【第一章】第二部分
たくさんの生徒が足早に通学路を歩いている。すでに時計の針が登校時限ギリギリのところを指し示しているからである。
「急がないと、また遅刻しちゃうわよ。」
凪河が、走りながら後ろにいる男子に声をかけている。
『キンコンカンコ~ン!』
ついに、遅刻という断罪タイムを告げるチャイムが鳴り響いた。
周りの生徒が走っている中で、凪河の歩みはずいぶんと緩慢である。それもそのはず。凪河は、ズルズルと学ラン男子を引きずっているからである。
「こら、鍵。黒霧鍵!起きて自分の足で大地を進みなさいよ。二足歩行を捨てたら、類人猿に成り下がるわよ。」
「うるせえなあ。オレは毎日忙しいんだ。オレの数少ない人生の楽しみを奪うんじゃねえ。もっと、寝かせろ!」
凪河の右手の先から声が出てきた。態勢的には後ろの黒い学ランに向かって声を発する格好である。まだ眠いのか、半開きマナコでの抗議であるが、それを無視して、凪河は校門の方へ邁進していく。
「この暖かさでアタシの居場所が確かめられるの。何もない殺風景な世界に比べたら、わずかな、小さなものだけど、アタシに大きな力をくれる、とても大切な温もりなんだから。」
凪河の足取りは軽くなっていた。
そんな人間ひとりと類人猿一匹を強烈な朝日を背にして、睨み付ける女子高生がいる。統堂学園、生徒会長の柏村憂果莉である。
「げっ。生徒会長の!あれは標的を狙う獣の目だわ。」
赤いメガネに、ショートカットの二本のおさげ黒髪。全体的にやや小振りな作りだが、メガネの奥には漆黒の大きな瞳が次の塁を狙う瞬足ランナーとして構えている。
「猫柳さん、黒霧さん。今日も大胆かつ傍若無人に遅刻です。」
「好きで遅刻してるんだから、いいじゃない。」
「よくありません。言うまでもありませんが、遅刻を重ねると、欠席扱いになり、最悪退学になりかねませんし、進学にも多大な影響があります。でも遅刻の原因は、そちらの男子、黒霧鍵くんでしょう。なんなら私が管理して差し上げましょうか?チラチラ。」
生徒会長は鍵に、怪しげな視線を送っている。
「けっこうです。柏村生徒会長。こうやって、アタシが連れてくるんだから。」
「そうですか。ならば引き続き、遅刻回数増加キャンペーンを張ってください。」
ビミョーに残念そうな顔を逸らして、生徒会長は校舎の方に足を向けた。
ようやく立ち上がった鍵とともに、凪河も校舎へ急いだ。
「また遅刻だわ。鍵のせいなんだからねっ!」
「だから、オレに構わないでくれって、いつも言ってるだろう。オレが勝手に遅刻してるだけなんだから、凪河がわざわざ連帯責任を果たす必要はないぞ。」
「アタシだって、そうしたいのよ。でも一緒に学校に行くことが、アタシの夢、じゃない、日課なんだから、仕方ないのよ。アタシは、鍵の永久日直なんだからねっ!」
「なんだそりゃ。日直は日替わりでどんどん変わるから日直って呼ばれてるんじゃないのか。」
「だったら、アタシは年直よ!」
「さっぱりわけがわからないぞ。とにかくオレはあきらめがいいんだからな。」
「じゃあ、そのあきらめの良さをアタシが引き受けてあげるから。」
(とにかくあの生徒会長から鍵を守らないと。きっと生徒会長は鍵に疚しい気持ちを抱いてるんだわ。)
心でそう考える凪河の方も、疚しいと思われる。