猫又番外編:ハイイロの記憶
本日2話目の投稿です。閑話:家族編ラスト。
満を持して……も無いかもですが、ハイイロ登場!
お馬鹿なだけの子じゃ、無いのよ?
ねぇ、みんな……おねがいだからわらって?
みんな、アレからずっとかなしそうなんだ。おれは、みんながかなしいかおをしてると、すごく、かなしくなるんだ。すごく、くるしいんだ……。
だから……わらって? ねぇ……。
……ウォォ――――ン
眠っていた体がガバリと勢い良く跳ね起きる。ドクドクと忙しなく鳴り響く鼓動。
ハァハァ、と舌を出したまま息を荒げる1頭の狼。
キョロリ、と周囲を見渡して、すぐ傍で寝ている兄弟達の姿にホッと息を吐き、耳と尾を垂れさせる。
「……ふきゅう?(……はいいろ?)」
あ、ハイクロ。……ごめん、起こしちゃった?
ムニムニと目をしょぼつかせながら心配そうに飛び起きた狼を見るハイクロ。
視線の先にいる狼の毛は、その名の通り灰色をしていた。闇の中では薄っすらと白い。
もしかして、他のみんなも起こしちゃったりしてないよね?
あ、ちがう。それよりも、まずは大丈夫だって言わないと……。
「……キュン(……変なユメ、見ちゃった)」
「クゥ?(どんなの?)」
「……ワゥ?(……お肉に、にげられるユメ?)」
「ワフゥ……(明日つかまえれば良いわよ……)」
「ワフ、クォウ(そう、だね。そうするー)」
「きゅぅ……(おやすみー……)」
……うん、お休み。
ハイクロがパタリ、と尻尾を1振りして目を閉じる。再び眠ったハイクロに安心するハイイロ。
……何とかごまかせたかな。
他のみんなの様子も見てみるけど、ハイシロもチャイロも良くねているみたい。
黒いのがいないと思ったけど、チャイロにガッチリと抱えられてねてた。黒いのがちょっとうなされてるみたいだけど、チャイロがいれば大丈夫だよね。多分。……うん、多分?
……? ん、あれ?
そういえば、母さんがいない?
「……ワゥ?(……母さん?)」
キョロキョロとハイイロが辺りを見回しても、母親の姿は洞穴の中には無い。
外にいるのかな、と呟くと眠る兄弟を起こさないようにソッと洞穴の外に出る。入り口のところで少し見回せば……居た。
おれ達が、昔住んでいた方をジッと見ているけど……何だか、すごく悲しそう?
「キュ?(母さん?)」
「グルゥ? ……ワフゥ(ハイイロ? 起きちまったのかい? ……仕方無いねぇ)」
ハイイロが声を掛けると、母狼はすぐに気付いて近付いて来た。そのままベロリと顔を舐められる。
母さんに顔をなめてもらうのは好きだ。シッポがブンブンする。もっと、なめて欲しいな。
頭を低くして母狼の体に首をすり付ける。頭の後ろをベロリ、ベロリとなめられる事に尻尾が大きく揺れる。
……けど、ちょっとちがう。そこじゃなくて……もうちょっとこっちの方。
グイッ、と顔を上げて『顔の方をなめて』と催促。それに応え、ベロベロと舐める母狼。ハイイロの尻尾がさらに激しく動く。
母さんのにおい。安心する。
「グルルゥ(やれやれ、今日は随分甘えっ子だねぇ)」
んー。そんな事ないと思うけどな。
でも、母さんが何だか悲しそうだから。おれは、みんなが悲しそうなのや、いたそうなの、苦しそうなのはイヤなんだ。
だからすぐに、元気出してって言いたくなる。でも、元気が出ないのに元気出してって言われるのはすごく苦しいから。その代わりに、少しでも笑ってくれれば良いなって、そう思うんだ。
ジッと母狼を見ながらもう1度スリスリ。
多分、母さんはおれが今どう考えてるかを知ってると思う。
おれはチャイロや黒いのみたいに頭が良くないから、どうしたら上手くかりが出来るかとかは考えられない。それに、よく作戦とかわすれちゃって、ハイクロやハイシロにおこられる。
だって覚えるの苦手なんだもん……。エモノが目の前にいると、すぐに頭の中がワ――! ってなっちゃうし。
それと、ハイシロみたいにスパッ! って決めるのも苦手。よく、トンカンチン……? だっけ? な事言ってあきれられちゃったりも多い。おれからすると、何でそんなにスパッて決められるの? って聞きたいんだけど。
ハイクロは色々とヨウリョウが良いんだって。多分、おれ達の中で1番母さんににているのがハイクロだと思う。
多分、『ツガイ』になりたがるオスは多いんだろうなぁ。母さんはカッコいいから、ハイクロも大きくなったらカッコ良くなるよね、きっと。けど、変なやつにはわたさない……! 例えば、チャラオだけは絶対にイヤだ!!
フンス! と鼻息を荒げる。が、すぐにその視線が俯いた。
だけど、おれに出来る事なんてほとんど無い。
一応はおれもがんばるってみるんだけどね? ホラ……わりとトンカンテンになっちゃうから。あれ? 何かちがう気がする。トンテンカン? ……ま、いっか。そんな感じ。
ションボリ、とした雰囲気がすぐにキリッとしたものに切り替わる。
おれの『ねがい』はみんなに少しでも笑っててもらえるようにしたい。
最初はみんなが落ち込んでるのがイヤで、わざと何もない所で転んでみたり、みんながわらうような事を言ってみたり、やってみたりしてたんだけど……だ何か今じゃソレがふつうになっちゃった。良く転ぶし、ぶつかるし。『注意力まんまん』って黒いのやハイシロから、笑いながら良く言われる。でも、それでも良いんだ。それで、みんなが笑ってくれるなら。
おれ達は、みんなすごくツライ事があったから。ちゃんと笑えるようになるのに、時間がかかった。
その間はずっと悲しそうで、いたそうで……見てるのがつらかった。もちろん、ソレはおれも悲しかったけど、それ以上にみんなが悲しそうなのが悲しかった。
おれ達の弟と妹がアイツらに殺された後は、みんな母さんのおっぱいもなかなか飲もうとしなかった。誰も動こうとしないから、おれが真っ先に飲み始めれば……って考えてやってみたら、それにつられてみんなも飲んでくれたから良かった。
そんな事を何回か繰り返してたら、ご飯見たら真っ先に食いついちゃうクセが付いちゃったんだけどね。ま、仕方ないよねー。ご飯、毎日美味しいもん。
黒いのから『食いしん坊』って良く言われるけど、その通りだもん。いっぱい食べれば、いっぱい大きくなれるから良いじゃん! 時々、食べすぎっておこられるけど。
そこまで考えるとコテリ、と首を傾げた。そのまま少し考え込む。
あれ、何の話だっけ? あ、そうだった。
黒いのも最初はそうだった。
母さんがひろって来たばかりの黒いのはすっごくピリピリしてて、それにつられてみんなも少しピリピリしてた。母さんがひろって来たって言っても、とつぜん知らないにおいが増えたらケイカイするもん。
あの時は、黒いのが家族になる少し前にすごく悲しい事があって、やっとみんな少し元気になってきたところだったから。それなのに、また苦しかったり悲しかったりするのはイヤだったから。
自分以外が全員『敵』に見えてるような黒いのがすごく悲しかったから。
おれ達はこわくないよーって、知ってほしくて。でもどうしたら良いか、その時は全然分からなかった。笑って欲しいのに、その方法が分からなくて、頭がグルグルしてたらおれも苦しくなっちゃったから、いっその事思いっきり体ごとグルグルしてたらすごく楽しくなった。途中から目の前のフワフワをつかまえるのに必死になってたけど。ちなみに、後からソレは自分の尻尾だったという事を知った。
今でも時々尻尾追いかけて回ってるのはナイショ。だって、楽しいんだもん。
あれ? 何かまたずれてる?? んー、まぁ良いや! とにかく、おれはみんなが「いたい」のや「苦しい」のはイヤなの!!
フンス! フンス!! と鼻息フンフン。ついでに尻尾もブンブン。
その後、心配そうに母狼の顔を覗き込む。
「ワゥー(母さん、どこかいたい?)」
「……ウォフゥ(……案外、ハイイロが一番鋭いかもしれないねぇ)」
「ガウ!(エモノの首だってかみくだけるよ!)」
「グルル(そうじゃないよ)」
ちがうのか。
キョトン、とした顔。鋭いは牙の事じゃない。
「グルゥ(鋭いけど抜けてるねぇ)」
母狼の言葉に、舌で口の中を確認するがどこの歯も抜けていない。爪も見てみるが、全部きれいに揃っている。クルリ、とその場で回ってみたが、どこもかしこもフサフサである。黒いの風に言うなら『モフモフ』。
……とりあえず調べてみたけど、どこも抜けてないよ?
首を傾げて母狼を見る。目が合うと、またもシッポがブンブンと動く。
母狼の目は優しい。
「ワフ?(母さん?)」
「……グルルゥ(……少し、思い出してただけさ)」
……思い出してた。それは、おれ達の『弟』と『妹』の事?
母さんが見ていた方向から考えるとそれしか思いつかない。まさか、アイツらなんかを母さんが気にするはずも無いし。
……そういえば、ジャイ達元気かな。そろそろアイツらの事、『かれた』かな?
まだならおれも手伝いたいなぁ。そうすれば気分もスッキリするだろうし。今ならおれも、アイツらをかみ殺す事位なら出来るかもしれないし。
グルルルル……
かつての群れの一員の事を考えると、ハイイロの鼻筋に皺が寄っていた。自然と唸り声も漏れる。機嫌の良い時のソレでは無く、むしろ正反対の、殺意が篭っているものだった。
「ワフ(これ、おやめ)」
「キュゥ(ごめんなさい)」
むぅ、勝手にうなり声出てたみたい。母さんに注意されて初めて気付いたんだけど。
だけど、母さんがさっき考えてたのが……ひょっとして、アイツらに関係があったりするのかなって考えたら……。
グルルルル……
再び唸り声。
「ガウ(だから、おやめって)」
「……グゥ(……はぁい)」
「ワフゥ(気持ちは分かるけどね)」
なら、止めないで欲しいなぁ。ダメ?
コテッ? と首を傾げて、母狼の目を見つめながら視線で尋ねる。あざとい。
母狼とはバッチリ目が合っているが、今度はハイイロの尻尾は動かない。じぃっと見たまま、無言の時が流れる。
「グル(だめ)」
「キュン……(はぁい……)」
「ワフ(まぁ、心配はいらないよ)」
ほぁ?
言われた意味が分からなくて母狼を見上げると、ツンと鼻先で口を閉じられた。口がパカッて開いてたが、無意識だったらしい。
母狼に口を閉じられたハイイロだが、何やら口の中をモゴモゴさせている。しばらくモゴモゴさせると、その内にシャクリと口から音が響く。どうやら口を開けた時に虫が飛び込んでいたようだ。運が良いのか、悪いのか。シャクリ、シャクリと口を動かす内に尻尾が揺れる。
虫、うまー。
シャクシャクとご機嫌で咀嚼するハイイロを見て母狼が溜め息1つ。
それを聞き付け、またも首を傾げる。口からシャクシャクと音を響かせながら。ゴクリ、と喉が動き、最後にペロリと口の周りを舐めるハイイロ。
「グゥ、ワウ(さっきも言っただろう。心配はいらないよ)」
「ワゥゥ?(何が心配いらないの?)」
不機嫌そうに尋ねるハイイロ。
だが、その心の底では既に推測が出来ている。飛び起きる直前に聞こえた遠吠え。その内容から推測される出来事。
『ウォォ――――ン(狩りは成ったぞ)』
それは、つい先日まで滞在していた群れのボス、チャラオの声だった。別れ際に聞いた群れの移動の事、その移動予定地。そして、遠吠えで聞こえた『狩りは成った』という言葉。
それらから推測される事は……。
「グルゥ……(今さら、あたしの子らは生き返らないけどね……)」
「……キュゥ(……母さん)」
「ウォフッ(まぁ、今後は心配いらないよ)」
やっぱり、そうだ。多分、アイツらは死んだかしたんだろう。
チャラオも、自分のむれを大事にしてるから……アイツらみたいなのが近くにいる事をゆるさないはず。
……本音では、おれがアイツらを殺したかったけど。かみくだいて、引きさいて、苦しませて、その後で殺してやりたかった。母さんの言う通り、おれ達の弟と妹が生き返る事は無いけど。
母狼はグッ、と瞑目し、再び目を開けるとハイイロの目を見ながらハッキリと「もう安心だ」と告げる。
まず間違い無く、かつての群れの一員がチャラオ達に『狩られた』のだろう。今の時点で生死は明らかになっていないが、出来れば死んでいて欲しいと願う。死んでいろと考える。死んで居なければ、自分が殺しに行ってやる、とも。
ハイイロの尻尾が不機嫌そうに揺れるのを見て、母狼がグルグルと喉奥で唸り、ムーッと口を尖らせている愛しい息子に話し掛ける。
「ワフ(ハイイロ)」
「キュ?(ん? 何?)」
「グルゥ(優しい子だね、お前は)」
キョトン、と不思議そうな顔。そのすぐ後にピン! と耳と尻尾が勢い良く立ち上がり、次いで両方が折れると、前足で顔を隠そうと必死だ。
ウー、ウーと漏れる唸り声。今度の唸り声には、困惑と照れの感情が多大に含まれていた。
……おれ、やさしくないもん……。アイツらの事、殺したいって考えてるもん!
急にそんな事言われても、何て返して良いのか分かんないよぅ……。
「ワフ(ハイイロ)」
「……キュ?(……何?)」
再びの呼び掛け。前足から目を覗かせ、上目遣いで見上げた母狼の顔は優しい。
「グルルゥ(これからも、楽しい事が沢山あるからね)」
「…………」
「グルゥ?(とりあえず、明日はまず狩りから始めないとねぇ?)」
「……ワフー(……大物、とりたい)」
「ワフ、ウォフッ(もちろんだよ。黒いのも連れ出さないとねぇ)」
パタパタ、と尻尾を振り振り。その姿に、さっきまでの不機嫌そうな様子や不安そうな様子は欠片も見られない。
目がキラキラと輝き、早くも明日の事に思い馳せているようだ。
かり! 明日は黒いのもいっしょ!! 大物をとって、みんなで食べるんだ!
黒いのはずっと、えっと……『ヒキゴモリ』だっけ? だったから、体がなまってないと良いなぁ。
それにしても楽しみだ!!
早く、明日にならないかなぁ。明日もまた、みんなでいっぱい笑えるよね!
閑話:家族シリーズの締めはハイイロでお送りしました。今回はわりとシリアスです。時系列は劇的ビフォー○フターの辺り。
元気っ子を演じてたら、いつの間にかそれが素になっちゃった子。
こっそり腹黒いところもあるとか美味しい。けど、腹黒いところはみんなには内緒です。
ちなみに、普段の言動はもはや『素』。
色々と言い間違えるのも『素』。最初はちゃんと直そうと考えてたけど、「仕方無いなぁ」みたいな感じで笑ってくれるので、直さなくても良いや! と吹っ切っちゃいました。ちょっと待て。
おかげで覚えるのと考えるのが苦手。代わりに直感で動く事多し。
さり気に子狼の中で本質的に1番鋭いのはハイイロだと思ってます。
普段はバ可愛い子ですけど! バ可愛いですけど!! 大事な事なので2回言いました。さて、次回からは閑話をどうしようか。




