君、驚いたな」

「そ、そりゃあな」


 こんなことをいきなりされたら誰だってびっくりするだろう。びっくりするなというほうが無理だ。

 すると、彼女はなぜかしたり顔になり、


「うちの勝ちやで。これをすれば皆びっくりするパーティーになるはずや」


 とぬけぬけと言った。

 春臣は呆れる。


「おいおい、今のは単なる不意打ちじゃないか。びっくりの意味が違う。それに、そもそもどうして、そんなものを持ってるんだよ」


 普段から、こんな騒がしいパーティーグッズを持っているなど、少なくとも春臣の中では常識の範囲外だった。

 すると、彼女はきょとんとしたまま、


「どうしてって、防犯用や」


 と訳の判らないことを言った。


「はあ?」

「最近は何かと物騒やろ。変な人に追いかけられたりしたときのために、これを持っておきなさいって、お母さんが」

「クラッカーをか?」

「せや。これさえあれば、悪い人も音に驚いて逃げていくはずやで」


 春臣はもはや何も言わず、半眼で椿を見た。

 彼女のおっとりとした性格はどうにも、母親からの遺伝なのかもしれない。

 不審者が怖いなら、市販されている防犯ブザーを買えばいいだけの話だけなのに……。そこを娘にクラッカーを持たせるとは。


 春臣は、椿が何者かに襲われ、その人物に対し、クラッカーを飛ばしている映像を思い浮かべた。

 確かに、相手の意表を突くことは出来るだろうが、そんなものをいきなり出された不審者の方はどんな気持ちなのだろう。混乱のあまり、逃げていく椿の背中に向かって、


「え、俺、誕生日じゃないけど?」


 とそんなことを口走るかもしれない。乱暴されるか否かという時に、妙にシュールな話だった。なんとも青山らしい、と思う。


「でも、パーティーで人に向けて使うのは、却下だ」


 嬉しそうに笑う彼女に、春臣はそれだけ、釘を刺した。

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