捨てられた記憶
猫又第3話です。獣要素は出て来ましたが、モフモフ、ほのぼの要素はほぼ皆無のシリアス&鬱全開となっています。
正直書きたくない内容ですが、これが無いと後に猫主が短編と性格変わってしまう。ハイイロ寄りに。
ご不快に思われる方は、ブラウザを閉じて下さるようお願いします。
俺、生まれました。
でもさ、聞いても良い?
普通さ、赤ん坊の泣き声って「おぎゃー!」だよな? そうだよな、俺の思い違いじゃないよな??
じゃあ、何で
俺の泣き声「ぴぁー」なの?
それに何で、さっきから俺の周りでミーミー、ミュゥミュゥ、ピーピーと子猫の鳴き声がするの??
……ん? 子猫? 子猫だとぉっ!?
くわっっっ!!
あ、子猫見たさに思いっきり気合い入れたら目ぇ開いたわ。
て、え。……今さ、俺の目の前に猫いるんだけどさ? なんかデカくない?
猫の筈なのに、明らかに俺より身長デカくね? 俺、今見上げてるんだけど。あぁ、でも結構な美人さんだな。ちょっと痩せ気味なのが、そこだけ残念かな。
ん? ちょ、あれ。何かこの猫、ひょっとして固まってないか?
おぉぅ、うっわぁ。尻尾が凄ぇボリューミーな事になってんぞ、尻尾大爆発って感じで。何でそんなビビってんの。しかも目ん玉かっぴらいて、瞳孔真ん丸になってるじゃん。うっわぁーナニコレ超可愛い! て、待って。ちょい、待って。
こちらも負けじと、目を大きく見開いたまま、じっと見る。うん、俺の見間違いかと思ったけど、やっぱり見間違いじゃない。
何で、猫の瞳の中に写ってる筈の俺、人間じゃないの??
「ぴぁー(ちょっと、てすとー)」
おぉぅ、どう聞いても子猫の鳴き声だな。瞳の中の子猫も俺が声出したのと同時に口開けとるし、手を上げてみたら子猫の腕が上がった。超プルプルしてるけど。
ぶへっ!? おぉぅ。そのまま、前のめりにべちっとなったわ。
結論=生まれ変わったら子猫になりました。
ちょっと何言ってるのか分かりませんね。
えー、いやいや、俺人間よ? 確かに1回死んじゃっているけど、流石に猫に生まれ変わるっていうのは想定外。
心に隙間風が吹いた気がして、思わず体がブルッと震えた。
ぁ、ガチの隙間風か。よく見りゃ此処は廃屋か何かか?
ピルピル震えながら周りを見渡すと、壁に空いた穴から外が見える。……真っ暗。今は夜か。
もう1度ブルルッと大きく体が震えて、ふと気付いた。
そうだよ、俺生まれたてだったじゃんか。
自分の体を見下ろすと、まぁ、見事に全身ベットベトのヌットヌト。得体の知れない液体……って、羊水かコレ。それと血と、何か膜みたいのもくっ付いてるし。うぇ、気持ち悪い。あ、臍の緒発見。
ザッと見た限りでは俺の体は黒い。ふむ、黒猫か……。良く黒猫が自分の目の前を横切ったら不幸になる、とか言うけどさぁ? 俺らからしたらご褒美です。もちろん、他の毛色の猫であっても。横切られたらその日はハッピー。異論は認めない。
実は黒猫って幸運の象徴でもあったりするし。見事に真逆。
うん、ガチの生まれたての子猫みたいだな。
「ぴー……(さむい……)」
思わず声に出しながら、俺の母親と思しき猫を見る。
目ぇ逸らされた。俺、思わずフリーズ。
母猫は何事もなかったかのように、俺の兄弟達であろう子猫達の体を綺麗に舐め取ってから、自分のおっぱいへと誘導する。
え、何ソレ羨ましい。そう思って、フリーズしたまま様子を見ている内に、俺以外の全員が綺麗になった体でおっぱいにありつき始めた。
え、何ソレ。俺は?
母猫は、というと。その場に体を横たえて子猫達に母乳を与えながら、子猫達が一生懸命飲んでいる様子を優しく見つめている。
『俺を放置したまま』
え、なんで……。
ヌトヌトベトベトの体のまま茫然。
しばらくしてから、ハッと正気に戻った。母猫に恐る恐る、声を掛ける。
「ぴー……(あの、すみません……)」
母猫ガン無視。
「みーぃ……(あのー……)」
俺、負けない。
「ぴぁ!(あの!)」
「フシャ————ッ!!(うるさい! バケモノ!!)」
え……
「みゅ……(なんで……)」
「フシャ———! カハ——ッ!(黙れ! この子達に近付くな!)」
ぇ、なんで? なんで、俺「近付くな」なんて言われてるの? 『この子達』って、俺も、母猫の子供でしょう??
母猫に拒絶されて、茫然としたまま時間が過ぎて行く。
ふと目をやると、子猫達達はお腹いっぱい母乳を飲んで満足したのか。お腹をぽんぽこに張らせたまま、母猫にくっ付いて眠り始めていた。ぎゅうぎゅうと互いにくっ付いた体がとても暖かそうだ。
俺だけが、とても寒い。
べしゃっと濡れた体が寒くて全身が震える。
寒い。
なんで、俺だけ?
『バケモノ』って言われた。ひょっとして、俺の中身が『人間』だって、気付いてる?
サムイ。
「みぃ……(さむいよ……)」
無視。
こちらをチラリとも見ない。完全にいないものとして扱われている気がする。
俺も、他の子猫達と一緒に生まれたのに。母猫が俺を生んだのに……母猫は俺を、見捨てるのか?
「みぃ!(ねぇ、ちょっと!)」
こっちを見ろよ。
「ぴゃぅ!(きいてよ!)」
俺の声が聞こえないの?
「ぴぃ!(おれのことをみて!)」
「みぃ——ッ!(『むし』しないでよ!)」
「みゃう!!(ねぇってば!!)」
「フシャ——!(うるさい、黙れ!)」
愕然。聞こえていない訳じゃない。そもそも猫の聴覚は凄く良いんだって。犬以上だって聞いた事がある。
それ以前に、こんなに近くにいて聞こえていない訳がないんだ。
明らかに、俺を無視している。
俺を見ようともせず、俺の声に耳を傾けようともせず。間違いなく自分が生んだ1匹なのに、子供を部外者としている。
ブチッ!
「みぎゃ——————!!(おれにも、ちちを、よぉこぉせぇ——————!!)」
母猫の体がビクッとした。渾身の力で鳴いてやったんだ、ザマァみろ。子猫の声は甲高いからな。全力の大声は、さぞや耳に良く響いただろう。
こちらを振り向く母猫の、牙が見えた。
ぇ……?
後ろに深く伏せられた耳。剥き出しになった牙。
何よりグルグルと聞こえる低い音が、俺に対して『敵意』を向けている事を分からせる。
スッと母猫の様子が戻った。それを見て、硬直していた体の力が抜ける。心臓の音がうるさい。
母猫が立ち上がると、近くにあってボロ切れを寄せ集まって眠る子猫達の上に掛ける。
うん。いくらくっ付いて寝てるって言っても生まれたての子猫だもんな。冷やしたら子猫の体に良くない。けど、その優しさ、俺にも早く欲しかったですお母さん。
ついさっき見たばかりの光景のショックが抜けきらず、場違いにもそんな事を考えていた。
母猫が音も立てずに近付いてくる。俺の前に立ち止まると、俺の首筋にガブッと噛み付いた。俺、思わず硬直。
けれど、母猫が子猫を運ぶ時は首筋に噛み付いて運ぶのものだ、という事を思い出して安心する。実際に、痛みは全くない。
——漸く俺の番か、と思った。
やっと、俺の事を見てもらえる。暖めてくれるのだと。
今迄無視されていた事すら忘れて、のんきに喜んでいたんだ。
それが間違いだった、と思い知らされたのは直ぐ後の事だった——
首元に噛み付いたまま持ち上げられて、俺の体がプランと宙に浮いた。
ぉ、猫って首筋掴んで持ち上げると大人しくなるけど、実際に体験するとこんな感じなんだな。なんか、自然に力が抜けた。その割に後ろ脚はキュッと体に引き寄せられている。
うん、この体勢何か安心する。
ぶら下げられたまま気が抜けた。
そのまま子猫達の元へと連れて行かれる、と思っていた俺の体は、母猫にくわえられたまま外に向かって動き出していた。
「み……(え……)」
思わず声が漏れる。
けれど、母猫の歩みは止まらない。俺の今の体勢では母猫の顔を見る事は出来ない。途端に不安が押し寄せて来た。
そんな俺を無視して、壁に空いていた穴から外へ出る。真っ暗だ。空気が冷たい。唯でさえ体が冷えていたのが、完全に外気に曝されてプルプルからガクガクへと震え方が変わっていく。
きっと、寒さだけの所為で震えているのではないのだろう。不安からもだ。
廃墟の外には、普通の街並みが広がっていた。
だが、明らかに日本ではないように見える。
猫に生まれ変わった事にも驚いたけれど、まさかの生まれ変わった場所が日本ではないという事にも驚いた。
何処が1番近いのだろうか。海外なんて行った事は無いが、以前にテレビでこんな感じの街並みを見た事があると思う。
木とレンガを使った家々。大きさのマチマチな、道に敷き詰められた石畳み。
近くにある、灯りのついた家の隙間からガヤガヤと人の声が聞こえてくる。賑やかで、とても楽しそうだ。酒でも飲んでいるのか時折、ドッと笑い声が漏れて来ている。
羨ましい。ふいにそう思った。
母猫は、迷いなく夜の道を歩いて行く。
時々、灯りの漏れている家もあるけれど、殆どの家は暗く静まり返っている。もしかして、今は夜中なんだろうか?
寒い。体の震えが止まらない。
ぶら下げられたまま運ばれている内に、段々風景が変わってきた。
家の数が少しずつ減って来ている。それと引き換えに作物の植えられた畑が増えてきた。周りはとても静かだ。
時折聞こえてくる遠吠えが、冷えた空気に良く響く。遠吠えが聞こえてくる度、母猫が立ち止まって耳をそばだてる。
犬を警戒しているのだろうか。それに思い至ると自然と俺も静かに息を潜めていた。
母猫の歩みはまだ止まらない。
遠くには壁のようなものが見える。
畑すらも超えて、この辺りまで来ると周囲に何もない。もし、俺が此処に置いていかれたとしたら元いた場所に戻る事は出来ないだろう。
そもそも、生まれたての子猫の体では自力で歩く事すら、ままならないのだが。
気付けばさっきは遠くに見えていた壁が、段々近付いて来ていた。
相変わらず母猫の口からぶら下がったままだが、近くで見た壁は見上げても天辺が見えない程に、高く、大きい。
そのまま左右を見回しても、俺が見える範囲ギリギリまで壁は続いていた。どうやら、俺が生まれた町は壁に囲まれた空間にあるようだ。
うろ覚えだけれど、こういうのを城塞都市とか言ったのだろうか?
俺がそんな事を考えている間にもどんどん壁に近付いて、ついに壁の目の前に立っていた。真正面の壁には猫程度の大きさの生き物ならば通れそうな程の『穴』が空いていた。
おい、まさか。
母猫が穴を潜り抜けて壁の外へ出る。
おい……マジかよ、まさか……?
母猫の足が止まった。
目の前には、ザワザワと風に葉をざわめかせながら、見渡す限りに木々が佇んでいた。木々の奥は深く、暗い。
遠くに聞こえる遠吠えが、壁の中で聞いた時よりも近く感じる。
どんどん強くなる嫌な想像に、肉球に汗が滲む。
「みぃ……。(うそ、だよな……)」
思わず漏らした鳴き声が、風の音であっという間に消されていく。
周りはザワザワとうるさい筈なのに、そちらは全く気にもならず、ドクドクと喚き立てる心臓の音だけが頭に響く。
母猫はピクリとも動かない。
心臓が、うるさい。
嫌だ。
お願いだから、俺を捨てないで……!
グンッと、体が振られる。
視界の中を木が横に流れて行く。
嘘だろ、ねぇ、待ってよ……。
グッ、と一瞬息が詰まり、再び木が流れて行く。
フワリとした浮遊感。自分の体が宙にある最中、視界の端を母猫が踵を返していくのが見えた。
「みぁ……!(まって……!)」
声を上げた瞬間、体が地面に叩きつけられる。
「ケハッ……!」
衝撃に耐え切れず自然と息が漏れた。そのまま何度か地面を転がる。地面に擦れた体が痛い。
痛みを耐えながら、慌てて体を起こした俺の目に入って来たのは
振り返りもせず壁の穴を潜って行く母猫の姿だった。
***
あれから、どれだけの時間が経ったのだろうか。
必死に起き上がったあの後は、痛みを訴え続ける体とブルブルと震える手足に、気力を振り絞って母猫の後を追いかけようとするものの。生まれたばかりのこの体は、殆ど動いてもくれず。目を見開くばかりで、姿が見えなくなるまで唯、茫然と見送る事しか出来なかった……。
完全に姿が見えなくなった今も、まだ、自分に起きた出来事に現実味が感じられない。
捨てられた事実を認めたくなくて、必死に鳴き叫ぶ。
「みぁ————っ!(かえってきて!)」
捨てないで。
「みゃ——ぁ!!(おねがいだから!!)」
バケモノだなんて言わないで……!
「みゃ———ぅ!!(おかあさん!!)」
だけど現実は無情で、1度立ち去った母猫が戻って来る気配は欠片もなかった。
鳴きすぎて、泣きすぎて。
疲れ果てた体と、掠れた喉に涙さえ溢れて来る。
とても寒くて、体も痛くて。体を起こしている事すら辛くて、全身が地面に倒れ伏す。
寒い。
段々と、体に力が入らなくなってきた。
俺、また、死ぬの?
体が、動かない。とても寒い。痛い。
声が出ない。
もう1度死んだらどうなるんだろう。次に死んだら、今度は、また人間になれるのかな……。
なんか、もう良いや。疲れた……。チクショウ……。
冷たい地面に横たわったまま、もう、何も考えたくなかった。死ぬなら死ぬで良い。むしろ、早く死ねないものかとまで考え始める。
時間だけが過ぎていく中、ふと、近くの藪がガサッと音を立てた。
3話目も最後までお読み頂き、ありがとうございました。
多分、鬱展開は此処まで、以降はほのぼのメインに突入する筈です。なお、次話よりモフモフが一気に増えますので、モフモフ目当ての方は次話よりお楽しみ頂ければ幸いです。
やはりモヤっと感が抜けないため、当初の予定から早めて本日12時に投稿させて頂きました。後1回、18時に投稿して今度こそ、本日の投稿は終了となります。