『噂話』
――翌日から、ネットの世界は『屍を運ぶ筏』の初の公式公開に関する話題で溢れ返った。参加資格、時期、場所……。核心となる大部分が未だ発表されぬ中、様々な憶測と期待が飛び交う。
「……分かってるな、仁。変に首を突っ込むなよ」
「分かってるよ……」
仁はつまらなそうに目を背ける。
「なに、落ち込む事はない。公式に公開される様になれば、その内ネットでも画像で見られる様になるだろう」
茂は仁の頭をグシャグシャと掻き乱した。
「……まあ、ね。しょうがないか、俺らみたいな一般市民には手の出せない世界つー事だな」
「そーゆー事だ。すまんな、父の給料が物足りなくて」
茂は、仁をからかう様に笑った。
「それにしてもお前、そんなにこの絵が気になるなら、じいちゃんに何か聞いてみたらどうだ?」
「!」
***
「先生。先日の個展、評判は上々だそうですよ」
「はっは、そうか。そりゃ結構」
痩せこけた頬、皺だらけの肌。仁の祖父である某 誉は、そこそこ名の売れた画家だった。
「次回作のご予定は?」
黒スーツの男はにこやかに尋ねる。
「そう急かすな。私ももう長くない身、ゆっくりじっくり、楽しんでやらせてもらうさ」
「そうですか」
そう言って楽しそうに筆を走らせる誉を見ながら、黒スーツの男は嬉しそうに笑った。
「ああ……そう言えば、あれ何て言いましたっけ。先生が気になさってる例の幻の絵画」
「屍を運ぶ筏の事か?」
誉は、黒スーツの男に耳を傾けながらも筆を止めはしない。
「ああ、そうです。その絵が、今度小規模ながら初公開されるらしいですよ」
――その瞬間、笑顔が張り付いていた誉の表情が凍った。
「……ばかな。どこのどいつが流した作り話だ」
「いえ、昨日ニュースでやってましたよ。日本を含む五カ国で公開されるって」
「…………」
誉の額に、冷や汗が溜まる。
「いや、実在したんですねえ。幻の絵画。私はてっきり、それこそ作り話かと」
「……存在するさ。屍を運ぶ筏は」
誉はその一言一言に重みを持たせながら、目は合わせずに話す。
「それにしても今回のこのお披露目、先生なら参加できるんじゃないでしょうか? きっと、画家って事なら多少の融通は効くでしょうし」
楽しそうに語る黒スーツの男。途端に誉は体を反転させ、黒スーツの目を見て言った。
「興味無い」
それは有無を言わさぬ迫力を帯びており、黒スーツの男は息を呑んだ。
「……す、すいません…………」
***