別れと道草の記憶
別れのご挨拶&爆弾ぶっこみ。
母さんに抱いた疑惑と言うか、何と言うか……お前が言うなって言われそうな悶々としたモノを抱えながら眠りに着いた翌日。
チャラオから群れの全員に向けて引越しの意思が伝えられた。母さんのおかげで全員の狩りの腕は上がったけど、そもそもの獲物の少なさはどうしようも無い。今後の事も考えた結果、巣を引っ越す事に決めたのだと。
当然だけど、そんな事を突然聞かされた群れの狼達からはブーイングが飛んだ。ブーって言うより、ガウだけど……ガウイング……うん、微妙。
「ガゥッ!(静まれ!)」
だが、それもチャラオの号令で一瞬で静まる。
これは、チャラオの群れに母さん監修で徹底的に仕込んだ事の1つだ。号令を聞かないで、好き勝手やられたら堪ったものじゃないから。もちろん、俺達にもばっちり仕込まれている。閑話休題、話を戻す。
狼ーずは静かにはなったけど、不満そうな気配は変わらない。特に年長組にその気が強い気がする。やっぱり、この場所に思い入れがあるのだろうか?
「ウォウッ(新しく引っ越す予定の場所は、夜達の巣から半日程の場所だ)」
ピタリ、と不満の気配が消えた。
キャフキャフ、ウォゥウォゥと話し合う声は、俺達と会えなくなる可能性を不安に思っていたらしい。
母さんへの信頼が強すぎる。けど、これはちょっと良い傾向では無い……んじゃないかな? チラリと母さんを見るが、母さんは何も言わない。何か考えがあるんだろうか?
「グルゥ、グゥウォフッ!(だが、今はその場所には別の群れがいる。そいつらの縄張りを、俺達で奪い取るぞ!)」
ザワッ! と群れが揺れた。
縄張りを懸けた争いなんて、軽い気持ちでふっかけるモノじゃない。それだけチャラオが本気という事だし、攻めさせる母さんも本気だ。後者の事は、他のみんなは知らない事だけど。
さっきよりも熱の篭った声を上げるのは主に年長組や雄の子狼達で、不安を声に出すのは母狼ーずと、雌の子狼だ。それとアオグロ。珍しくジャイは何も言わない。
その様子が気になって声を掛けると、少し考えた後に疑問を口に出す。
「グゥゥ?(あいては、どんなむれなんだ?)」
その言葉に、ざわついていた狼達が静かになった。
ジャイの言う通り。相手を知らなきゃ、勝ち目があるかも不明。ジャイがそれを口にした事に母さんはご満悦だ。逆にそれに気付かなかった年長組は尻尾下げちゃったけど。ピン! と上がってた尻尾が、一斉にシオシオと下がっていく様子は面白可愛い。年長組は既に精悍な顔立ちの狼だからこそ、余計に。
勝てない相手に手を出そうとして、破滅した自身の兄達を見ているからこそ、ジャイの質問はもっともなものだった。
「ウォフッ(それについては、あたしが話すよ)」
そして語られるその地を縄張りとしている狼達の事。そいつらとの因縁。母さん達にとっての、辛い記憶。
何かを耐えている様子のハイシロにピタリとくっ付く。顔を見上げれば、そのまま腹下に収納された。グェ、脇腹押さないで。
母さんは、近い内に連中を潰す予定だったが、チャラオが引っ越す事を思案していた為、丁度良いと思って話を持ちかけた事など……。
母さんの話を聞く狼達は連中の悪辣さに怒りの声を上げ、母さん達が受けた苦痛に悲しみ、連中への怒りをさらに膨らませ、殲滅への意欲を強めていた。うん、『殲滅』。ちなみに生死問わず。
だが、連中との縄張り争奪戦には自分達は参加しない、と宣言した事で疑問を顔に浮かべていた。
それでも、チャラオの群れからは自分達を利用するのかとか、そういった意見は上がらない。
正直なところ、そう言われても仕方無いかなと思っていただけに、彼らの反応は不思議だった。疑問に感じている俺に気付いたアルファが、母さんならチャラオ達に頼らずとも対処出来るだろうし、そもそも自分達の縄張りになる場所の抗争に母さんを引きずり出す事こそあり得ないのだと教えてくれた。
……俺だったら、手伝ってくれないかな、とか密かに考えちゃうと思うけど。
むしろ、丁度良い復讐の機会なのに参加しないのは何故? という気持ちの方が大きいようだ。サラリと復讐云々言われた事にえらい驚きましたがな、僕。胡散臭い方言っぽくなる程には驚きました。
丁度良い復讐の機会……って、そんな今日は天気が良いから散歩に行こうか? みたいなノリで言われても。ノリが軽過ぎる。
そんなアルファの疑問には母さんが答えていた。
復讐したい気持ちはあるけれど結局自己満足にしかならないし、そんな事に時間を割くよりも、今は特殊個体のせいで荒れているであろう巣の周りの方が気になる、と。
それを聞いてチャイロ達も、何だかホッとしたような雰囲気を漂わせていた。
母さん的には、もう二度とチャイロ達を関わらせたく無いって気持ちの方が大きいのかもしれないな。母さんがハッキリとそう言う事は無いのだろうけど。ツンデレ狼め。
***
そうして迎えた今日。遂に俺達は元の巣へと戻ります。
鼻水垂らしてベソをかくジャイ達とハイイロ。いつもより大人しいハイシロと、ハイクロ。普段通りに冷静と思いきや、さり気無く尻尾が落ち込んでいるチャイロと一緒に、俺達はチャラオ達に別れを告げた。
「ぐるぅ……(くろいのだって、はんなきじゃんかぁ……)」
うっせ、ほっとけ!
ズビッと鼻を啜りながら、隣に立ってるハイシロの尻尾にしがみ付いて顔を埋める。モフモフを顔全体で感じる。ついでにグリグリと顔を動かしてみた。より一層モフモフを感じる。
「……ワフ(……おれの尻尾で顔を拭くなよ)」
「……ミャ(……何の事だか分かりません)」
「グルゥ(なら、ハイクロに同じ事やって来い)」
「ニャ(無理)」
「ガウッ!(真顔になんな!)」
いや、だって無理。ハイクロにこんな事するなんて、無理無理無理無理無理。絶対、無理!
それに、ハイクロ女の子よ? 人間だったら俺、女の子のスカートに顔埋めてスリスリする変態よ??
お巡りさん、俺が変態です。
「ガゥ?(つまり、おれに鼻水付けたんだな?)」
「ウニャ(黙秘権を行使します)」
言ってる意味が分からんとハイシロに前脚で押し潰された。酷い。
だけど、そのおかげで湿った雰囲気はある程度は解消されたみたいだ。別れを惜しむ子狼ーずに、ワフワフ、キャフキャフと狼団子でもみくちゃにされる。潰されて身動き出来ない俺に対して、お前ら酷過ぎじゃまいか。
そして、俺達が立ち去った後に、チャラオの群れも出立する。次に会う時にはお隣さんだろう。
母さんはチャラオの狩りの腕は信用していないが、戦闘能力は信用しているらしい。それを母さんが告げた時のチャラオは珍しくふざけた態度を見せずに普通に照れていたけど、直後にジャイやアオグロ達から疑いの視線を向けられて凹んでいた。
うん、チャラオはこうでないと。
改めて挨拶をし直して、じゃぁ、またな! と別れて巣までの道を歩き出す。
最後にアオグロとオメガからもう1度お礼を言われて、齧る用の骨を土産に貰ったんだけど……正直、俺は使わないんだがどうしようか、これ。とりあえずガジガジしてたらチャイロが預かってくれた。宝物になるので、巣まで運ぶの手伝ってくらさい。途中で俺も運ばせてね。ハイクロも手伝ってくれるとの事なので、その時はお願いします。
こっちに来る時は必死に逃げた道だけど、今は気楽なものだ。まぁ、道なんて無いけど。ついでに俺、運ばれてただけだけど。
あちらこちらと気になる匂いを嗅ぎに行ったり、時々雪を齧ったり、穴を掘ったり。
蛇行しながら歩く俺達が巣に辿り着くのは、いつになるのだろうか。
チャラオの巣では母さんは寛いでる時も、どこか警戒していたから。そんな母さんも久しぶりに柔らかい雰囲気を纏っており、それに気付いた俺達も嬉しくて余計にはしゃぐ。はしゃぐ。はしゃいで、はしゃぐ。
「グルゥ……(はしゃぎ過ぎだよ……)」
「「「「キュン(……(ごめんなさい))」」」」「ミャ(ごめんなさい)」
結果、はしゃぎ過ぎて全身デロデロの泥だらけとなり、寒さでピルピルと震える俺達であった。鼻垂れる。ズビッと。
母さんが溜め息を吐きながら集めて来てくれた枝に火を点け、——当然湿っているので、大量の煙に襲われパニックになったのはお約束である——焚き火に当たりながら毛を乾かす。テチテチと舌で水をこそげ落とすと、雪に混じってる泥のせいで舌がジャリジャリするのはどうしようもない。自業自得だ。
雪って何かテンション上がるんだよなぁ……とぼんやり考えてみたり。人間の時もそうだったけど。
ある程度水気が無くなった! と思ったら、真横でブルブルされてその水気を全身に被ってまたテチテチ再会。犯人は言うまでも無い……と思ったらハイクロだった。
「キュ?(どうしたの?)」
「……ミ(……何でも無いれす)」
コテリ、と首を傾げたハイクロにそのままの流れで毛繕いをされつつ、今のペースだと巣に辿り着くのはいつ頃になるのかと母さんに尋ねる。少し首を傾げて考えていた母さんの出した答えは『凡そ10日後』だそうだ。
行きと比べると物凄い日数差だ。道草食べまくってる俺達が原因れすね。存じております。
「グルゥ?(母さん、巣の辺りは今どうなっているんだ?)」
ハイシロの問いに俺達の視線が集中する。
視線を一身に受けながら母さんが口を開いた。
「ワフッ、グルルルゥ……(それなりに荒れているだろうね。人間も、大勢森に入り込んで来ていただろうからねぇ……)」
「ガウ?(『にんげん』って、そんなに強いの?)」
「ウフッ、ウォウ(単独ならそうでもないよ。ただ、数が多いし、武器も使うからね)」
そういえば、あんまりこっちの人間について詳しく聞いた事は無かったな? まだ毛も乾ききってないからしばらく休憩だし、丁度良い機会だから少し聞いてみるか。
「ミャゥ?(母さんは人間について詳しい?)」
「グル(それなりだね)」
「キャフ?(人間はあたし達を狩るの?)」
「ウォフッ(こちらから手を出さなければ大丈夫だよ)」
母さんが言うには、俺達……というか母さん達『狼』は『畑の守護者』と呼ばれているらしい。人間の畑の作物を荒らすウサギとか鹿とかを食べてくれるから、それなりに敬意を払われているのだそうだ。それに町とは壁で分けられてるから、狼が人間や家畜を襲うって事もあんまり無いし……っていうか、母さんは家畜なんて襲わないし。
ただし、町から離れた村だと家畜が狙われる事も稀にあるらしい。その場合は害獣として見敵必殺になるけど。手を出した方が悪いのです、仕方無いね。
人間に手を出さない母さんが何かの拍子に人間に見られても、まず攻撃しようとはして来ないのだと。何より、母さんは俺達の巣がある森の『主』的存在と見られている。小型の特殊個体なら狩る事が出来る母さんだからこそ、だ。ウサギの特殊個体が畑に入り込むと、被害が甚大なんだそうだ。それを狩る事の出来る母さんは、人間達からするとまさしく『畑の守護者』なのだとか。
だからこそ、人間の町がそれなりに近いにも関わらず、俺達は安全に暮らせているという訳で……ありがたいな。
「ミャゥ?(人間の町って見た事ある?)」
「グルゥ?(黒いのは、人の町に行きたいのかい?)」
グリンッ! とチャイロの首が勢い良く回った。怖い。そのまま目が潤みだし、尻尾がへたれていく。呆然と見ていたら耳も萎れて、顔も段々と俯きがちに……って待って! 待てっちゅーに!!
「ニャ!(行かないよ!)」
いやいや、行く気無いですよ。そもそも、巣の近くにある町ってアレだぞ? 俺の『母親()』や『兄弟()』がいる町だぞ? 今さら会いたくも無いし。
……まぁ、人間の食べ物にはちょーっとばかし興味あるけど、ね?
前半は全力で、後半は冗談混じりに。
俺の言葉に嘘は無いと理解したチャイロの目が輝く。ハイシロは当然だと言うように、ハイクロは何故か上から目線で頷いている。ハイイロは人間の料理に興味津々だ。おい。
……俺は肉を焼く以外は出来ないからね?
氷の能力があれば、果物凍らせたりとか出来るんだけど……氷の能力さん、遠慮無く来てくれて良いんですよ? チラチラッ。
ここまでアピールしたら氷の能力が次に来ないかな。是非来て下さい、全裸で待ってます。
それにしても……いつの間にか、人間の町の話から食べものの話になってたで御座る。不思議だなぁ?
黒いのの発言が原因だと突っ込まれて、誤魔化す為にテヘペロと返す。
「ワゥー(てへぺろー)」
うん、ハイイロがやると凄い似合うな。和む。
「ワフ(てへぺろ)」
……う、うん。ハイシロも可愛いんじゃないかな? 違和感の方が強い気がするけど。
「キャフ(テヘペロ)」
満点です。最高です、マーベラスです! 首の傾げる角度も完璧ですね!!
「ワゥ(……テヘペロ)」
何と言う破壊力。若干照れ臭そうなのが堪りません。とりあえず抱き付いておきますね。
「ウォフッ(てへぺろ)」
…………。……っ!?
「グルゥ(何かお言いよ)」
極道の姐さんが「てへぺろ」とかしたら可愛いと思いませんか? 思います。ただし、二度見は必至。




