雪の中の大物狩りの記憶
吹雪前ぶりの狩り模様です。
今日の獲物はイノシシ。大物です! 黒いの達にとっても、イノシシは初チャレンジ。
俺達が雪が溶けたら巣に戻る事が決まってから3日、雪が固くなったのを見計らって俺達や子狼達も狩りに出掛ける事になった。俺達にとっては約1週間ぶりの狩りだ。
気合十分のハイイロ、ハイシロ、ハイクロの3頭は鼻息荒くブンブンと尻尾を振り回している。さっきから背後にいる俺に当たりまくってるのだが……本当にどうしてくれようか。このハイイロは。
斯く言う俺もやる気満々。爪とぎもバッチリ完璧だ。
ちょっとばかり、この爪の鋭さを誰かで試しても良いんじゃないかな? と思ってしまうのもやむを得ないんじゃないカナー、とか考えていたら俺の殺気を感じたらしい。ハイイロの尻尾がシオシオと下がった。
フフン。
「ワフ(……黒いのに当たってるぞ)」
……違ったでござる。
***
少し時は経って狩りの最中。この場に母さん達はいない。いるのは子狼達だけだ。
フスフス、と獲物の匂いを慎重に探るハイクロ達の真上。木に登って獲物を探す俺の視界の端を、チラリと茶色いものが動くのが見えた。すぐにそちらに視線をやると、遠くの木の根元で餌を探しているのか、鼻先で雪を掘り返しているイノシシの姿が確認出来る。
こちらが風下という訳では無いけど風上でも無い。餌探しに夢中という事もあって、どうやら俺達に気付いていないらしいイノシシの様子に、急いで木から飛び降りる。半身が埋まった。
「ニャッ(イノシシ発見)」
何気無い素振りで雪から這い出た俺の言葉に、少し考え込む様子のハイクロ。ジャイ達の視線は気にしません。しないったら、しないんだからねっ!!
俺達だけではイノシシは危険だけど、今日はジャイ達や年長組もいる。
狩りの成功率と、危険度合いを素早く計算したチャイロが決断した。
「ウォフッ(……行こう)」
「グルルゥ!(よっしゃ!)」
チャイロの決断に真っ先に快哉を上げたのはハイシロだ。グルグル、と喉の奥で唸りながらやる気満々。狩りの出来ない期間が1週間にも及んだのが、かなりストレスになっていたらしい。吹雪だったんだから仕方無いんだけど。
同様に狩りへの期待に目をギラギラとさせてるのはハイイロで、早くも狩りの成果を確信しているのかペロリと舌なめずりをするのはハイクロだ。
俺の家族、ちょっとばかり攻撃的過ぎませんか……? そう思わなくも無いが、俺も久しぶりの狩りで興奮しているのか、勝手に尻尾がグネグネと蠢く。
今宵の爪は、何時にも増して血に飢えておるわ……。ふはははははっ!!
ま、今は思いっきり昼間だけど。てへぺろ。
逆に少々不安げな様子を見せているのはアオグロと年少組だ。これまでは小型の獲物ばかりで、イノシシみたいな大物に挑戦するのは始めてだから。ましてや子供だけでの狩りなので、なおさらだ。
だが、何度か俺達と狩りに出て、成功している事で自信も付いてきているジャイはやる気満々の模様。年長組の意気込みも悪くない。
本当はもう少し小物の、出来れば小鹿とかが良いんだけど、鹿は基本的に群れで行動している。単体でいる事はまず無いから、俺達だけならまだしもジャイ達を連れての狩りでは難しそうだ。
だけど、俺の見つけたイノシシは1頭だけだし、餌が不足しているのか少し弱っているようにも見えた。
何より肉が多い。これ、最重要な。今さらウサギとか獲っても、1口ずつで終わっちゃうから肉量はとっても大事。
それと、このイノシシを仕留める事が出来れば、俺達全員の自信上昇に繋がるだろう。
それらのメリットを考えれば、狩らないという考えはあり得ない。
まずは作戦。いつも通りに2手に分かれる。追い込む役と仕留める役だ。
今回、仕留める側にはハイイロとハイシロ、ハイクロとジャイ、それと年長組の1頭が就いた。それ以外は追い込む側だ。俺は今回、年長組の背に乗って子狼達の誘導役だ。チャイロも同じく誘導側に就く。
2手に分かれた俺達は、早速イノシシ狩りを始めた。
予め決めておいた追い込みポイントへとイノシシを追い込む。時折、違う方向へ逃げようとするのをチャイロや年長組が上手くブロックして、元のルートへと誘導していた。それを年少組が追い立てて行く。
適当な距離までは一気に、その後はジワジワと。ハイシロ達にも聞こえるように、時折遠吠えを上げながら。
「ニャッ!(一気に!)」
俺が乗った年長組に声を掛けると、追い込む速度が一気に上がる。
今は俺達が同行しているけど、最終的には子狼達だけでも狩れるようにするのが最大の目的だ。だから、今の内にタイミングとかを体で覚えて貰う。
その後は、自分達で狩りやすいように変えて行って貰えば良い。
雪を被った茂みの中から、一気にジャイとハイシロがイノシシに飛び掛る。
それを見たイノシシが慌てて方向転換しようとするけど、その方向には既にハイクロが待機済みだ。スピードが緩んだのを見計らって、ハイイロが背後からイノシシの後肢に食らい付く!
ブギィィッ!?
体重を乗せたハイイロの噛み付きに耐え切れず、バランスを崩したイノシシの様子に、すかさずハイシロも前肢を噛み砕きに行った。ゴギッ! という鈍い音と共に、猪が前のめりに崩れ落ちる。
「ガウッ!(今よ!)」
ハイクロの掛け声に、ジャイが思い切り良く首筋へと噛み付きに走った。
すでに逃げる事は不可能となったイノシシだが、最後の悪足掻きとばかりに顔を振り上げてジャイへと太い牙を突き立てようとする。それを察したアオグロが急いで駆け付けようとするが、それより早く年長組の牙がイノシシの目に突き立った。それに怯んだ瞬間にジャイの牙がイノシシの首に深く刺さる。
音を立てて倒れ込んだイノシシに、次々と追い立て役の子狼達の牙が突き立つ。オーバーキルとしか言いようが無い。
倒れたイノシシの体から溢れた血で、あっという間に辺りが赤く染まった。既にイノシシの呼吸は止まっている。イノシシから流れる血から立ち上がる湯気だけが静かに揺らめく。
子供達だけでイノシシを狩れたという興奮で全員の息が荒い。もちろん俺も同じだ。ハッハッ、という荒い呼吸音だけが聞こえる。と思いきや、ピチャピチャという異音が聞こえてきた。
音の方を振り向けば、ハイイロが溢れ出た血が勿体無いと言わんばかりに、必死に血を舐め取っていた。
……抜け駆けして舐める血は、美味しいかい? 冗談だけど。
ずるーい! と叫びながら、ハイイロに続いて血を舐めに群がる年少組でイノシシが見えなくなる中、少し後ろに下がった俺やチャイロ達がジャイやアオグロ、年長組を交えて反省会を行う。
アオグロは状況判断は良いのだけど、自信の無さからか決断力に欠ける。ジャイは決断力は申し分が無いのだけど、周囲への注意が散漫になりがち。年長組は今までの狩りで付けてしまった妙な癖の修正が必要だ。
アオグロとジャイもそうだが、やはり年少組は経験不足から基本的に動きが鈍い。まだしばらくは指示を出して、そのように動くようにさせた方が良さそうだ。とは言え、指示が無いと動けないようでは困るから、自分達で考えて動くようにもして貰わないといけない。
それと、今回の狩りの成功でかなりの自信を付けられただろうが、それで慢心されて怪我とかされても困る。
次の狩りでは、年長組とジャイとアオグロが中心となって、一度狩りをさせてみた方が良いかもしれない。獲物を見つけるまでは俺達も同行するが、その後は手を出さない方向で。今の錬度では多分失敗するだろうけど、失敗も経験だから。
とはいえ、失敗前提ってのは口には出さない。士気が下がるだろうし。
一部だけは隠して、そんな感じの事をビッシビシと指摘するチャイロやハイクロに、ジャイとアオグロの耳がペタンと伏せられた。年長組も地味に凹んでいる。そんな彼らに俺とハイシロがフォローを入れる。
ちょっと気分が持ち直したところで、獲物を持ち帰る為にイノシシに群がるハイイロと年少組を散らす。……うん、盗み食いは無いようだ。歯型は付いてるけど、肉が噛み千切られた痕跡は無し。
歯型を見つけたハイクロがチラリと年少組を見やると、1匹の目が逸らされた。尻尾は見事に股の間。犯人、じゃ無くて犯狼はあいつか。
正直なところ、咄嗟にハイイロかと思ったのは内緒。それはハイシロも同じようで、ハイイロの方を窺っていた目がさり気無く逸らされた。同士よ。
幸いにというか、血が大量に流れ出たおかげでそれなりに重量を減らしたイノシシの体は、年長組が巣穴まで運んでくれる事になった。
交代しながら運ぶ年長組の周りを、きゃふきゃふとはしゃぎながら年少組が駆け回っている。
本来はコレもアウトなんだけど、鬱屈してたものもあるだろうから今回は見逃す事にしていた。年長組も、年少組がはしゃいでいる様子に嬉しそうだし。
代わりといっては何だけど、周囲の警戒は俺達が受け持つ。ハイイロも母さんの教育のおかげで、狩りの帰りに警戒を怠るような事はしない。
思い出したくも無い。あの日の記憶。
母さんのいない俺達だけでの狩りの帰り道。ウッカリ気が緩んで警戒を怠った隙に、強襲してきた母さんに一瞬で獲物を奪われた。
慌てて洞穴に戻ったけど母さんの姿は無く、しばらくしてから戻って来た母さんは何も持っていなかった。俺達の獲物は!? と気色ばむ俺達に、シレッとした顔で『食べた』と答えられた時の衝撃は忘れられない。
当然、狩りで疲れ果てた俺達が再度狩りに行くなど不可能で、その日は空腹を訴える腹を抱えて寝るしか無かった。何も食べてない筈なのに、口の中だけがしょっぱかったんだ。何でだろうな……。
翌日の狩りが、いつも以上に必死だったのが言うまでも無く。その日はきちんと警戒を怠らないで洞穴に戻ったので、無事に獲物にありつけた。
が、その後も何度か警戒の緩んだ隙を狙って獲物を強奪される事があり、俺達は狩りの帰りにも決して警戒を怠ってはいけないという事を心身共に深く刻み込まれた。
むしろ、成功した時こそ警戒を強めるべきなのだと。
そんな事をつらつらと思い出しながら、帰途につく。
途中でチャイロに目をやれば、ジャイ達の様子にチャイロも同じ事を思い出していたのか苦笑いだった。多分、他のみんなも同じだろう。口元がモニュッてなってるから。
ザクザクと雪を踏みしめる音が響く中、遠くから母さんの遠吠えが聞こえた。どうやら、母さん達も狩りに成功したらしい。
チャイロ達と顔を見合わせれば、母さんの遠吠えは当然聞こえていたらしく顔が綻んでいた。分かりやすく尻尾がフリフリ。
久しぶりに腹一杯食える事が嬉しい。
母さん達の獲物は何だろうな? と喜ぶ年長組と年少組の様子も微笑ましい。大物が獲れた事と、母さん達に自慢したいのが合わさって気持ちが急くのか、全員の足取りが軽くなった。
もちろん、俺達もな!
ウォフウォフ、きゃふきゃふと急ぐ帰り道。年少組が早くも次に狙いたい獲物の話をしているんだが、『クマが狩りたい』って何ぞ。
ハイシロも小さい時からクマを狩りたがっていたけど、狼の伝統芸能みたいなもんなの? クマ狩りって。
お前らにゃ、まだ無理だぞー。と言うが、全く聞いていない。
仕舞いにゃ、俺達もまだクマは狩れてない事を聞いて、どっちが早くクマが狩れるか勝負だ! なんぞと言い出し始めた。
ほう? ……ほほう??
それは、俺達に対する挑戦か? 挑戦だな?
ニヤリと笑う俺と、意味深に微笑むハイクロに、子狼ーずの尻尾が次々と股の間に収納されて行く。
今さら挑戦状の取り消しは出来ないぜぇ……? とほくそ笑むハイシロがイケメン過ぎる。ハイイロがいつも通りなのは良しとして、普段ならこういう挑発には乗らないチャイロがニヤリ、と口元を歪めた表情に、年少組の雌狼が心臓を打ち抜かれたのが見えた気がした。
全く、うちの兄ちゃん達はイケメン過ぎて困るぜ。……誰か、俺にもキュンと来てくれても良いのよ?
当然ながら、猫である俺にキュンと来る雌狼はいない。無念である。
若干尻尾の先を垂れさせながら、よじよじとハイシロの背中によじ登る。うむ、モッフモフぞ。程好いモフ感に気分を持ち直しつつ、視線の先に見えて来た巣穴の入り口に子狼ーずに声を掛ける。
「ミャゥー(もうすぐ着くぞー)」
ワッ! と沸き立つ子狼ーず。ぶんぶか振られる尻尾がギザカワユス。……これ、誰の言葉だっけな?
ワサワサと一斉に巣穴に駆け出す年少組を宥めながら、全員で巣穴に到着した。イノシシを雪の上に下ろして一息吐く年長組に、獲物を運んでくれたお礼を言う。そんな俺達に気付いた年少組も口々にお礼を言い出して年長組は照れ臭そうな様子だ。
今までは年長組と年少組には溝があったけど、かなり改善されたようで何よりだ。
もっとも、それが巣立ち組を放逐した結果という事には、追い込んだ側としては複雑な心境だけど。
せめて、此処にいる間は年長組と年少組の仲を取り持ちつつ、狩りの腕の向上を目指さないといけないと思う。
その事でちょっと願望があったり。俺もそろそろ新しい猫又能力とか、目覚めないものかね?
治癒能力と焼肉だけというのはちょっと色々と残念すぎる。焼肉に不満は無いけど。塩気が欲しい、という不満は、まぁ、ねぇ?
それより、もうちょ――っとばかし格好良い能力があっても良いんじゃないかな? かな?
雷とか、氷とかさ。爪に装着する氷の爪とか、格好良くね? 夏はひんやり出来て、なお良くね??
肉食系しかいない。
猫のすっとぼけは可愛い。ゴッ! とか音を立てて椅子の足にぶつかっても、『何かありました?』みたいな顔するとことか。
いたずらした後の『私……何もしてませんよ……?』みたいな顔とか。ただし、問い詰める人間で表情が全く違う。貴様……分かっているな!?
馬鹿にしたような表情とか……ありがとうございます!!ヽ(*´∀`)ノ




