消えた俺の記憶(思い出してはイケナイ……)
冒頭から黒いのが壊れております。ご注意下さい。
……うふふ。久しぶりにお会い出来たけど、ジャイさんもアオグロさんもお元気そうで何よりでしたわ。それに、チャラオさんも相変わらずお元気でしたし……。ご家族の事は残念でしたけれど、アルファお姉様たちがいらっしゃるから大丈夫よね?
それに、何かあったら夜お母様や、ハイクロお姉様もお力になって下さるでしょうし……もちろん、私も出来うる限り力になりますわ!! チャイロお兄様達も、お力を貸して下さいましね?
「ワフ(……お兄様)」
「ガウ(つっこみどころはそこじゃねぇよ)」
「グルゥ?(黒いのってばどうしたんだ?)」
「ガゥ……(聞いてやるな……)」
あら! ハイシロお兄様、どうかなさいましたの?
……ひょっとして、お体の具合が優れませんの? 大変! あぁ、どうしましょう……! まだお家までは距離がありますし……どこかで少し休憩をなされては如何でしょうか?
お兄様に何かあっては大変ですもの。もしよろしければ、私が治癒能力を使ってみるのは如何でしょうか? 少しは具合が良くなるかもしれませんわ。
「グルルゥ……(お前が元に戻れば良くなるよ……)」
元に……?? ハイシロお兄様ってば、何をおっしゃっていらっしゃるの? 私はいつもと変わりありませんわよ?
「ガウッ!(変わり過ぎだ!)」
まぁ! お兄様ってば、失礼な事を仰いますわね!
私の何処がおかしいと仰るの!? 何処から見ても立派な『淑女』ですわよ!!
「ガウゥッ! グルゥ……(そこがおかしいってんだよ! 母さん、何とかしてくれよ……)」
「……グルゥ?(……どうしてこうなったんだろうねぇ?)」
夜お母様もどうかなさいまして? 頭が痛いんですの?
ハイクロお姉様まで、どうしてそんな目で私を見ておりますの? ……私、やっぱりどこかおかしいのでしょうか……?
お兄様やお姉様の視線がどうしても気に掛かり、クルリとその場で回ってみるけれど何処もおかしいところはありませんでした。
尻尾もちゃんと2本生えてますし、どこか毛がまだらになっているという事もありませんし……ひょっとして爪かしら? と思って、ほんの少しだけ爪を出してみましたが、特に伸びすぎていると言う事もありませんでした。淑女たるもの、爪にも気を遣わなくてはいけません。
ひょっとしたら、どこか毛並みが乱れているのかも? とも考えましたが、こんな場所に鏡なんてものはありません。せめて水場があれば確かめられるのに……と考えると、自然に俯いてしまうのを自分でも止められません。もしも私の懸念通りなのであれば、淑女失格ですわ……。
「キュン……(母さん、黒いのが気持ち悪い……)」
「グゥ(あたしもだよ)」
気持ち悪い……。お姉様にそんな事を言わせてしまうなんて、私、自分が恥ずかしいですわ……!
ジワリと滲んできた涙で地面が歪んで見えなくなってしまいました。
必死に涙を堪えようとしても、まるで自分の体では無いかのように自由が利かず、ポタポタと零れ落ちる涙が情けなくて、恥ずかしくて……。せめて、声だけでも抑えなければと、込み上げてくる嗚咽を堪えるしかありませんでした。
……私は、いつからこのように弱くなったのでしょうか。夜お母様や、ハイクロお姉様のような立派な淑女になりたい、と常々努力して参りましたのに……。
こんな有様では、お母様達から呆れられてしまうかもしれないという思いが頭の中を掠めると、ますます私の体は自由を失っていきました。
俯いたまま顔を上げる事も出来ず、かと言って足を前に進める事も出来ず、否応無しに増していく不安にピクリとも動けないまま、その場で立ち尽くすしかありませんでした。
「ワフ!(……どうであっても、黒いのは黒いのだろう!)」
「……っ!」
お兄様……っ!
チャイロお兄様の一言で、氷のように固まっていた私の体は瞬時に溶け出し、チャイロお兄様の元へと駆け出s
「グル(そこまで)」
「ゲフッ!?」
……あぁ、意識が……! お兄、さ……ま……
……パタリ
「ウォ――――ン!(……黒いのぉ――――!)」
「……ガフ(……何だ、この茶番)」
「キュン(あたしを見ないで)」
「ワゥ?(もう終わり?)」
「ガウッ!(知らないわよ!)」
***
……ぅ。
……うぐ、何か頭が痛い……。っつーか、何だか体も痛いんだが。
浮上して来た意識に気を向けようとすると、途端に押し寄せる頭痛。そして体の痛み。この感覚には覚えがあった。かつて母さんに吹き飛ばされた時の痛み。それと非情に酷似している。
直前の出来事を思い出してみれば、ふと浮かんだのは俺がハイクロに放った言葉。ソレが母さんとハイクロを激怒させたのだと思い出した。
……だが、それにしては何かがおかしい。俺は、自身の記憶にうっすらと違和感を感じていた。
俺が意識を失っている間に何かがあった。それは間違い無い。
何かがあった、というよりも……ナニかが無かったと錯覚させられていたような……。
だが、思い出せない。むしろ思い出してはいけないと必死に訴えている本能。この感覚にも覚えがある。
そう、それは……俺の黒歴史のページを開く事になる、あの日の記憶……。
「ニャッ!?(ハッ!?)」
「ワフ(起きたかね)」
「ミ?(母さん?)」
俺が意識を取り戻したのは、既に日も暮れ始めていた頃だった。気を失う前はまだ日は高い位置にあった筈なので、かなりの長い時間意識を失っていた事になる。
見上げれば母さんとハイクロが俺を心配そうに覗き込んでいた。体はいつものようにチャイロにがっちりと抱えられていたが。母さん達の奥にはウサギに食らい付くハイイロとハイシロの姿が見える。
……って。
「ニ゛ゃ――!(ずるーい!)」
「グル?(あ゛?)」
「ウフッ(黒いの、おはよー)」
おう、ハイイロおはよう。っつかおそよう。
いや! 今はそんな事よりも何で2頭だけウサギ食ってんの!? ずるい! 俺もお腹すいた!!
そう訴えればタイミング良く鳴り出す腹。猫の体に見合わぬ大音量を響かせると、母さんとハイクロから溜め息が漏れた。
うぐ、と思わず怯むけど、腹が鳴るのは生理現象故に仕方無い。俺は生きてるんだもの! と思い直してフンス! と力強い鼻息を1つ。
直後に、やはりここは少し下手に出た方が良かっただろうか、先にやらかしたのはこっちだし……と後悔が顔を覗かせる。ヘニャ、と尻尾も折れる。
「グルゥ?(黒いの、どこかおかしい所は無いかね?)」
「ミ?(おかしいとこ?)」
母さんの言葉にクルリと回ってみるけど、特におかしなところは見当たらない。尻尾もちゃんと2本とも揃っているし、毛がまだらに禿げ散らかしているという事も無い。シャキンッ! と爪を出してみるけど、程よく伸びた爪は割れているという事も無い。
他に思い付くのは、チャイロに抱きかかえられていたせいで毛並みが少し乱れている位かな? まぁ、此処に鏡なんて気の利いた物は無いし、水場も近くに無いから確認する訳にもいかない。ちょっと位ボサッとしてても死にゃあしないし! と尻尾を振り振り。
「……ワフン(……基本的な行動は同じなんだね)」
ガックリと肩を落とした母さんに、何の事か尋ねたがはぐらかされた。ハイクロにも聞いてみたが母さんと同じく。チャイロは少し話したそうにしていたけど、母さんの視線で制されて口を噤む。ハイシロはと言えば、深い、深――い溜め息を吐いて何も語ってはくれず。
ハイイロ……にも、一応聞いてみるか。母さんも止めないし。ハイイロへの信頼が痛い。
「ウォウッ!(黒いのが面白かった!)」
……参考にならない。俺が面白かったってどういう事?
コテリと首を傾げるが、母さん達からはやはり何も聞きだす事が出来ず、話しを逸らすかのように「さぁお食べ」と差し出されたウサギに喜んで食い付く俺でした。
ウサギうまー! ちょろい? この空腹を何とかした後でなら話を聞くよ。
モッチャモッチャ、とウサギうまうま。骨の髄や軟骨もうまうま。
結局、今日はこのまま此処で休む事にしたらしい。帰る途中だから急いで食べなければ、と思っていたけど、ならば遠慮無くウサギに集中出来る。
内臓は誰かにあげる、と言えば喜んでハイシロが引き受けてくれた。出遅れたハイイロが悲しそうな顔をしていたので、頭は硬いからいらなーい、と宙に放り投げる。すぐさまハイイロが食い付いてそのままバリボリと噛み砕く。流石のアゴの力。
小骨ならともかく大きな骨は俺には辛いので、自分で噛み砕けそうなものは確保して、太いのはポイポイ。時折ハイクロに奪われているけど、概ねハイイロの腹に収まった。ジッ、と俺を見ていたチャイロの目力に根負けして、手元に確保していた小骨を1本渡す。尻尾がご機嫌に揺れ始めたので合っていたらしい。
ゲフッ、と満腹になるまで食べたけど、どうしても食べきれずに残る肉。俺と同じ位の大きさだからね。頑張ったけど4分の1も食べ切れていないだろう。それでも俺的には結構頑張った方。残ったお肉はみんなで分け合って貰います。
いやぁ、ウサギ肉って甘いから好きなんだよな。
久しぶりに食べたクマ肉も美味かったけど、個人的……個猫的にはやっぱりウサギが一番だと思う。次がネズミ、鹿、そして鳥。ネズミはね、骨がポリポリしてて美味いのよ。しっかり目のおやつ感覚です。ドーナツ的な?
鳥はねー、骨がねー……。歯ごたえは良いんだけど、ちゃんと噛まないと腹の中で刺さるから。猫の歯だとしっかり噛み砕き難いのよねー。
テチテチと毛皮に付いた血を舐め取って綺麗にしていると、母さんが時折様子を窺っている事に気付いた。コテリと首を傾げると安心したような雰囲気を醸し出していた。なんぞね。
何だかさっきから母さん達の俺への態度が微妙な気がする。聞いても答えてはくれないんだけどね。こう、胸に何かが詰まってるかのような違和感。
……あっ、そうか!
シャクシャク
多分、腹の中に毛が溜まってるんだろうな!
……いや、冗談ですよ? 流石にそこまでおバカじゃないですよ? なら、何で草をまだ食べてるのかって? んなもん、最近毛玉を吐いていない事を思い出したからに決まってるじゃないですか、やだー。
や、その、毛玉を吐く事は大事なんですよ? 今までにも見えないところでケロケロしてたんですよ?
俺の毛は短毛だから、自分の毛繕いだけしてるならそれ程毛玉を吐かない筈なんだけどね。チャイロ達の毛繕いもやるから、どうしても毛が溜まっちゃうんですよ。今回はジャイ達の事も毛繕いしたから、いつも以上に溜まっている筈。
シャクシャク
「グルゥ?(黒いの、ひょっとして足りなかったのか?)」
俺が草をシャクシャクしてるのを見たハイシロが俺に聞いてくるけど、その顔はとても気まずそうだ。何故なら、俺が食べ残したウサギの肉は既にカケラも残っていないから。全部綺麗にみんなのお腹の中だ。骨すらも残さずハイイロのお腹の中であった。辛うじて残ってるのは血で染まった毛皮くらい。
いや、いらんよ? お腹空いてる訳じゃないし、単に毛玉対策です。ハイシロも、俺が時々ケロケロしてるのは知ってるじゃろ?
「……ワフン(……あぁ、あれか)」
「ンニャ、ニャーン(猫の習性だから仕方無いんだよね。毛玉が溜まると具合悪くなっちゃうし)」
「ワウ?(足りなかった訳じゃないんだな?)」
「ミャ(無いよー)」
俺がそう言うと、安心したようにハイシロが息を漏らす。
もう何も残ってないもんね。ちゃんとお腹一杯になってるから安心してよ。そう言えば、今度は違う種類の溜め息を吐きつつ、ギュムッと踏み潰された。解せぬ。
恨みの念を込めて見上げるとソッと足がずらされたので、何となくそのまましがみ付く。ズルーッとな。
そのまま地面を引き摺られる俺を見てハイイロが楽しそうだ。うむ、何よりです。俺は時として身を呈して笑いを取る事もあるのです。
ヒャッハー! これ、たーのしーい!
「ワフッ!(ハイシロ、おれも!)」
「ガウッ!(出来るかっ!)」
体格差を考えようず。ハイシロよりもハイイロの方が大きいんだぜ?
ハイイロはぐぬぬ、と悔しそうに俺を見た後、期待を込めて母さんの方を見るが勢い良く顔を逸らされていた。お断りだそうです。無理も無いね。
「ガウゥッ!(そもそも、黒いのが余計な事をしなければ良いんだろ!)」
てへぺろ。無性にやりたくなっちゃったんだもん。
可愛い子ぶったらハイシロに睨まれた。ちょっと反省。こうやってその場のノリでやってしまった結果が、前世のツ○ッター炎上ですね。アイスケースに入り込むとか、何がしたかったのか……と前世でニュースを見ながら思ってたけど、今の自分の行動を顧みるに何も考えずにその場のノリだったんだろうなぁ。
笑いを取れるかもー、と軽く考えた結果、後になってめっちゃ痛い目を見るやつですよね。ハイシロの目がめっちゃ冷たいです。ハイイロの笑いは取れたけど、ハイシロの目がめっちゃ冷たいです。
「……フニャ(……ごめんなしゃい)」
前半のお嬢様風口調は適当です。本当にこんな話し方してる人見た事無いです。適当です(2回目)
ちなみに、壊れている間の黒いのの歩き方は内股です。しゃなりしゃなり、と。
壊れた原因は母さん8割・ハイクロ2割。大元の原因という意味では黒いの10割。
後半の黒いのに前半部分の記憶はありません。今後も思い出すことは無いでしょう。母さん達に何をされたかはやっぱり謎。
そしてあっさりと食い物に釣られる黒いのちょろい。……あれ? ちょっとハイイロ化してやおるまいかね?? たぶん、まだ微妙に壊れ気味なんですよ。たぶん(2回目)。




