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筋合い

 ***



 学園でも女子は護身術として何かしらの武器を扱う授業がある。お嬢様はペンやフォークより重い物を持った事がないとか言うらしいが、ドレスがどれだけ重いか知っているので、基礎体力は男子とさして変わらないはずだ。

 そんな華奢なふりして殺されてしまったらなんの意味もない。

 私は王子の婚約者候補だ。業腹だが、万が一の時は王子の盾にならなければならない。

 当然ただでやられてなるものか、なんならその不届き者をのして王子にドヤ顔をかましたい。


 その前に淑女教育と両親に言われ、仕方なく空き時間は兄達に突撃した。なんだかんだと相手をしてくれる兄達には大感謝である。

 だが、盛り上がりすぎてうっかり窓ガラスを壊し、使用人達に「外でやれ!」と兄妹仲良く叩き出された。久しぶりの拳骨に兄妹みんなで悶絶。国営学園を卒業して騎士団に所属した長兄はさらに正座で説教を受けていた。

 うん。我が家の使用人たちには勝てる気がしない。


 体が成長すると家は狭くなるのだからと、今度は長兄のつてで騎士団の鍛錬場に連れていかれた。なんだか大事になってしまったとは思ったが、そこで騎士団長の孫娘さんも女性騎士を目指すようなお転婆だと紹介された。

 なんてこった練習相手がいた。 


 私が12歳、孫娘さんは15歳と、最終学年の孫娘さんにとっては物足りない相手だろうが、そこは私の頑張りどころ。兄達との兄妹喧嘩で培った技で意表をつき、孫娘さんに認められた。

 そして孫娘さんからは正規の型を習う。なかなか上手くできなかったが、それはこれからいくらでも練習すればいい。

 そして孫娘さんには淑女の姿勢を教えることにした。せっかくのスラリとした体躯を美しく見せないなんてもったいない!

 私の乙女部分が可愛いく美しいものに狂喜乱舞。磨けば光る逸材に会わせてくれてありがとう兄様。そして孫娘さんのことはお姉様と呼ばせてもらうことになった。



 ***



 お姉様はあっという間に淑女の姿勢をマスターした。私が剣の型を体に覚え込ませるよりずっと早かった。さすが。現在お転婆だろうが下地はあったのだ。


「美しく強いなんて、お姉様は私の理想ですわ!」


 私が褒められ大好き人間なので、誰かを褒めるのも大好きだ。例外は婚約者候補であるジークフリード王子だけ。王子の有能さは不本意ながら一番近くで思い知らされているが、奴だけは褒めてなるものか。

 だから王子以外の誰かを褒めるのは素直にできる。我ながら面倒くさい性格だが、今のところ特に困ってはいない。


 そして目の前には理想を体現するお姉様がいるのだ。いやもう毎日が楽しいったら。


「あ、ありがとう。コンスタンスのおかげよ」


 お姉様は戸惑いつつも優雅に微笑んだ。私の勢いにも怯まずに笑顔を返す、しかも頬が微妙に赤らむとか完璧か!

 少々年上だけど、王子の伴侶として申し分ない資格がある一人となったお姉様を王妃様に進言しておいた。次代の王妃にもわかりやすい魅力はあった方がいい。そしてお姉様が王妃になるならば私がそばに仕えたい。

 月に一度の王城通いでそう言うと、なぜか王妃様は少しだけしょんぼりなさったが「考えておきます」と仰った。王妃様のこの柔軟さは尊敬するひとつである。


 しかし、お姉様が学園を卒業してもジークフリード王子の婚約者候補になることはなく、そのまま騎士団に入団。え〜。


 私はといえば、婚約者の候補でしかないのに来月から王妃教育が始まると通達が。せめて誰かと一緒に受けたかったのに……うぅ、一人だとつまらない……


 というか、なぜ私以外の候補が現れないのだろう?

 私と睨み合いさえしなければ完璧王子で人気はあるのだ。王子だし。学園中にファンはいるし、かなりモテる。私と同じ家格の女子だってたくさんいるし、その女子の中で婚約者が決まっているのもごく一部だ。

 良くも悪くも選り取り見取り。

 モテるのを鼻に掛けているのなら遠慮なく折ってやるのだが、そんなこともない。私の知らない変な噂でもあるのだろうか?


「え……っと、それは何とも……いや!そんな噂は聞いたことはないよ!」


 クラスメイトにこっそり聞いても誰もがそんな返事。むぅ。

 ならば、王妃様の御眼鏡に適うお嬢さんがいない……?

 でも、王子を蹴り上げた私が選ばれるくらいだから選定基準はおそろしく低い……と言い切るのは不敬だろうか。


 まあ、ニ年生になったばかりだし、これから選定が始まるのかもしれない。

 そうであってくれ。



 ***



 だがしかし、三年生になっても婚約者候補は増えなかった。

 四年生になってからは私が婚約者に決定したような雰囲気が学園でできあがってしまった。え〜。


「王子が嫌いなの?」

「悔しいことに顔は好みだし、腹立たしいことに尊敬するところもたくさんあるわ。何かと問われれば、女としての意地よ」


 王子との確執のせいでクラス替え無しになってしまった同級生達には申し訳なく思う。こんな直球質問が出ても誰も気にしないほど仲良くなれたのは嬉しいのだが、そう思っているのは私だけかもしれない。


「せっかく王子と同級なのに、同じクラスになれなくてごめんなさい……」

「でも、このクラスの仲が良いのはコンスタンスがいるからだわ」

「おかげさまで家同士も良い繋がりができたよ」

「勉強も教えてもらえるし、平民が赤点を取らずにいられるのもコンスタンスのおかげだよ」

「王子の婚約者候補なのにこんなに気さくで大丈夫かと思わなくもないが……」

「コンスタンスが王妃になったら、私たちの自慢だわ」


 ……クラスメイトはすっかり褒め上手になってしまった……




 そんなある日、クラスに激震が走った。

 しかし私だけ蚊帳の外にされ、クラスメイトがばたばたしているのは何事だろうかと気になって仕方ないのだが、「今調査中だから!」と押し切られた。調査中?



 だが。


「平民のくせに王子に(はべ)ろうなどと生意気が過ぎるのよ」


 放課後。図書室の奥で本を探していると、窓の外からそんな声がした。少し高めに設定されている窓を覗くために急いで椅子を引っ張って来る。窓から見えたのは女子の集団。一人を囲む大勢。

 窓をそっと開け、そのまま外に降り、ゆっくりとその集団に気付かれないように近づく。


 囲まれている娘には悪いが現場を押さえる証拠がいる。


「私は!授業で同じ班になっただけで、侍ろうだなんて思っていません!」

「白々しい嘘を」

「平民が愛人の座を狙うのはいつの時代もあるのよ」

「はしたない。でもその手しかないものね」

「授業の話をしているだけです!」

「まだ言うの? 王子にはコンスタンス様というれっきとした婚約者がいらっしゃるのよ!あなた目障りなのよ!」


「あら、私がどうかして?」


 集団が全員振り返った。

 こんなくだらない事ってあるかしら。

 手が出ないように組んだけれど、集団の女子が軒並み青くなったからまあ良しとしよう。


「あなた達はここで何をなさっているの?」


 女子集団は目を泳がせた。


「私の名前を出したからには教えてくださるわよね?」


 最近兄様たちに「お前侍従長に似てきたぞ!」と叫ばれた笑顔を貼り付ける。女子集団はガタガタ震えだした。貴族子女が軟弱な。

 それでも一人だけ一歩前に出た。確か◇◇伯爵の。


「そ、そこの平民が、王子と同じ班になったのをいいことに、常におそばに侍っているのを注意してましたの」


 おお、この度胸、いいわね。


「そ、そうですわ!王子がお優しいのをいいことにべったりと!」

「そうですわ!婚約者がいらっしゃる御方ですのに少しの遠慮もないのですわ!」


 ピーチクパーチク、それともギャンギャンかしら。皆さん王子のクラスメイトよね。

 あの野郎、しっかり躾けろや。


「私達、コンスタンス様のお手を煩わせないよう、注意したのですわ!」

「そうでしたの。大きなお世話だわ」


 しんと静まり返る。しかし、女子集団はポカンとした顔だ。


「あら、伝わらなかったかしら。お・お・き・な・お・せ・わ・さ・ま」


 ◇◇伯爵令嬢が小さく「どうして……?」と呟いた。


「私、王子の婚約者()()ですわ。喧嘩を売るなら自分で売りますし、その時は一対一よ。誰にも邪魔はさせません」


 これは正しくない。まず女子がタイマンなどあり得ない、らしい。兄妹喧嘩で散々やってきたので私には当たり前のことなのだが、まず女子は殴り合いはしないそうだ。

 優雅に陰険に仕掛けるのが貴族女子の嗜みらしい。だから彼女らは貴族としては正しいのだが、私の名を使うのは許さぬ。

 女子集団がおろおろしだした。よしもう少し。


「それとも、王子の婚約者候補が、そんな事もできないほど、か弱い人間に、務まると、思っていらっしゃるのかしら?」


 わざと区切りながら、そして兄様達が恐れる笑顔を強めると、女子集団は「すみませんでした〜!」と走り去って行った。


「ったく。羨ましいならあなた達も王子にくっつけばいいのよ」


 それで王妃教育の仲間ができるなら万々歳である。


「あの……ありがとうございました」


 若干顔色が青いが、難癖をつけられていた女子が礼をした。集団に囲まれても泣き寝入りせず、気丈に立ち向かっていた、なかなかなお嬢さんだ。

 でも、私が婚約者候補として不甲斐ないからこそ、彼女が巻き込まれた感もある。


「こちらこそ、申し訳なかったわ」

「え?」

「確か、ケイトさんよね。次もこんな事があったら遠慮せずに教えて頂戴ね」

「え、なんで名前を?」

「クラスは別だけど同級生だもの。成績優秀者ですし名前は知っているわ。でも間違えていなくてホッとしてもいるのは内緒よ、ふふ」

「……ふふっ」


 あらぁ、笑うとふんわりして可愛い。

 なるほど。我がクラスメイトの激震の正体はケイトさんか。


「私、本当に王子とは何もありません」


 真っ直ぐに見つめてくる目に嘘は感じられなかった。でも、ほんの少しの揺れは見逃さない。促すと一瞬だけたじろいだが、ケイトさんはあっさりと教えてくれた。


「ただ、卒業後の就職先についての下心はあります。もちろん愛人ではなく、事務職に就きたいので、勉強を頑張ったら……どこか紹介してもらえるチャンスがあるかと……」


 正直……!でも貴族の跡取り以外でもそういう動きはあるし、コネ作りなど普通のことで、それこそできなければならないものだ。でも事務職か……


「ねえ、それなら婚約者候補はどう?」

「は!?」

「上手くいけば王妃よ。仕事先としては女としては最高峰の狙い処じゃない?」

「えええええ!?」


 平民だろうと、能力があるなら王妃を目指してもいいと思っている。後ろ盾やコネはあるに越したことはないが、王妃に認められればたぶん解消される問題だ。なんならうちも後ろ盾になってもいい。お父様を説得するなら任せて。

 とにかく目先の王妃教育の仲間が欲しい私はケイトさんに迫った。


「何をしている!」


 ああ、相変わらずよく通る声。





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