思いもよらない事を聞いた記憶
カバディカバディカバディカバディカバディカバディ……!
舌噛みそう。
ハグレ狼を警戒しながらカバディる母さん、母さんを警戒しながらカバディりつつハイイロをガン見するハグレ狼、そんなハグレ狼とハイイロを見比べながら困惑する俺達、母さんに言われるままに逃げようとしたが俺達が逃げないので首を傾げているハイイロ。これなんてカオス。
母さんが抑えてくれている内に逃げるべきとは思うのだけど、俺もチャイロ達が止まってしまっているから逃げるタイミングを逃してしまっている。というか、俺がチャイロから降りて逃げれば良いだけの事なんだけど。
そうこうしている内にもハグレ狼がカバディりながらこちらへ近付こうとする。もちろん、それから防衛する母さんもカバディりながらだから、一進一退のカバディ攻防戦だ。カバディ、カバディ言っているのは俺だけなんだけど。それも脳内で。なんだかカバディがゲシュタルト崩壊しそう。
相変わらずハグレ狼の視線はハイイロに釘付けで、目の前の母さんなんて視界にも入っていないようだった。もちろん、それを母さんが気付かない筈も無く、盛大に黒いオーラを撒き散らしながらハグレ狼を威嚇している。そしてその黒いオーラに、盛大にハンキバがビビッている。
フッ……未熟者め……! 俺のような母さんの威圧のベテランともなれば、この通り動揺なんてカケラも「ガウ(足震えてんぞ)」だまらっしゃい!
「グルルル……!(あたしの子らに手出しはさせないよ……!)」
「ワゥ?(子?)」
ここで初めてハグレ狼が母さんに視線を向けた。どこかキョトンとした目で、こちらと母さんを見比べている。『こちら』というよりも『ハイイロ』を、だけど。
ゆるゆるとこっちを見て、母さんを見て、もう1度グリンッ! と首を勢い良く回しながらハイイロを凝視して——これぞ華麗なる二度見である——カパッと口を開けた。おおぅ、間抜け面。
何故そんなにもハイイロを気にしているのかと不思議だったが、次に発したハグレ狼の言葉でその謎が解けた。
「ギャウン!?(あいつの隠し子ぉ!?)」
嘘です。謎は解けなかった。
むしろ、逆に謎が増えました。隠し子って何の事ですか。ぇ、どういうこと??
そいつの発言の直後、母さんの怒る気配におどろおどろしいものが追加されました。どういう気配かというと……「あ、あいつ死んだな……」と言いたくなるような気配です。分かんない? 察して。
そして次の瞬間、母さんが動いた。
驚愕の表情で固まるハグレ狼に一瞬で近寄ると、渾身の頭突き! 続けて足払いを掛けたかと思ったら、よろめいた隙を狙って馬のような勢いのある後ろ蹴り……! 吹っ飛ぶハグレ狼に近寄ると、踏む、踏む、踏む! あらぬところを目掛けて渾身の連撃……!!
見ていた俺の尻がキュッてなった。チャイロ達はみんな一斉にヒュンッと神速で尻尾が収納された。唯一、ハイクロだけが尻尾を左右に振りながらキラキラした目で母さんを見ていた。恐ロシア。
なんでハイクロさん、そんなにも殺伐としてしまったん……? や、わりと昔からでしたね。初めて会った頃は可愛かったなぁ……。現実逃避? 知ってる。
みるみるズタボロになっていくハグレ狼に、初めて会った時の恐怖感は感じられない。むしろ「もうやめて! ハグレ狼のHPはもうゼロよ!!」と叫びたくなるような気分にすらなってきた。
キュンキュン、ヒュンヒュンと情けを乞うハグレ狼の鼻声が響く中、無言の母さんの制裁が続く。踏んで、蹴って、毟って、抉って、etc……。
母さんの制裁の最中、ハイクロを除く俺達は身を寄せ合って震えていた。ちなみに、この時だけはハンキバも一緒である。流石にこの状況でハンキバだけ追い出すのは猫道にもとるからな。俺はそこまで猫でなしじゃない。
狼団子の中から改めて見てみると、桁違いの体格を持つハグレ狼だ。母さんよりも余裕で大きく、ハイイロよりもさらに大きい。『クマのような大きさ』という表現が似合いそうなそいつには『規格外』という言葉こそが相応しいだろう。もの○け姫に出ていてもおかしくない。母狼じゃなくて子狼の方で。流石にあの母狼ほどは大きくない。
四肢が太く立派なそいつは、本気で戦えば母さんと良い勝負——あるいは母さんにすら勝てそう——が出来る筈なのだが、今は母さんにされるがままにズタボロにされていた。俺の恐怖心を返せ。いや、やっぱいらん。ひょっとして、俺の見立てが間違っていたのか?
俺がそんな事を考えている間に、母さんがゴスッ! と重い一撃を加えていた。心行くままに制裁を加えて満足したのか、母さんがフンッ! と鼻息を漏らしてハグレ狼から漸く離れる。最後に地面を蹴り上げて顔に砂を掛けるというおまけ付きで。容赦無ぇっすね。もはやハグレ狼からはヒンという声も上がらなくなった。
母さんはそのままズンズンとこちらに近付いて来ると、俺を問答無用でくわえ上げて歩き出した。慌てて後を追うチャイロ達。当然だが、ズタボロで倒れ伏したままのハグレ狼は置いてけぼりである。
みんな母さんに聞きたい素振りでチラチラと見ているが、母さんの雰囲気がそれを許してくれそうもない。
誰もあえて地雷を踏み抜きたくは無いから、互いに「お前聞けよ」「いや、お前が聞けよ」みたいな雰囲気で押し付けあっている。ここで「じゃあ俺が」なんて言い出す猛者はいない。ネタはネタで終わるものです。だからハイシロとハイクロ、こっち見んな。
俺は母さんから離れられないけれど、チャイロ達は自由だ。時々背後を気にしながらもコソコソッと内緒話をしている。
もっとも、俺の耳に丸聞こえの時点で母さんにも丸聞こえなのだろう。時々チラリとチャイロ達の方に視線を送る気配がする。
俺? 母さんの口に宙ぶらりんですよ。もちろん母さんの顔を見る度胸はありまてん。たぶんだけど、母さんが俺を問答無用でくわえ上げたのは、俺が余計な事を言ったりしたりしないようにという意図だろうね。まったく、俺がそんな事をするとでも思っているのか(ぷんすこ)!
「グル(黒いの)」
「ニャァウーン(大人しくしてます)」
何故、母さんには全てが筒抜けなのか……ガクブル。
猫撫で声で返事をして、ピシッと大人しく運ばれるニャンコのポーズ。
足や尻尾をだらんと垂れさせるのは、いわゆる三流よ。たとえ足は格納してても、尻尾が垂れているのは二流。一流の運ばれニャンコなら、運び手の邪魔にならぬように足と尻尾を綺麗に収納すべし! 見よ! この華麗なる運ばれっぷりを!! どやぁ……。
「キャフ(なんか、イラッとした)」
「ワゥ(落ち着け)」
ぽしょぽしょと背後からハイクロ達の声が聞こえる。俺もそろそろ自重しようか。俺は学習する漢……!
「フゥ……ウォフッ(仕方無い子達だね……。帰ったら説明するから、今はお待ち)」
「「「「「!!」」」」」
母さんが自らそんな事を言い出すとは珍しい。いつもだったら、しつこく催促するハイシロやハイイロとか俺とか、ハイイロとか俺とかハイイロに根負けして渋々といった感じなのに。あれ、俺の出演比率多くね?
……ま、まぁその辺は置いといて。母さんが話してくれるというのなら、ここは大人しく待つとしましょう。幸いにもあのハグレ狼が追いかけてくる気配は無いし。
***
「ニ゛ャ(何故いるし)」
「グル?(お?)」
巣に戻った俺達を待ち受けていたのは、先程母さんにズタボロにされて、力無く倒れていた筈のハグレ狼だった。毛並みがボロボロ、バサバサなのはそのままだが、俺達よりも早く巣に辿り着いているのはいったいどういう訳なのか。
巣に戻った俺達をキョトンとした目で出迎えたそいつは、母さんに制裁を加えられたとは思えぬほどに元気な様子だった。しぺしぺと毛繕いしながら、舌ちょろ状態でこっちを見ている。こっち見んな。
そいつを見た母さんが深く、深――く溜め息を吐いた。
ボトッと俺を落として――もちろん華麗に着地したが! 猫なので!!――母さんが語り始める。
このハグレ狼は少し前からこの縄張りギリギリのところに出没していて、母さんがその都度撃退したりしていたのだそうだ。
ハグレ狼は最初こそ母さんと本気のバトルを繰り広げたようだが、2度目の遭遇では何故か本気を出さず、それどころか妙な事を言い始めたのだそうだ。妙な事とは? と尋ねたが、その辺りははぐらかされた。話したくない事らしい。
そして、その後もチョロチョロと縄張りの縁ギリギリのところを歩き回っていたり、かと思うとワープしたと言って良いほどの突然さ加減で縄張りのど真ん中に現れたり……といった謎行動を繰り返していたらしい。
元々は何の意図でこの辺りに現れたのかと聞けば、このハグレ狼はチャイロ達の父親の友狼らしく、チャイロ達の父狼が死んだのを風の噂で知り、会いに行こうかと考えている内にその子供達の死を知った。ならば仇討ちだと勇んでいくつかの群れに殴り込みを――
「ミギャ(ちょっと待って)」
「グル?(なんだね?)」
いやいや、おかしくねぇか。
仇討ちは分かる。殴り込み……も、まぁ分かる。けど『いくつか』の群れって何ぞ。他の群れ関係無いじゃん。直接ここに来なかったのは何故?
「……キュン(……迷った)」
「「「「「ガウ?((……)はぁ?)」」」」
「……キュウン(……道に、迷った)」
思いっきり目を逸らしながらハグレ狼がのたまう。迷子……っておい。
そして道に迷った結果、自分が何処にいるか分からなくなり、さらにどの群れが自身の目的の群れか分からなくなった、と。ならば出逢う群れをとりあえず潰せば良くね? ってなんという脳筋思考。
いくつかの群れは完全にとばっちりですね。南無。
母さんは予めチャラオの群れからの言伝——コイツはチャラオの群れにも殴り込みをかけていたらしい。ちなみに、被害はチャラオのみ——を聞いていたので、俺達に知られる前にと独自に動いていたとの事だった。
まぁ、俺がコイツと出遭ってしまった事で、母さんの努力は無駄になってしまった訳なのだけど、あくまでも俺に罪は無いという事を主張したい。俺は無実です。
ここ最近、時々母さんが妙にボロっちくなっていたのは、コイツとやり合っていたからという訳だ。納得。
「グルルゥ(いやさ、良いメスがいたら口説くのは当然だろ)」
……突然何よ。ハイクロに手を出そうってんなら、呪うぞ?
「ワフ、ガウン?(いや、そっちのお嬢ちゃんじゃなくてだ。そっちにもっと良いメスがいるだろ?)」
「「「「…………」」」」
「キュ?(どこ?)」「ミャ(知らね)」
「グルルルル……(良い度胸だね、お前達……)」
びっくぅ!!(×2)
母さんのドス低い声が聞こえた。ハイイロと揃って肩をビクつかせる。尻尾が全力で暴発した。
ギギギ……と錆び付いたロボットのような動きで振り返る。仁王立ちの母さん。その目はギラついており、背後からは怒りのオーラが可視化されているように感じる。
そういえば、母さんは、メスでした。
いや、だってさぁ! 俺達にとっては母さんは『性別:母さん』みたいな感じで、オス・メスの括りなんてほぼ関係無くて! そもそも、母さんは漢気に溢れているし、メスって言うより『姐御』って感じだし、なんか任侠とかそっちの世界が似合いそうで!! いやいや、俺ってば何言っちゃってんの!? いや、その……俺が言いたいのはそんな事じゃなくて……!!
「グルゥ?(言いたい事は言えたかい?)」
妙に優しげな母さんの声が響く。
混乱するままに声に出していた俺とハイイロだが——ちなみにハイイロは『強い』『格好良い』『最強』『母さんみたいなオスになりたい』といった感じの事を必死に訴えていた……アウト(はぁと)——どちらの訴えも母さんの怒りを宥めるどころか、逆に燃え盛らせてしまう内容だった。俺もアウト(はぁと)。
涙目でプルプル震える俺達を救ったのは、諸悪の根源であるハグレ狼だった。ゲラゲラと笑いながら謎のコメントを放つ。
「グルル、ウォフッ!(あいつに良く似てるよ。そういうところ、本当にそっくりだなぁ!)」
そっくり? 何がよ?
「ワフ(そいつが)」
そいつ……ハグレ狼が鼻で指し示すのはすなわちハイイロである。だが、何に?
「グルルゥ、グル(あいつに。つまり、そいつの父親だな)」
・・・・・・ぱーどぅん? 父親? ハイイロの……という事は、チャイロ達の父親でもあるんだよな?
え、でも俺の脳内イメージと違いすぎるんだけど……。
ハグレ狼の言っている事が理解出来ずにチャイロに目をやる。
チャイロは無言で首を傾げた。
「ウォウッ(毛色もそっくりだしな)」
ハグレ狼の言っている事を俺は知らないのでハイシロに目をやる。
ハイシロは少し考えてから首を傾げた。
「ワフ(性格も)」
ハグレ狼の言っている事がカケラも分からずハイクロに目をやる。
ハイクロが凄い顔をしながら首を傾げた。ついでに、その横でハンキバも一緒になって首を傾げている。
「ウォフン(そういやぁ顔も良く似てるよなぁ)」
ハグレ狼のセリフを確認する為にハイイロに目をやる。
ハイイロは首を傾げすぎて、バランスを崩して倒れていた。何してんの。
つか、俺はみんなのとーちゃん知らんのだってば。見ても意味は無かったな。
そしてみんなの視線が母さんに集まる。
ハグレ狼の目的が迷走中。道中も迷走。
最初は特殊個体の黒いのを見つけて殺る気満々だったのに、母さんを見つけて「口説かなきゃ!」となり、ハイイロを見つけて……ガン見中。
~母さんとハグレ狼の出会い~
縄張りに迷い込んだハグレ狼を母さんが詰問する。
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ハグレ狼、母さんに一目惚れする。
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速攻で口説くが、あっさり振られる。
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ハグレ狼、母さんを諦めきれずに迷子になりながらウロウロ。
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再会。後、話し合い(物理)×複数回。
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黒いのと遭遇&母さんとの再会。
母さん的には大迷惑。




