縄張り候補地見学の記憶
お引越し先はどんなとこでしょうねー?
「ワゥ――(おぉ――)」
「ニャ――(おぉ――)」
「グルゥ?(どうよ?)」
こちらを見てドヤ顔をしているハイシロと、俺を背中に乗っけながら周囲を警戒しているチャイロの案内によって最有力候補地へと赴いた俺達。口をカパッと開けたまま、アホ面を晒して周囲を見回す。
ちなみに、母さん達は留守番である。そもそも、この場所を紹介したのは母さんなんだけどね。
人里から離れた山の麓。ほどよい大きさの洞穴がそこにはあった。
早速とばかりにハイイロが中へと突き進み、しばらくしてからクモの巣を鼻先にひっつけて戻って来た。クモの巣が張ってるって事は、洞穴の住民はいないっぽいな。
ところで、それくっ付けたままで気持ち悪くねーの? そう問い掛ければ、鼻に付いた巣の残骸をペロリと舐め取るハイイロ。うん、まぁ……本狼がそれで良いなら良いんだけど。
洞穴から少し離れたところには、川幅は広くないがそれなりに水量のある川がある。そのわりに流れは緩やかで、水中の様子がはっきりと見て取れる。
岩の上から川の中を覗き込めば、川の縁際には薄っすらと氷の張っている場所がある。だが、真ん中辺りは普通に水が流れていて、水中に沈んだ岩の影には大きな魚の影が見えた。冬だから動きが鈍いのかもね。
少し離れた上流には小さめの滝。その上は、山の上の方へと繋がっているようだ。滝の下は大きな池のようになっていて、そこにも何匹か魚の姿が見えた。
洞穴の周囲は森になっている。今は殆どの木から葉が落ちてしまっているから随分と寂しい光景だが、冬を過ぎれば葉が茂って賑やかになるだろう。木の実のなる木も多く、草食系の動物のエサは豊富そうだ。
つまり、俺達の獲物も豊富という事だ。
そうなると不安になるのは……
「ニャウ?(ここって誰かの縄張りなんじゃ?)」
俺が恐る恐るそう問い掛けると、俺の発言で初めてそれに思い至ったらしいハイイロが、それまでブンブンと勢い良く振り回していた尻尾をシュン、と下げる。
喜びに水を差してしまったのは申し訳ないとは思うけど、不安要素は先に潰しておきたいんだよ、ゴメンな。だって、これだけ条件の良い場所なら、他の群れがいてもおかしくは無いだろうから。
そう思いながらハイシロの顔を窺ったのだが、ハイシロはドヤ顔を崩さない。……何故?
「ウォフッ(……ここは誰の縄張りでも無い)」
ぱーどぅん?
普通なら信じられる筈のチャイロの言葉が信じられなくて、再びハイシロの顔を窺うが、ハイシロはドヤ顔のまま深く頷いた。
いやいやいや、そんな筈は無いでしょう? だって、さっき周辺を歩いていた時に鹿の群れとか見たよ?
獲物がいるのは確実なのに、此処を縄張りにしている群れがいないってソレ何て冗談よ。そう思って再度ハイシロの顔を窺っても、ハイシロのドヤ顔は変わらない。
……え、マジなの?
マジで此処、本気で誰のものでもない縄張りなん?
「ワフ(だから、そうだっつーの)」
ぶぎゅる
疑いすぎた俺に焦れたハイシロが、俺をむぎゅっと踏みにじる。酷い……とは、今回だけは文句は言えないな。うん。
ペチペチと地面をタップして抜け出た俺は、信じられない気持ちで周囲を見回した。
だって、此処はぶっちゃけ『神立地』よ? 水場は近いし、住処に丁度良さ気な洞穴はあるし――もっとも、住むとなればキッチリ補修はさせて頂きますが――、獲物も豊富そう。
それなのに、他の群れがいないという事は……ひょっとして何か曰く付きの土地だったりするのか?
「グゥ(……ちょっと近い、かな)」
やっぱり曰く付きなの!?
お化けがいるとかヤダ――!!
「ワゥ、ウォフッ(そういうんじゃねーよ。上見てみろよ、上)」
「ミュ?(上?)」「ワゥ?(上ぇ?)」
今日も空は良く晴れている。
上空で円を描きながら飛んでいる鳥は何とも気持ち良さそうだ。
えーと、ちょっと……大きくないですか、ね? 何だか大きすぎないですか? ねぇ??
「フン(気付いたか)」
「ニ゛ャッ(気付かいでか)」
「ウゥー?(えー、どれー?)」
「グゥ(……あれ)」
目ん玉かっぴらいて鳥を凝視する俺と、何を見れば良いのか分からずワタワタしているハイイロ。そんなハイイロには、チャイロが視線の先を誘導してあげている。優しい(断言)。
相変わらず頭上でグルグルと旋回している鳥らしき生き物は、改めて見上げてみてもやはり大きい。少し離れた下の方に――こっちは正真正銘、本物の鳥のようだ――もう1羽飛んでいる鳥がいるのだが、それと比べても明らかに大きさが違う。
何より……尻尾が長いんですよ。尾長鳥とか、そんな感じの尾羽という感じでは無く、一番近いものを挙げるなら『トカゲ』か『ヘビ』などの爬虫類系だろうか。
それらを統合すると、俺の予想ではとある生物が思い浮かぶ。『空を飛ぶ』『大きい』『爬虫類のような尻尾』……さて、これらから想像出来るモノとは……?
クゥォォォオオオ……!
上空から何やら吠え声が聞こえてくる。俺が今までに聞いた事の無い声だ。俺達の遠吠えとは明らかに違う。鳥の声と似ているような気もするが……甲高い鳥の声とはまた異なる。
気持ち俯きがちになっていた顔が、声に釣られて真上に向く。今の声の出所は、どう考えてもあの鳥だろう。
その時、グルグルと旋回し続けていた鳥の口から、ボウッと炎が上がった。
ハイイロの口がカパッと開く。
「ワウー……(黒いのすげー……)」
何故、そうなった。
俺も含め、ハイシロとチャイロの口もカパッと開いた。
俺とハイシロはともかく、チャイロのアホ面は結構レアですよ? いや、そうじゃない。
何故、そうなった!?
本気で分からなかったのでもう一度言わせて頂きます。
しばらくして、ハッと正気に戻ったハイシロが、ギャウギャウと騒ぎながらハイイロに詰め寄っている。チャイロもハイイロの発言に呆然としていたのだが、ハイシロが正気に戻ったのに続いて正気を取り戻していた。俺? 逆に何か冷静になったよ。
それよりも、こんなに騒いで頭上のやつらに気付かれないかが気になります。
ハイイロは、何故ハイシロがそんなにも騒いでいるのか全く理解していない様子だったが、チャイロの補足説明もしてやっと理解出来たようだ。その間俺は、ずっと頭上にいる『鳥じゃない何か』が騒ぎを聞きつけて襲ってこないかどうかでソワソワしっ放しだったんだけど! 怖かった!!
ハイイロの勘違いは、俺が火の能力で頭上の鳥を燃やしたものと思ったらしい。何故そんな勘違いをしたかというと、事前に俺の能力が向上したとの旨を聞いていたからだ。
アレかー……! と頭を抱えたくなった。
確かに俺の能力は以前よりも操作性が上がったり、やれる事が増えたりしたけれども、火の能力に関してはそれ程大きく変わっていない。離れた場所に火を点けるなんて事は不可能だ。
それはハイイロにも言っていた筈なんだけど……。火=俺、という印象がハイイロの頭の中にある為に、あの鳥モドキの吹いた炎も俺のやった事と思い込んでしまったらしい。
何という勘違い……。
「キュ?(じゃぁ、あれは?)」
「ワフ(火を吹いたのはアイツだっつーの)」
ハイシロがきっぱり否定すると、途端にハイイロの尻尾が下がった。
……俺をそんな目で見られてもどうにも出来んよ。無理なものは無理なのです。首を傾げられても無理なものは無理っす。諦めて下さい。
「きゅん……(とりにく……)」
そっちかよ!? つかさぁ……
「ニャウ(アレは鳥じゃねーだろ)」
俺がクイッと尻尾で指し示しているのは例の鳥モドキだ。尻尾の先をピコピコっとね。
さて……。いつまでも現実逃避をするのはやめようか。
はっきり言おう。あれは鳥じゃない。ドラゴンとか、ワイバーンとか、とにかくファンタジー極まりない類の生き物だ。母さん曰く、そういった類の生き物もいるらしいし。
ちなみに、あれらは特殊個体云々という理から外れた生き物らしいですよ? つまり、種族として定着した生き物だ。=生殖行動で増える。
ギーイ! という声が少し離れた上空から聞こえたのでそちらを見ると、真上を旋回しているのとは別の固体の姿が見えた。……うん、複数いるとか気が遠くなるわー。アハハ☆
「ウォフッ(正気に戻れ)」
現実逃避くらいさせてくれよぉ!
他の群れがいないのも納得だよ!
あんなのが自分達の巣の近くを飛び回ってたら当たり前だよ! 怖くて寝れねーよ!!
「グルルゥ(……母さん曰く、あいつらは狼は食わない)」
チャイロ曰く、かつて母さんがはぐれとして放浪していた時にこの地に来た際、上空を飛び回るあいつらに喧嘩を売ろうとした事があるらしい。かなりの声量で遠吠えしたり、吠え掛かったりしてみたのだが、連中は一切母さんに目もくれずに農場の牛を襲いに行ったのだそうだ。
何日か此処に居座って挑発もしてみたのだが、やはり完全スルーだったらしい。母さん何やってんの。
けどまぁ……それなら狼であるチャイロ達も安全かもしれないな。……で、
「ミ?(猫は?)」
「「…………」」
何か言ってよぉぉぉおおお!? 目を逸らさないでぇぇぇえええ!?
「……ワウ(たぶん大丈夫だろ)」
「ミギャッ! ニャッ!?(『たぶん』っつった! それに根拠は!?)」
「ワフ(肉が少ない)」
「…………」
あぁ、肉。うん、肉ね……。や、まぁ……納得は出来るけど、心情としては複雑っすね……。
俺の想像のドラゴン的大きさだと、俺を食べても豆を1粒食べたくらいなもんだろうね、うん。腹の足しにもならないものを、わざわざ狙う理由も無いという事だ。それなら安心……なのか?
いやいや、食べる目的じゃなくても面白半分に狩り殺すとかいうパターンも……でも、それなら散々挑発しまくった母さんが狙われててもおかしくは無い……?
うー……! 何か頭ぐるぐるしてきたぁ……!!
チャイロ達の説明を聞くに、この上を飛び回っているドラゴン(仮)はここから離れた場所にある農場を餌場にしているようだった。人間達にとっては大損害だろうけど、俺達にとっては助かるな。そこがあるおかげで狙われずに済むというのであれば。
ちなみに、他の候補地は獲物の数が微妙だったり、既に住み着いている群れのメスが妊娠中だったりで候補から外したとの事。そして最後に残ったのがこの場所だ。
場所は良いんだ。獲物も多そう。
だけど……上空のあれらがなぁ……。やはり不安要素の残るこの場所だが、他の場所を探そうと思うと当ても無く彷徨うしか無いんだよなぁ……。んむー……?
「ワウ?(とりあえず、ほりゅー?)」
んー、まぁハイイロの言う通りかもな。
巣立ちするにしても、今すぐと言う訳じゃないし。少なくとも、春になるまでは母さん達と過ごすのは確定しているから、その間に予定を変えるという手段もあるしね。
「ニャ(んじゃ、保留で)」
「グゥ(だな)」
「ワフ(んじゃ、そろそろ戻るか)」
「グルゥ(……黒いの、乗れ)」
とりあえず、縄張り候補地の件は保留にして一度巣に戻る事になった。
それが決まってすぐにチャイロが身を屈める。せっかくのチャイロの好意だ。大人しくよじよじとよじ登る。……正直な事を言うと、チャイロの毛並みはサラツヤすぎて微妙に捕まり難いのだけど……乗せて貰ってる俺が文句言える筈も無いやね。
俺的にはハイシロの方が乗りやすいんだけどにゃー。ハイイロ? 問題外です。
走る振動でつるっと滑り落ちそうになりながらも、走るチャイロに必死に捕まって巣へと戻ります。チャイロの体に爪を立てる訳にはいかないから、何気にわりと必死ですよ。
時々、上空を仰ぎ見てドラゴン(仮)が追いかけて来ない事を確認する。まぁ、そんな事をしてるから余計に落ちそうになるんだけどね。でも、不安はどうしても拭いきれないのですよ……。
だが、高い空の上を旋回しているドラゴン(仮)は、俺達を追って来る事も無くそのままだ。
あばよ!!
***
「ウォォ――――ン!!(勝ったぞ――――!!)」
「グルゥ……(やれやれ、まいったねぇ……)」
巣に戻った俺達を待っていたのは、勝ち鬨を上げるハグレ狼と、その足元でどこか満足そうに尻尾を揺らす母さんの姿だった。
え? え??
どういう事!?
「キャフ(おかえり)」
「ワウ(良い場所はあったか?)」
ただいまハイクロ! それとハンキバ、そっちは保留中な!
そんな事より、この状況は何!? 全く分からないんですけど!?
「キュン(母さんが負けたの)」
「ミ……!?(そんな……!?)」
母さんが……あの母さんが負けた、だと!?
あの腐れハグレ狼は化け物か!? いや、化け物なんて生温い!! 魔王の母さんを倒すくらいだから、奴は邪神の化身か!!
ぎにゃぎにゃ、みぎゃみぎゃ錯乱する俺の背後に迫る影。
……さて、この後に起こる事は……まぁ、大体お分かりですよね? 自覚してんなら自重しろ? 意識して自重出来るなら……ね?
「ミュ?(えへ?)」
「…………」
無言はやめてぇぇぇぇぇ!?
本格的に巣立ちの準備が始まりました。
新しいお家は、上の階にワイバーンさんが居住中。寛げない……でも、たぶんすぐに慣れます。
当家のワイバーンさんは火を吹きます。なおかつ毒持ち。勝てない。
……何故、異世界転生ものの主人公ってシレッとトカゲやら、ゲテモノやらをむしゃむしゃ出来るんでしょうね? 虫系は躊躇う主人公も多いけど。
某鉄腕D○SHでイグアナをむしゃむしゃしてたアイドル()ェ……あなた方なら、異世界でも普通に暮らせそうだ、とか思ったのは本音。




