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母さんのトラウマ(?)の記憶

 母さんの父さん(祖父ちゃん)初登場! ただし、セリフ等はありません。

「ニャーン……(海に行きたぁい……)」

「キュ?(うみ?)」

「ウニャーン……(カニとかエビ食べたぁい……)」

「フキュ? キュン?(かに? えび?)」

「ワウッ!?(それって食い物? うまいのか!?)」

「マウー(美味いよー)」


 何気無く口から漏れた俺の呟きに、ハイクロが反応する。

 直後のカニ・エビ食べたい発言には、すかさずハイイロが反応した。流石はハイイロ。さり気無くハイシロも気にしているみたいで、顔は伏せたままだが耳がピコピコと動いている。しっかり見えてますよー。

 一方、ハイクロは『海』って言葉の方が気になっているみたいだ。チャイロと顔を見合わせて「うみ?」「……うみ」と首を傾げあっている。可愛いな、お前ら。

 クリッと全員で母さんの方を見れば、少し躊躇(ためら)った様子を見せてから時間差で耳と尻尾がへたれた。


「……ワフ(……カニやエビなら川にもいるだろうよ)」

「ミャ?(そうだっけ?)」


 母さんの言葉に、そういえば川でちっさいカニやエビを見た事あるなと思い出す。今の俺のお手々と同じ位の大きさのやつ。エビはもっと小さかったけど。

 確かにアレもカニとエビには違いない。だけど、俺が食べたいのは川エビとかそういう類のやつじゃないんですよ! いや、川エビを否定する積もりはない。川エビの唐揚げ美味しいし、沢ガニの素揚げも美味しいし。……猫又になってからは食べてないけどね。

 でも、今俺が食べたいのはタラバとかズワイとか、伊勢エビとかボタンエビとか、そういう……いわば高級な御カニ様や御エビ様なんですよ! タラバはカニの仲間じゃないとか、伊勢エビが異世界に居たとしても伊勢(・・)エビって言えるのか? などという突っ込みは受け付けません。


 焼きガニ食べたぁい、カニ鍋食べたぁい、かに玉ー、お刺身ー、エビチリ、えびふりゃ()ーい! 


 だんだん興が乗ってきて、途中からリズムにも乗っていた。

 ただし、歌ってる内容は食べ物の名前だけです。サーセン。


 それを聞いてるハイイロはよだれダラダラ、ハイシロも口の端からよだれがタラーリ、ハイクロとチャイロも密かにゴッキュンとしていた。歌ってる俺は? 今、地面に(したた)り落ちたよ。何がって? 言わせんな、恥ずかしい。

 だが唯一、母さんだけは浮かない顔だ。よだれはしっかり垂れてるけど。ずびっとすすられたのが見えたんだぜ。


 俺が歌い続けているその内に、カニ・エビ食べたぁい! とハイイロも加わった。1頭と1匹がウォフウォフ、ニャーニャーと合唱(セッション)する中、深々と溜め息を吐いた母さんがボソリと呟く。


「グルルゥ……(あんなのはね、食べ物なんかじゃないんだよ……)」

「ミャ!?(食べ物だよ!?)」


 母さんの言葉にブワッ! と尻尾爆発。何を思って『食べ物じゃない』とのたまいますか、お母様。

 ……ひょっとして、何かトラウマあったりするんですか? 食中毒でもなった?

 ふと、そう思って問い掛けてみれば、やはり大きく溜め息を吐いた後に苦々しく語り始めた。


「……ワフゥ……(……あれはね、あたしがまだ若かった頃の話だよ……)」


 母さんの若かった頃……って人間で言う何歳くらいの頃なんですかねぇ? むしろ、今の母さんの年齢は人間で言うと何歳くr……イエ、ナンデモナイデスヨ?


 じっとりと据わった目で睨み付けられたのに気付いたので、即座に思考を止める。私は何も考えてイマセンヨ? えぇ、何モ。……本当デスヨ?

 人間だったなら目を逸らして口笛を吹いてるような感じの白々しさ。だが、実際に母さんを目の前にした俺は必死です。気を抜けばグシャリか、あるいはパックリか……!

 隠し切れないプルプルと震える体。止まれ、と思えども、無理です! とペタンと伏せられた耳がそこに追加された。本能で感じる危機感。これ以上はまずい。本気で言い逃れが出来なくなる……!


 ジワリと肉球から滲む汗で地面が張り付く。ドクドクと緊張と不安、そして恐怖を訴える心臓。段々と逃げ腰になる下半身。


 もう、手遅れですね、はい。恐怖って、振り切ると何も感じなくなるんだなー、と遠い目。近付く母さんの顔。あぁ、今日はパックリの方でしたか、と思っていたら首筋をくわえられて、すぐに地面に下ろされた。


 ほぁ?


 ボーッと見上げてる場合じゃなかった。


 ……おごっふぅっ!?


 直後に全身に感じる衝撃。犯人……犯狼はハイイロです。がっちりと抱え込まれました。

 カニ・エビで上がったテンションのままに、ベロンベロンと全身を舐め回される。あぁ、俺の全身によだれが塗り込まれていくぅぅぅぅ……!?



 ***



 ……なんでさ、犬ってあんなによだれ垂れ流してんだろうな。猫を見習えよ。

 狼もさ……こんなによだれが多いのは、犬の祖先だからなのかね? いや、ここまで多いのはハイイロだけか?

 耳を後ろに伏せたまま、ぺしたーんと尻尾が地面を叩く。実際の音は『ぺっちゃーん』だけど。水気が多いですね。全身ぬとぬと。このやり切れなさ、どうしてくれよう……!


「ワフ(自業自得だろう)」

「……ンニュ(……まぁ、そうなんですけどね)」


 それを認めるのは悔しいのです。だって俺は事j……いや、何でも無いです。うん、何でも無い。これ以上はいけない。さっきの二の舞になるぞ!

 キリッとした顔で『私は邪な事など考えていません』アピール。え、わざとらしい? 気のせいですよ。

 ……んで、母さんが頑なにカニ・エビを食す事を嫌がる理由は?


 ……チッ


 ちょ、今、舌打ちしませんでした……?


 滅多に聞かない母さんの舌打ちにビビリつつも、食欲に大きく傾いたハイイロの勢いは止まらない。というか、ビビッてたのは俺だけという。何故だ。母さんからお仕置きされるのはハイイロもかなり多い筈なのに……!

 そして舌打ちをしていた母さんもハイイロの食欲には勝てず、渋々だけどカニ・エビを忌避する理由を話し始めた。


――これはあたしが若かった頃の話だ。……最初に言っておくけど、今の年齢についての質問は受け付けないよ。良いね? 


「ニャゥ……(おぉっと、母さんの目力強ぇ……)」


 そうさね……あたしがお前達、あぁ、黒いのじゃなくてチャイロ達だよ。お前達と同じ位か、もう少し大きい位の頃かねぇ……。その頃はまだあたしも、あたしの両親と一緒の群れにいたんだよ。


「ミャッ!?(母さんの両親!?)」


 何か、文句でもあるのかね?

 ……黒いのだけじゃ無く、チャイロ達も何をそんなに驚いているんだね。あたしに両親がいないとでも思っていたのかい?


「ヒニャ(いえ、無いれす)」

「ワフ(……そんな事は無い)」

「ワゥー(母さんの母さんだから、きっとすごく強いんだろうなー)」


 ……さて、話を戻すよ。

 当時のあたしの家族の群れは、ここよりもずっと南、海に近い場所に住んでいたんだよ。そう、黒いのが言っていた『海』の事だよ。

 ……どんな場所かって? ふむ、説明すると少し難しいかもしれないねぇ。……そうだね、湖は知ってるだろう? あれのもっと大きなものだよ。見た目はね。

 見た目以外の大きな違いは、水を舐めるとやたら舌がビリビリと(しび)れるんだよ。それに、濡れた後は毛並みもバサバサになるしね……。そして毛並みを直そうとして体を舐めれば、また舌が痺れるんだから、こっちからしたら堪ったものじゃないよ。


 ……舌が痺れるのは海の水に含まれた『塩』が原因?

 塩ってあれだろう。黒いのが時々言ってるやつだろう? 水の事だったのかね? ……ふむ、煮詰めれば結晶化する、と。良く分からんね。毒では無いけど、摂り過ぎれば体に悪い……と。今後、機会があれば気を付けるとしよう。


 まぁ、そんな感じで海の水には閉口するけど、その代わり海に住んでいる魚は大きくて食べ甲斐もあるし、何より味が良くてねぇ……。今なら黒いのが焼いてくれるから、より一層美味しく食べられそうだよ。……これ、ハイイロ。黒いのを離しておやり。黒いのもそんなに怒るんじゃないよ。よだれぐらい何て事はないだろう?「ギニャー!?(なら、母さんが代わってよ!?)」……さて、話の続きだね。「ニ゛ャー!!(無視すんなぁ!!)」


 黒いのが食べたがっているエビやカニだけどね。……まぁ、エビはまだ良いんだよ。あれは確かに食べる価値はあるだろうね。まわりの皮は骨みたいに美味しくはないけど、中の肉はトロッとしてて甘くてねぇ……。食べようと思うと海に入らないといけないのがアレだけどね。

 ……そんな些細な事より、問題はカニの方さ。


 ……さて、お前達。この続きを本当に聞きたいかい? 後悔はしないかい?

 あたしとしてはね……コレを話す事は別に構わないんだよ。だけど、コレを話せばお前達に()トラウマを植え付けちまうんじゃないかと思ってねぇ……。

 ……そうさ。あたしだって未だにトラウマなんだ。この歳になっても……ん、んん゛っ。まぁ、何だ。まだ成長しきっていないお前達に、無駄にトラウマを植え付けるのはどうかと思うんだよ。どうしても聞きたいって言うなら、話すのも構わないが……どうするね?


「……グゥ(……おれは聞きたい)」

「キュ!?(ハイシロ!?)」

「ガゥッ!(この程度で怯んでいられるか!)」

「グルゥ(……オレも付き合う)」

「ワフッ!(おれも!)」

「ミャッ!(俺もだ!)」

「グウゥ?(お前らがおれに付き合う必要は無いんだぞ?)」

「ワウッ!(ハイシロだけなんてさせないよ!)」

「ウォフッ、グルルゥ?(……オレ達は家族だ。……1頭だけに背負わせたりしない)」

「グゥ……!(お前ら……!)」


 ……この辺りの小芝居は黒いのの影響だね、間違い無く。

 さて、結局お前達は全員『話を聞く』って事で良いんだね? 後悔はしないね? ……ならば、良いだろう。


 アレを見つけたのは、あたしの弟だった。それまでにも小さなカニは度々見つけては食べていたんだけどね。軽いおやつみたいなものだよ。あたしも、あたしの家族もみんなカニは好きだったからねぇ……。過去形なのが気になるって? それはこれから話すよ。

 けれど、弟がその時見つけたソレはあまりにも巨大で、とてもじゃないけど最初はカニには見えなかった位さ。

 滅多に無い大物って事で、みんなが集まって来たよ。

 そして巨大なカニを囲んで右往左往。食べようにも、向こうも食べられたくないから、(はさみ)を掲げて威嚇して来てるから手が出せない。

 しばらくウロウロとした後に、あたしの父親……つまり、群れのボスが痺れを切らして襲いかかったのさ。今になって考えると、軽率な行動としか思えなかいね。せめて、誰かが注意を引いている時に襲い掛かれば良かったのにさ。

 警戒している最中の獲物に正面から襲い掛かるなんて、勝ち目が確定しているのでもなければやっちゃいけない事だよ。勝ち目が確定していても、やらない方が良いんだけどね。


 それで、まぁ……何が起こったか、というと……お前達、本当に後悔しないだろうね? 引き返すなら今だよ? 

 ……よし、ならば話そう。

 巨大とは言っても、あたし達よりは小さい。それで、あたしの父親は普通の狼よりもかなり大柄だったんだよ。だから真上から噛み付こうとすれば、カニの体を自分の体が覆っちまうのさ。……ほんの少し、ほんの少しだけでも体をずらしておけば良かったんだけどね……。


「……ミャ(……まさか)」


 そう。そのまさかが起こっちまったのさ。


「……ニィ(……ごめんなさい)」


 あたしも目を疑ったよ。まさぁ、あんな事になろうとは思ってもいなかったからね。

 あぁ、チャイロも、ハイクロもそんな顔をしなくても良いんだよ。命には別状は無かったからね。……ハイシロは父親に何があったのか気になるのかい?

 ……そうだね。濁してもしょうがないだろう。


 ……父親はね、カニの鋏で力いっぱい挟まれて、悲鳴を上げていた。もちろん、あたし達だってただ見ていた訳じゃない。だけど、無理にカニを引き剥がそうとすれば父親の悲鳴が大きくなる。だから、下手に手を出す訳にも行かなくて、ね……。

 何とか隙を付いてカニを引き剥がす事は出来たけど、その時には父親は息も絶え絶えだった。転げ回って苦しむ父親に、何かしてやる事も出来ずに見ているしかなかったあたし達の気持ちが分かるかい?――


「……ニャゥ、ミy(……その、無理矢理話させてごめんなさい。俺、そんn)」「ワフッ(笑い転げそうだったよ)」


 ……はい?


 口をパカッとさせてお目々パチパチ。その反応は俺だけじゃなくて、チャイロ達も同じく。普段は冷静なチャイロの口パカとか、ちょっとレアなものが見られた。だからどう、と言う事も無いんだけど。


「ワゥ、グルルゥ(おかげで脳筋だった父親がかなり慎重になってくれたよ。あたしらにとっては良い事だったね)」

「……グゥ?(……母さん、トラウマ、って言ってなかったか?)」

「ワフン(のた打ち回ってる父親の横でモリモリとカニを食べてる母親を見ればね)」

「……ミャン(……そっちかよ)」


 俺、てっきりカニに父親が殺されかけたのかと思っちゃったよ。……どっちにしろ、異世界のカニ怖ぇ。


「ンニャ?(あれ? なら、カニの何が怖いんだ?)」

「ワフン?(あんなもん(・・・・・)挟んだやつなんて、食べたいと思うかい?)」

「……にゃー(……ちょっとびみょうっすわー)」

 トラウマなんてなかったんや……。

 

 カニに挟まれた云々は実話です。もっとも、加害者は普通サイズで、場所は潮溜まりでしたが。潮溜まりで「風呂きぶーん♪」などと余裕かましてたら挟まれたという美味しいネタから今話が出来ました。

 ちなみに、カニを取るのは手伝いません。見ーてーたーだーけー。


 母さんの性格は祖母ちゃん譲り。

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