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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
101/172

101 椿の提案 2

「何だ、眠ったのか?」


 お茶のお代わりを春臣が台所から持ってくると、先ほど春臣が転寝をしていた布団の上で今度は媛子が寝息を立てていた。まるで猫のように手足を縮め、ひだまりの中に小さく丸まっている。


「せやねん。疲れてたんかなあ。いきなりふらふらした思うたら、棒が倒れるみたいに眠ってしもうたんよ」


 と、その隣で彼女の顔をのぞきこんでいた椿が春臣を向いて言った。椿の右手はここぞとばかりに、人差し指で媛子の頬をつつこうとしている。春臣は彼女に、余計なことはするなよ、とたしなめた後で再び媛子を不安げに見た。

 なぜか最近は彼女がこんな風に急に眠りにつくことが多くなったような気がするのである。確かちょうど、体が大きくなり始めての頃からだったはずだ。


 ひょっとして、と不安になる。

 もしかすると、彼女はどこか体の調子でも悪いのだろうか。だとすれば、病院に連れて行かなければならないかもしれない。

 しかし、そこで春臣は時雨川ゆずりの言葉を思い出した。

 媛子には無理をさせるな……そう言ってたよな。

 それはつまり、現段階において彼女の体力の方が急激な体の変化に追いついていないということだろうか。ならばおそらく、その皺寄せがこの唐突な睡眠に繋がっているのだろう。

 そう思って、春臣はため息をつく。

 さほど、心配するほどのことでもなさそうだな。


 ふいに、椿が媛子の首から下っているお守りを手に取り、物珍しそうに見つめているのに気がついた。


「これ……このお守りの力で、媛子ちゃんは元に戻ろうとしてるんやね」

「そうそう、時雨川さんがいろいろ細工してくれたみたいでさ。助かったよ」


 そこで、時雨川という言葉にぴくんと椿が反応した。どこか悲しそうな目で春臣を見上げる。


「時雨川さん……そう言えば、もう行ってしまったんやってね」

「あ、ああ……うん」


 春臣は、彼女が何も言わずに出て行こうとしたあの夕暮れを思い出す。あの後……そうか、あの後、結局時雨川さんは青山に別れの挨拶をしなかったんだよな。

 吸い込まれるように木々の影に消えていく、ゆずりの背中が浮かんだ。

 それはあの不思議なオーラをまとった彼女らしいと言えば彼女らしいが、その後、彼女が去ったことを椿に話したとき、椿が今のように落胆したことを考えると、ゆずりのしたことはやはり褒められるものではない。


 特に、時雨川さんと青山は特別な関係が築かれていたようだったし……。春臣は思う。

 数日前、皆で夕飯を囲んだ時、親しげな雰囲気とは裏腹に、どこか他人と距離を置いているような雰囲気のあるゆずりと短時間で仲良くなり、あれこれと椿が話をしていたのを覚えているのである。

 あの時は、寝ぼけた目を擦りながら、椿が彼女に魔法でも使ったのではないかと、心底不思議に思っていたものだ。


「時雨川さんも、パーティーに招待できたら良かったのになあ」


 彼女は口惜しそうに言う。


「そう、だな」

「どこに行ったのか、ほんまに分からんの?」


 春臣は彼女の期待に応えられないことに申し訳なくなりながらも、言葉を返す。


「さあな、あの人は無計画そうだったし。どこに行こうか考えがあるわけじゃないんだろうな」

「そうかあ……じゃあ、しゃあないな」


 案の定、彼女は肩を落とす。しかし、そこで春臣はあ

ることに気がついた。


「待てよ。もしかすると、またそのうちひょっこり戻ってくるかもしれないんだった」

「へ?」

「ほら、だってあの人、俺に食費の借金があるし。必ず返済に来るはずだって」


 春臣は、白い歯を見せて笑ってみせた。きっと彼女ならば、その約束を守ってくれるはずである。


「もし戻ってきたら、椿にも知らせに行くよ」

「ほんま? おおきに」


 そう彼女も笑ってくれたので、一安心する。やはり、いつも明るい彼女が暗い顔をしていると、どうにも落ちつかないものである。

 彼女にお茶を手渡しながら、春臣は話題を変えた。


「しかし、パーティーって、具体的に何をするつもりなんだ?」

「うん?」


 湯のみを持った椿が目を見開いた。


「ほら、さっき媛子に言ってたろ。びっくりするようなパーティーにするって。何か普通と違うことでも考えてあるのか?」


 すると、彼女はううむ、と顎に手を当てて考え込んだ。


「せやなあ、具体的にはまだ考えてないなあ」

「……何だ、そうなのか」


 すると、彼女は自慢げに人差し指を立ててこう言った。


「れっといっとびーやで、榊君。あるがままに、なすがままに。それがうちのモットーやねん。パーティーの準備をしてれば、そのうちなんか見えてくるはずや」


 果たしてその無計画さはどうなんだろうな、と思うが、春臣は椿のそういう肩肘張らない考え方は嫌いではない。いかにも、いつもマイペースな彼女らしいと思うのだ。


「あ、せや。こういうのはどうや?」


 急に椿が指を鳴らす。


「え?」


 じゃじゃーん、とどこかからトランプを取り出した。


「まさか……」

「そう、手品や」


 椿はそう言って不気味な薄ら笑いを浮かべてみせる。春臣はというと、それに対し、苦笑いを返した。


「青山、出来るのか?」

「あ、今、うちのことを馬鹿にしたな」

「そ、そういうわけじゃないけれど」


 いつもがいつもなだけに、さ。


「むうう、榊君、馬鹿にしたらあかんで。不思議な力を使えんのは、媛子ちゃんやさつきちゃんだけやあらへん。うちかてちょっとくらい超能力があんねん」


 彼女は言いながらまるで魔術を掛けるように、春臣の顔に向かって人差し指の先をくるくると回した。


「へええ、そりゃ楽しみだな。じゃあ、少しだけでも見せてくれないか?」

「じゃあわかった。とっておきのやったる。絶対にびっくりさせたるからな」


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