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天罰なんて怖くない!  作者: ヒロユキ
第六部 黎明の炎編
100/172

100 椿の提案 1

 先ほどから、春臣の家は騒がしい。

 居間で二人の少女が、まるで子供がじゃれあうように、どたばたと暴れまわっているのである。


「こ、これ、椿。止めぬか」

「ええ! もうちょっとだけやから」


 と、こんな具合に、畳の上をのた打ち回って嫌がる媛子に対し、椿が上から抱きついて押さえつけようとしていた。

 かれこれそんな状態が五分ほど続いている。いったい何をしているのかといえば、椿曰く、こうして体が大きくなった媛子と触れあい、さらなる親睦を深め合っている、ということらしい。しかし、傍から見れば、まるきりそんなことはなく、ただ椿が妹のような媛子に対する一方的な「可愛い」という感情を抑えきれずに、彼女へ発散させているようにしか見えなかった。


 一方で、春臣はというと、椿が持ってきた土産のどら焼きを食べつつ、彼女たちの様子を机の傍から我関せずと眺めていた。適度な甘みのある和菓子は程よく心を落ち着けてくれるもので、目の前で繰り広げられている騒動など、春臣にはどうでもいいことのように見えていたのである。


 と、ようやく椿の抱擁攻撃から抜け出た媛子が怒声を挙げた。


「も、もう、十分じゃろ!」


 必死に椿から逃れようとしてもがいていた彼女の髪は、今やぼさぼさに跳ね回っている。

 しかし、椿がそれで諦める様子は微塵もない。


「まだまだやって、ほっぺも触ってないやん」


 と、またしても、媛子に飛びかかる。媛子が悲鳴を挙げた。これでは、またしても振り出しである。

 上手く獲物を仕留めた椿は、今度は媛子に頬ずりを始めたようだった。彼女が至福の表情をしているのが見えた。


「嫌じゃあ、どけ、椿!」


 畳の上で再び彼女たちが暴れ始めると、白っぽい埃が舞うのが分かった。

 さすがにこれ以上暴れてもらっては、せっかくのどら焼きの風味も落ちかねない。そう思った春臣は、そこでようやく椿に注意した。


「おい、青山。もうそろそろ止めてやれよ」

「ええ!」

「媛子が嫌がってるし、ほら、せっかく掃除したのに、また散らかるだろう」


 春臣はうんざりするように言う。すると、さすがにこれ以上は本気で怒られると思ったのか、椿は渋々ながら媛子から離れた。


「折角大きいなったんやから、もっとスキンシップを取りたかったのに」

「何がスキンシップじゃ、こんな乱暴なスキンシップなどない!」


 媛子の怒声が飛ぶ。

 彼女は安全地帯に逃げ込むように春臣の傍まで来た後、ふうふうと怒った猫のように鼻息荒く、敵意に満ちた目で椿を睨んでいた。


「これ以上わしに許可なく触りおったら、天罰を下すからの!」

「ええ、そんなあ。うちの癒しがぁ……」

「お前の癒しになどわしはなったつもりはない!」


 春臣は、そんな怒れる媛子を宥めるためにどら焼きをひとつ手渡して、彼女が一口食べるのを見てから、落胆している椿の方へ視線を向ける。


「そんなことよりも青山、俺たちに何か特別な用があったんじゃないのか?」


 そう訊いた。

 というのも、包みの中のどら焼きは彼女が持ってきたものだったが、単に遊びに来るだけのために、わざわざ店でこんなものを買って来るとは春臣には、いまいち思えなかったのである。そこには、なんらかの理由があるのではないかと踏んでいた。


 すると、椿は指を鳴らす。


「ああ、忘れとったわ。そうそう、せやねん。頼みごとがあったんや」

「頼みごと、どんな事だ?」

「実はな、榊君の家で、ちょっとしたイベントをさしてもらおうと思うてな」

「イベント?」


 聞くと、彼女は、胸の前でぱちんと手を合わせる。


「せや。ここで皆を呼んでパーティーをするんや」

「パ、パーティー?」


 春臣は驚いて目を瞬かせる。隣を見ると、媛子も全く予想していなかったようで、同じように困惑していた。


「ど、どうしてまた……」

「そら、うれしいことがあったらパーティーを開いて皆で祝うっちゅうのは、ひとつの決まりみたいなもんやろ」


 彼女はにっこりと笑って言った。

 しかし、それだけではいまいち春臣にはぴんと来ない。いったい何を祝う必要があるのだろうか。首を傾げた。

 そのことを訊ねると、彼女はそんなことも分からないのか、とでも言いたげに、


「何って、媛子ちゃんのお祝いに決まってるやろ」


 と、眉を曲げつつ言った。


「媛子ちゃんが元の体に戻るっちゅうのはそれだけで十分めでたいことやんか。これは皆でお祝いせなあかんて」


 なるほど、と春臣は思う。

 それは考えてもみないことだった。確かに悪くない話ではある。

 そして、隣の神様を見た。


「だ、そうだが、媛子。どうだ?」


 すると、媛子はどら焼きを食べようとして、一度下ろし、


「その、パーティーというと、お、お祭りのようなものか?」


 と訊いた。


「そうや。でも、うちが主催するんや。そこらへんのお祭りに負けへんびっくりするようなパーティーにするで」


 張り切るように胸を叩く彼女に、いったい何をするつもり、もとい、しでかすつもりなのか、と春臣は不安に思う。


 しかし、隣の媛子はそんなことは考えていないようで、どこか驚きと困惑に満ちた目になり、


「それは……本当にうちが主役なのか?」


 となぜかそんなことを恐る恐る確認した。


「そりゃそうや。媛子ちゃんが元の体に戻るお祝いなんやから」


 その答えに対し、媛子が沈黙する。そのまま、ぼんやりと何かを思い浮かべているような表情になり、やがて、満足気に頷いた。その彼女の瞳は……喜びの光で満たされていた。


 春臣はその横顔にはっとする。

 媛子がこの上なくうれしい気分になっていることに気がついたのである。それは、ただパーティーで浮かれているのとは違う、長年の願いが叶ったかのような、大げさとも思えるそんな表情をしていた。

 どうしてなのだろう。もしかすると、彼女はこんな風に誰かからお祝いをされた経験がないのだろうか。春臣は咄嗟に思う。


 神の世界では、こんな風に他人をお祝いする習慣はないのか。それとも、彼女は今まで、生きているうちに、誰かから、何かを祝われたことがないのだろうか。


 さらに、そんな思いにさえ駆られた。

 それは寂しさをまとった不安な予感だった。春臣は何だか怖くなり、首を振る。必死でその暗い考えを追い払った。

 いずれにせよ。そうだ、いずれにせよ。媛子がこんなにうれしいのであればそれでいいではないか。よし、と頷く。


 気がつくと、媛子が椿の方へ身を乗り出していた。


「椿、ぜひ頼むぞ」

「ガッテン承知や」


 二つ返事で椿は応じた。

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