現状の把握と、猫又的自衛術の記憶
ちょいちょいチャラオとチャイロを打ち間違えます。予測変換め……!
俺達がチャラオの群れへの逗留が決まって、改めて群れ全体へ俺達がここに来る事になった原因についてチャラオの口から説明がされる事となった。
まずは母さんが見つけたクマの特殊個体の事。コイツは手負いの状態で発見されており、片目への矢傷と背中への火傷が見られたとの事。怪我の影響もあって酷く荒れ狂っており、見つかる前に逃げ出さないと命は無いだろうと思われるという事。
これを話している時には、巣立ちが伸びたという狼も酷く震えていた。やっと自分にも危険が迫っていた可能性があったのを理解したらしい。
だけど正直なところ、状況を理解するのが遅すぎる気がしないでも無い。状況把握の送れってさ、独り立ちした後じゃ命取りになるんじゃねーの? ま、俺達からは他人事……他狼事だけど。
最後に、もしも狩場などで遠目でも見かけたら即座に逃げ出せ! という事がこの場の全員に通達された。それと見つけた場合には必ず遠吠えで知らせろ、とも。
これは下手したら遠吠えした奴が危険に陥る事になる可能性もあるが、群れの仲間を生き延びさせる為には必須の事だそうだ。確かに、どこに脅威がいるのかも分からず闇雲に逃げて、結果的に群れが特殊個体に鉢合ってしまえば逃げる意味が無い。
それと特殊個体が現れた原因だが、矢傷があった事から人間が手出しをした結果だろうと、チャラオに代わって母さんが説明していた。それが何らかの理由により放置されたのが、俺達のいる森の方へと流れて来た可能性が高い、と。
ひょっとしたら自分を傷付けた人間を追って来た可能性もある。その場合は、人間達で早々に討伐対が組まれるだろうから、早ければ冬前には討伐も完了するだろうという予想。その場合には、俺達は春にでも戻れるだろうという事。ちなみに今はもうすぐ冬になるという時期だ。
危険が排除されたらすぐに……それこそ冬の最中であっても元の巣へ帰れ、何ていう事を流石にチャラオは言い出さなかった。
一部の狼達は不満そうな様子を隠そうともしていなかったけど、そいつらには声を上げる程の勇気も無いようだ。
母さんが不快そうにチラッと視線を向けただけで、尻尾を股の下に巻き込んで必死に目を合わせないようにしている位だ。余程さっきの母さんの威圧が堪えたらしい。
そいつらはともかく、基本的に群れの狼達には異論は無いようで、俺達はしばらくの間チャラオの群れに居候する事になった。改めて全員で挨拶をして、居候させて貰う事への感謝を述べる。何か感心された。
居候するとは言えど別の群れという扱いなので、当然ながら命令系統も別々となる。チャラオ達から俺達への強制力は無く、逆もまた同じ。
狩りの獲物も別々だ。俺達は俺達で狩った獲物を食べる。チャラオ達が狩った獲物はチャラオ達のもの。下手に獲物を共有にすれば、間違い無く問題が起こるだろうと予測したチャラオの提案だ。俺達には異論は無い。
そして集会終了後、俺には母さんから猫又能力使用の自粛が言い渡された。
これに関しては俺を含む全員が残念がっていた。けれど、これは無用の諍いを避ける為だ。
今のところは大多数の狼達の、俺達に対する心象は悪くない。だけど下手に使える能力を見せてしまえば、強引に俺を囲い込もうとしてきたり、あるいは俺を食って少しでも特殊個体の恩恵を受けようと考えたりする奴が出て来るかもしれない。
二股に尻尾が分かれているだけの猫、と思わせておけば危険も少ないのでは無いかという母さんの見解からの対策だ。もちろん俺も警戒を怠る気は無いけど。
猫又ってのがどの位周知されているのか、それが分からないのは少し歯痒い。
「ウォフッ(黒いのは絶対に1匹で行動しないようにね)」
「ミャッ(了解)」
「ワウゥ(おれ達も離れないから、安心しろよ)」
「キャフッ?(何だったらここにいる間はずっとハイシロに乗ってたら?)」
「グルゥ?(……オレでも良いぞ?)」
「ウニ……(や、それは悪いし……)」
「ワフッ! ワフゥッ!(おれも! おれも黒いの乗せる!)」
「ミャ(だが断る)」
はい。ハイイロの申し出に関しては即効で、容赦無く断らせて頂きます。
理由? 今更必要か??
守られるしか無いのは悔しいから、何らかの手段で自衛が出来ると良いんだが。
本当に危険になれば猫又能力を使う事を躊躇いはしないけど、今ある能力に殺傷能力があるものは無い。火で直接攻撃出来れば良いんだけど……いざ襲われた時には不意打ち気味でも火を見せれば、怯ませる事は可能か?
その隙に引っ掻くなり、目を狙うなりするとか……。
「……ワゥ?(……あ、あー、取り込み中のところ、ちょっと良いか?」
考え事の最中、俺達に話しかけてきたのはチャラオだった。
一体何の用なのだろうか。俺達はチャラオにはかけらも用は無いんだが。
「……ワフン(……俺への視線が冷たい気がするんだが)」
「ガウ(で、何の用だい)」
「グルゥ、……ウォフッ(ん、まぁ今のは冗談として。……忠告だ)」
忠告と言った時のチャラオの顔は真顔だった。真剣みを帯びた表情。目も笑っていない。どうやら、本当に真面目な話題のようだ。
それと見て取った母さんが、チャラオに話の先を促す。
「グウゥ、ヴァゥッ(どうやら、俺のガキの中にお前の子供に手を出そうとしているバカがいる。狙いは猫又のそいつだ)」
「……グルルルル(……随分と反応が早かったね)」
「ウォフ、グァウ?(冷静だな。予想していたのか?)」
「ウォウッ、ワフ(予想してないとでも思っていたのかね。その位は子供達も予想済みだよ)」
「……ワフン(……やっぱりお前の子供ら、とんでもねぇわ)」
「フンッ、グルゥ?(教育の違いだろう。それで、あたしの子に手を出そうとしているバカはどうする気だね?)」
チャラオの言うバカは、やはりと言うか不快な視線の奴らだった。
厳しい自然の中で生きている以上、強くなれる方法があるのならそれを狙うのは当然だろう。実際に俺達も特殊個体を狙おうと常々動いている訳だし。
普段は食べるどころか、見つける事すら稀な特殊個体。それが自分達の群れの中にいるのなら、しかも見た目にも小さく弱そうな相手なら『獲物』として狙おうとする奴は出て来るだろう、というのは俺達も想定内だ。
想定外だったのは、それを判断するのが俺達が考えていたより早かったという事。いずれは、と考えて今後の対応を練っていたけど、ほぼ無駄になったようなものだ。
あの母さんの威圧を受けても俺を狙おうというのであれば、余程自分の力量に自信があるか……あるいは、ただのバカか。この場合は恐らく後者だろう。
俺なら母さんの威圧を受けてなお、逆らおうなんて気にはならない。
それより今はさっきの質問の方が優先だ。コイツは母さんの問いにどう答えるか。
多分、自分の子供を守ろうとするだろうな。そうなればこいつともやりあう事になるだろう。何と言っても自分の実の子ど……
「ワフッ(好きにしろ)」
は??
「グルルゥ(相手の力量も見極められず、無謀な相手に手を出すならそれまでだ)」
「ワフン?(随分と物分りが良いねぇ?)」
「……ハフン(……お前を敵に回す方が厄介だ)」
「…………」
「グルゥ……、ウォフッ(ここで踏み止まれないなら、巣立ちしても早々に死ぬだろう……。それが早いか遅いかというだけだ)」
……意外だった。
母さんが自分の子供をを大事にしているから、コイツもそうなのだと考えていた。
だが実際は、こいつは自分の子供が俺に手を出すのなら好きにしろと言う。物凄く冷めた意見だが、雄狼と雌狼の違いなのだろうか?
ある意味では弱肉強食を体現しているのだろうけど……何となく、気に食わない。
「ミャ?(止めないのか?)」
「グル?(ぅん?)」
「ミャゥ(自分の子供だろ)」
「……ワフ、ウォフッ(……あいつらは巣立ちの時期だ。判断はあいつらに任せる)」
自分でも最低な事を聞いていると思っていた。守られてる俺が言う言葉じゃない。
だけど、それでも言いたかったんだ。自分の子供を大事に思わない親はいない、と。母さんに出会ってからそう思っていた。
だが、こいつは本気だ。本気で自分の子供を切り捨てた。自然界なら当然なのかもしれないけど、母さんもコイツも妙なところで人間臭いところがあるから。だから、コイツも何だかんだ言って子供を守ろうとするのだろうと思っていた。
だが、違った。
俺の考え方が間違っているのか? ……俺の本当の母親みたいに、こいつも自分の子供を捨てるのか?
「……ウォフッ(……妙なガキだ。狙われてるのは自分だろう)」
「グルゥ(羨ましいだろう)」
「……フンッ、グルルル(……全くだ。話したいのは以上だ、じゃぁな)」
そう言ってチャラオは自分の群れの方に戻って行く。
その後ろ姿を見ながら俺はグルグルと自分の考えにはまり込んでいた。俯きながら考える。自分の考えと、あいつの考え。どちらが正しいのか。
……どちらが正しいとかは無いのかもしれないけど、それでも……。
ベロンッ
「ゥミャッ!?(うわっ!?)」
俯いて考え込んでいたもんだから、周囲の事を全く見ていなかった。が、どうやら今の犯人は母さんだったらしい。突然真正面から思いっきり舐められたせいで、呆気なく仰向けにゴロリと転がされた。
仰向けになった視界一杯に母さんの顔がある。
母さんの表情は陰になっていて良く分からない。猫の俺には暗かろうとはっきり見える筈なのに。俺自身が見たくないと思っているせいか。
もしも、俺がチャラオに言った事を責められたら。母さんにだけは否定して欲しく無い。
……自分では吹っ切ったつもりでも、こちらの世界でも実母に捨てられたというのは、そうそう簡単には吹っ切れてないのかもしれない。
ベロンッ
……二度目である。すでに仰向けになっているからこれ以上は転がりようが無い。転がる代わりにズリッと上にずり上がった。
母さん、舐めるの強すぎないか? その内俺、禿げるかもしれない。
「ワフッ(やっと見たね)」
「ニ?(何が?)」
「フンッ、グルルゥ(無自覚かい。お前は色々と考え過ぎだよ、ハイイロを見習いな)」
「ウォフッ(……母さん、それはどうかと思う)」
「キュ?(おれが何?)」
「クフン(いつも元気で良いわねって事)」
「ワフッ!(おぅ! 元気だぞ!)」
「……グルゥ(……少しは大人しくしても良いけどな、お前は)」
あ、えーと……ひょっとしなくても慰められてる?
あ~……いい加減に考え込むとはまり込む癖を何とかしたいんだけど、癖ってそうそう治らないものだしなぁ……っていかん、またドツボにはまる。
「ウニャ(もう大丈夫)」
「ワフッ(なら良いけどね)」
うむ、全く信じられていないでござる。
「グゥ?(けど、実際どうするんだ?)」
「グルルルル!(あいつらが襲って来るなら、迎撃するまでよ!)」
ポカーン……
え? え?? どうしちゃったの、ハイクロってば。
ハイクロってこんなに好戦的な子じゃ無かったはずだけど。
「キュフン?(来なかったら?)」
「グルゥ(見逃してあげるわ)」
「ワフ?(……もし来たら?)」
「ガウッ!(去勢するわ!)」
ヒュンってした。チラッと見えたチャイロ達も内股だった。
***
「……ミャゥー?(……そういえばさぁ?)」
「グル?(……黒いの、どうした?)」
「ニャ、ゥルルニャ?(いや、おれが猫又ってのばれてるし。むしろ、群れの他の連中引き込んだ方が良くね?)」
「ウォフッ?(どういう意味だい?)」
「ンニャー(食い物で『つる』とか)」
うん、一部の狼からはすでに狙われてるっぽいし。けど、他の狼達からは概ね好評……とは言わないでも、受け入れられてはいるようだし?
それならいっその事、味方として引き込めないかなーとか考えた訳だ。んで、その方法として考えたのは、まぁ定番的な方法で。
『胃袋作戦』とかどうよ? ってな。
やり方はとっても簡単! 肉を狩ったら俺がそれを焼く。ただそれだけ。
母さんですらも焼き肉の美味さにはあっさりと陥落した訳だし、同じ狼ならここの群れでも上手く行くんじゃないかなー? ってのは流石に考えが楽観的過ぎるかね。これなら俺も役に立てるし。
ってな事を説明してみたんだけど……どうだろ?
「「「「「…………」」」」」
「ミ、ニャゥ?(や、やっぱり甘く考え過ぎかな?)」
「……ワフ(……いけるかもしれないね)」
あ、あれ? 意外と好感触?
「ウォンッ!(そしたらおれたちもやき肉食えるよな!)」
「グルゥ……ワゥ(おい、目的はそっちじゃねーからな。……まぁ、おれもうれしいけど)」
「クゥ、キャフッ(ハイシロってば正直ね。けど、あたしも歓迎)」
「ウォゥ(……味方を増やすのは良い考えだ)」
俺の出した案に、思った以上に母さんが食い付き、ハイイロを筆頭にハイシロとハイクロも食い付いた。もっとも、ハイイロ達は食い付く意味が違うみたいだけど。
唯一まともに考えてくれたチャイロは俺の心の支えだ。お礼も込めてスリスリっとしておく。尻尾でパタパタと返された。可愛い。
「ミュ?(ならソレで行くか?)」
「ウフッ(まずは獲物を狩って来ないとね)」
「ワウッ!?(母さん、かり行くのか!?)」
「グルゥ(お前達は留守番だよ)」
「「キューン(えー)」」
「キャフッ(おばか。黒いのを守るんでしょ)」
「フキュ(そうだった)」「グゥ(あ、悪い)」
「ウォフ(……黒いの、オレはちゃんと守るからな)」
うーん、うん。ありがとう、チャイロ。頼りにしてる。俺も警戒はするけど。
それとハイシロとハイイロに関しては……まぁ良い感じに気が抜けて良いんでないの? ずっと気を張りっ放しよりは、さ。
けど、これなら少しは俺も役に立てるかな……?
一応フォロー。
チャラオはチャラオなりに子供達を大事に思ってますが、該当の子狼達はすでに巣立ちを迎えた年頃。下手に口出ししても巣立ち後の後々の害になりかねないとして不干渉を貫く事を決意。
もちろん母さんには頭が上がらない、というのもあります。それ以外にもモニャモニャ。
そんなこんなで、無謀な輩の死亡フラグが立ちました。




