ガラス越しの君に花束を
そこには何もなかった。どこでだって、色彩や香りが少しくらい感情を動かすはずなのに、そこでは何も感じられなかった。目の前に愛する人がいるというのに、僕の心はちっとも踊らない。
「久しぶりだね」
「うん、久しぶり」
彼女はなぜか少し笑っていた。
彼女の笑顔を見るのは久しぶりだった。
僕も笑った。
何も面白くないのに、笑った。
笑っているだけでいくらでも過ごせそうだった。だけど、僕らには時間がない。
カバンの中を見ると、貯金をはたいて買った108本のバラがこっちを見つめていた。
「実は、本社に転勤を言い渡されたんだ。だから、しばらくはここには来れないかもしれない」
そう言って、花束を見せた。
彼女の瞳に映る赤が、今までどこで見たものよりも赤く感じた。
彼女の手がガラスに触れる。
ボクの手がそこに重なる。
ひんやりとしたそれに温もりを感じる。
『お時間です。ご退室願います』
「またね」
「うん、待ってる」
15年も待ったんだ。あと二年くらい、どうってことない。
どこまでも赤い薔薇に、君の瞳を思って。
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