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気合い

 ***



 なぜか毎月一度王宮でジークフリード王子と会う事になったが、最初の半年はどんなに大人達に言い含められても5分で取っ組み合いになった。

 母親達が付き添っても駄目。父親達が付き添っても駄目。騎士団に囲まれても駄目。最後の砦として兄達が同席した際には応接間は台風一過の有り様になった。

 これには付き添いで来ていた侍従長の怒髪天を衝き、正座で説教と拳骨を受けた。王子も。

 めっちゃ痛くてさすがの兄達も泣いたが、王子がいるから私は耐えた。王子も泣かなかったから引き分けだ。


 その次からはうちから侍従長がついてくるようになり、拳骨を回避すべく殴り合いから舌戦に。小一時間ほど言い合い続けてお互いに息が切れた頃、侍従長がため息をついた。「御二方は同じ言葉を何度も繰り返すなど、知性がなく美しくありませんね」と鼻で笑われた。

 帰ってからは猛勉強である。兄達に考えうる全ての悪口を教えてもらった。


 しかし次の回で「お嬢様は知性の欠片もない単語ですが、ジークフリード様は貴族らしく丁寧ながらも真綿で首を絞めるようなよい表現でした」ととうとう軍配は王子にあがった。

 ハンカチーフを噛みしめ帰ってからはまたも猛勉強である。王子の一言一句を思い出し、それらを元に兄達に貴族らしい罵倒を添削してもらう。そして嫌味のカモフラージュとするために手本とされる『美しき文言集』も暗記。


「おお!普通の挨拶に潜ませた言葉に堪能な人にしか気づかれない嫌味!よく勉強されましたねお嬢様」と次は私が勝った。王子にドヤ顔をかます。


「なんと!ジークフリード様は周辺国の名前と我が国との位置と特産物まで覚えられたのですか。素晴らしい!」

「歴代王のお名前、そのお妃のお名前、成功した事業、失敗に終わった事業まで!よくお調べになりましたお嬢様」

「早朝特訓を始められたとか。毎日その時間に起きられるとは……ジークフリード様はそのお歳で己を律する(すべ)をお持ちなのですね。これは将来が楽しみです」

「難しい曲でしたのに見事な演奏でしたお嬢様。ピアノもいつもより輝いているようです」


 会う度に交互にしか上がらない軍配にお互いに躍起になり、王子と私は体力知力をかけて勝負を続けた。


 勉強は一人だと気が狂いそうになるので当然兄達も巻き込む。はじめのうちは5人で相手をしていてくれたが、そのうち得意分野に別れて1〜2人ずつになった。長兄が幼年学校に通い出したのもある。王子は幼年学校には通わないので、これ幸いと学校がどんなものか長兄を質問攻めにした。


 それらをひけらかしたら、なんと王子は学校生活における集団生活の狙いと難点、さらには改善案を披露しやがった。「話題の先読みにその改善案まで。おみそれ致しました」と感心する侍従長。ハンカチーフはとうとう引き千切れた。


 その年の誕生日には、一応の婚約者である王子からハンカチーフを10枚もプレゼントされた。「そのハンカチーフが引き千切られるのを楽しみにしている」と書かれたカードと共に引き出しの奥深くにしまった。

 王子の誕生日にはその時期に咲いていた青色系の花を寄せ植えた鉢を贈った。「花の名を覚えられますように」とカードを添えたのは言うまでもない。蛙に例えられたのはまだ根に持っている。



 ***



 兄達が全員幼年学校に通い始めると途端に勉強がつまらなくなった。幼年学校は男子のみなので、私は入学できない。貴族の女子は12歳から国営の学園には入学できる。

 この学園は12歳になった春に入学し、15歳になった次の春に卒業する。

 学園には試験を通った平民の子供も何人か通い、そして、王族も必ず通うと決まっている。

 王子とは毎月顔を合わせているが、学園に入れば毎日顔を合わせることになる。


 一日たりとも負けてなるものか。



 その闘志をまわりがどう思ったのか、なぜか私は王城で勉強することになった。

 我が家の家庭教師が高齢による引退を決めたことが元の理由ではあるが、なぜ王城で、それもなぜ王子と同じ部屋で学ばねばならないのか。

 教師を中心に部屋の端と端に離れ、我が家の侍従長もその間に控える。すっかり私達の調停師である。


 部屋の端と端だろうが同じ空間。王子が何を理解し、どこを疑問に思っているかが手に取るようにわかった。しかしそれは私の苦手も見抜かれているということだ。こんな悔しいことはない。

 だが私は教師への質問は躊躇しなかった。疑問をすぐに解消し、そして空いた時間は王子をやり込めるための知識を吸収するのだ。

 私達はなんでも競い合った。



 ***



 国営学園に入学すると成績別にクラスを分けるのが伝統だったが、私と王子の仲は貴族の間では暗黙の了解になっていて、私達の学年だけ混合編成された。


 これは私にとっては嬉しい誤算だった。

 貴族目線では見つからない平民の暮らしが直接聞けるからだ。

 試験を合格してくるだけあり、男子も女子もなかなか本性を明かしてはくれなかったが、一ヶ月もしつこくまとわりつくとみんなが折れてくれた。


「まさか伯爵令嬢にどんないたずらをしてきたか質問されるとは……」


 もちろん貴族子弟にも言われた。

 情報の等価交換として、放課後に平民生徒の勉強を見ることに。貴族はまだ幼年学校や家庭学習の復習範囲ではあるが平民にはもう難しいらしい。平民の優秀者を確保するはずが、ここですでに差があるなら幼年学校も開放すればいいのに。


 さて、収集した知識から検討したが、学園でダンゴムシ爆弾やセミの脱け殻シャワーを行うのはさすがに駄目だとクラスメイト達に止められた。私は女子だし、淑女らしからぬ行動は止めておいた方がいいのは一応理解している。ああ、もったいない。

 スカートめくりに対してのズボン降ろしも止められた。


「いたずら、というか驚かせるという意味で手品はどうですか?」


 商家の子が恐る恐ると提案してくれた。芸のひとつという事で貴族子弟らは少し顔をしかめたが、次の日に見せてもらったステッキから瞬時に花束になる様子にはクラスで歓声があがった。


「はじめの一回は誰でも驚くと思います」

「採用!」


 クラスメイト達には他クラスに情報を漏らさないように協力してもらい、私は効果的に見えるように練習した。


 お披露目は月に一度の王城での勉強の日にした。さすがに学園で王子の間抜け面をクラスメイトに晒すのは憚られた。一応王子だし。そして持ち運びしやすいようにステッキからペンサイズに新しく作ってもらう。

 花束ではなく薔薇一輪になってしまったのは癪だが、危険物として没収されても困る。試作品の数々がクラスで大人気になったのもあり、クラスメイトたちへの口止め料として一人にひとつプレゼント。制作費はもちろん依頼した私持ち。

 みんなは私が王子に披露した後に自宅でそれぞれに披露すると言ってくれた。それまで家族にも内緒だなんて、どこかわくわくする。商家の子には制作を頼んだのでその家族に内緒は無理だが、そこは商人、意図を汲んでくれた。


「わあ!」


 想定していたよりは小さい反応だったが、いつものスカした表情を崩せたので大成功である。うっかり大声を出した王子の頬がうっすらと赤らんだのを見逃さなかった。

 さあ、次はどうしようか。ふふふふふ。





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